2009年10月30日
i:牡丹岩
大山路落ち葉に咲くや牡丹岩

・大山阿夫利神社下社から、頂上の上社に向けて急な路を登っていくと、
途中14丁目に「牡丹岩」がある。下社から1,252mの頂上へは90分ほどかかる。
・ちょと見には判らないが、落ち葉を掻き分けると写真の如きである。
2009年10月29日
i:子育て地蔵
何時来ても子育て地蔵微笑んで

・丹沢大山阿夫利神社へ登る「女坂」の途中にある「子育て地蔵」は、
今日も、息切らせて登ってきた者を微笑で迎えている。
『最初は普通のお地蔵さまとして安置されていたが、
何時の頃からか顔が童に変わっていた。
この地蔵に祈ると子供がすくすくと丈夫に育つといわれる』
との説明がある。
・09年10月22日、大山詣でに行ってきた。
2009年10月28日
i:小春日和
心地よい小春日和や菊の花

・この時節、菊日和には散歩が最適だ。
春もいいが、春は少し歩くだけで暑くなる。
秋は空気が清澄で、相当運動しても汗はかかない。
・ゴルフの練習でも行こうかな?
2009年10月27日
i:秋日和
秋日和ダリアの赤を紅く染め

・開口健さんが、その遺作となった「珠玉」の中で
「花の魅力の一つは自身の美しさに全く気づいていないこと」だと
と書いている。
正にその通り、と僕も思う訳です。
2009年10月26日
i:秋日没(あきいりひ)
秋日没影を落として玉簾

・秋の日が玉簾(たますだれ)の花の上にも影を落としている。
・「とんび岩通信」さんがそのサイトの「花便り」の中で
この花の由来を
「花をタマ(玉)に、細長いヒモのような葉をスダレに見立てて付けられた名前のようです。」
と解説されている。
2009年10月23日
i:枳殻(きこく)
秋めいて枳殻色付き口ずさむ
・カラタチは枳穀とも言います。
・刺に守まれて実が黄色いく色づきつつある。
思わず、島倉千代子の”カラタチ日記”を口ずさんでしまう。
2009年10月22日
2009年10月21日
2009年10月20日
i:金木犀
近づいて撮れど映らぬ匂いかな
・「金木犀」と「銀木犀」がありますが、単に木犀といえば「銀木犀」を指すそうです。
・この匂いは大好きですが、内の娘などはトイレの臭い(多分この芳香剤をトイレにおいていたせい)
などと言いますし、好きではないと言う人もいるようです。花粉症になる人さえもいるとか・・・。
2009年10月19日
2009年10月16日
i:野牡丹
中秋の紫紺野牡丹蕊(しべ)出す
・蕊とは雄蕊、雌蕊の蕊(しべ)の事です。
野牡丹の蕊は花を凌駕するほど大きい。
・ビヨウヤナギ(美容柳)はもっと凄い蕊を密生させるが
この野牡丹の蕊は太くて大きい。
・野牡丹には実がなり、食せるそうが食べた事はない。
2009年10月15日
i:うりずん豆(四角豆)
うりずんの角が尖って秋半ば

・四角豆はうずりん豆の事です。
・沖縄や南方の豆で、さやを通常食べるが少し苦味がある。茹でたものにマヨネーズが合う。
・実を完熟させたものや、花、根も食べられるのだそうだ。
2009年10月14日
2009年10月12日
i:なすび
長茄子を何処まで滑る朝露や

・「一富士二鷹三なすび」は初夢で見る縁起の良いものだそうだが、
この「大長なす」は主に九州で作られている。
皮は少々硬いそうだが、中身は柔らかくて、焼き茄子、煮茄子に向くのだそうだ。
・それにしても細長いぞ!(埼玉・朝霞で撮影)
2009年10月09日
i:野葡萄
野分たち千切れ落ちたる野葡萄か
・台風が過ぎて、野葡萄が千切れて飛ばされていた。
・山葡萄は黒く熟れて食べられるが、平地のの葡萄は
ご覧の通りの毒々しさで綺麗だが食べられない。
2009年10月08日
i:孔雀草
さあ見てと羽を広げる孔雀草

・孔雀草は夏の季語ですが、この花が咲くのは今時分です。
・孔雀が羽を広げたように咲いている。
・ピンクもあるが、この様な白い花は”白孔雀草”と呼ばれる。
2009年10月07日
i:勝浦朝市
朝市の訛った声に足を止め

・南房総勝浦の朝市は400年の歴史があると言う。
・野菜や果物、そして勝浦港で揚がったばかりのカツオ等も売っている。
どうした事か、今年は戻りカツオが異常に不漁だという。
これも異常気候の海温変化の為か?
・細々としたものだが、それが連綿と続いた理由かも知れ無い。
2009年10月06日
i:富浦
富浦の八犬伝や今は昔

・ここ南総の富浦は
「南総里見八犬伝」で、里見義実が飼い犬の八房に
"敵将の首を取ってくれば自分の姫の婿にする"
と言い放って始まる物語の舞台となる地である。
・この直ぐ南に位置する館山城(里見城)が里見氏の居城であった。
里見忠義は徳川家康に難癖をつけられ、伯耆国倉吉に国替えとなり、忠義は
倉吉の地で失意のうちに死去する。
・このとき殉死した八人の忠臣の遺骨が密かに館山に持ち帰られ、
里見城下に葬られた。
滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」はこの八人をモデルにしたと言われる。
*****
2009年10月05日
i:白き船
白き船碧き海へと針路取り

・東京湾を横切る帆船、多分「日本丸」二世号だろう?
・こうした帆船には、やはり紺碧の大海原が似合う。
東京湾など、一刻も早くい出て行った方がいい・・・。


