2008年05月31日
六月の空IMAGINEの光かな

★ 一行詩 01302
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六月の空IMAGINEの光かな
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花呼さんより、 『 寄り添うて光の塔を昇りゆけ 』 にメッセージいただきました。
花呼さん、いつもありがとうございます。
★★★ 『 寄り添うて光の塔を昇りゆけ 』 ★ 一行詩 01301 ♪♪♪
。。。 ≪ 花呼さん、
いつもありがとうございます。
・・・ < 沖縄は「おおきな」「和」 > ・・・
素敵なイメージですね。
愛語の「話」をもらいました。
愛がいっぱい、光がいっぱい、を感受してくださる花呼さんが、
愛に満ちているんですよ。
光に満ちているんですよ。
その愛と光に満ちた花呼さんの訪問で、
老仁は、また、愛と光を、いっぱい、いっぱい、もらうことができましたよ。
いつもいっぱいのあい風、ありがとうございます。
「和」が、こんなに素晴らしく、
愛と光に満ちて、書けるようになれたらいいですね。
やわらかい魂の熱と光が溢れていますようね。
文字そのものがスピリットです。
老仁には、そんなスピリットないので、現れません。
これは、オノヨーコさんの書なんですよ。
無断拝借です。
テレビ吟行しているんですよ。
世界は、心貧しい者のために、開放されていると、仁は信じているんです。
天も地も、人も、
心貧しい者のために、豊かな恵みをそそいでくれるんです。
心貧しい老仁は、
天と地と、人の、
恵みを、自然の恵みとして、享受して、
すこしずつ、Happyになっていけるんです。
心貧しいから、
いいものに巡り会えるだけで、幸せになれるんですよ。
きょうも、花呼さんの、
あい風と愛語に巡り会えて、
とてもHappyです。
あい風と愛語のお返しをさせてくださいね。
六月の空IMAGINEの光かな ≫ 。。。

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★★★ 『 十薬の影に迷いはなかりけり 』 ★ 写真俳句 0802401
♪♪♪
★★★ 『 魅せられて小さくなりぬ老櫻 』 ★ ネット吟行 05101
♪♪♪
★★★ 『 草の庵寄り添いて聞く杜鵑明日は来ぬとも今日が至福よ 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 32201
♪♪♪
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2008年05月31日
寄り添うて光の塔を昇りゆけ

★ 一行詩 01301
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寄り添うて光の塔を昇りゆけ
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IMAGINE わたしたちは愛でつながりあっている。
IMAGINE わたしたちの愛はかわらない。
IMAGINE わたしたちに愛はかぎりなくわいている。

IMAGINE 愛を生きようよ。
IMAGINE 一緒に、愛を生きようよ。
IMAGINE みんなで愛の世界を創りだそうよ。
IMAGINE 世界の平和を想像しようよ。
★★★ 『 故郷と広島据わる夏来る 』 ★ 写真俳句 0802103 ♪♪♪

わたしたちも、想像し、
念い、
信じれば、
愛を
永遠に、
生きることができるんだね。
みんなで、
いっしょに、
光の塔を
昇っていけるんだね。
★★★ 『 想像しようよ、世界の平和を 』 ★ 五行歌 00902 ♪♪♪

2008年05月31日
この思いしっかり絡んで離さない

★ 一行詩 01401
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この思いしっかり絡んで離さない
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日増しに熱くなっていく思いがあります。
花ぐるい、生ぐるい、愛ぐるい。
生きることの切なさを、切ないまんまに、貫こうとでもいうかのようね。
思いの中で、
心が燃焼するのは、
罪のないひとり遊び。
心の中で、
思いが燃焼するのかもしれません。
空即是色すれば、
良寛さんのように、
燃焼しながら、
散っていくこともできるのでしょうね。
凡仁には、ミラクルにちがいないのですけれど・・・
妄詩の領域では、
それが許されるとしても、
もしも・・・
それでも、許されないものは、ないにちがいありません・・・
沈黙の中で、何が起こっているのか、
時が来なければ、
誰にもわからないことなのです。

菜園の一番下の花についた実が、もう、こんなに大きくなりました。
けれど、生ったのは、このキュウリひとつなんです。
上の方は、花は咲いても、実になりません。
雄花雌花があって、雄花しか咲いていないのかしら・・・
それとも、虫が来なくて、受粉しきらないでいるのかしら、・・・
無知仁は、そのわけもしらず、ひとり思い悩んでいるのでした。
草呼鉢菜園のキュウリも、
一番下の花だけ、実になりました。
後の分は、まだ、実になる気配がありません。
初生りのキュウリふたつ、
今日、千切りました。
緒呼が、3日に帰って来るというので、
初物食べさせようと、ばあちゃんが、思っているのでした。

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★★★ 『 美しいだけでは飽きる性がある 』 ★ 一行詩 01203
♪♪♪
★★★ 『 ほとけの坐触れ合ふて知る縁かな 』 ★ 良寛の恋00202
♪♪♪
★★★ 『 かく逢いて蜜の標に迷いけり 』 ★ 愛呼飛翔 100702
♪♪♪
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2008年05月31日
十薬の影に迷いはなかりけり

★ 写真俳句 0802401
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十薬の影に迷いはなかりけり
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畑にも、花壇にも、小屋の前にも、ドクダミの花が満開しています。
ドクダミは、生命力旺盛ですね。
取っても、取っても、また生えてくるんですね。白い根が張り巡らせているんです。
それでも、スギナよりは、まだ、ましですけれど。スギナの根は、深いです。一メートル掘っても、まだ、その下に根は残るんです。瓦礫の中にでも生える力と胞子の飛ぶ力なんでしょうね。
ばあちゃんが、ドクダミを煎じて飲んでいたことがあったので、その時増えたのですけれど、今は、引き抜くのにおおごとしています。
けれど、ドクダミの花が咲くと、夏を感じますね。
濃い緑の葉っぱの海に、真っ白の花弁が光るのです。眩しいくらいに。仁は、暗がりのドクダミの花が好きなんですけれど。
光に向かって生きる者は、
少しの迷いがあっても、
少しの疑いが残っても、
真っ直ぐに、
歩いていくんです。
歩いていく中で、
迷いは薄れていき、
疑いは晴れていき、
行く手に、はっきりと、
旗が見えてくるのです。
もう一人のあなたが、
その旗を振っているのです。
光の中を、
真っ直ぐに、
旗に向かって、歩いていこう。
そして、あなたが、
その旗を掲げて、歩きはじめるのです。
光の中を、
真っ直ぐに。
☆☆☆ 『 耳をすませて、声を聞こう by ふぅ 』 へどうぞ!!! ♪♪♪

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★★★ 『 散る前に薔薇は刈られて捨てられる 』
♪♪♪
★★★ 『 魅せられて小さくなりぬ老櫻 』 ★ ネット吟行 05101
♪♪♪
★★★ 『 朧夜の観音御手の冷たかり 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 32101
♪♪♪
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2008年05月30日
飛び込んで茄子の花海遊泳す

★ 交心俳句 01101
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飛び込んで茄子の花海遊泳す
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雪割草さんより、 『 寄る辺なき心の捨て場春の山 』 に、良寛さんの歌を寄せていただきました。
雪割草さん、いつもあい風ありがとうございます。
★★★ 『 寄る辺なき心の捨て場春の山 』 ★ 写真俳句 0801601 ♪♪♪ 
荒磯海(ありそみ)の 沖つみ神に まいしなば 栄螺の蓋は けだしあらむかも 良寛
栄螺の蓋を探している良寛さんの姿が微笑ましいですね。
けれど、良寛さんにとって、食と同じくらい大切なものがあるのでしょう。
「人はパンのみにて生きるにあらず」
良寛さんが求めたものは何だったのでしょうね。
「栄螺の蓋」に何を見ていたのでしょう。
文学を愛した良寛さんがいました。
スピリットは文学を超越していたかもしれませんけれど、
ひとり遊びの心は、文学を遊んでいたのでしょうね。
出雲崎で、沖つ神に、祈って海を眺めていれば、その先に、佐渡島が横たわっています。
良寛さんは、この海と佐渡島を眺めて過ごしていたのでしょうね。
いにしへに かはらぬものは 有磯海と むかひに見ゆる 佐渡の島なり 良寛
古来変わらぬものがある。
それは、この出雲崎の海と沖に見える佐渡島だね。
そして、この出雲崎には、芭蕉さんの心が刻まれています。
良寛さんも、芭蕉さんの心を追ってもいたのでしょうね。・・・
仁は、茄子の花を眺めながら、
良寛さんの心の海を遊泳しているのでした。
その良寛さんの心の海に、
栄螺の蓋に乗って、
貞心尼さんの心が流れてくるのですよ・・・

※ 写真は、借り物です。
2008年05月30日
寄る辺なき心の捨て場春の山

★ 写真俳句 0801601
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寄る辺なき心の捨て場春の山
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なんともさびしい句を詠んだものでしょうね・・・
アップできずに、
ノートの片隅に、うずこもっていました。
開いて、光の中に晒すと、それほどさびしい句でもないのですね。
句も、読む者の心を映すのだから、
書いたときの気持ちとか、意味とかも、客観的には在るのでしょうけれど、
読む者に出会ったとき、別の表情をしても、一向におかしくはないのですね。
書いた当人でも、別の心の状況で読めば、別の表情を読み取ってもあたりまえのことなんですね。読み込んで、別の表情を付加すれば、それもまたひとつの貌になっていくのでしょう。芝居の役者さんの化粧と同じものかもしれません。
巣の句も、化粧次第で、色々の表情を見せるようになるものですね。
同じ頃に読んだ句でした。
これも同じようにさびしい句ですけれど、
良寛さんの「散るさくら」と重ねて、化粧を施されているのを見ると、
さびしさが喜びに変わっていくのが見えてきます。
★★★ 『 残るものなくてさびしき散るさくら 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 31601 ♪♪♪
良寛さんの「散るさくら」が、喜びだから、
そんな願いが映っていくのでしょうね。
★★★ 『 幻視する愛の彼方に散る桜 』 ★ 良寛の恋00101 ♪♪♪
寄る辺なき心の捨て場として、遊びにいく山があります。
清水山の流れの北の端に、女山、ぞやまという小さな山があるんです。神籠石の遺跡が残されていて、今は、公園に整備されていますけれど、子どもの頃は、ほんとうに何にもない古びた山でした。でもなぜか心惹かれていました。
今、そんな思いを引き出してきて、妄詩の中で、筑後の神奈備山としています。老仁だけの神奈備山ですけれど・・・
★★★ 『 春雨や木香観音の坐ます森 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 30101 ♪♪♪


ですから、「寄る辺なき心の捨て場」というのは、妄詩の時空では、ひとり遊びの仙境になるんですよ。春の女山は、まさしく、ひとり遊びの仙境なんです。想像次第で、どんな時空も創出できるんです。愛呼が一番自由に飛翔する夢の時空でもあるんです。
良寛さんが、無一物で、何にもない草庵で、至福の時を生きていけるのはどうしてなのでしょう。・・・
良寛さんのように、修業して、その域に達することなど、愚仁にできるはずもないことですから、修業なしの、ひとり遊びの想像力を楽しんでいるのです。
女山は、何にもない山ですけれど、幻視すれば、すべてがある山になるんです。
その楽しみを味わえることはHappyですよ。
独りよがりに過ぎませんけれど・・・
どうして、すごいんでしょう。
ここにすべての春と読み込んでいくことができるんですね。
ここに命があり、世界があり、宇宙がある。
良寛さんが感受している世界もそうなのでしょう。
良寛さんが、命であり、世界であり、宇宙になっているのでしょう。その良寛さんを全肯定で受容し、共振し、融合していく貞心さんが現れるんです。
ひとり遊びのアマルガムかもしれないけれど、命も世界も宇宙も、共有できたのでしょうね。
念ずれば、実現する世界が開かれていったんですね。
春の女山があるから、
ひとりでも、至福の時を生きることができるよ、
そんなメッセージを、ここから発信できるようになればいいのですけれど・・・

2008年05月29日
立浪草所も人も選ばざる

★ 写真俳句 0801703
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立浪草所も人も選ばざる
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★★★ 『 草取りや己が定めを呪わば呪え 』 ★ 写真俳句 0801702 へどうぞ!!! ♪♪♪
玄関先の、タイルとブロックの隙間に白の立浪草が花を咲かせてくれています。
4月中旬から、
今でも、まだ、咲いてくれています。
もう、野生化しているのでしょうね。
でも、紫の立浪草は、こんなに繁殖力はないようですね。
石の隙間に生えて、花を咲かせたことはありませんし、
種が飛んで、思わぬ所から出てきた、というのもないみたいです。
うちのがたまたまそうなのか・・・
鉢の万年青を植え替えました。
その万年青の根本に、紫の立浪草が数本、もう花期を終わって、残っていました。
花壇に移してみましたけれど、根づくのでしょうか・・・
無知仁にとって、一つひとつのことが、不思議で、
興味が湧いてきます。
無知も、楽しいですね。

2008年05月27日
故郷と広島据わる夏来る

★ 写真俳句 0802103
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故郷と広島据わる夏来る
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イマジン、世界の平和を想像しようよ。
ユネスコ憲章前文より
いかなる戦争も、
やっぱり、人殺しです。
いかなる戦争も、
やっぱり、権力者の覇権争いです。
いかなる戦争も、
やっぱり、殺されるのは、庶民なんです。
もう、殺される人間として、
いかなる戦争にも、NO!
と拒否の宣言しましょう。

ノー・モア・広島
心に平和の砦を、築こうよ。
イマジン
世界の平和を、想像しようよ。
★★★ 『 青嵐イストを持たぬゲバラ棲む 』 ★ 写真俳句 0802101 へどうぞ!!! ♪♪♪ 

2008年05月26日
杜鵑山を動かすマオもゐる

★ 写真俳句 0802102
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杜鵑山を動かすマオもゐる
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杜鵑が九州では見ることができないと知って、
ひとつ、夢が消えたような感じですけれど、
ずっと、ずっと、老仁にとっては、幻の鳥でしたから、
やっぱり、まだ、求め、追い続ける幻の鳥として、
巡り会いたいと念じます。
幻の恋と同じで、
幻だからこそ、現実よりも深く、心に住み着き、
利害よりも強く、心を魅了するのですね。
★★★ 『 杜鵑ついに幻の恋となる 』 ★ 交心俳句 00301 ♪♪♪
「鳴かぬなら」の類型化で親しみ深くなっている鳥ですけれど、
仁にとっては、「血を吐く鳥」のイメージが強いんですね。なぜだかわかりませんけれど、「血を吐く」なんですよね・・・。
血を吐くほど鳴いて求めているものは何なのでしょう・・・。
チェ・ゲバラの娘さんが広島を訪問しています。
「広島を訪問した方がいいよ」とゲバラの言葉だそうです。
ノー・モア・広島が、平和の砦なんだということを、あらためて、心に刻み込もうと思います。
世界は、アメリカナイズされて、利益誘導が政治の原動力になってしまいました。
人間として生きることの価値軸が、もう一度、復権されることを願います。
イマジン、世界の平和を想像しようよ。
人々が平和を願い、
平和を生きていけば、
平和を破壊する政治屋さんたちを平和の代表と見なさない。
代表でないから、選挙で、選ばなくなる。
人々が平和を願い、
声を上げれば、
人々はつながり合っていく。
つながる人間の鎖が、
戦争をストップさせる。
想像しようよ、
人間として生きることの喜びを。
想像しようよ、
人間として生きることの幸せを。
想像しようよ、
人間としてつながり合って生きることが、
世界の平和を創りだしていくことを。
想像しようよ、
世界の平和を創りだし、
未来の子ども達に
美しい水の惑星を引き渡すことを。
想像しようよ、
世界の平和を創りだし、
子ども達が希望と勇気を持って生きていくことが、
人間としての喜びであり、
人間としての誇りであることを。
想像しようよ、
一人ひとりが
人間としての誇りを持って生きることが、
世界の平和を創りだしていく礎だということを。
想像しようよ、世界の平和を。
★★★ 『 想像するよ、世界の平和 』 ☆ のぅの自分創りの旅 01201 ♪♪♪
世界が愛と光で溢れますように。
2008年05月26日
青嵐イストを持たぬゲバラ棲む

★ 写真俳句 0802101
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青嵐イストを持たぬゲバラ棲む
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2008年05月25日
散る花もひとつやふたつ魔抗に落つ

★ 写真俳句 0801902
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
散る花もひとつやふたつ魔抗に落つ
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
今、一閑仁となって、
全く自由気ままに生きているけれど、
自由気ままに生きているから、
過ちも多く、
煩悩も捨てきらない。
もう、十分に生きたのだから、
風の心に従って、
辺境の草むらで、
虫さんと遊んで、
名もなく、
功もなく、
草むらに露と消えるのがいいのだろう・・・
けれど、まだ、
自由気ままに、
過ちも、煩悩も、
命の彩として、
心の色として、
楽しむのも、また、善しともしよう。
そんなに無執着になれるなんて
容易いことじゃないし、
小我を捨てよといっても、
捨てたつもりがまだ残っているものだ。
残っている小我を
小さく、小さく遊ぶのも
人に及ばないのなら、
それもまた、善しとしよう。
★★★ 『 愛さずにはいられない 』 へどうぞ!!! ♪♪♪
あの散る桜の花びらは、
ほんとうに無我で、
風の心に従って、
どこへでも吹き流れていくけれど、
その桜の無心な花びらだって、
あれだけ散れば、
一つやふたつは、
魔抗に落ちて、
過ちともなって、
餓鬼とも、
百鬼ともなるのだよ。

餓鬼を生き、
悔い改めて、
百鬼を生き、
救いを求めて、
天人になる道だってあるのだもの。
間もなく散っていくこの身、
風の心として、
小我をも、
大我をだって、
生きてもみようよ。
生きてこその
命だから。
★★★ 『 一呼吸一呼吸毎愛してる 』 ★ ネット吟行 02401 ♪♪♪
生きてこの命、
愛呼と遊べるのだから、
遊べる命を至福として享受しますよ。
愛呼と遊ぶことが、
執着を捨てることにもなるのだから。

生きているその一呼吸を愛呼と遊ぶ
2008年05月25日
散る櫻遅蒔きながら一閑仁

★ 写真俳句 0801901
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散る櫻遅蒔きながら一閑仁
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やっと、自由仁になりました。
有り余るほどの時間があると思っていましたけれど、
ないものですね。
一日が、ほんとうに、儚い泡のように、消えていきます。
何をしたんだろうと思ってしまうんですけれど、もう、夜だと、つい、夜更かしもしてしまうことになりました。
前耕後読の日々ですけれど、『炎の女』さえ、読むのが進みません。
鉢菜園は、ゆっくり、ゆっくりです。
ナズナさんから、いろいろ手ほどきいただきましたけれど、一向に要領得ません。
青紫蘇とバジルは、双葉の芽を株分けしました。葉はついていないのに、細い根の長さに驚きましたよ。必死に活きようとしていることを実感しました。それでも、もう、一ヶ月にもなるのに、まだ、双葉。
株分けして、ゆとりできたから、すくすく育ち始めるといいのですけれど・・・
老仁自身が、何事も無知の、晩稲ですから、
野菜さんも、似てくるのでしょうね。
それでも、閑仁ですから、
じっくり野菜さんや草呼花園の花さんたちとおつき合いして、
愛語もらって、共に、元気に、Happyに、楽しんでいきます。
野菜さんとのおつき合いが多くなったので、
愛呼は、老仁と遊んでやることが少なくなって、
最近は、ひとりで、遠くまで、遊びに行っているようです。
それでも、夜寝る前には、やってきて、
すこし、どこで何をしてきたか、お話ししてくれるので、
想像力で、愛呼の時空を飛翔することができるし、
その飛翔のまま微睡んでしまいますから、
夢の続きになっていくんです。
夢呼が遊泳してきた世界を夢で見ることができるのは、ちょっとした特技になりそうです。眠ってからの楽しみまで、愛呼にもらえてHAPPYですね。
一閑仁とはいえ、
人は、もう、夏の句を作っているのに、
まだ、桜の句を詠んでいるのですから、
やっぱり、遅蒔きのお粗末種だったのでしょうね・・・
★★★ 『 想像しようよ、世界の平和を 』 ★ 五行歌 00902 へどうぞ!!! ★★★ 

2008年05月23日
蜂蝶の囃子歓喜のまつり草

★ 絵手紙 00502
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蜂蝶の囃子歓喜のまつり草
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木陰に、ひょっこり、
エイリアンちゃんが現れました。
あっちに、ひょい、
こっちに、ひょい。
愛呼が喜んで、
隠れん坊するんです。

まつり草の蕾です。

今、まつり草さんの真っ盛りなんですよ。
絵手紙にしてみましたけれど、
やっぱり、まつり草には、見えませんね。
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★★★ 『 只管に蛍袋に願送る 』 ★ 絵手紙 00402z01
♪♪♪
★★★ 『 さくらの夜フォイエルバッハを語りけり 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 31201
♪♪♪
★★★ 『 君にかくあひ見ることのうれしさもまださめやらぬ夢かとぞ思ふ 』 ★ 良寛貞心尼相聞歌 0301
♪♪♪
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2008年05月21日
五月雨や暇の手すさび句を遊ぶ

★ 瘋癲老仁妄詩 32001
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
五月雨や暇の手すさび句を遊ぶ
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一閑仁となって、天地を遊べ。
風の音に、
そんな声が聞こえてきて、
雲の光に、
体が浮遊する。
昨日の雨で、
狭い畑は、水浸しになったようでした。
今朝は、すっかり晴天。
また、前耕後読です。
午前中鉢菜園で遊んで、午後妄詩で遊ぶんですよ。
菜園の野菜さん達は、一気に、伸びたように感じます。
草呼菜園のキュウリが実をつけました。
花の根本が、もう、キュウリの形をしていて、産毛まで生やしているのです。キュウリの赤ちゃんなんですね。

愛呼が来て、そっと抱くと、キュウリの赤ちゃん、にっこり微笑んで、オーラ放ちます。
愛呼の愛語が、光のようにキュウリさんを活気づけるのでしょうね。
愛呼に倣って、仁も、キュウリさんに、愛語を交わして、美味しく育ってもらいます。
けれど、
天災人災止まることなく、
食べるものも食べれないで死んでいく子ども達がたくさんいるんです。こんな遊び三昧に呆けていることが苦しくなることもありますけれど、・・・分かち合いが広がっていくことを願いつづけます。
今日のオススメコミュニティ ↓↓↓
☆☆☆ 『せめて、わたしの腕の中で、死んでいって欲しかった』 by ミッシェル ♪♪♪ 

2008年05月20日
庭に咲き海招き寄す小えび草

★ 絵手紙 00501
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庭に咲き海招き寄す小えび草
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★★★ 『 緋扇の姫と呼ばるヽ寂しさよ 』 ★ 絵手紙 00402 へどうぞ!!! ♪♪♪ 

4月13日に、青紫蘇とバジルの種を鉢菜園の始まりとして、鉢植えしました。
もう一ヶ月にもなるのに、まだ、双葉の芽なんです。
それに、蒔いた種が多すぎて、隙間もないくらい芽が出て、育ちようもないようなんです。
無知仁の、暴露。
昨日、別の鉢に、まばらに、植え替えました。
苗さん、復活して、育ってくださいね。

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★★★ 『 恋すれど返らぬ恋よ吾木香 』♪♪♪
♪♪♪
☆☆☆ 『 ひとりでもふたりでもなおさびしさの変わらずあればきょうを遊ばん 』 by のぅ
♪♪♪
★★★ 『 愛ひとつ命に返せ春の雷 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 30002
♪♪♪
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2008年05月19日
朧夜の観音御手の冷たかり

★ 瘋癲老仁妄詩 32101
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朧夜の観音御手の冷たかり
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昨日は朧月の心も妖しくなるような時空を遊泳しました。
夜空を遊泳して、一休みしたところが、木香観音の掌だったんです。
仁を休ませるために木香観音が大きくなったのか、飛翔しやすいように仁が小さくなったのか、わかりませんけれど、観音の掌で、微睡んだのでした。

微睡みの中にも、木香観音が現れて、今度は仁と等身大で、女性の姿をしていました。
その御手で、仁の体をゆるやかに撫でてくれるのでした。
その御手が、ひんやりと冷たくて、とても心地いいのです。
微睡みの中で、また、微睡んでいく仁がいました。
その微睡みの中に、また、木香観音が現れて、同じことをするのです。
何度、同じことがくり返されたのでしょう。
その中で、微睡みから覚めて、少し元気になると木香観音が微笑んで、そして去っていくのです。
去らないで、と追い縋ろうとすると、夢から覚めて、そこに木香観音が微笑んで立っていました。そしてまた、去っていきます。そして、仁は、観音を追い縋り、目を覚まし・・・何度同じことをくり返したのでしょう。

目が覚めると、夜空のおぼろ月は、もう、ずいぶん中天に上っていました。
頬に、木香観音の御手のひんやりとした感触が残っていました。

今日の愛語は、
「自分の考えだからといって、拘らないようにしようよ。
足りないところがあるかもしれないし、
間違っているかもしれないし、
人に受け入れられないかもしれないよ。
人にも話し、
本を読んで、別の考え方も学び、
いつでも新しいものに変えていけるようにやわらかくなろうね」
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★★★ 『 春雨や木香観音の坐ます森 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 30101
♪♪♪
★★★ 『 つきて見よ ひふみよいむな やここのとを とをとおさめて またはじまるを 』 ★ 良寛貞心尼相聞歌0201
♪♪♪
★★★ 『 汝が熱き思い抱きて明日香川遡りても逢いに行くらむ 』
♪♪♪
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2008年05月18日
青寒や去る者追わず縁待つ

☆ のぅの自分創りの旅 01102
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青寒や去る者追わず縁待つ
――♪☆◆♪―――――――――――――♪◆☆♪――
★★★ 『 今はまだ嘘も真もかき混ぜて書き流しゆき柔らになるよ 』 ☆ のぅの自分創りの旅 01101 に参入して想う愛 ♪♪♪
鬱陶しくなるくらいの緑の季節です。
生きるものすべてが繁茂するとさえ感じられるほどです。けれど、この旺盛な季節に合わない生き物もまたたくさんいるんですね。
それぞれが己の適性を選択しながら、自ずから移動もしていくのでしょう。
最近庭に数羽の鳥が下りてきます。
強い鳴き声を出し、雀よりずっと大きいんです。
真呼が、「これ、アトリじゃないのかしら」という。アトリという渡りが最近増えているというニュースを見たそうなんです。冬の渡りだというから、まだいるのもおかしいですけれど・・・
草も木も、鳥も虫も、
それぞれの戦略を内蔵して、生きているのですね。
必死で、生き抜いているんですね。

命は生き抜くように戦略創りだしていくから、ここまで豊かに、生き物が繁殖してきたのでしょう。そして、食いつ、食われつ、依存し、依存されつつ、つながり合って、命の連鎖を創りだしてきたのですね。
今更ながら、自然の営みの大きさと豊かさに驚嘆します。

人の心も営みも、この自然の営みの大きさと豊かさを内蔵しているのだと思うようになりました。
カタバミさんの命と仁の命が同じ大きさだと思ったとき、生きていることの不思議さと儚さに包まれ、その後で、心の中も、体の中も、大きな風が流れて、また、その後で、青空が広がっていきました。

青空の広がった心は、もう、すっかり空っぽで、
鳥が飛び、
雲が流れて、
人も、自由に出入りできるのでした。
一閑仁として、湧出できるのでした。
開きっぱなしの心に、
のぅが、素直に遊んでくれるし、
時には、肩すかしをしたり、
挑んだりもしてくれるので、
草むしりをしていても、のぅの自分創りの道筋を考えたり、対話したりしていることが多くなりました。
そこへ、愛呼が飛んできて、
相談に乗ってくれたり、
飛翔して、思いがけない里山や、
見たこともない古い町へ連れて行ってくれたりして、
語り愛、つながり愛のヒントを与えてくれるのです。
愛呼は、今では、妖精であるばかりでなく、偏在して、花の愛語となって、柔らかく吹き渡る風ともなって、仁と寄りそってくれるのでした。
のぅは、苦しいから、仁を去ったのでした。
去ったのぅは、いちばん苦しいところにいたのです。
いちばん苦しいときに、寄りそえないつらさがあります。
けれど、去る者は追わず。
追わず、信じて、願いと祈りを持ち続けるんです。
願いと祈りが力になり、愛になる地平があることを信じているんです。
去る者は追わず。
けれど、諦めず、いっそう愛する心を深くしていくんです。
たいそうな修行みたいですけれど、
気がついたら、普通のことだったんですね。
一切の拘りを捨てて、
何も求めず、
あるがまんまの心に素直になればいいのでした。
カタバミさんと同じように、今とここを、素直に生きていればいいことでした。
山を下った水が、大海に注ぎ、
雨となって、山に戻るように、
人も、巡り巡って、再会するものなんでしょうね。

それが自然の流れなんだと知りました。
愛もまた自然の営みであり、
自ずから溢れ出るものであり、
流れゆくものであり、
再び巡り会うものなのですね。
巡り会う度に寛く大きくなっていくものなのですね。

2008年05月18日
カタバミにつながる深き縁かな

☆ のぅの自分創りの旅 01002
――♪☆◆♪―――――――――――――♪◆☆♪――
カタバミにつながる深き縁かな
――♪☆◆♪―――――――――――――♪◆☆♪――
★★★ 『 自分が、自分の外で、語られるって、それほど嫌なことじゃないのね 』 ☆ のぅの自分創りの旅 01001 へのお返し。 ♪♪♪ 
かって、憎まれ、疎まれていた仁がいた。
今でも、憎まれたり、疎まれたり、嫌がられたりする仁がいる。
もう、憎まれることはなくなっているのかもしれないけれど。憎まれるほどのつき合いをすることがなくなっているのだから。利害関係があったり、お世話をしたり、深くつながろうとしたり、何かを求めると、いいときはいいけれど、少しこじれると、憎まれたり、疎まれたり、嫌がられたりするんですね。
何にも求めないと、利害関係が成り立たないから、薄くて、軽い関係を流れることができる。争わず、逆らわず、おつき合いできるのでしょうね。
けれど、薄くて、軽い関係は、耐え難いほど、さびしく、虚しい心を作りだしていくのでしょうか・・・
心は、やっぱり、あたたかいつながりやほっとする安らぎや、熱いときめきや深い感動を求めているのでしょうか・・・
やさしさやぬくもりやあいが、こころの居場所なのでしょうね。
特別なものがなくても、普通に、あたたかく、安らいで、時にはときめきながら、つき合っていけることを、最近、やっと、できるようになったような気がする。
花さんたちから愛語をもらって、花さんたちとつき合うように、人ともつき合っていける。
花さんたちを愛するように、人をも愛することができる。
愛するということは、特別のことじゃないんだ。
愛してあたりまえなんだ。
それはわかっていたことだけれど、今になって、そんなあたりまえのことを生きることができるようになっているようだ。
のぅが、仁に分析されて、それが平気になれたのは、のぅが特別のものを必要としなくなったり、求めなくてもいいようになったことを意味しているのだろうと思う。
のぅが、花さんを見るように、仁を見ることができているんだ。
のぅが、花さんとつき合うように、のぅ自身とつき合うことができるようになっているんだ。
のぅは、バジルを育てるように、新しくなっていくのぅ自身を育てることができるんだ。
つながり愛、分かち愛、語り愛が、深い縁の中から、普通のことして成り立つ有り様をカタバミさんから愛語として学んだようです。
カタバミさんと語り合うように、のぅと語り合えるようになったことがHappyですよ。
カタバミさんが種を飛ばして、どこにでも広がっていくように、
のぅが、いつでも、どこでも、のぅらしく、あるがまんまで、外に出て、弾けるように喜びを享受できますように。
☆☆☆ 『 やさしさが心の隙間に現れて何も求めず傍にいたがる 』 へのコメントより【 転載 】 ♪♪♪
。。。 ≪ のぅ、おはよう。
よかった、大きくなったのぅと再会できて、Happyだよ。
そして、なんだか、一安心。
仁にとっても、気になる存在だったからね。
その始まりに、のぅの自己実現に同伴していた者として、責任の一端を担っていたと思っているからね。
のぅは、あたりまえのこととして、のぅの自立の道を歩いていくし、自立した人に、負い目を抱かなくてもいいのだけれど、
傷ついて、倒れたのぅに、何の役にも立てなかったことは、つらいことだったんだよ。
けれど、今、そのことから解放された。
ありがとう、のぅ。 ≫ 。。。
☆☆☆ 『 ひとりでもふたりでもなおさびしさの変わらずあればきょうを遊ばん 』 by のぅ へどうぞ!!! ♪♪♪

2008年05月17日
獅子に棲む虱は獅子を恐れざる

★ 写真俳句 0801803
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獅子に棲む虱は獅子を恐れざる
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★★★ 『 麦秋や荒ぶる星と畏るべし 』 ★ 写真俳句 0801801 へどうぞ!!! ♪♪♪
何だか聞いたことのある文句です。
天災のこと思っていたら、ふと、浮かんだ言葉。
諺にあるのでしょうか・・・
ご存じの方教えてくださいね。
小さく生きる。
低きを生きる。
そんなことが知恵になるといいなぁと思うことが多くなりました。
低く、小さく生きると、
愛呼が、いっそう、身近になっていきます。
愛呼と飛翔するのに、抵抗が少なくなっていくんです。
そのうち、自分でも飛翔できるようになりそうな気さえしてきます。
もっと、低く。
もっと、小さく。
もっと、軽く。
2008年05月17日
美しき星も寝返る嚔する

★ 写真俳句 0801802
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美しき星も寝返る嚔する
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★★★ 『 麦秋や荒ぶる星と畏るべし 』 ★ 写真俳句 0801801 へどうぞ!!! ♪♪♪

2008年05月16日
その色のかなしみ深き紫蘭かな

★ 絵手紙 00403
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その色のかなしみ深き紫蘭かな
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★★★ 『 緋扇の姫と呼ばるヽ寂しさよ 』 ★ 絵手紙 00402 へどうぞ!!! ♪♪♪
前回四回目の習作です。(5月5日描く)
画材は、紫蘭ですけれど、
そうは見えませんね。
姿を描くのもむずかしい、
色をつけるのもむずかしい。
けれど、描いていくことで、
花の姿が、よく見えるようになりました。
絵手紙ですから、細部には拘らないのですけれど、
やっぱり、写生になってしまって、
それでも、紫蘭には見えないんですね。

今日は五回目の習作です。
小エビ草、まつり草、牡丹、ノコギリソウを描いてみました。
後で、アップします。
ご笑覧くださいね。
愛呼が、画材の花さんたちと戯れて、
花さんが踊り出したり、
色を変えたり、
歌い出したりするので、
それを絵にした方が面白いし、
楽しいでしょうけれど、
なにしろ、デッサンができていないから、
絵になりません。
すこし、本気になって、
絵描きの練習、励もうと思いました。
愛呼との楽しい遊びを、絵で表現できたら、
ほんとうに楽しいでしょうね。

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★★★ 『 花愛語風も愛語の愛狂 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 31801
♪♪♪
★★★ 『 引き抜いて許せはないね蛍草 』 ★ 写真俳句 0801701
♪♪♪
★★★ 『 藤の花昔も今も夢つなぐ 』 ★ 良寛貞心尼相聞歌 0402
♪♪♪
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2008年05月16日
只管に蛍袋に願送る

★ 絵手紙 00402z01
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只管に蛍袋に願送る
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yoshiyoshiさんより 『 緋扇の姫と呼ばるヽ寂しさよ 』 にコメントいただきました。
yoshiyoshiさん、いつもありがとうございます。
★★★ 『 緋扇の姫と呼ばるヽ寂しさよ 』 ★ 絵手紙 00402 ♪♪♪
。。。 ≪ yoshiyoshiさん、いつもありがとうございます。
蛍袋は、子どもに多くの夢を与えてくれてきたのでしょうね。
蛍の季節に咲いて、
小川で蛍を捕まえた子ども達が土手の蛍袋の花を摘んで、
袋の中に入れて、
蛍提灯にして、遊んだんでしょうね。
そんないい時代がありました。
先日、筑後川に小学生が蛍を放流する記事が載っていました。
筑後では辺春という県境の里山まで見に行かないと見れなくなっています。
仁が最初に赴任した築上郡の職員住宅では、部屋に蛍が舞い込んでいたことを、懐かしく思い出しました。
今日は、三瀬峠へ、水を汲みに行ってきましたが、
山では、もう、田植えが終わっているところが多かったんですよ。
佐賀平野は、麦秋で、黄金が波打っています。
yoshiyoshiさんも、お体お大事になさってください。
只管に蛍袋に願送る ≫ 。。。

子ども達が蛍袋さんに夢を見て、心を弾ませたように、
老仁も、蛍袋に、夢を詰めて、
その夢を願として、念を込めました。
その夢の願が、叶いますように。
この空の下
蛍袋さんの愛語が伝わりますように。
2008年05月16日
かたばみにあいをもらいぬ愛語わく

☆ のぅの自分創りの旅 00902
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かたばみにあいをもらいぬ愛語わく
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のぅ、ごめんなさい。
ちょっとマイナーになっている仁がいるみたいだね。
でも、大丈夫だよ。
マイナーが仁の居場所だから。
元気印振る舞いすぎてきたから、
本来の居場所に、息抜きに、戻っているんだよ。
Happyすぎるから、
ちょっと、さびしい辺境へ、遊びに行っているんだよ。
まだ、老け込んでいるわけじゃないんだよ。
老け込んだのは、19歳の時。
いつからか、19歳が甦って、
もう、いつだって、その甦りの19歳だよ。
だから、のぅは、今では、のぅ姉さんだよ。
のぅ姉さん、老仁のこと気遣ってくれて、ありがとう。
のぅ姉さんに、いっぱい、いっぱい、あいをお返しいたします。
甦りの老仁は、あいだけになってしまうのです。
あいしか、お返しできるものないのです。
かたばみにあいをもらいぬ愛語わく
★★★ 『 失ったものは、手に入る必要のないものだったんだ by のぅ 』 ☆ のぅの自分創りの旅 00901 へどうぞ!!! ♪♪♪ 

2008年05月15日
カタバミと戯れてまた日が暮れる

☆ のぅの自分創りの旅 00803z04
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カタバミと戯れてまた日が暮れる
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花人さんより、 『 足下のカタバミさんに虹を観る 』 にコメントいただきました。
花人さん、いつもありがとうございます。
★★★ 『 足下のカタバミさんに虹を観る 』 ☆ のぅの自分創りの旅 00803z03 へのコメントより。 ♪♪♪
。。。 「 自然の愛をもっと楽しめるようになりたい 」 。。。
そう花人さんは、いいます。
老仁も、そう願い、楽しんできました。
まだ、その楽しみ方がおかしかったり、間違っていたり、独善的であったり、不十分であったり、老仁自身にも、その地平がどのあたりなのか見当もつきません。
妄詩の領域での楽しみですから、客観性もなく、伝わるものでもなく、共有できないものなのかもしれません。けれど、生きるということは、所詮、主観的なことなんだと、開き直ったりします。お釈迦さんが、「自らを光として生きなさい」という「自らの光」も主観なんだろうと思います。やっぱり、どんなに愚かでも、どんなに賢くても、どんなに狂っても、どんなに達観しても、そのどれも、主観の為せることなんでしょう。
老仁は、今、木香観音と巡り会って、語り合ったり、抱いてもらったりしているのですけれど、それは妄詩の世界のことですけれど、主観の感受性では、とてもリアルなことなんです。生きているのは私であり、見ているのは私であり、感じているのは私であり、考えているのは私であり、見られているのも私なんですね。私の主観に起こっていることなんですね。私の主観に起こっていることは、だから、私には、やっぱり、リアルなんです。
私は、私が見たいものを見、私が感じたいものを感じ、私が生きたいものを生きる。まるで唯我独尊の卑小な観念ですけれど、これはこれなりに、妄詩の世界として、楽しめるんですよ。妄詩の世界だから、この卑小な主観世界が成り立つのかもしれませんけれどね。
もっと卑小になっていくこともできる楽しみもあります。
菫さんの世界まで小さくなり、
蟻さんの世界まで小さくなり、
バクテリアさんの世界まで小さくなり、
元素の世界にまで小さくなり、・・・
花ぐるいを生きることは、私が花びらになることなんです。私が蘂になることなんです。
私が桜の花びらになって散ることなんです。
桜の花びらになって、
風に吹かれて、
水面に落ちて、
ゆるり、ゆるりと、
流れていくんです。
これができることが、最高に、Happyなことなんですね。
だって、老仁が、そんな生き方を求めているのですから。
花びらが、誰にも認められず、
人知れず、腐っていくように、
老仁も、人知れず、風任せ、
水任せで、
消えていくんです。
それで、十分なんですよね。
若い頃、革命のど真ん中で、
人知れず、犬頃のように、殺されていく・・・
そんな人生を夢想したように。
花びらとなって、
海まで飛んでいって、
もう、どこにも、帰るところがないんですね。
それでも、十分なんです。
生きている今が、在るんですものね。
観音さんは、人の声を聞いて、人の願いを叶えてくれるそうです。
観音さんは、私の声を聞いて、私の願いを叶えてくれるんです。
だから、木香観音も、老仁と語り合ってくれるし、老仁を抱いてくれるんです。
木香観音が老仁と語り合ってくれるから、今が楽しいんです。
木香観音が老仁を抱いてくれるから、桜の花びらになれるんです。
桜の花びらになるから、観音に抱かれるんです。
観音に抱かれる老仁は、観音になるんですね・・・
今を大切に生きるということが、観音さんを生きることなんだって、カタバミさんと戯れる妄詩の世界で気づくことができました。

。。。 ≪ 花人さん、辺境へおいでくださってありがとうございます。
ほんとうに、見過ごしてきた物の多さに、今更ながら驚いています。
けれど、遅くなりましたけれど、すこし、気がつくようになって、それだけで、Happyになれたような気がします。
欲しがりもせず、
惜しみもせず、
妬みもせず、
さびしさや、
かなしさや、
つらさとも
友だちになって、
あるがまんまを
楽しめるようになれたら
Happyでしょうね。
辺境にいると、
そういう生き方しか在りませんので、
それで、Happyを知るようになれるようです。
いつもありがとうございます。
カタバミと戯れてまた日が暮れる ≫ 。。。
★★★ 『 遼かなる夢湧いてくる散るさくら 』 ☆ のぅの自分創りの旅 00803 へどうぞ!!! ♪♪♪
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2008年05月14日
麦秋や荒ぶる星と畏るべし

★ 写真俳句 0801801
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麦秋や荒ぶる星と畏るべし
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今日は、雨の予定でしたけれど、下界は降らず、山に、ほんの少し降りました。
三瀬峠へ水を汲みに行ったんです。
大川から神崎まで、ただただだっだっぴろい田園です。ほとんど麦畑になっています。
もう刈り入れをすませているところもありました。
見る限りでは、ほんとうに、平和です。
この国の豊かさを、絵に描いたように、見ることができます。
けれど、一つひとつの庶民の生活の現実は、目で見えるように平穏なものではありませんよね・・・庶民の呻吟が聞こえる政治家の出現が待たれています。
いいえ、庶民である私たちがそんな庶民の声を聞き、庶民が平和で幸せに生きれる世の中を作ってくれる政治家を選ぶようにしていくんですよね。
庶民が民主主義と政治の主役である世界を創りだしていくんですよね。
世界の至る所で、地震や津波や、天災も人災も、悲惨な現実を、つぎからつぎに、作りだしていきます。悲惨な現実に見舞われた人々にお見舞い申し上げます。
そして、やっぱり、民主政治の主役として、庶民が参入していく世の中にしていきたいと願います。
大災害に見舞われる度に、その声が上がりますけれど、時間と共に、その声は、掻き消されていくんですね。この声を掻き消す人は、もう、選挙で選ばない人になっていければいいのですけれど。
そして、また、人間の営みの自然に背く現実にも、思いを致したりもします。

この星は、荒ぶる星であることを、思い知らされます。
大陸棚が移動している現実を忘れているんですね。マグマは噴火するものであることもわすれているんですね。太陽は爆発し続け、月は遠離っていることも忘れています。地球生誕の歴史時間からすれば、ホモサピエンスの時間は、ほんの瞬間に過ぎないくらいの短いものです。そのホモサピエンスが、自然の流れを破壊して、地球環境をも破壊しようとしています。オゾン層の破壊は、命の調和を奪ってしまうのでしょうね。・・・
ホモサピエンスは、その知恵を、水の惑星保全のためにこそ使わなければならないのでしょう。
未来の子ども達に、この奇跡の水の惑星を、受け渡していかなければならないのでしょう。
わずかな1万2000年のホモサピエンスの歴史が、破壊ではなく、創造の世界を創りだしていきますように。
生きている地球45億年の歴史と知恵に、ホモサピエンスが、学びを得ますように。
獣や野の花のように、
地を這う視線で、
大地の鼓動に育まれて、
豊饒の光を恵みとして、
希望と勇気を持って、
ホモサピエンスが、
愛と創造の世界を築いていきますように。
獣や野の花と一緒に、
ホモサピエンスが、
共生して生きていきますように。
どんな一つの命も、
自分と同じように、
地球の重さと同じことを、
ホモサピエンスが、
ほんとうに知り、
ホモサピエンスが、
他の諸々の存在と共に、
命を尊重し合う世界を創造しますように。
三瀬峠の地下深くから噴き上げてくる水をもらいながら、
そんな妄詩の世界を遊泳もしていたのでした。
やっぱり、46億年の地球を、畏敬します。
そして、感謝します。

★★★ 『 世界が柔らかい愛と光に満ちますように 』 ★ 五行歌 00701 へどうぞ!!! ♪♪♪ 
2008年05月14日
緋扇の姫と呼ばるヽ寂しさよ

★ 絵手紙 00402
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緋扇の姫と呼ばるヽ寂しさよ
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真呼が、去年から、絵手紙教室で、絵手紙を習い始めました。
月一の教室ですけれど、都合がつかなくて、五六回、まだ半分も行っていないようです。
先生の描いたものを真似して描くようですけれど、
始めてと思えないくらい絵になっているので、驚きました。
仁にも描けというので、
今年になって、
真呼を先生に、描いてみました。
難しいですね。
細部に拘って、色が重なって、写生になってしまって、・・・
などなど、ちっとも絵手紙になりません。
先日、5月5日、四度目の挑戦をしました。
それが、これなんです。
子どもの写生よりも拙いですね。
画材は、庭の花です。

教室の先生の絵は、シンプルで、
勢いがあって、
絵手紙だなぁ、と感じさせます。
そうなるまでには、年期がいるのですよね。
ぼちぼち描いて、楽しんでいくことにします。

庭の蛍袋です。
繁殖力旺盛ですね。狭い庭の半分くらい占有して、蚊の温床になっているんです。

2008年05月13日
足下のカタバミさんに虹を観る

☆ のぅの自分創りの旅 00803z03
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足下のカタバミさんに虹を観る
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たんとさんより 『 遼かなる夢湧いてくる散るさくら 』 にコメントいただきました。
いつもありがとうございます。
★★★ 『 遼かなる夢湧いてくる散るさくら 』 ☆ のぅの自分創りの旅 00803 ♪♪♪
若い頃は、落ちこぼれの老仁も、やっぱり、夢を見ていました。
<パリは燃えているか>
<想像力が権力を奪う>
<原点が存在する>
言葉が、革命の現在と人間性の復権、そして輝かしくも柔らかい未来を幻視させてくれたのでした。
虚弱体質の老仁は、けれど、そんな世界の風にも乗れなくて、ひとり、妄想の世界で、革命の戦列の中での唐突の死を、望んでいたのでした。犬ころのように、不条理に殺されていく・・・
ついに、そういう状況は訪れず、
世界は逆流して、人間疎外が日常になっていくのです。
搾取と戦争が日常化していくのです。
一握りの権力者達の、マネーゲームと戦争ゲームが、恐怖と不条理を蔓延させていったのです。
落ちこぼれの仁は、死にこぼれの仁にもなって、
ひとりの妄想世界を、それでも、わがままに生きていくのです。
散華も蘇生もない、
日常の連続と、
妄想の不連続。
そして、余生に入り、
足下のカタバミさんに、命を学べるようになったのでした。
カタバミさんの命と老仁の命が同じものであることに、やっと、気づいたのでした。
カタバミさんの命のありように、老仁お命の在りようも重ねることができるようになったのでした。
明日を知らぬカタバミさんの命ですけれど、
今とここの命に、精いっぱい輝いているカタバミさんに、
今とここの生を、開示してもらったのでした。
そして、カタバミさんの愛語を聞くことができました。
カタバミさんに命の虹を見いだして、
今とここが、何よりもHappyな浄土になっていくのです。

花さんたちのあい風が、
あなたを包み、
故郷に流れ、
世界に広がって、
世界が柔らかい愛と光に満ちますように。
あなたとみなさんが、平和で、幸せでありますように。
行こうよ、行こうよ、
幸せの世界へ行こうよ、
あなたが幸せになれば、
世界も幸せになるんだよ。
みんなで、一緒に、幸せになろうよ。
。。。 ≪ たんとさん、サポートありがとうございます。
散華と蘇生の輪廻を、人の成長と成熟の節々に重ねて、把握できるようになりたいと思います。
若い内は、太く、短く、華々しく散りたいと願ったものですけれど、
それは非凡な人に起こることで、
凡仁には、果てしもない夢、儚い夢なんですね。
そして、儚く、余生に入っています。
日常の一つひとつを疎かにしてきた儚さだったんだと、今頃、気づきました。
けれど、疎かに過ごしてきた半生も、
辿り直せば、無駄ではありませんよね。
気づいたときが始まりですから、
ここから、また、ステージアップを夢見ていこうと思います。
今とここに、大切なものがあることに気づくと、
次なる夢が湧いてきて、みるみる大きく膨らんでいくものなんですね。
そんな膨らんでゆく夢を追って、楽しみたいと思っています。
いつも、ありがとうございます。
足下のカタバミさんに虹を観る ≫ 。。。
2008年05月12日
葉桜や争わざれば実を結ぶ

☆ のぅの自分創りの旅 00803z01
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葉桜や争わざれば実を結ぶ
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かみ風船さんより 『 遼かなる夢湧いてくる散るさくら 』 にコメント いただきました。
いつもありがとうございます。
★★★ 『 遼かなる夢湧いてくる散るさくら 』 ☆ のぅの自分創りの旅 00803 ♪♪♪
悩みや苦しみや過ちの多い人間社会です。
いつの時代だって、そうだったのでしょうけれど、
現代は、その現実がいっそう病理的で、世紀末的ですね。
このまんまいったら、人間社会はどうなるんだろうと、マイナス思考が蔓延っているのかもしれません。
絶望が、人間を荒廃させること、多いんですよね。
「成果主義」が社会も人間も支配しつつあります。
人間らしさを奪い取ってしまうものだとわかりきっているのに、人々は、その潮流に呑み込まれていくのですね。そして、過ちをくり返し、心を病んでいくのですね。
比較、競争、対立が、生き方の基軸に座って、
この基軸からの脱落を、人々は、一番恐れているようです。
ずっと落ちこぼれを生きてきた廃仁は、
それでも、落ちこぼれなりに、自分なりの価値を見つけ出し、創りだしてきたので、
比較、競争、対立のストレスから、すこしは遠いところで、生きて来れました。
地位も名誉も、財産もなく、
けれど、我が儘な自由と時間持ちで、
楽しく、Happyに生きています。
桜の満開の時は、浮かれた人々や、静かに愛でる人で、脚光を浴びますけれど、
葉桜となると、わざわざ見に行く人も、少なくなります。
けれど、葉桜の時は、命の活性期ですよね。
葉桜の時の命エネルギーはすごいんです。天地のエネルギーを摂取して、新らしい命の準備をしているんです。
だから、葉桜の下に行くと、生気を奪われることもありますけれど、
葉桜のエネルギーをもらうこともできるんです。
命力、自然力は、相互浸透して、パワーアップしていくんです。
つながり愛の共依存ですよね。
争わず、つながり合って、サポートし合って、補い合って、成熟していくんですね。
この自然力、共依存力を、人間社会は、復活させなければならないのかもしれません。
戦争という破壊の道を、もう、歩まない知恵が欲しいですね。
平和の内に生存する権利を、草木さん達と一緒に、
愛語として、発信していけるようになりたいと願います。
諦めず、愛の波動を、発信し続けたいですね。

※ バジルと青紫蘇の鉢菜園の始まりです。
080513に種を蒔きました。
今、気づいたのですけれど、
ここに、実は、一袋全部、蒔いてしまったんですよ。
無知仁の、最初っからの、大失敗です。
のぅは、若いけれど、一度、挫折した人です。
若いときの挫折は、きつかったでしょうね。仁は、その間、サポートすることものぅとつながることもできませんでしたけれど、
今、のぅは、出直しのできる地点に立つことができるようになっています。
挫折も絶望も、出直しができれば、大きな学びになるし、財産になります。
老仁のように、草木さんと語り合い、愛語を交わして、Happyだというわけにはいきませんけれど、
のぅが、草木さんと会話できるやわらかさと心の豊かさの内に、もう一度、夢見る力を復活して、夢実現と自立の道を歩いてくれることを願います。
のぅが愛呼と交心しながら、草木さんと一緒に、愛語を発信してくれるようになることを願います。
貞心尼さんが、良寛さんと出会うとき、鞠つきして遊びなさいと、いわれて、鞠つき遊びをするように、のぅも、草木さんと遊べるようになるといいのですけれど・・・
。。。 ≪ かみ風船さん、深く考えを巡らせてくださってありがとうございます。
・・・ 「 達観からは無限の知恵がわきいずる 」 ・・・
そんな境地へ、いつ、辿り着けるのでしょうね。
良寛さんは、きっと、そこで、生きていたのでしょうね。
そこまで行ってみたい。・・・凡仁なりに、そう思います。
達観と諦観は、違う。
諦めず、愚仁の歩みで、知恵の領野に向かって行きますね。
かみ風船さん、ヒントと導きをこれからも分けてくださいね。
葉桜や争わざれば実を結ぶ ≫ 。。。
良寛さんの「達観」がどんな内容のものであったのか、仁は、まだ、勉強していません。
『 炎の女 』を読み始めて、もう、ずいぶんなるのですけれど、
まだ、その入り口で、足踏みしているんです。
読みもしないで、知りもしないで、良寛さんを語ることの不遜を感じますけれど、
我が儘独善仁のすることとお流しくださいね。

庭の木瓜の七変化が、二度目の花を咲かせています。
はじめ一つでしたけれど、翌日から、またいっぱい花を咲かせるんです。
色の七変化でなく、七度咲き、になればいいのですけれど・・・・

後ろ姿が、いろっぽいですね・・・
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★★★ 『 かく逢いて蜜の標に迷いけり 』 ★ 愛呼飛翔 100702
♪♪♪
★★★ 『 汝が熱き思い抱きて明日香川遡りても逢いに行くらむ 』
♪♪♪
★★★ 『 魂を癒す菫に出会いたし 』 ★ 良寛の恋00401
♪♪♪
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2008年05月10日
遼かなる夢湧いてくる散るさくら

☆ のぅの自分創りの旅 00803
――♪☆◆♪―――――――――――――♪◆☆♪――
遼かなる夢湧いてくる散るさくら
――♪☆◆♪―――――――――――――♪◆☆♪――
★★★ 『 風光る空に星座を幻て遊ぶ 』 ★ 愛呼飛翔 100703 へのコメントより 【 転載 】 ♪♪♪
のぅ、おはよう。
そして、ありがとう。
仁は、今、そう、とてもHappyだよ。
だって、愛呼と遊べるし、
愛呼と遊ぶ喜びを分かち合ってくれるのぅがいるし、
花呼さんも、この語り合いに、時々参加してくれるし、
妄詩の世界が、
どこへ行くかわからないくらい広がりみせてきたし、
こんなに楽しくて、Happyなことないよ。
一呼吸、一呼吸が、
愛に満ちているって感じだよ。
のぅ、ありがとう。
のぅの語り合いが、うれしいよ。
のぅの自分創りに、仁も、お役に立ちたいよ。
仁の持っているもの、
インテリジェンスしかないけれど、
のぅの役に立てられるようになれば、もっと、Happyになるね。
のぅの自分創りの旅の同伴が、再び、できるようになって、最高にHappyだよ。
のぅに、ありがとう。
愛呼に、貞心尼さんを重ねている。
そうだね、のぅ、そうなっていくようだね。
でも、愛呼が妖精さんだから、そうなっていくのはちょっと無理もあるけれどね。
仁の貞心尼さんは、別に、また、「定芯」という女性を登場させて、創りだしていこうと思っているよ。
そして、仁は、「遼観」になりきっていこうと思っている。
遼観と定芯の相聞歌が生まれるかもしれない。
のぅの語り合いが、この相聞歌にも参加していくと、ほんとうに、最高だよ。
遼かなる夢湧いてくる散るさくら

2008年05月10日
露草に潰えし夢の雫載せ

★ 瘋癲老仁妄詩 5301
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露草に潰えし夢の雫載せ
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なぜだか、老仁妄詩の辿り直しをしようとしています。
きっと、今日の、この状態を想定しての、老仁妄詩の開始だったのでしょうね。
漠然とした不安と、
空虚が漂っているようです。
試みに、 『 露草に潰えし夢の雫載せ 』 へワープしてみました。
句や歌を載せているだけなんですね。

★★★ 『 露草に潰えし夢の雫載せ 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 5301 ♪♪♪
★★★ 『 一隅を照らす力も失せゆけりなれど心はまだ蠢きぬ 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 5302 ♪♪♪
★★★ 『 後ろにも前にも風の吹くばかり執着ひとつ掌に載す 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 05303 ♪♪
★★★ 『 露草や愚仁のままで観自在 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 5304 ♪♪♪
080311
★★★ 『 タンポポの綿毛はどこに落ちるやら 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 05301 ♪♪♪
今のように、ゆるやかな時間の中にいなかったのでしょうね。
思いを句や歌にするだけで、その思いを綴ることも、解説することも、なし。
写真俳句にはしているようです。
きっと、写真の面白さを覚えていた頃なのでしょうね。ちょっとした時間の隙間があれば、写真の加工をおもしろがっていたようです。そのちょっとした時間の隙間も少なかったのでしょう。なにしろ24時間現社。青年達との交心で埋まっていたのでした。
けれど、いつか、この青年達との交心もなくなるんだ。・・・
その時、何をするのだろう・・・
そして、夢を紡いでいたのでした。
その夢が、突然、何の前触れもなく、
わけもわからず、
夏の終わりと共に、消失してしまったのでした。
その夢は、まだ、双葉の状態で、
どんな夢になるかもわからなかったのに、立ち枯れたのです。いいえ、立ち枯れなら、理由があるからいいのですけれど、行方不明になったのでした。UFOに拉致されたように。

その夢のひとしずくを、
露草に載せて、
そのひとしずくの露の中に、
夢を、もう一度、紡いでいこう。
妄詩として始まったこのひとり遊びが、
露の中の妄詩として、培養され始めるのでしょうね・・・


2008年05月09日
散る櫻吾は言葉の木乃伊なれ

★ 瘋癲老仁妄詩 31902
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散る櫻吾は言葉の木乃伊なれ
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今日は、マヤ・アステカ・インカ展を見てきました。
そのミイラさんのすごさに言葉を失って、
今、
言葉取り戻して、
言葉遊びに、ふけれるようになりました。

老仁の言葉の木乃伊を記してみました。

2008年05月09日
春の山幸せすぎて死が身近

★ 瘋癲老仁妄詩 31901
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春の山幸せすぎて死が身近
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★★★ 『 花愛でて虫愛でてさて死も愛でむ 』 へどうぞ!!! ♪♪♪
★★★ 『 今日よりは癌とも遊ぶ虫の声 』 ♪♪♪
★★★ 『 露草や尿出るうれし嬉かな 』 ♪♪♪

2008年05月08日
引き抜いて許せはないね蛍草

★ 写真俳句 0801701
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引き抜いて許せはないね蛍草
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仁は荒れ放題も大好きなんです。
心がほっとするんです。
庭だって、雑草ぼうぼうの鬱陶しくらいの暗がりがいい。
なのに、家人は、それが嫌い。
きちんとしておかないとダメ。
だから、草取りしなければ・・・
狭い庭のうえに、雑草が出ないように、タイルはっているので、花壇と垣根の隅くらいですけれど、放っていると、それでも、草茫々。
それにしても、草さんの命力はすごいですよね。
草取りしながら、いつも、感動もらっているんです。
草は、取れば取るほど、溢れるんですね。大地には、発芽を待っている無数の種さん達がいるんです。発芽は、早い者勝ちなんでしょうね。のんびり、ゆっくりのようでも、すごい生存競争があっているんです。生きようとしなければ、生をもらえないんです。
なんでこんな所に生えてくるの?
引き抜かれなくてもいいところに生えなさいよ。

ちょっとした隙間、
ちょっとした割れ目にだって、草さんは、芽を出すんですね。
水気もない砂だらけの庭に、蛍草さんが、這うように生えています。
庭でなければ、むしり取らないのですけれど、玄関先だから、真っ先にむしり取るんです。こんな所じゃないと生えないのでしょうね。低く、這うように生えるので、他の草さん達が嫌うところがいいのでしょう。
むしり取ると、プチプチ音立てるんです。手に触れるだけで、種を飛ばすんですね。あるかないかわからないような花。そして、あるかないかわからないような種子。草取りするから、子孫を残せるんでしょうか・・・
命は生き延びる戦略を持って、強かに生き延びていくんですね。

イヌ走りのコンクリートの隙間に生えるタンポポ。
2008年05月08日
風光る空に星座を幻て遊ぶ

★ 愛呼飛翔 100703
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風光る空に星座を幻て遊ぶ
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ナズナさんより、『 かたくりの原生林を愛呼ゆく 』 にコメントいただきました。
愛呼へのメッセージにもなっていて、老仁は、最高にHappyです。
★★★ 『 かたくりの原生林を愛呼ゆく 』 ★ 愛呼飛翔 100701 ♪♪♪
ナズナさんの、素敵な詩の中を浮遊して、
カタクリさんの恋を思っていたら、
愛呼が人間になる道筋が見えてきたような気さえしてきたのでした。
。。。 <蜜標は、愛のあかし> 。。。
ナズナさん、素敵な詩語をありがとうございます。
この詩語、使わせてくださいね。
★★★ 『 散るさくら心に寄る辺なかりけり 』 ☆ のぅ旅007z04 へどうぞ!!! ♪♪♪

★★★ 『 異界への貫く恋も在りにけり 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 12701 ♪♪♪
2008年05月07日
何度でも、ここで、生きていくよ

★ 五行歌 00601
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苦しいだけで、
つらいだけで、
さみしいだけで、
何にもいいことのないところだけれど、
何度でも、ここで、生きていくよ。
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★★★ 『 散るさくら心に寄る辺なかりけり 』 ☆ のぅ旅007z04 より。 ♪♪♪ 

2008年05月06日
散るさくら心に寄る辺なかりけり

のぅ旅007z04
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散るさくら心に寄る辺なかりけり
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★★★ 『 かたくりの原生林を愛呼ゆく 』 ★ 愛呼飛翔 100701 より 【 転載 】 ♪♪♪
そうだね、のぅ、のぅがいたところは、
とても大切な所なんだよね。
のぅが、苦しみながらも、生きてきたところだからね。
そこでなら、生きていけるところだからね。
苦しいだけで、
つらいだけで、
さみしいだけで、
何にもいいことのないところだけれど、
のぅは、そこで、長いこと、
そして、何度もそこに戻り、
生きてきたんだ。
そこはのぅにとって大切なところだから、
仁も、そこを知りたいと思う。
仁も、そこで、一緒に生きていける人間になりたいと思う。
仁には、理解できないところ、
共有できないところかもしれないけれど、
そこがあることを知りたいし、
どんなところか感じていけるようになりたいよ。
今まで、遠くから、眺めていただけだったけれど、
のぅが語り合ってくれることで、
もっと身近な温もりで感じとることができると思う。
感じとれる心を持ちたい。
心をそこにおけるような人間になれることを願っているんだ。
ずっと、そんな願いもって生きてきたけれど、
いつだって、中途半端で、
いつだって、疑われて、
心を置いてもらえなかった。
それだけの人間でしかないのだから、仕方のないことだけれどね。
今度は、もうすこし、寄り添えるようになっているかもしれない。
もう、散る桜になってしまっているのだから。
散るさくら心に寄る辺なかりけり
★★★ 『 かく逢いて蜜の標に迷いけり 』 ★ 愛呼飛翔 100702 へどうぞ!!! ♪♪♪
★★★ 『 刺青の切ない印刻み込みココニイルよと蝶を待ちけり 』 ☆ のぅの自分創りの旅 00701 へどうぞ !!! ♪♪♪

2008年05月06日
かく逢いて蜜の標に迷いけり

★ 愛呼飛翔 100702
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かく逢いて蜜の標に迷いけり
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『 かたくりの原生林を愛呼ゆく 』に、のぅからコメントをもらいました。
短歌が添えてありました。
★★★ 『 かたくりの原生林を愛呼ゆく 』 ★ 愛呼飛翔 100701 へどうぞ!!! ♪♪♪ 
のぅは、今、短歌で、自己表現、自分創りのひとり遊びを始めているんです。
それに返す仁の文が、内容も含めて、ちょっと、のぅを悩ませたりしているのです。
ずっと昔も、同じことをやっていたのですけれど、
その時、のぅを、破壊することになってしまっていました。
今、そこから、のぅは復活して、新しくなろうと意志しているのです。
。。。 ≪ 蜂のように、
一途に、
ひたすらに、
蜜の標に、
寄りて、
蜜を啜りたい。
虻のように。
けれど、蜜の標は
邪悪な心には
見えないのだ。
けれど、蜜の標は、
獣の目には
見えないのだ。
虻のように、自然に流れ、
蜂のように、命に則り、
虫の切なさで求めるものを、
蜜の標は、見分けているのだ。
心が悴んでしまうのは、
心が命に開かれていないから。
心が傷んでしまうのは、
心が命に則っていないから。
蜂のように、
虻のように、
心を落として、
蜜の標を大切にしよう。
そうか、のぅ、きつい思いさせたんだね。
仁は、明後日ばっかり見ているから、
ここにいるのぅを、
やっぱり、明後日から、見ていたんだね。
でも、やっぱり、明後日の虚構で、
今は、語り合いの楽しみを開いていってみようよ。
明後日の虚構が、
迷宮ではなく、
ゴールの見える地図になると、
今とここのきつるさも、
きっと、受け容れることができるようになるよ。
このきつさは、
のぅが、いちど、通り過ぎた所なんだよ。
リアルなその傷口は、
もう、のぅが、風を吹かして、
癒すことのできるものなんだよ。
傷口に潜り込むのではなく、
傷口を癒そうとするのぅになっているんだよ。
でも、まだ、きついのも事実だから、
花さんたちと、
無邪気に遊び回ろうね。 ≫ 。。。

やっぱり、重すぎる内容なのでしょうね。
けれど、重いものも、担ぎ方や、運び方を工夫すれば、重いものほど、楽しいものにもなっていくんだと、仁は、重い荷物を作りだしていくんですよ。
重すぎて、きつくなり、
面白くなくなれば、
もっと軽いものに変えていけばいいんです。
重いときは、重いといい、
つらいときは、つらいといい、
それでも、荷物を、担いだり、
捨てたり、
荷物を別のものに変えたり、
まるで別の遊びに乗り換えたり、
いろいろ、楽しめる遊びをしていこうね、
そんな遊びをやっているんですよ。
2008年05月04日
かたくりの原生林を愛呼ゆく

★ 愛呼飛翔 100701
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かたくりの原生林を愛呼ゆく
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久しぶりに、愛呼の飛翔に乗って、
空を飛びました。
高く、高く、空気が薄くなるところまで、飛びました。
それから、一気に、
駆け下るように下りたところは、
雪解けの原生林でした。
地に足が着いているのか、いないのか、
愛呼は、本来の愛呼の姿で、
軽やかに雪解けの道を歩いていきます。
愛呼の歩みが少し早くなって、
行く手に、ほの明るい光がさしていました。
弾む声で、愛呼が、呼びます。
転びそうになりながら、仁も、愛呼の元へ駆け寄りました。
「ねっ!」
といって愛呼が指さす方に、
紫色の花が、坂をずっと、上っています。

カタクリの原生林です。
夢のようです。
こんな原生林を仁は見たことがありませんでした。
一度は、巡り会いたいと、夢のように、願っていたのでした。
愛呼にも、その夢を、何度も語っていたから、
連れてきてくれたのですね。
愛呼、ありがとう。
うっとりと見とれている仁の目の中で、
愛呼は、カタクリの中を、ゆっくりと、遊泳するのです。
ゆるやかに、ゆるやかに、カタクリさん達の上を飛翔するのです。
愛呼が、一緒に遊泳するように呼びかけるのですけれど、
仁は、カタクリさん達と、その上を舞う愛呼の飛翔を見ているだけで、Happyでした。
ときどき、からかうように、愛呼は、仁の頭上を回転するのですけれど、
その飛翔も、心地好い波動なのでした。
ゆるやかな、ゆるやかな、至福の時を、
日が暮れるまで、楽しんでいるのでした。

カタクリさんの花の芯をまじまじと見たことはありませんでした。
その芯のまわりを
桜の花の形をした模様がくっきりと描かれています。
「蜜標」というんだそうです。
誰が描いたのでしょうね。
カタクリさん自身が描いたのですね。
「どうして?」
まだ、春になったばかりで、虫さんもいないでしょ。
虫さんや蝶さんが、少しでも早く、自分たちを見つけてくれるよう紫色を一斉に咲かせるのよ。そして、よく目立つように、桜の紋を刻み込んだの。
「へぇ、そうなんだ。でも、どうして、虫さん達が桜を好きだって、カタクリさんわかったんだろうね」
それはね、北国の桜は、春爛漫、一気に咲き誇って、大地を照らすの。北国の春そのものなの。
「そうなんだ、仁は、北国の桜さん、まだ、見たことないから、その凄さがわからないんだよね」
来年の桜の時期には、愛呼が、連れてきてくれると、約束してくれました。

2008年05月03日
さくらの湯せつなきほどに今ありぬ

★ 瘋癲老仁妄詩 31802
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さくらの湯せつなきほどに今ありぬ
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篠山城趾の桜の花びらを、
ひとつ、手に掬って、
なぜか、手帳に挟んだのでした。
ある日、それを想いだして、
とりだし、
湯船に浮かべました。
季節外れの花びらが、
なぜかせつなく、
なぜか愛おしく、
なぜかかなしく、
けれど、なぜか、
ほんのりあたたかく、
あの短い日々を、
想いださせてくれるのでした。
あの短い日々の想い出が、
この今を、
いつでも、この今を、
光に満ちたものにしてくれるのです。
あなたに出会えて、よかった。
あなたを愛して、よかった。
★★★ 『 花愛語風も愛語の愛狂 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 31801 へどうぞ!!! ♪♪♪

2008年05月03日
藤の花昔も今も夢つなぐ
★ 良寛貞心尼相聞歌 0402
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藤の花昔も今も夢つなぐ
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かみ風船さんより、 『 夢の世にかつまどろみてゆめを又かたるも夢もそれがまにまに 』 にコメントいただきました。
良寛さんの相聞歌の解釈のページに、脈絡もなく、庭の藤の写真を載せていたんです。
写真俳句のblogだから、写真に関心を持って、訪問されることが多いんだろうと思います。かみ風船さんも、藤の花に関する日記だと思われて、藤の俳句を見に来られたのでしょうね。
かみ風船さん、ごめんなさい、だましページでした。
けれど、心の寛いかみ風船さんは、「藤色は夢心地の色」かもしれないと、相聞歌とのつながりを見つけてくれました。
「藤色は夢心地の色」・・・この言葉は、老仁に、いろいろのことを想いださせたり、連想を生み出させたりしてくれます。
紫緒という女性にまで縁がつながっていきました。
若い頃、<幻影の女>を求めて彷徨っていた頃、巡り会った<幻影の女>を、紫緒と呼んだのでした。
紫緒は、幻影だから、具体的なものは何一つないのですけれど、
なぜ、恋として成就しなかったのかを、問いつづけているのです。
老仁がどうあればよかったのか・・・
紫緒が求めていたものは何だったのか・・・
永遠の謎なのでしょうね・・・
けれど、ミラクルではなく、究極の恋を生きた良寛さんと貞心尼さんがいるのですね。
良寛さんがどんな存在だから、この恋は成就したのか・・・
貞心尼さんが何を夢見ていたから、良寛さんを愛したのか・・・
遠く、西行さんも、恋を詠む。
一休さんも、愛を享受した。
そして、良寛さん。
老仁の出る幕ではありませんけれど、
そんな人たちの求めた愛の有り様を、
愛の夢を、
追っていこうという夢のひとり遊びを楽しんでいるのでした。
★★★ 『 この人と一緒に歩きたい 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 14103 ♪♪♪

。。。 ≪ かみ風船さん、はじめまして、老仁です。
さびしい田舎の侘び住まいにお尋ねくださってありがとうございます。
藤の花も、もう、時季外れですけれど、なぜだか、良寛さんと貞心尼さんの恋に、重ねてしまいました。
藤色が夢心地をもたらしてくれるのかもしれません。
ありがとうございます。
とりわけ、貞心尼さんの恋に、藤色感じるんですよ。
藤色というよりも、紫色なのかもしれませんけれど。
藤紫と重なるわけではありません。
紫といえば、薊なんですけれど、
貞心尼さんの恋に、薊色感じるんです。
薊色の恋は、老仁の妄詩の世界では、
紫緒の恋というつながりも持っているんです。
まだ、貞心尼さんのこと調べていないのですけれど、
その入り口で、色々想像して、ひとり遊びを楽しんでいます。
かみ風船さん、ほんとうにそうですよね、「苦しいことや悲しいことが一生続く分けが無い」んですよね。自然の流れは、つくづく調和がとれているんだと、感心します。人生も、自然の流れに即して流れるのがいいのでしょうね。
自然に帰れというのは、雨のち晴れを生きましょうよ、ということなのでしょうね。
かみ風船さん、いろいろ生きるヒントをありがとうございます。 ≫ 。。。
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★★★ 『 み仏も寝たがる汝れと花の宵 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 14903
♪♪
★★★ 『 独りなれば観音吾を抱き給う独りに在らずば現れるなし 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 13503
♪♪♪
★★★ 『 幻影のひとのなお呼ぶ雪の道 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 14204
♪♪♪
〇-----*****************************************-----〇
2008年05月02日
花愛語風も愛語の愛狂

★ 瘋癲老仁妄詩 31801
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
花愛語風も愛語の愛狂
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
昨日、草呼さんから、
花苗と野菜苗をもらってきました。

花の苗です。
狭い庭が、これらの花で埋まってしまいます。
今年は、野菜苗ももらいました。
今年から、プランター菜園はじめるつもりだと話したら、
これも、これもと、持っていけという。
植えるところないから、
それに、まだ、要領もわからないから、
今年、練習をして、
また、来年、いっぱいもらいに来る、ということにして、
今年は、
鷹の爪やナスなどをもらいました。
こんな狭い花壇に植えるんです。

今朝、早くから植えて、昼までにまだ半分終わりません。
日差しが夏のようです。
夕方、また、植えつけますよ。

狭い庭が、草呼花園になると、
花さんのあい風が、いつも、いつも、希望と勇気をもたらしてくれるのです。
花さんからもらう愛語が、
細胞に伝わって、
元気の元になるんですよ。
また、残りの花さんたちを植えることにしましょう。

2008年05月01日
老いるほど色に出るちゅうさくら染め

★ 写真俳句 0801401
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
老いるほど色に出るちゅうさくら染め
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
桜の季節も終わりました。
ネット吟行をはじめて、北海道や陸奥、越後の桜さん達とも巡り会うことが出来、また、その風土と人情にも触れることができて、櫻への思いも深くなったように感じます。
散るさくら残るさくらも散るさくら 良寛
とりわけ、良寛さん、貞心尼さんとの出会いを通して、
<散るさくら>への思いがひとしお強く心に迫ってきました。
★★★ 『 幻視する愛の彼方に散る桜 』 ★ 良寛の恋00101 ♪♪♪
★★★ 『 残るものなくてさびしき散るさくら 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 31601 ♪♪♪
そして、あれほど無心に老仁と遊んでくれていた愛呼に、すこし変貌の兆しがみえてきました。そして実際、ふっと、愛呼の明るい表情に、ある種の翳りがよぎることがあるようになりました。
★★★ 『 天使にも陰のありけり酔芙蓉 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 7303 ♪♪♪
★★★ 『 愛呼今銀河の裏で変貌す 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 13901 ♪♪♪
愛呼がどことなく女っぽくなってきているのです。
女っぽい精霊さんがいても、不思議ではありませんよね。

良寛さんの逞しい命力が、櫻の老木のような穏やかさと風格を持ったものであることを、感じています。見た目は荒いようだけれど、洗練された座り様を感じるんです。精気が漲っているし、柔らかいオーラに包まれているのですね。
櫻染めは、厳冬の樹皮がいちばんいいさくら色を出すそうです。
良寛さんのような精進し尽くした存在が、いちばんいい愛色を醸し出すことができるのでしょうね。
その藍色を絞り出すことのできた貞心尼さんの存在もまた、辛苦の末に、良寛さんと響き合ういい愛色を醸造していたのでしょうね。

仄かな紅の櫻染めのような愛があった。
そんな愛の有り様を探り出せたら素敵でしょうね・・・

――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
散る櫻声にも色にもだせぬ恋
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――

