2009年11月28日

妙好人われは霜踏み散らすのみ


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 雲人さんの日記 『 妙好人 』 をネット吟行してきました。
 いつもたくさんのヒントと学びをもらっています。
 今日は「妙好人」を学びました。
 まさに良寛さんは妙好人なんだろうと思います。
 聖人や禅師と呼ばれますけれど、あんまり偉すぎて、良寛さんが遠くなってしまいます。「妙好人」を知ったら、老仁の良寛さんにぴったりの言葉になりました。
 好々爺くらいの親しみがあって、いい言葉ですね。


 雲人さん、いつも知る楽しみをありがとうございます。



☆☆☆ 雲人さんの日記 『 妙好人 』 へどうぞ!!! ☆☆☆ 



★ TAO交心09n112601


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妙好人われは霜踏み散らすのみ


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 学ばざれば憂い無し、といいますけれど、
 最近、ほんとうに、無知が嬉しくなってきているのを感じます。


 それは幼稚な喜びでもあるんですけれど、
 無知だったから、今更ながら、知る楽しみが芽生えてきました。


 村さんに冬胡瓜の苗をもらっていたんですけれど、一本は枯れ、一本は、二つ胡瓜が生りましたけれど、あとは小さいまんま萎びてしまいます。昨日村さんが寄ってくれて、様子を見てくれました。土が悪いといわれていたので、隣の資材置き場の畑廃土をもらって被せていたんです。きつか、きつか、いきできんちいいよろうが、と泥を外されました。胡瓜の声が聞こえるんですね。
 胡瓜の声が聞こえるほど、胡瓜の命がわかっているんだと思いました。よし、胡瓜の声が聞こえるようになろうと、思ったのですけれど、10年作ったくらいでは、まだ、聞こえないでしょうね。あと10年生きられるかどうかわかりませんけれど、胡瓜の声を聞く楽しみができました。
 村さんも、妙好人なのだろうなぁと感じますけれど、そんな理解でもいいのでしょうか。


 巷間には村さんみたいな人はいっぱいいるのでしょうね。
 雲人さんのおばあちゃんもすばらしい。けれどおばあちゃんにはただのあたりまえのことなんでしょうね。


 おばあちゃんのすばらしさがすこし見えてきたように思えます。
 雲人さん、いつも、いい道標をありがとうございます。



 妙好人われは霜踏み散らすのみ   仁

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★★★ 『 吾が道を貫けきらら空っ風 』 ★ 交心俳句09n112802 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月26日

なおひとり霜の山路を歩むかな


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★ TAO交心09n112005


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なおひとり霜の山路を歩むかな


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  おはよう、果呼さん。
 お返事遅くなってごめんなさい。
 今日は筑後も冷え込んできました。信州は雪かもしれませんね・・・



 雪に今名残の紅葉映えにけり   仁



 そんな景を想像して遊んでいます。
 そんな景、ありますか・・・



 そうなんだ、果呼さんは白のシクラメンが好きなんだ。
 仁も、白が好きだったんですよ。若い頃は・・・
 けれど、加齢の裡に、紅や絞りも好きになってきました。ま~るくなってきたのでしょうね。好みに拘らなくなって、それぞれのよさを楽しめるようになったといえるのかもしれません。


 人についても同じなんですよ。
 やっぱり好みがあって、共鳴、共振のない人とは、とてもじゃないけれどおつき合いできなかったのに、今では、少々の、隔たりはあっても、何とかおつき合いできるようになってきているんです。大人の人とも、あんまり普通にじゃありませんけれど、おつき合いしていけるようになっています。連続で、三つも、OB会のバスツアーに行くんですからね、我ながら、革命的な豹変ですよ。
 加齢の紅葉でしょうか・・・
 ちがった、加齢の効用でしょうね。


 明日を知れぬ無常迅速が一瞬一生を受容させてくれるようになってきたのかもしれません。加齢は、世間がいよいよ狭くなることです。今の老仁の世間は、ただ、四畳半菜園の日々に関わるおつき合いくらいですからね。まるで世間の人と会わないことが普通の日々になってきました。だから、機会があれば、出かけるようにもなってきたのかもしれません。



 白でいることむずかしき秋の暮   仁



 果呼さんは、今が旬ですか。
 お誕生日も忘れるくらいの忙しい日々なのでしょうね。色とりどりのシクラメンも贈り物いただけるような花形さんですからね。果呼ワンダーランドにはネットのお友達も花盛り。果呼さんの声が聞けないと、みんな寂しがりますね。
 果呼さんにはカリスマ性が潜んでいるのかも知れませんね。



 > 記念日を わするる朝 花とどく   果呼



 はなやぎの隙間に白のシクラメン   仁



 でも、ときどき、白のシクラメンに心和らぐ時を求めることがあるのでしょうね。
 白のシクラメンの時を、はなわらわがあそんでいるのかもしれません。
 そして、はなわらわの時は、日記に現れても、サロンに集う人々を、それぞれのはなわらわの時に誘っているんですね。



 心は嘘をつかないから、人々は華やぎの中に、心の故郷のようなはなわらわの時を享受して、果呼ワンダーランドのサロンを遊んでいるような気がします。
 みんな、みんな、さびしいのでしょうね・・・



  なおひとり霜の山路を歩むかな   仁

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★★★ 『 現れぬあなたあきらむ霰降る 』 ★ 交心俳句09n112601 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月25日

我忘れ光るもみじを恋いにけり

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★ TAO交心09n112501


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我忘れ光るもみじを恋いにけり


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 零呼さん、今日も交心ありがとう。
 今朝は、インフルの予防接種をして、朝の内外出、昼から、青空に魅せられて、神奈備の女(ぞ)山へドライブしました。清水寺の本坊庭園に寄ってみたんですけれど、紅葉見物の人の多いこと。タイかどこかの観光客も連ねて並んでいました。
 雪舟作の庭園だといわれているのですけれど、借景の山を月が上って、心字池に映るんだそうです。
 紅葉も池に映るようですけれど、座敷からの見物しかできないから、池に映る紅葉は見えませんでした。色合いも今一です。案内の話では今が一番の見頃といいますけれど、鮮やかに、というわけにはいきません。
 三重の塔の紅葉も、くすんだ感じでした。
 それでも光が当たって、部分的には、美しい所がいっぱいありました。



 我忘れ光るもみじを恋いにけり   仁



 帰って、寛いでいたら、眠り込んでしまっていました。
 返事が遅れて、ごめんなさい。



 > 毛糸玉転げ落ちての縁かな   淡桃花



 日向ぼっこしながらの編み物の情景を想いますけれど、毛糸玉が落ちての縁というのが面白いですね。
 仁風に読み込んでいくと、人の巡り会いもそのようにおおらかなものであり、一期一会の思いがけなさやありがたさがあり、無為自然の営みとして、解き放たれているのを感じます。その親しさと心やすさは宇宙の愛に抱擁されていることによるのでしょう。自己もなく、他己もなく、光と風の戯れるような縁のように感じられます。



 もみじ葉に光と風の戯るゝ   仁



 そんな愛に巡り会い、戯れることができたらHappyでしょうね。
 遊行時空の愛はそのようにあるのだろうと想像しているのですよ。

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★★★  『 光れ光れ光の中を散る紅葉 』 ★ 交心俳句09n112503 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月23日

良寛短歌仁五行詩訳1126あまつたふ日は傾きぬたまぼこの家路は遠し袋は重し


★。・。・゜♪゜・。・。★ 良寛短歌仁五行詩訳 ★。・。・゜♪゜・。・。★



★ 良寛短歌仁五行詩訳1126


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あまつたふ日は傾きぬたまぼこの家路は遠し袋は重し


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 もう日は西の空に落ちてしまったよ。
 これから家路につくんだけれど、
 草庵までほど遠いんだ。


 今日はお布施物をいっぱいもらったから、
 頭陀袋がずっしり重いよ。

 いっぱい喜捨をもらって、ずっしり重い頭陀袋を下げて、家路につく良寛さんがいます。
 重い心を引きずって・・・

 良寛さん、もう、いいよ。
 すっからかんで生きましょうよ。
 命ひとつ、
 もう、喜びで満たして、生きましょうよ。


 遊行三昧のひとり遊びを、ゆっくり、享受しましょうよ。

 草庵に辿り着くと、ひと息つきます。
 長い夜が待っています。
 人恋しさが募ります。


 心は自ずから、
 湧き来る詩歌の世界を遊行するんです。

★。・。・゜♪゜・。・。★ 良寛さんの歌 五行詩で訳 ★。・。・゜♪゜・。・。★




★ 交心俳句09n112303


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山茶花や良寛忘れて花ぐるい


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★★★  『 山茶花の花びらに観よ遊行の門 』 ★ 交心俳句09n112302 へどうぞ!!! ★★★


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2009年11月21日

掌に林檎載りけり誰と喰う


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★ TAO交心09n112101


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掌に林檎載りけり誰と喰う


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★★★ 『 寒月やときにはひとり咆吼す 』 ★ 交心俳句09n111802 へどうぞ!!! ★★★

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2009年11月20日

冬木立新たな夢を孕みけり


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★ TAO交心09n112001


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冬木立新たな夢を孕みけり


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 零呼さん、おはよう、今日も交心ありがとう。
 雨催いの空です。雨の降る前に、日課のごてづくり勤しんできました。花を植える準備です。先日もらった廃土を花壇に混ぜ込んでいます。すこし土質がよくなってくれればHappyですけれどね・・・
 狭庭ですけれど、なにしろお金のかからない工面をしながらの四畳半菜園です。
 今年は初めての試みですけれど、ビオラの種をポットに播いてみました。なかなか発芽しなかったのですけれど、今少し成長しはじめました。
 春菊の種のように有り余るほど袋に入っているのかと思ったら、数えるほどしか入っていないんです。ビオラは種取にくいのでしょうね・・・
 種取の見習いもしてみようかなぁとひそかに楽しみにしています。
 朝顔の種がもう熟しつつあるんですよ。これは採って、来年播くことにするつもりです。


 命はひとつひとつそれぞれの性質があって、土や肥料の好みも違うんだそうです。
 今までどれも同じ土、同じ肥料をやっていました。無知ですね。
 花さんが大好きなのに、結局、美しさを眺めるだけの好きでしかなかったんでしょうね。
 花さんのいのちにまで触れて知りたくなるほど愛していたわけではないのでしょう。
 花ぐるいは、蝶よ花よと渡り歩くだけのよいもの遊びなんですね。


 もうすこし、花の命のことも知りたくなりました。
 育てながら、知る楽しみも遊んでみようと思います。



  > 夢を見て夢散り去らん冬木立   零呼



 木の葉も一仕事して、役目を終えたら、祝賀の紅葉に酔って、散っていくのですね。
 散って新しい芽を吹くのです。
 夢もまた輪廻転生するようになっているのかもしれません。一つの夢を育んで、いいところで散らせるのは、夢にとっても自然の流れです。来年はもっといい気候に恵まれて、もっと美しく育つかもしれませんし、アクシデントがあって、枯れてしまうかもしれません。枯れても、また、来年は新しく再生できるんでしょう。命がつづいていれば、夢は、失われることはないのですよね。
 草木が花を咲かせるように、人間の命は夢を咲かせるようにできているのでしょう。



 冬木立新たな夢を孕みけり   仁

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★★★  『 つきぬけた愛に遇わんや返り花 』 ★ 交心俳句09n112002 へどうぞ!!! ★★★


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2009年11月18日

足跡のなきもシンクロ雪兎


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★ TAO交心09n111801


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足跡のなきもシンクロ雪兎


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 果呼さん、交心ありがとう。
 返事遅れて、ごめんなさい。
 また、雪ですか。いいですね。
 九重も、昨日は、やっぱり雪だったそうです。傍まで行っていながら、寄らない愚かさ。ツアーはままなりませんね。
 なんと、昨日は、牧ノ戸で、雨氷もできたという話です。雨が急激に冷えると、樹木や花について、そのまま凍るんだそうです。そのまんま雪中花みたいになるんでしょうね。きれいでしょうね。
 信州でも、そんな雨氷できますか・・・



 足跡のなきもシンクロ雪兎   仁



 雪の兎を愛していれば、雪兎がいちいち足跡を残さなくても、山路のどこかに雪兎さんが潜んで、切なく生きているのを感じることできますよ。時々雪の落ちる音や、風の音にも、雪兎さんを感じることができるでしょう。あい風がその消息を伝えてもくれるでしょう。愛する者はつながり合っているのですよ。
 愛に証しは必要ないのです。



 一期一会の巡り会い。
 お互いに大切にする心が愛なのでしょうね。
 あい風の訪れがなくなったら、雪兎さん病か餓えで亡くなったのかもしれません。冬山の生き物さんたちには過酷な雪なのですね。



 雪兎春には顔を見せたまえ   仁

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★★★  『 寒月やときにはひとり咆吼す 』 ★ 交心俳句09n111802  へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月16日

肩の荷も紅葉と渓に散らさんか


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  雲人さんの 『 公用から紅葉の効用・・・。 』 をネット吟行してきました。
 お仕事の合間を、風の吹くままに、周辺のマイロード、マイランドをドライブされるんです。いつも越前の山野や海辺を遊泳させてもらいます。


  多忙の真っ直中でも、自遊人の心を失わないスタンスが道標ですね。
  毎日が、暇の真っ直中で、自遊を見失ってしまいそうな瀨惰仁になってしまいそうですから、いつも、目ざまさせてもらうんです。



★ TAO交心09p102502


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肩の荷も紅葉と渓に散らさんか


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 進行形の紅葉がうつくしいですね。



 凋落間際の紅葉が好きなんですけれど、
 これからいよいよという進行形の闌前も、わくわくがあって、いいですね。



 肩の荷も紅葉と渓に散らさんか   仁



 老仁には肩の荷さえ恋しくなる秋の夕暮れです。



☆☆☆ 『 公用から紅葉の効用・・・。 』   へどうぞ!!! ☆☆☆

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★★★  『 北風や仔猫に野性目覚めんか 』 ★ 交心俳句09n111601 へどうぞ!!! ★★★



★★★  TAO交心09p100804★『 拾うものは拾い捨てるものは捨てる秋だもの 』 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月15日

夜を歩く夜露が欲しくなりければ


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★ TAO交心09n111501


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夜を歩く夜露が欲しくなりければ


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 果呼さん、ただいまです。
 といっても、もうずいぶん経っていますけれど・・・
 一眠りしてしまった。
 二三日徹夜しても平気だった頃が懐かしく想い出されもしますね。もう追憶の世界には戻らず、遊行三昧を楽しもうと思っても、追憶を消すことはできませんね。
 懐かしみも、今を楽しむことの一つとして、遊行時空の中なんでしょう。
 加齢という現実を引きずっての遊行三昧ですものね・・・



 果呼さん、老仁は、心すっぽんぽんですよ。
 そのまんま575で交心は、すっぽんぽんで交心しましょうなんですからね。もし、果呼さんにまだすぽんぽんの老仁の心が覗けないなら、老仁がまだすっぽんぽんになっていないということですね。そりゃぁそう簡単にすっぽんぽんにはなれませんから、あたりまえのことといえばあたりまえでしょうけれど・・・


 良寛さんもすっぽんぽんのようだけれど、心の心奥は闇のまんまでしょうね。この闇は、良寛さんにだってどうにもならない業みたいなものでしょう。どうしようもないものだから、闇のまんまでいいんです。見ようとか、なくそうとしたって、見えてくるものじゃなく、なくなるものでもないんですからね。苦行者は、きっと、ここで格闘しているのでしょうね。
 お釈迦さんもこの闇に押し潰されて出家したのかもしれません。
 死ぬぎりぎりまで断食して、死にたくないと思って、気がついた。生きたいから、生きればいいんだ。シンプルですね。


 自らを光として生きよ。
 それだけでいいのです。
 なのにみんな、お釈迦さんの真似をして、苦行して、学問して、欲望断絶してしまうんです。欲望断絶という高級な欲望に嵌ったんでしょうね。悟りに階級までつけてくれました。たくさんの人がその階段を上っているんですね。いいですけれど・・・


 良寛さんは、こんな階段上らないぞ、といって苦しんだんです。何で苦しんだのか。階段上らないで、同じ高さの悟りを持とうと欲望したのでした。
 いまじゃぁ、やっぱり、その悟りの最高位にいるから、偉人なのでしょうね。


 でも、愚かな偉人さんだから、気安くていいですね。
 子どもたちからばかにされても、それがうれしくてたまらないという不思議さが面白いですね。土に埋められて、殺されそうになっても、文句一ついわないすっぽんぽん。命も授かり物だから、いつどんな形で召されても、今までありがとうございましたと感謝しているのかもしれませんね。
 犬ころのように死んでいける。・・・これは道元さんも、お釈迦さんもできなかったお話です。一休さんだって、できっこありませんね。
 でも、良寛さんは、犬ころのように死んでいくたくさんの村人達を見てきたんですね。
 そんな村人達にどんな救済もできない自分が、一人生き延びることは、苦しいことだったのでしょうね。ほんとうに大愚だったんでしょう。


 ただの愚仁は、やっと遊行時空見つけたんだから、あと十年は遊行時空を遊びたいよ、と欲望丸出しなんですよ。悟りなしでも、良寛さんのように、貞心尼さんと遊びたいよ、と恋ぐるいを絶叫しているんです。けれど、力無しの瘋癲老仁の遊行三昧は、ただの言葉遊びにしかなりません。
 だから、開き直って、言葉遊びの遊行三昧楽しんでみます。
 言葉だけのすっぽんぽんを楽しんでいるんですよ。



 言葉の遊行時空には、心も、真実も、手触りもいりませんから、ごめんなさい、覗いても、何にも見えないんですよ。
 見えるのは、皺クチャのただの老いぼれが、腰も曲がって、ヨボヨボ歩いている姿です。
 ヨボヨボの老いぼれでも、心は空っぽで、観自在、自らを光として、好きな生き方できるから、人間って、すばらしいですよ。
 人間って、楽しくて、Happyで、ビューティフル。
 やっぱり、死にたくなくなりますね。
 自分の命に恋をして、命ある限り、Happyに、生きていきたいと念じるんですよ。


 果呼さんも、楽しく、Happyに、ビューティフルに生きてくださいね、と祈るんですよ。少し、その喜びを交心しましょうね、とおねだりするんですよ。



 夜を歩く夜露が欲しくなりければ   仁

★★★  『 草の露散りし紅葉を映しけり 』 ★ 交心俳句09n111401 へどうぞ!!! ★★★



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★★★  『 空蝉の銀杏黄葉と散りにけり 』 ★ 交心俳句09n111502   仁



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2009年11月12日

返り花時には徒なる花も咲け

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★ TAO交心09n11202


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返り花時には徒なる花も咲け


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 零呼さん、今日も交心ありがとう。
 さびしがりやさんの零呼さん、寄り添ってくれる啄木さんがいてくれてHappyですね。きっと啄木さんもHappyですよ。Happyは交心ですからね。あの世もこの世もないんです。心は、時空を越えるんです。



 > 啄木を真似て花買う暮の秋   零呼



 そうなんだ、零呼さんも真似上手になってきたんだ。
 そうなんですよ、真似上手は、心を豊かにしてくれるんですよ。やわらかくも、熱くもしてくれるんです。心はシンクロするんです。



 小春日の花に啄木寝まりをる   仁



 啄木さん起こして、花の蘂食べながら、語り合いましょうね。
 花は宇宙の造化ですから、共鳴共振するんですよ。



 花壇を掘って、鉢植えの利休梅を植え直していたんですよ。
 今朝、返り花を一輪咲かせてくれていました。
 あまりの小春日に小躍りして喜んだんでしょうね。植え直した時すこし剪定しているから命が躍動しているのでしょう。
 人間も輸血をすると、造血が活発になるんですよね。
 命は、古いものは脱ぎ捨てるようにできているんです。常に新しくなろうとするのが命の働きなんです。
 考えも、愛も、同じですよね。
 古いものは脱ぎ捨てて、常に、新しく交心していくのが楽しいですよ。
 歓喜は恍惚です。
 脳が喜んで、細胞を奮い起こさせるのでしょうね。



 返り花時には徒なる花も咲け   仁


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★★★ 『 冬桜いずれ散る花愛おしや 』 ★ 交心俳句09n111201 へどうぞ!!! ★★★



★★★  『 冷さまじやひとり歩いてのこり花 』 ★ ネット吟行 09p102402 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月11日

秋風や朝の紅顔愛しむ


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★ TAO交心09r082401


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秋風や朝の紅顔愛しむ


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 花人さん、いつもサポートありがとうございます。



 長い長い幻の連続の終着駅がいつ来てもいいようになりました。
 一瞬一生の思い強くなるばかりですね。
 むなしさ、さびしさとお友達に、少しなってきたようです。



 秋風や朝の紅顔愛しむ   仁



 仁は黒だから、黒顔ですけれど・・・
 こうがんを変換したら、睾丸がでました。



 秋風や朝の睾丸愛しむ



 これは俳句ですね。
 PCが作った俳句です。


 蓮如さんの罰が当たりませんように。



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  花人さんより、  『 処暑の庭猫と地を這い木に登る 』 にサポートもらいました。


★★★  『 処暑の庭猫と地を這い木に登る 』 ★ 交心俳句48401 へどうぞ!!! ★★★



 。。。 ≪ >仁は、今では、もう、一瞬一生ですから


 然り、ですね。蓮如は、
 「この世の始中終(しちゅうじゅう)幻のごとくなる一期なり・・・
 朝には紅顔あって、夕べには白骨となれる身なり・・・」と残しています。


 私も日々、夜が明け、鳥のさえずりを聞きますと、今日も命に恵まれたとしみじみ思います。 ≫ 。。。



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★★★ 『 窓に置く篝火花の暮れ残る 』 ★ 交心俳句09n111101 へどうぞ!!! ★★★



★★★  ネット吟行09p100401★『 霧ぬけて天空に立つ棚田かな 』 へどうぞ!!! ★★★



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ リンク ★ 。・。・゜♪゜・。・。★




 

2009年11月11日

それぞれに言葉は力草の花


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★ TAO交心09r082501


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それぞれに言葉は力草の花


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 雲人さん、いつもサポートありがとうございます。


 良寛さんは少年栄蔵の時から文学少年だったんでしょうね。庄屋の息子として子どもの時から塾通い。漢詩を覚えさせられて、文芸仲間もできていたんですね。
 で、突然の出家。教典も相当読みあさっているようですけれど、文学の世界が消えない。修行もさぼってぼんやり栄蔵を遊泳していたようです。けれど、文学的に教典も読んだのかもしれませんね。だから独自の世界観が持てたのでしょうし、差別収奪機構の中に組み込まれていく仏教界に異議申し立てをしつづけたのでしょう。
 円通寺で出会った老荘の思想にはまり込んだようですね。
 道元さんと荘子さんが同居してしまったんですね。


 それにしてもすごい読書量と記憶力。それが修業なのでしょうけれど。
 雲人さんもすごい読書量と記憶力でしょうね。
 先日湯布院の旅を一緒した友人たちもすごい読書家です。記憶力もすごいですけれど。最後におよばれした友人宅は、玄関入るなり書棚ですから、圧倒されます。書斎は書棚に埋まるようにわずかな空間の机。しかもファイリングがすごいのに驚きました。
 雲人さんもファイリングがすごいのでしょうね。



 一衣一鉢。無一物の良寛さんは心一つです。
 吟遊詩人のように詩歌が湧きだしてくるのでしょうね。なにげない詩歌にさえ本歌取りのような事蹟が踏まえられているようですから、良寛さんの脳に蔵書とファイリングが詰まっていたのでしょうね。


 雲人さんも講演される時はテーマに沿って話せば話すほど湧きだしてくるのでしょうね。すごい世界がありますね。


 老仁は六十路の手習い、やっと良寛さんを読みはじめ、万葉集を読みはじめの好奇心全開です。鈍牛ですけれど、楽しみながら、交心しながら、読み進んでいこうと思っています。


 これからもいろいろお導きお願いします。
 歎異抄のお話も心に迫ってきました。
 ありがとうございます。



 それぞれに言葉は力草の花   仁

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★★★  『 窓に置く篝火花の暮れ残る 』 ★ 交心俳句09n111101 へどうぞ!!! ★★★


★★★ 『 男体と女体と添いぬ草紅葉 』 ★ ネット吟行 09p100102 へどうぞ!!! ★★★


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2009年11月08日

挫折よりはじまるいのち酔芙蓉


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★ TAO交心09p101401


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挫折よりはじまるいのち酔芙蓉


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  花呼さんと交心できてHappyですね。


 人には、誰にも、心のどこかに、大きな穴がぽっかり空いていて、
 時々、その穴に落ち込んで、
 戸惑い、あがき、思い悩むことがあります。


 けれど、何度か落ち込んで、這い上がってみると、
 あの穴の中の空虚が、懐かしくさえ感じられるようになってきます。


 現実が明るさに満ち、
 平穏で、
 幸せに溢れているときは、
 心の穴っぽに落ち込むことはありませんけれど、


 何ごとか、心を迷わせたり、悩ませたりする出来事に遭遇すると、
 気づかず、穴っぽこに、落ち込んでしまっているのです。


 何度目かの落ち込みで、
 実は、その穴っぽこが、自分らしさの、居場所だってことに、気がつくようになります。
 はじめのうちは、逃避場所だと思い込んでしまいますけれど。



 穴っぽこが増えるほど、心が解き放たれて、
 心が新しい世界に躍動しているのを感じます。



 新しい自分の誕生です。
 これは、青春と同じで、何度でも起こる、自己実現の夢です。



 心の穴っぽこから、新しい自分を飛ばせるとき、
 自分自身への、新しい恋がはじまります。
 自分自身に恋しないで、人を愛することができるはずはありません。



 世界は未知の誘惑に溢れ、輝いているのです。



  挫折よりはじまるいのち酔芙蓉   仁

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★★★ 『 幻影の女(ひと)に逢いしやひそと紫苑 』 ★ ネット吟行 09p100502 へどうぞ!!! ★★★


★★★  『 流星を念かけ念かけ待ちにけり 』 ★ 交心俳句09p102101 へどうぞ!!! ★★★


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2009年11月08日

冬立つや物みな命蓄ゆる


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★ TAO交心09n110801


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冬立つや物みな命蓄ゆる


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 零呼さん、おはよう。
 今日も交心ありがとうございます。



 > どちらにもかたよらざりし生きかたの支点の愛はうごきませんか   零呼



 愛は動く・・・いい言葉ですね。
 動かなければ、愛にはならないでしょう。けれど、動くその動きが様々だし、人それぞれなのでしょうね。
 「偏る」は「片寄る」で、一つ方向に集中してしまうことです。
 人は、いつも、どこでも、今とここを、一つしか生きることができません。から、今とここは、いつでも、「片寄って」います。片寄ってしか生きていけないのです。
 片寄ってしか生きていけないから、別の生き方を失ってしまうことが多いのですね。
 別の生き方を失ったら、豊かさも失うし、狭い世界になるし、無知にもなっていくでしょう。だから、片寄ってしか生きられないけれど、別の生き方も知って、そこも生きるようにできるといいですね。せっかく生きているのですから、世界は広くて、いろいろの出会いがあった方が楽しいですよ。
 片寄って、その生き方しかしない生き方を、物の見方考え方を、「偏り」「偏向」というのでしょう。
 「偏り」「偏向」は、他を見なくなったり、排除したりしますから、怖いですね。過ちも犯しやすいんですよ。愛は、その本性に拠らないと、「偏り」になってしまいます。拘りになったり、偏執にまですすんだり、排除し、差別し、不寛容になり、偏りに反するものを憎しんだりします。愛憎裏表なんですね。
 人間の悲喜劇のほとんどは愛憎裏表のドラマですね。
 文芸の主なテーマはこの愛憎裏表劇でしょう。そして永遠のテーマは、この愛憎裏表劇をどう超克するかなのでしょう。



  偏るも偏らざるも心にて命はただただ燃ゆるばかりよ   仁



 愛の本性による生き方というのはどういうのでしょう。
 これも人の心ですから、理解の仕方ひとつで、さまざまな内容を持っているんです。定義できると「偏る」ことになるでしょうね。自分の納得する本性を見つけ出し、創りだしていくのがいいでしょう。心を開いて、柔軟に。


 老仁の愛の本性は、開かれた愛です。解き放つ愛です。癒す愛です。
 開かれていること、解き放つ力を持っていること、癒す力を持っていることを、愛の本性だと考えているんです。だから、老仁は、そんな愛を生きたいと念じています。


 そんな愛を便宜上「宇宙の愛」と呼んでいます。
 「TAOの愛」とも呼びます。


 TAOでは、天地不仁です。
 人間の計らいを越えて、万物は生々流転するんです。燃焼し、消滅するんです。無常で、また無情です。燃焼し、消滅する命が、生々流転しているのでしょうね。
 生々流転が命の動きです。
 命の動きは他の命との出会いであり、他の命との融合であり、他の命との別離です。みんなつながり合って起こることです。このつながり合いが宇宙の本性で、それを仁は「宇宙の愛」と呼んでいます。TAOの愛です。つながり愛なんです。


 人間の愛もまた宇宙の愛の表れでしょう。


 「仁」という文字は「人」と「二」で作られています。
 「人」の文字自身が一と一の支え合いで作られていますけれど、「二」も、一と一の支え合い、重なり合いです。「あなた」と「わたし」のつながり合いです。この「わたし」と「あなた」とをつないでいる力が、つながり愛、愛なんです。
 この「あなた」と「わたし」のつながり愛が「仁」なのです。
 ですから、「仁」は「宇宙の愛」と同義語なんです。「宇宙の愛」がこの宇宙の根源であり、主宰者なんだろうと思っています。人類が神と呼び、仏と呼ぶものと同じ時空の概念でしょうか・・・



  だから、仁は、開かれた愛です。解き放つ愛です。癒す愛です。
 「仁義」の「仁」じゃないんです。「仁義」は人間社会の支配の論理なんですね。支配しやすいように呪縛するんです。愛国心は呪縛ですね。


  偏らない愛、開かれた愛は、だから大いに動きます。自在に動きます。今とここを命のままに燃焼するんです。今とここは、無常迅速。一期一会ですから。
 愛は、一瞬一生です。



 冬立つや物みな命蓄ゆる   仁

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★★★  『 冬なれば軽んじめすな猫の愛 』 ★ 交心俳句09n110801 へどうぞ!!! ★★★



★★★  『 ひんやりとここちよき風秋海棠 』 ★ ネット吟行 09p100103 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月07日

ひとひらのなれにふりけりちるさくら

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★ TAO交心09n110602


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ひとひらのなれにふりけりちるさくら


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 悌呼、おひさだね。
 よかった。
 よかった。
 ここへもどってくるこころ、
 ありがとう。


 今は、何にもないここだけれど、
 ここには、いつまでも、
 初心があるんだよ。
 
 初心にもどれると、
 また、はじまるんだよ。



 > なぜかもうおばなもこわくなくなりき    悌呼



 よかった、
 よかった。


 悌呼が戻ってくれて、Happyだよ。



 仁の自画像、
 そんなのあったのか・・・
 そんなお話よくしていたものね・・・


 そうなんだ、悌呼が、
 野晒し観るようになっているんだ・・・
 しみじみだね。


 悌呼がハグしてくれるから、
 仁も、ずっと、悌呼をハグしているよ。
 でも、仁より先に、野晒しはダメだよ。


 仁が、先にいって、
 居心地のいい浄土作っているよ。



 ゆっくり、遊んでいらっしゃい。



 散るさくら残るさくらも散るさくら   良寛



 ひとひらのなれにふりけりちるさくら   仁

☆☆☆  悌呼の世界09n110301☆『 なぜかもうおばなもこわくなくなりき 』 へどうぞ!!! ☆☆☆

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★★★  『 返り花老いを知らずと嘯きぬ 』 ★ 交心俳句09n110601 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月06日

初冬のひかりやわらかき木立かな

 



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★ TAO交心09n110601


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初冬のひかりやわらかき木立かな


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 零呼さん、今日も交心ありがとう。


 > 訪れし人見つければうれしさの日だまり胸にいただきました   零呼



 ほんとうに、人の訪れは、心に、うれしさの日だまりもらうように、ぬくぬくほっこり、心地いいですね。縁もゆかりもないような人の群の中にも、思わぬ心の交わりも生まれるものなのでしょう。一期一会の縁は、人の心を、菩薩の心に回帰させるもののようです。
 明日がないと、人の心は、かぎりなくやさしくなるのでしょうね・・・



 行きずりの人にもらいしやさしさや今日を限りの命ぞ熱し   仁



 たかがネットじゃありませんよ。
 ネットなればこその愛浄土が溢れています。
 ネットも人の心の写しなんです。
 軽んずれば、たかが。
 大切にすれば、されど。
 不軽、不争。
 やわらかなつながり愛に、ただ、ただ、ありがとうです。
 ありがとうが、愛のはじまりですから。



 初冬のひかりやわらかき木立かな   仁

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★★★  『 返り花老いを知らずと嘯きぬ 』 ★ 交心俳句09n110601 へどうぞ!!! ★★★



★★★ 『 冷さまじやひとり歩いてのこり花 』 ★ ネット吟行 09p102402 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月02日

今日よりは遊行時空も枯野かな


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★ TAO交心09n110202


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今日よりは遊行時空も枯野かな


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 零呼さん、今日も交心ありがとう。



 > 美しささまざま秘そむ枯野かな   零呼



 いいですね。これTAOの心ですよ。
 一瞬、老仁が詠んだ句だ、と思ってしまうくらいでした。仁も、いつか、こんな句を詠むことになっていたでしょう。
 零呼さんが先に詠んでしまいましたね。
 脱帽です。


 心虚しくすれば、あるがまんまの枯れ野が見えてくるんですね。私心も価値もとっぱらった空っぽの心には、枯れ野の姿態も色も気配も、存在を露わにして、そこに在るんですね。存在が語りかけたり、圧倒したりしてきます。美しくも、醜くも、それは私心の写しであって、存在そのものではなかったことに気づかされます。そのことに気づいて、価値判断を捨てて、もう一度、見直すと、見知らぬ物に見えてきたり、不思議な形に見えたり、色合いが光加減で変化する様が色のハーモニーに見えたり、・・・何でもない物が、とても親しいものになったり、怖いものになったり、・・・自分の方に、今までになかった心が湧いてくるんですね。


 枯れ野は、その寂寥故に、時も、私心も無化して、心を魂に戻してくれるんです。
 魂は命とも物とも気とも同じ時空で共鳴共振するんです。


 枯れ野は仙境への門なのかもしれませんね。
 枯れ野にいることが銀河を遊泳することと同じ時空に重なってもいくのでしょう。



 枯れ野の潜むさまざまなものをそのまんま575で詠むと、TAO俳句になっていくんですよ。老仁の詠みたい俳句ですけれどね、まだ、幻えてこないんですよ。
 せめてTAO俳句もどきのそのまんま575を詠めるようになるとHappyですけれどね・・・



 > 美しささまざま秘そむ枯野かな   零呼



 零呼さん、TAO俳句への道を開いてくれて、ありがとう。



  > ひとつづつ声をかけゆくふゆけしき   零呼



 声かけは、TAO世界の呼び寄せだと思っています。
 路傍の花さんにも、小鳥さんにも、星さんにも、声かけ、語りかけをしてきました。まだ、老仁の独語で、愛語交心になるまでには、遙かな道のりがあるようですけれどね・・・あるいは、今日の夕暮れに、宇宙の愛交心ができるかもしれません。
 虚への旅立ちができるかどうかでしょうね・・・



 枯野にて幼児返りの淵に立つ   仁



 妄世界の瘋癲老仁の妄語ですけれど、すこしTAO交心ができたような心地がして、Happyですよ。零呼さんが、欲目で見て、瘋癲老仁の妄語をおぞましくないといってくれるので、つい、調子に乗って、おしゃべりしてしまいました。
 冗長なおしゃべりはTAOに背きますけれど、おしゃべりしないと、彼方にあるTAO世界を呼び寄せることができない所にしか、まだ、瘋癲老仁はいないんです。
 伊那谷にいるTAOイストのように、身も心も仙境においておれば、足下に、TAO世界が広がっているのでしょうけれど、
 なにしろ四畳半狭庭のごてづくり菜園が老仁の現身の置き場所ですから、
 ここに、TAO世界を感受することも至難の業なんですよ。
 真似かもどきのひとり遊びが精いっぱいなのでしょうね・・・



 今日よりは遊行時空も枯野かな   仁

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★★★  『 ゆるやかにこころうねりし菊まつり 』 ★ 交心俳句09n110201 へどうぞ!!! ★★★



★★★ 『 面影のみな微笑みし十三夜 』 ★ ネット吟行 09p103101 へどうぞ!!! ★★★



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2009年11月01日

魂の菩薩とまぐわう十三夜


★ 。・。・゜♪゜・。・。★ TAO交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★


 



 雲人さんから、交心をもらい、
 交心回路が全開して、また、日常を逸脱してしまいましたけれど、
 常軌を逸する無軌道飛翔が楽しくて、
 いつものテンション上がりで、おしゃべりしてしまいました。


 日常も荒唐無稽の異時空も、自在に往来して、そのまんまの湧出を575で遊びましょうよ、という遊行俳句の呼びかけをしてしまいました。
 ひとり遊びにしかならない妄閾ですから、呼びかける方が、不作法なのですけれど・・・雲人さんの寛容に甘えてしまいます。



 「魂のまぐわい」という妄語が瘋癲老仁愛浄土のテーマなのですけれど、遊行時空でそのまんま575に詠み込みたいのですけれど、なかなか熟成しません。



★★★『 秋おしむそらにさくらの精となれ 』 ★ 交心俳句09p103001 へどうぞ!!! ★★★


 



 




★ TAO交心09p103102


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魂の菩薩とまぐわう十三夜


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  雲人さん、いつもサポートありがとうございます。



 雲人さん、ご指摘もっともです。
 恥ずかしいくらい幼稚な発想で、俳句作句の意識もおぼろなんですよ。幼稚ながらに、心にわく言葉やイメージが楽しくて、そのまんま575に捉えているだけなんです。
 どうして秋に、桜なのかといわれると、俳句的には矛盾なのでしょうね。


 申し開きをするのではありませんけれど、
 そのまんま575で交心の流れをすこし書かせてもらっていいでしょうか・・・
 俳諧議論ではありません。ごめんなさい。



 > 秋おしむそらにさくらの精となれ   仁



 花呼さんとの交心俳句の流れの中で、花呼さんの庭に、三本、お爺の部下さんから桜を植えてもらったんです。その四季桜がもう花開きはじめました。青空に清楚な花を開かせました。
 猫の琥珀さんも雫さんも花大好きなんです。仁は、花ぐるいと呼んでいます。仁と同類項なんですよ。いつも花呼さんにつきまとっているんですけれど、先日、花呼さんが桜紅葉の葉を見せると、雫さんが、遠くから、飛んできました。
  琥珀さんと一緒に匂いも嗅ぎながら、色の美しさも惚れ惚れ鑑賞するんです。
 四季桜が咲きはじめたら、雫さんが真っ先に登って、さくらさんを独り占めにしたでしょうね。
 けれど、さくらさんの独り占めもしないまま、交通事故で、逝ってしまいました。


 四季桜はもう根付いたのでしょうね。
 元気のいい、美しい花を咲かせはじめました。
 今日で10月も終わります。1年と少し、彗星のように超スピードで、雫さんの幼い命が駆け抜けていきました。


 雫さんに遊んでもらって、ずいぶんと心躍らされ、癒され、楽しい想い出を残してくれました。
 雫さん、ありがとう。
 花呼さん、四季折々、桜が咲くたびに、雫さんを想い出して、語り合いましょうね。
 わたしたちも妖精になって、雫さんと一緒に、青空を翔け渡りましょうね。




 そんな交心のそのまんま575なんですよ。



  十三夜はなびらしずくを載せて舞う   仁



 花びらといえば桜でしょうけれど、普通十三夜と花びらと取り合わせる人はいないでしょうね。俳句をやる人は。
 理屈を、いわせてもらうと、老仁は、瘋癲老仁の妄閾を遊んでいますので、四季を超越した異時空を遊泳するんですよ。恍惚老仁の妄時空です。
 その異時空での巡り会い、湧出を、そのまんま575で遊んでいます。
 恍惚老仁の遊行俳句です。


 ひとり遊びの世界ですけれど、わくわくするほど、楽しいんですよ。


 あんまり楽しいので、誰かと交心して、この楽しみを共有できたら面白くなるだろうなぁ・・・と、
 一笑されながらも、ネット公開してきました。


 笑われても、無視されても、一向に後悔しないんですよ。
 徘徊瘋癲老仁の厚顔無恥は、自分ではわからないから、ただ恍惚、遊んで楽しんでいるんですよ。



 松のことは松に習え、と芭蕉さんは作為を捨てさせました。
 松との一体化ですね。命に帰れでもいいのですよね。
 老仁は、真似をして、幻のことは幻に習え、と遊んでいます。幻の源泉まで降りていくんです。幻の源泉は宇宙創生にまで遡るんですよ。
 そこは空即是色の時空だし、同じことですけれど、TAO時空です。


 凡俗瘋癲老仁はそこまで源泉回帰はできませんので、真似のできる所で遊びます。
 何でも在りの遊行時空は、煩悩即菩提みたいな魔法で、観自在、観たいものが観れ、遊びたいことが、遊べる愛浄土です。



 魂の菩薩とまぐわう十三夜   仁


★★★ 『 秋おしむそらにさくらの精となれ 』 ★ 交心俳句09p103001 へどうぞ!!! ★★★

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