2008年03月31日

弥生尽

語らいも 尽きて去り行く 弥生かな

   三月は去る。
   三月は人も去る。
   数十億もの人のいる中で、何かの縁で一緒に事を成してきた者が、去る。
   語る言葉は数々あったのだけれど、
   こみあげるものに言葉見失い、
   ずいぶんもろくなったもんだと、
   我が歳ぞ思う、弥生なり。

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2008年03月31日

あの頃

幾年の 花見る数や けものらの

いくとせのはなみるかずやけものらの

             子供らが乳母車からヨチヨチ歩きのころ、
             よくこの小さな公園に来た。
             久しぶりのぞいてみた。
             今もそのままに残っていた。
             中学、高校生となった今ではもう見向きもしないけれど、
             親としては 感慨深いものがある。

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2008年03月30日

ニュートン

落ちてなお 天を仰ぐや 花椿

              ニュートンが日本人なら、
              おそらく引力の法則は発見されなかったと思う。

              落椿に哀れさや潔さを感じる日本人。
              ゆえに椿に美しさを見る文化人。

              よしんばりんごの落ちるのを見たとて、
              りんごを地に落とすものは、
              風であり時季であり運命であろう。

              ニュートンが風流人でなくてよかったのかも知れない。

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2008年03月30日

花の日曜日

山かくし ただ降りつづく 菜種梅雨
花見を予定していた人たちの嘆く声が聞こえる。
一日中静かに降り続いた。
ひよどりの声がよく響き渡っていた。
春の雨。
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2008年03月29日

駆け込みてくるもの

子供らの 声かけ込むや 春休み

                子供110番の旗も破れてきたけれど、
                おかげさまで今まで一度も、
                幼き助けの手を差し伸べられたことはない。
                 (しつこい押売りの声は幾度もあるけれど)

                悲惨な事件が多い。
                子供らが安心して外で遊べる社会でないと、
                ますます将来が危ぶまれる。

                窓から子供らの走り行く声が聞こえる。
                あ、そうか春休みか。
                そういった声はいくらでもかけ込んで来い。

                いつまでも、この旗が役立たないことを祈る。

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2008年03月29日

春爛漫

見境を なくして春は 盛りけり
花見の客よりも、花ラッシュ。
「松で目を休めて行くや吉野山」の気分やなあ。
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2008年03月29日

花より団子

野の草や 尻に敷かれし 花見かな
もろこしの 屋台や花の かほり消し
とにもかくにも、なんといっても、なにはさておき花よりだんご。
日本に生まれてよかったなあ。
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2008年03月29日

家 路

春の暮れ 待つ者ありの 家路かな
家に待つ者あればこそ、家路急ぐ足止めて見とれる空もある。
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2008年03月28日

むすんでひらいて

げんこつを 結びて開く 八重桜
庭の八重桜、開花する前に一度、
力いっぱいこぶし結んでから一気に花開こうとしているみたい。
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2008年03月28日

花想う

床の間や 花なきゆえに 花想ふ

            妻と娘らが春休みでちょっと実家に帰った。
            今夜はひとりでせいせいしている。
            が、あまりに静か過ぎてなんだかもの寂しい。
            やはりあいつらのやかましい声がBGMになっていないと落ち着かない。

            ラジオの音を少し大きくする。

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2008年03月27日

えんでばあ

圏外に きぼう残して 無事帰還
重力に 引かれてころぶ 老いの葦
とりあえずは、祝。
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2008年03月27日

春 眠

ヘッドホン かぶるや春の ひと眠り

                 この頃のテレビが面白くない。
                 バラエティー番組花盛り。
                 画面の向こう側ばかりで大笑い。
                 少しはこちらも笑わせてみろよ。
                 (そんだけ年とったということか)

                 たまには好きな音楽でも聴こうとしたら、
                 今度は家の母娘らがやかましい。
                 それではと、ヘッドホン取り出して、
                 お湯割り飲みながら聴いていたら、いつのまにか寝てしまい、
                 「お父さん、ふとんしいたよ~」と娘の声。

                 春に癒しの音楽など聴くものではない。
                 子守唄になるだけだ。
                 おやすみ。

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2008年03月26日

人は武士

歳時記や 花はさくらと いうけれど

        昔、
        王、長嶋が日向に咲くひまわりなら、
        俺は日陰に咲く月見草でいいと言った人がいる。
        いま楽天の監督をしている。

        花は桜木、人は武士。
        今年のNHK大河ドラマによく「役割り」という言葉が、
        キーワードのように出てくる。

        花といえば桜の花をさす、と歳時記に。
        気に入らんなあ。

        春。どこみても花、花。
        花のない裏道を散歩する。人も少ない。
        そこで木の陰でひっそりと咲く小さな花などみつけると、
        もううれしくてしかたがない。

        あまのじゃくの役割りに、生まれついているのかも知れない。

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2008年03月26日

カタカナ語

辞書引きて 会話生まれし じじとばば

               このじじとばばは私達夫婦のことではありません。

                 新聞を広げても分からないカタカナ語が多くて、
                 仕方なく辞書を買ってきて、調べる。
                 それをじいさんがばあさんに説明する。
                 逆の場合もある。
                 年取って、めっきり話す事もなくなった夫婦間に、
                 この頃そうやって以前より会話が増えたと。
                 カタカナ語もあながち悪くはないな、と。

                 知り合いの老夫婦のはなし。

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2008年03月25日

思春期

思春期や 鼻唄まじる お湯の音

                  風呂から娘の鼻唄聞こえてくる。
                  機嫌のいい時の鼻唄もあるけれど、
                  あいつは落ち込んだ自分を励ます為に、
                  わざとテンションあげて鼻唄うたう時がある。
                  小さい時からそうだった。
                  泣きたい時は泣けばいいのに。

                       今日はどっちだろ?

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2008年03月25日

かすれゆく

菜の花の 黄色い声も かすれけり

                 菜の花も盛りを過ぎて衣替え。
                 川の水に反射する光もまぶしさ増して、
                 春はトップギヤ。

                 菜の花に蝶の姿、今年はあまり見かけないような気がする。
                 気のせいか・・・。

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2008年03月24日

木肌の匂い

春の灯を 廃家の跡に 木地匂ふ

                  どこからともなく木のいい匂い。

                  ついひと月前までは草ぼうぼうの廃家だった。
                  近頃は家の建つのもはやい。

                  止まっていた時間がまた動き出す。
                  新しい歴史が始まる。

                  今度はどんな春の灯を点すのだろう。

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2008年03月23日

相星決戦

白星の 千秋楽や 雪やなぎ
春場所が終わった。
場所中、春はどんどん白星重ね、しだるるは雪柳なり。
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2008年03月23日

二本で千円

木蓮や 竿だけ売りの 遠き声

          「竿や~、竿だけー」
          朝からやかましい、スピーカーの声。
              春ですなあ。
          うちはまにあってますので、早く通り過ぎて下さい。
          十年くらい前に、
          竿だけ売り屋さんから買った物干し竿があります。
          おかげで今も丈夫に使っております。
          
          声遠のきて、あとには木蓮の白きかほりのみ、残しけり。

          それにしても、
          「竿だけ売りはどうして潰れないのか」って本があったような。
          読んでみるか・・・。

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2008年03月23日

春オペラ

花散りて 梅の歌劇の 第二幕
ボーイソプラノの旋律、
ゆっくりと緑葉の開く。

日一日と春は大自然の手順通り、
淡々とただ淡々と過ぎて行く。
第二幕。
幕間に気の利いた一句などと思うのだが、
なかなか・・・。

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2008年03月22日

小心者の春

明日はもう 来ぬかのように 春暮れる

            身のまわりに何事も無かったように平和な日が過ぎると、
            また明日も同じような幸せが続くのだろうかと心配になる。
            あまりの穏やかさに小心者はその幸せに疑問を持つ。
            このままでいいのか。
            いいことは長続きしない。
            じたばたしたってしょうがない。
            いいことがあったってなくたって、日はまた昇る。
            わるいこともまた長続きしない。

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2008年03月22日

梅だより

満開に 散り始めの字 梅だより
新聞の梅だより。
「満開」の字満開の中に、「散り始め」ちらほら見え始め。
我が家の梅はもう散り終わりというのに。

いい天気だ。

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2008年03月22日

うまかったなあ

にぎりめし 春の遠足 竹の皮

               貧乏だったけど、
               母が早起きして作ってくれたおにぎり、うまかったなあ。
               僕らの遠足はずっと学校から歩いて、山や海に行った。
               だから、腹も減ってよけい昼飯がうまかったのだろう。
               実際、ラップで包んだものより、
               竹の皮で包んだ方が通気性があっておいしいらしい。
               いままた竹の皮が見直されているようだ。

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2008年03月21日

畦に咲く

どこにでも 咲けば似合いの 春の花
いたるところに春の花。
隅々に春の行き渡る。
畑の畦道、どぶの川べり、屋根のてっぺん。
てっぺんのさらにその上に、春の空、行き渡る。
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2008年03月21日

人の形Ⅲ

青い目に 遠き過去あり 童謡歌

                戦争中、青い目の人形の多くが焼かれた。
                我が家にも西洋人形がくることはほとんどなかった。
                今でも人形といえば日本人形が多い。
                野口雨情の童謡とは直接は関係ないけれども、
                人形にまで人種差別の時代があった。

                   やさしい日本の嬢ちゃんよ
                   仲よく遊んでやっとくれ

                雨情は戦争のもっともっと前からそううたっていた。

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2008年03月20日

釣 行

春の池 竿を並ばせ にぎりめし
山池に竿の並びて鳥の声
水鳥の飛び立つ音やまぎらわし
竜天に登りし後や波静か
あたりなく釣人先に飯を食う
釣れてよし釣れなくもよしあから顔

今日は釣れなくて頭の中で句ばかりひねっておりました

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2008年03月20日

人の形Ⅱ

リカちゃんも 消えて市松 残りけり

           思い出を重ね着するや市松人形。

           この前の雛納めのついでに、
           娘らの小さい時からの、
           おびただしい数のおもちゃを全部始末した。
           案外子供らはあっけらかんとしたものだが、
           親の方が逆に子育てのころを思い出して、
           なかなかはかどらない。

           この市松人形は祖母からいただいたもの。
           もともとガラスケースに入っていたのだが、
           阪神大震災でタンスの上から落ちて割れた。
           飛び起きなければ、寝ていた僕の頭を直撃していた。
           変な思い出である。

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2008年03月20日

人の形Ⅰ

手も足も なくてこけしの 暖かし

                 用事があって娘の部屋に入る。
                 窓辺の机にこけし。
                 以前、修学旅行で自分へのお土産に買ったという。
                 人へのみやげばかりでなく、自分への記念にと。
                 このこけしを買った娘の気持ちが、
                 こけしの表情に表れているような気がした。

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2008年03月20日

目 薬

口あけて 目薬さすや 花粉症

               庭の隅をぽつんと照らす水仙あり。

               花粉の季節。
               目薬が欠かせない。
               この花の写真を撮ってたら、
               目薬さす自分の姿をみるような気がした。
               なんでだろう。

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2008年03月19日

ブーツ納め

髪あげて ブーツしまうや 菜種梅雨

              この冬、姉妹揃いのブーツを買ってもらって、
              足が痛いといいながらも、出かけるたびに履いていた。
              なんだか歩き方がぎこちなかったけれど、
              少し大人になった気分なんだろう、喜んでいた。
              最近の陽気と雨がきっかけでお蔵いり。
              もっと、おんな磨け、君たち。

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2008年03月19日

春 光

幼子の 指より長し つくしんぼ

                小さな子供を連れた親子が、
                川土手でつくしを取っていた。
                お母さんが見つけると、子供はとんできて、
                わたしにとらせて、という。
                片手にいっぱいのつくしを握りながら・・・・。
                しゃがんだ親子に春の光がやさしく降り注いでいた。
                 (今日の、ゆうゆうさんの「春の日」の写真そのもの)

                    あんな時代が我が家にもあったなあ。

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2008年03月18日

押しのけて

存在の 溢るる風呂や 丑の刻

              仕事で帰宅が夜中12時をまわる時がある。

              飯食って風呂に入ると、そのまま眠ってしまいたくなる。
              自分の体積の分だけのお湯を押しのけて、湯につかる。

              思えば日ごろ、空気を押しのけて自分は存在しているんだなあ。

              自分が死んで灰になったら、
              ほんの少しだけ地球の大気がしぼむのかな?

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2008年03月17日

笑う財布

朝寝人 財布忘れて 走り行く
寝坊娘、財布忘れてとびだして行く。
なんとまあかわいい、これが財布かえ、と笑っていると、
ちょっと邪魔っと、今度は妻がその財布をつかんで飛び出して行く。
よう似た母娘。

それにしても、朝寝が春の季語とは。うちの娘は年中、春娘やね。

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2008年03月17日

庭の春場所

軍配を 返して春の がぶり寄り
おおっと! 春、一気の、寄り!
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2008年03月16日

雑草という草はない

雑草と 呼ぶは無礼な 仏の座

我が市には、第一中学から第七中学と呼ばれる名前の中学校がある。
他に呼称はなかったのかい。
いつも思う。
企業の第一工場、第二工場じゃねえんだから。
山の中なら山中中学、丘の上なら丘の上中学、川の近くなら横川中学でもいいじゃないか。

 「仏の座」
誰が呼んだか知らないけれど、
あの小さい花をよく見て、よくぞ名付けたもんだと感心する。

その名付け親だったら、
何という名の学校にしただろうと、ふと思う。

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2008年03月16日

見る阿呆

春の日に 阿波の踊りや 豆畑
網笠を深く被り艶っぽく上品に踊る、女踊り。
女性の細い手がいくつもいくつも風に揺れて踊る。

♪ えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、よいよいよいよい ♪

お囃子の聞こえてきそうな、のどかな春の豌豆畑。
一ヶ月で倍伸びてきた。

今日は初夏を思わすいい天気だった。

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2008年03月16日

とげとげしくも

薔薇の芽や とげとげしさも 今のうち

          秋の栗の実もそうだけど、
          棘を持つものには、近寄りがたきものがある。
          それだけで人の手だけでなく、何もかもを拒否しているように見える。
          まだ花も葉っぱもない薔薇の木は、全身を棘の衣で覆っている。
          一癖、二癖ある人間のよう。

          やがて葉も茂り花も咲くと棘は陰にかくされ、
          花の女王のひときわ艶やかなデビューとなる。

          それでもきれいな花にはトゲがある。
          ご用心。

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2008年03月16日

寄 港

水兵の 煙草燃え尽く 春港
無口なる 饒舌水兵の夕間暮れ 
本州最南端
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2008年03月16日

踏まれても

踏まれても 踏み跡這うや 犬ふぐり 

畑の畦道に「踏まれても平気だよ」というような顔をして、一面に散らばっていた。
畑仕事のおじさんはおかまいなしに踏みつけていくけれど、
僕はちょっと足踏みしちゃった。
よけて畑踏んだらおじさんに怒られた。

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2008年03月15日

春本番

玉羊歯の 階段のぼる 春日かな
外から帰ると、
玄関に玉羊歯の植木鉢。
こんな春の陽気の日に、暗い室内にいることはない。
外の日だまりに出してやる。
少し色のうすい葉っぱを交互に天に伸ばし、うれしそう。

まるで私の天国への階段みたい。

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2008年03月15日

散りてなお

散りどきを つわに尋ねし 梅の花
散る花に 庭の初雪 なつかしむ
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2008年03月15日

春の午後

空よりも陽射しの白き日曜日

           季語の「白き日曜日」とは少し趣きが異なるようだが・・・。

           どうみても、
           春の午後なんだなあ、この風景。
           若いアベックが公園でバスケットをしている。
           上衣を脱いで、夢中であそぶシルエットが影もよう。
           時折、笑う声が木々の狭間を通ってここまで届けられる。
           ボールの音が微妙にスローなリズムで・・・。

           春の陽射しを受けて、
           座った私の胸は石のようにあったかくなる。

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2008年03月14日

きばら

きばらだよ 錦江湾に いる魚

      ふるさとのいとこが、漁師さんにわけてもらったという魚の写真をメールしてきた。
      「これなんていう魚?」と返信すると、上の返事。そのまま句にしちゃった。
      お腹に黄色の線が入ってるからそう呼ぶそうな。
      田舎の錦江湾(きんこうわん)が目に浮かぶ。
      春の幸。

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2008年03月14日

つぼみ

ひらくほど 枝葉は裏に まわりけり

          母親のてのひらのように、
          つぼみをやさしく包み込む枝葉。
          やがて枝葉は、
          満開の花の裏で、黒子のように息を潜めるようになる。

          誰でもが女王蜂になれるわけではない。

          役割りに徹するものたちの思いが、花にもきっと分かっているのだと思う。
  
          だから、
          花は命の限り咲くのだろう。

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2008年03月13日

三つ子の魂

千年は さきおととしの 宮参り

      子供の宮参りしたのは、ちょうど千年の歴史を誇る古い神社だった。
      それからの三年は、千年に勝るとも劣らない充実した年月だった。

      千年のように長く感じ、千年のようにあっという間だった。

      土壁の崩れた傾いた塀は、
      千年の過去を語るにはもってこいかもしれない。

      およそ百年にも満たない人間の寿命。
      そのなかでも三歳には未来だけが詰まっている。

      三つ子の魂百まで。

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2008年03月12日

晴ればれと

古草や 枯れてぞ空の 青さかな

    不思議だ。
    ほとんどの生物に雌雄がある。
    オス、メス、おしべ、めしべ。
    そしてほとんどの生物が、種のために個の命をチェーンのようにつないでいる。

    産卵のために急流を遡り死ぬものがいる。
    天敵に食われる数も見込んで、おびただしい数の卵を産むやつがいる。

    個の命のみじかさを哀れむ人間。
    でも、当の本人たちは、無念さや哀れさなどさらさら感じていないのに。
     晴ればれとした潔さ。

    おそろしく純真で冷静で、全てをそのままに受け入れて、無表情でいる。
    そこに世のはかなさの表情を作りこむ俳句人。

    できるなら、
    俺も晴ればれと、枯れたいものだ。

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2008年03月11日

ビジネス

手にトゲを 生やして今日も 握手する

普段あまり男どうし手を握ることはない。女のひとの手も握ったのはずいぶんと昔。
けれども握手となると、これはビジネスの世界ではよくある。あいさつがわりにもなっている。

いっしょに長らく働いてきた同僚が一線を退くことになり、
送別会の最後に握手した。おどろいた。その手の大きさにおどろいた。
何十年もすぐそばにいて、お前の手の大きさに初めて気がついた。
一度しか会わない人なんかとは、数えきれないほど握手してきたのに。

あいつが言った。
「それは俺の手の平がビジネスではなくなったからだ」
手の平にトゲをかくしてこの世界を生きてきたんだなあ。
帰って、自分の手をみる。
この、写真。

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2008年03月11日

みみたぶを とおまわりして 染める春

      あまだれのしずくが
      夕暮れの街角でぽたりと落ちた
      ふあんそうに

      「好き?」 とまたきく
      わかっているくせに

      ぼくのへんじはすぐにはささやかないで
      あなたのうなじのあたりで少しだけとおまわりする

      そうやって
      まっさきにあなたのみみたぶを
      あんどいろに変えてしまう

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2008年03月10日

花絨毯

菜の花や 背丈そろえて 黄一色
近くの川の土手に菜の花が一色に咲き誇っている。
土手の坂にそって菜の花も黄色の坂の道。
坂をすべって空に舞い上がりそうな花じゅうたん。

菜の花の 丈にかがみて マクロ撮る

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2008年03月09日

空遠く

山々を 手前に置くや 春の空

            人知れず山奥に咲く花もあろう。

            誰に見てもらうわけでもなく、当たり前のように、
            咲いては人知れず消えていく。

            山々の向こうにも空はあり、
            その下で人知れず暮らす人もあろう。

            向こうから我のよに眺むる人もあろうか。

            春の空遠く、こころに鏡の澄みわたる。

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2008年03月08日

せせらぎ

濡れ石に 光のこすや 春の川
土手道を下りて聞こゆる水の音
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2008年03月08日

きつねよたぬき

あの頃の 私に化けて 出ておいで

この道は、いつか来た道。

竹藪に囲まれた まっ昼間でも、暗い道。

狐や狸が出るという。

子供の頃
いつも駆け抜けて通った道。

まだ造成されずに、残っていたんだ。

久しぶりに、遠い記憶のトンネルを、駆け抜けずに、ゆっくりと歩いてみる。

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2008年03月07日

娘のおでかけ

ぽけつとに 春のあふるる くつの音
若いっていうのはいいなあ。
それだけで大きな財産なのに、
年とらないと気づかないんだよなあ。

娘が鼻歌まじりにでかけていった。
どこいくの?
ともだちとかいもの
ひげのはえた?
ちがいます~。
いってらっしゃい。

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2008年03月07日

ある日の昼下がり

しあわせを 絵に描いたよな 春の午後

しあわせって石ころのように、そこらじゅうにころがっている。
むじゃきなこどもがひろいあつめるように、それは輝かない宝石かもしれないけれど、
ふところに入れるだけで、胸をあったかくしてくれる。
それ以上のしあわせなんか、ぼくはのぞまない。

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2008年03月07日

へらぶな

糸鳴りの 竿は満月 春の鮒
久しぶりの対面。春の陽射しだ、腕が鳴る。
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2008年03月06日

空 蝉

しがみつく 我が身をみつけ はつとする

失うものが何もなければ、それにこしたことはない。
欲や煩悩にしがみつく我が身をみつけたようで、いつもドキッとする。
垣根の葉のうらにお前はどうしていつまでもしがみつく。
失うもののない淋しさは、時に罪もない他人を道連れに死のうとする。
失うものがいっぱいある俺は、まだ死ぬわけにはいかない。
うすっぺらな葉っぱ一枚にしがみつくお前とおんなじだ。

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2008年03月06日

化 粧

紅をさす 妻の手鏡 花椿

けっして、化粧した妻がこの花のようにきれいになった、というわけではないのでありまして、ただ手鏡の裏に椿の花の柄があったというだけで・・・。でも婚礼に呼ばれて化粧した妻がふりかえったとき、少しハッとしたわけで、つまりその、あのう・・・。ごちそうさま。

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2008年03月05日

うららかに

北窓を 開きて遠く はぐれ竹

この窓から見える裏山の竹林。群れから一本若竹がはみ出している。風当たりが強く、この前の強風では横に倒れかかっていた。春日和。元気に手を振ってくれているようでうれしかった。ずっと気になっていた。

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2008年03月05日

春荒れ

悲鳴あげ 乱るる髪の 春乙女
「ギヤーッ」ではない。
悲鳴といってもうれしそう。春の風に背中押され、髪押さえて走り行く。
「きゃ~~」。

春ですなあ。

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2008年03月04日

女らしさ

犬抱くや 女かくせぬ ぬいぐるみ
ぬいぐるみを着てても、あ、このぬいぐるみの人は女性だな、と思う時がある。
何かのひょうしに女性らしさがあらわれる。
やっぱり男にしか分からないだろうなあと思うときもある。
内股だけが女らしさではないのである。
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2008年03月04日

川遊び

啓蟄や 空より高く はしゃぐ声
「おっちゃん、なにやってんの~」 声変わり前の、かん高き声がする。
春といっても、啓蟄の頃といっても、まだまだうすら寒い日。
外に出て遊ぶおまえ達がうれしくて、思わずシャッター切ったんだ、
おっちゃんは。
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2008年03月03日

老いてなお

葱好きの 息子を待つや 老いの母
親の子も 老いてもなおや 子の親も 
もう畑仕事もできなくなったひとり暮らしの母が、軒下で葱を作っていた。
百姓の手が今も疼くのか、どうしても見る花よりも食べるものになる。 
もうとっくに子供らも独立したのだから、そろそろ口よりも目を楽しませてやりたいのだが。
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2008年03月03日

弥生三月

三月を かあぶみらあに おしえられ
弥生三月を教えてくれるのは、ひな祭りだけではない
ふと見上げたミラーにも二月とは少し異なる春が。
着々と、じわじわと。
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2008年03月02日

砂かぶす

竜天に登りて 涸るる泥の水
春の日を照り返し、数百年のため池がまたひとつ姿消す
近辺の田んぼが次々と消えていった。当然の摂理か
池中にあった小さな生態系も絶滅した
そのうち死んだ池には砂がかぶされる
埋め立て
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2008年03月02日

よりどりみどり

はしごして よろけて飛ぶや 春の蝶
そらあ~なにがなんでも飲みすぎ、イヤ吸いすぎやでえ~。
今日は朝から春の陽射し。いい天気やった。
誰が考えたのか、蝶や蜜蜂たちは自分が花たちの受粉の手助けになっているなんて自覚なんかないんだろうなあ。蜜をもらう見返りなんて、せこいこと考えるのは人間だけか。
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2008年03月02日

忘 却

あの春を 鍋に閉じ込め 煮詰めた日

忘却とは忘れたくないものを忘れ去ること。苦き思い出も数十年もたてば、熟成されて懐かしさに変わる。味もまろやかに甘くなる。あの春の人も同じく年をとり息災であろうか。忘却とは忘れ去った年月を、酸っぱく思い出させるもの。

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2008年03月01日

けものの背中

春のせて うごめく背中 竹の山
けものの背中のように竹山は揺れ白き雲をのせてうごいた
  風に竹山全体がスローモーションで流れるように揺れる
芸術を知っているかのように
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2008年03月01日

三月一日

ついたちを 句の字によむや 旬の春
庭でとれたての句、好きなように料理して下さい。
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2008年03月01日

写真俳句Ⅱ

あくせすに できばえよりも あくせくし
ちょっと一服
2008年03月01日 »