2008年04月30日
2008年04月29日
Shall we dance ?

古池に青々と水満ちて、
寄り添う亀や水をかき、
ゆっくりとまわり出す。
よきパートナーと水のワルツ。
うらやまし。
2008年04月29日
平成生まれ

祝日でもない、祭日でもない。
なんだろう昭和の日って。
平成に生まれた君たちに、昭和をきくことは、
昭和に生まれた自分に、明治、大正を問うことか?
川の水のように、
時代はどんどん流れ去り、
なんでも風化させるように見えるけれど、
その水面には、人さまざまの場面がアルバムのように、
映し出されている。
それを思い出す日なのかも知れない。
2008年04月28日
2008年04月27日
バシャバシャと

気温も上がり、
鮒も春の入れ食い。
竿を満月に、引きの強さを味わう。
あまりの引きの強さに、
どんな大型だろうと期待ふくらむが、
釣ってみればただの凡鮒。
魚類の動きも活性。
腕が痛くなるほど釣れる季節・・・そう願いたい。
2008年04月27日
2008年04月26日
涙の味

下の娘がまだ幼稚園児だった頃。
遠足のあったある日の夕方。
いつも娘と仲良しにしている友達のお母さんから電話がかかってきた。
それによると今日の遠足の弁当に、おはしをつけるのを忘れていたらしい。
それで 「どうしたの?」 ときくと、
うちの娘が、二本のはしを一本貸してあげて、
ふたりで弁当を一本のおはしで食べたということらしい。
娘は帰ってきてから、そんなことは一言も言っていなかった。
なんと、けなげな話しではないか。
二人が並んで座って、一本のはしで弁当を食べている姿を想像するだけで、
なんだかあついものがこみ上げてきそうな気がする。
おそらく本人たちは結構、キャキャとさわぎながらのランチだったのだろうけれど。
ずいぶんと昔、涙とともに食った飯粒の味を思い出した。
今は中学3年になった娘だけれど、
その友達とは今でも一番の親友となっている。
2008年04月25日
ジャックと豆の木

小学校の低学年の頃は、九州の田舎にいた。
何が楽しみかといって、
先生が本を読んでくれる時間ほど、待ち遠しいものはなかった。
紙芝居や幻燈もあったけれど、
先生がみんなの机の間をゆっくりと歩きながら読み聞かせてくれるものは、
自分の頭の中にその場面がみるみる絵になって現れてきた。
「ジャックと豆の木」の話を初めて聞いた日の夜は、
自分がジャックになって雲の上に行く夢をみた。
我が家にまだテレビなどなかった、遠き時代の話である。
2008年04月24日
2008年04月23日
条件反射

夏なら、どうってことはなかった。
急に目の前に現れた蚊を、
条件反射のようにたたき落としてしまった。
春から気持ちのいいもんではない。
足を踏まれたのとは訳が違うのはわかっている。
すまなんだ。
2008年04月23日
初期高齢者より

仕事から帰って風呂入って飯食って、
PCに向かったら日付の変わる今日この頃。
新聞を広げると、いい話はない。
特に年寄りには色んな意味でしわ寄せがくる。
この亀のようにのんきに甲羅干しなどさせてくれない。
2008年04月20日
2008年04月19日
とどめ

辺りの花はみな散っている。
散り残りのひとかたまりに、
よく見ると蝶が止まっている。
桜は桜らしく潔く思い切りなさい、と諭しているよう。
2008年04月19日
年 輪

花も散り、葉桜に。
人出も絶えた名所を歩く。
今年切られたのであろう。
満開の頃はさして気にもならなかったけれど、
なおいっそう切り口が痛々しく見える。
2008年04月19日
2008年04月18日
2008年04月18日
末 期

朝のうち、
父が毎年筍を掘っていた場所で筍を掘り、
昼、母といっしょに病院に行った。
病室のベッドに横たわる父の手を握り、話しかける。
もうこの頃には話かけても、
手を握りかえしてくるくらいしか反応がなかった。
「今朝、筍、掘ってきたで」
と耳元で言う。
手にはなんの反応もなかった。
ただ、父の目に泪がみるみるうちに溢れてきた。
それを見たとたん、急に父の無念さが胸に込みあげてきて、
私は病室を飛び出した。
仰向けの父の目の泪を拭きもせず。
それから父はひと月ほどで逝った。
今年でちょうど十年になる。
2008年04月17日
医者帰り

娘が小さかった頃、
おじいちゃんが、まんぼうの風船を買ってくれた。
それが何かの拍子に、ひもが娘の手をはなれて、
大空に飛んでいってしまったことがある。
娘は泣きながらいつまでも、空を見上げていた。
その泣き方が大声で泣く訳でもなし、しくしくと泣く訳でもない。
ただ、しずかに涙を流していた。
今はもう娘も大きくなり、
おじいちゃんも他界してしまったけれども、
この場所に立って大空を見上げると、
あの時の娘の涙をいつも思い出す。
医者帰り。
2008年04月16日
2008年04月16日
土を知る

畑を作る人は知っている。
土のあったかさ。
死んで土に戻れるのはよろこびだった。
現代は死んでも土に返れないものが多い。
それどころか、死んで初めて土を知る。
2008年04月14日
春の夢

淀川は河川敷の中に小さな森がある。
大雨などの増水のせいか、
その木々は川の下手になびいている。
古来、多くの夢がこの川を流れてきたのだろう。
思い切れない思いが、
この木にひっかかり成仏できない魂が、
この木をなびかせているのかも知れない。
2008年04月13日
春の校舎にベルが鳴る

新学年、新入生。
それぞれの思いや不安も少し落ち着いて、
本来の空気に落ち着きつつあるよう。
畑の豌豆も大きくなって、
花を咲かせている。
いつか君たちも花開くこと、祈る。
2008年04月13日
2008年04月12日
2008年04月12日
床屋の亭主

行きつけの散髪屋。
この店の無口な大将は、
大の野球ファン。
ひいきの球団が負けた時は、
散髪やめとけ・・・という仲間うちのうわさ。
野球シーズン開幕。
2008年04月12日
行止り

昔は見渡す限りの田んぼだった。
ここ近年、宅地化がどんどん進み、
この田んぼももうすぐなくなる。
行止りの畦道を歩く。
両側にちっちゃな花がたくさん咲いている。
時代の風とはいえ、
われらの時代の原風景を永遠に失うようで、
淋しい。
2008年04月12日
眠り猫

全景を撮れば分かるのだが、
この猫の上は雪やなぎの山、
さらにその上は桜の山。
多くの花見客の足ばかり見る猫。
近づいても、あくびひとつせず、
目を閉じて微動だにしない。
心中で花愛でる、猫に教わり。
じんごろう ここにもありや 眠り猫
2008年04月11日
高笑い

下の娘が、今朝元気がなかった。
新学年でクラスもかわり、ちょっと心配して出勤した。
夜、帰って来ると、
二階の部屋から子供らの高笑い。
なにはなくとも、
子供らの笑顔、笑う声ほど、親を安心させるものはない。
働く意欲をかきたててくれるものはない。
2008年04月11日
桜散る

桜の散る様を見て、人はいろいろと勝手に感傷に浸る。
竜馬はその散り様を無念に思っているのだろうか。
竜馬があと一日生き延びていたら、
それはそれで歴史はまた変わっていたのかも知れない。
あの日、あの時、竜馬が倒れたから今の世界がある。
2008年04月06日
2008年04月06日
2008年04月05日
2008年04月05日
2008年04月04日
恐ろしく寂しい日が暮れる

しみじみと空を見上げる時がある。
人生は心の持ちようだと、えらい先生が言っていた。
いつでも前向きになれる人はいい。
臆病でもひねくれてもいないのに、
人が何を言っても、落ち込む人がいる。
昔の百姓のように、年がら年中、心配ばかりして、
ちょっと雨が降らないと、すぐに雨乞いの支度にかかる。
雨が続くと洪水にそなえて人柱の算段をする。
しみじみと空を見上げて長老が言う。
「明日は晴れると思えば、心も晴れる。明日のことはまた明日考えればいい」
2008年04月04日
2008年04月03日
2008年04月01日
お局様

この日はこの後、
夜桜にかけていっぱいになった。
隣に陣取った、
O Lらしき女性グループが盛り上がっていた。
その中のお局様らしき女性が、
大きな声で采配をふるっていた。
男まさりの彼女が、
靴脱いで女座りして酒飲む姿が、
妙に色っぽく見えたから、不思議。










































