2008年07月31日
七月尽

早朝の公園。
毎朝、同じ時間帯の散歩者がそのうち、
うちとけてひとつの輪になり、
この場所でひと休憩となる。
決まり文句もまた便利な時がある。
総じて、年寄りが多い。
年寄りの寄り合いには、公園の鳩も安心して寄ってくる。
木々の枝からは、
ジンジンと蝉たちが、
〆切に追われるように鳴き狂っている。
残されたベンチに忘れ物。
しばらく歩いて噴き出た汗が、
七月の忘れ物と、八月の気配を、
思い出させてくれるのだろう。
汗拭く顔の皺には、
いく度となくくぐりぬけてきた、
夏の季節が記録されている。
拭くたびに、
かの夏は鮮やかに再生されるのである。
2008年07月31日
等身大の幸せ

我が家は4人家族。
朝は4人揃って朝食。それぞれ子供は中学と高校。
朝、6時、妻が起きる。子供の弁当作り。
7時過ぎにみんな起き出す。
ニュース見て、テレビ小説見ながら主にパン食。
まず私が出勤。次に高校生が自転車に乗る。最後に中学生が眠そうな顔をして登校。
みんなを送り出して後は妻の世界。よく分からない。
夜は、仕事が忙しい時は遅いので1人で晩飯。そうでない時は皆で卓を囲む。
一週間の経つのが速い。
あまり背伸びせず、背丈に見合った幸せ・・・なのかもしれない。
それにしても、
背丈は変わらないのに、ジーパンの足の長さがこんなに違うのはどういうわけ?
聞くまでも無いけど・・・。
おちびちゃんのおむつの頃は、
おしりが地面にくっつくくらい短かった足が、
何を食ったらそんなに伸びるんだい。
2008年07月30日
太陽がいっぱい

日光、日の光。
自然でこれほど生物に、
恵みを及ぼすものはない。
暑い夏。
日射しが、字のごとく突きささる。
朝から皆、細めた目の上に手をかざす。
気温25度、30度、35度で、
その日の呼び名が変わる。
猛暑日。
知り合いの貸農園にはいろんな物が植えられている。
この暑さの中、トマトはその薄き皮に赤き色を付けて、
平然と日に当たっている。
いくら暑くても、
中の果肉が蒸発することはない。
トマトをひとつ、もいで食べてみる。
冷蔵庫に冷やしてもいないのに、
独特の青臭きにおいがして、おいしい。
太陽をいっぱいに浴びた味がする。
トマトを介して太陽のエネルギーを、
いただいたような気分になる。
そんなことを思うと、
日の光の届かない海の底に棲む深海魚などの気が知れない。
どんな味がするのだろう。
きっとひねくれものの、
カビ臭い味がするのだろう。
2008年07月29日
ピエロ

何十億という人間の顔は、
およそ何十億以上もある。
ずいぶんと前のこと、
ある電車に乗り合わせた、
向かい席に座った女性の微笑みが忘れられない。
何かいいことがあったのだろう。
彼女はもう心底からの喜びの表情。
喜びをかみしめているのではない。
喜びをかみころしているようであった。
こころの襞からにじみ出る、
言葉では言い表せない柔和な面相。
笑っているのではない、うれし泣きでもない。
モナリザの微笑みでもない。
心配で心配でしょうがなかったものが、
ぎりぎりの瀬戸際で無事であったよろこび。
ああ、よかった、という安堵感。
彼女の表情は様々のイメージを私の胸にかきたててくれた。
人間の持つ表情には無限のものがある。
心底からはしゃいでいると思っていた人の、
何かの拍子に垣間見せた、
眉間の孤独の哀しみ。
隠す顔の中にも、
人には人のさまざまの事情がある。
2008年07月27日
命の重さ

先週に引き続いて、緑の池。
今日は、この暑さの中珍しく釣人多し。
今日はウキがよく動く。
しかし釣れてくるのは、ブルーギルばかり。
小さいくせに針を口奥まで飲み込んでいるから、始末に悪い。
やっと針をはずして、ポンと放ってやる。
すると水面に落ちたとたんに、
大きな魚がバシャ~ンと水しぶきをあげて、そいつをひと飲みにする。
ブラックバスだ。
そのうちブラックバスは、
目の前の水面下30センチ位の所で、こちらをにらんだままじっとしている。
なんだか俺が狙われているようで、気持ちが悪い。
こいつらは釣人がブルーギルを放り投げるのを知っているのだ。
それを待っているのだ。
意地悪して、後ろの土手の方に放ったりするから、
今度は近くの野良猫や、鷺が鎮座して待ち構えているときがある。
なかなか野性味に欠ける賢い奴らだ。
これからの季節、トンボがよくつれる。
えさをほうりこむ時に、トンボがとんでる虫と間違うのか、
空中で飛びついてくるときがある。
糸がトンボの体中にからみついてほぐすのに一苦労する。
じっとしていてくれればいいのだけれど、結局羽がちぎれてしまったりする。
ウキの先にトンボがとまると、
トンボの体重分ウキが沈む。
トンボの命も結構重いんだ。
大きな鯉がこぼれえさを目当てに、
足元をゆうゆうと泳いでいく。
へら釣りでは、へら以外の魚は邪道になる。
今日は邪道のオンパレードだ。
2008年07月27日
紀ノ川

日が落ちても、
流れ行く風は生暖かい。
日頃と異なる喧騒が、
日頃と異なる場所で起きている。
疲れた大人の背中、無邪気な子供の笑顔、
思わず目尻が下がる赤ん坊の寝顔。
サーフィンボードの焼けた若者、バイクツーリングのヘルメット集団、
暑いこの中スーツに身を包んだ紳士、日傘に身を隠す色白ご婦人。
駅のターミナルでもそうだけど、
高速のサービスエリアなどでも、
実にいろんな人たちが立ち寄っては、
それぞれの目的地に向かって走り去っていく。
私たちもその中の1人なんだけど、
遠くの方には昔と変わらず、大きな山々や、川がゆったりと構えてる。
あくせくせず、もっとスローに生きなさい、と言っているようだ。
夕日の下をゆったりと流れる川の水は
すぐその先で
大海にたどり着こうとしている。
2008年07月27日
造船所通り

幼い頃、
一時、過ごしたことのある造船所通り。
昔は、そこに勤める人たちで大いに賑わっていた。
通勤バスも次々と走り、
人の往来も、住む家も、活気に溢れていた。
何十年ぶりかで訪ねた街は、
わずかに建ち並ぶ家々があるだけで、
奥に広がる建屋の中に、
年老いた舟大工が白のシャツ一枚、
頭にタオル鉢巻して、
煙草を吸っていた。
遠い昔、
万葉集にも詠まれた入り江の街に、
風鈴の音が静かに鳴り響いていた。
2008年07月22日
釣りバカ日誌

何年か前までは、
家族でよく 「釣りバカ日誌」 の映画を楽しんだ。
子供たちが大きくなってからは、あまり見なくなったけれど、
子供たちも西田敏行のファンである。
もう何作目になっているのだろう。
私の釣りバカ日誌も、もう五冊目になっている。
釣行日、場所、天候、竿、仕掛け、エサ、など、
それにその日に気づいたこと、良かったこと、悪かったこと、
次回にやってみたいこと、などを記している。
あまり、細か過ぎると長続きしないので、
その辺は大雑把な所もある。
それでも後日改めてみてみると、役立つことが多い。
なつかしさも加わる。
たとえば、ちょうど十年前の昨日も、
たまたま同じ池に行っている。
十年前は、55枚あがっているが、昨日は4枚しか釣れなかった。
仕掛けもずいぶんと変わっている。
十年前と同じ仕掛け、エサでやっても、今はそうは釣れない。
十年どころか、昨日と今日でも、
全く同じやり方でやっても、釣果が全然異なる時がある。
ハリスの長さ、細さ、シズの重さ、つけ方、
そういったポイントがメモされている。
ちょっとした違いで、バカ釣れするときがある。
それがこの釣りの面白さなのかも知れない。
そんな日誌の行間に、
その時の場面や人の顔が浮かんでくる時もある。
脳梗塞で倒れたおじさんが、
足を引きずりながら、毎回のぞきに来ていたこと。
そしてリハビリを頑張って、また一緒に竿を出せた日のこと。
池で奥さんのことを 「うちのババアが・・・」 と、
いつも悪口ばかり言っていたおじいちゃん。
ある日からぷっつりと来なくなった。
「とうとうおだぶつしたかー」と最初の頃は、
冗談を言いあっていたけれど、
その奥さんが亡くなり、
釣りもやめたと、人伝えに聞いて、
しんみりした日のこと。
並んで座った二人連れの、片方だけが釣れに釣れて、
何かのきっかけでつかみ合いの喧嘩になり、
みんなで仲裁した日のこと。
映画の釣りバカ日誌にも、思い出があるけれど、
この日誌にも、めくれば止まらない、
アルバムのような懐かしさがある。
2008年07月21日
猛暑日の釣り

朝7時、池着く。
堰堤に3人の先客。
暑さのせいか、釣れないせいか、人も少ない。
朝のうちは風もなく凪の状態。
傍らの林では蝉たちの大合唱。
水面に映る木々からも、
蝉の声が響いてきそう。
日射しは強く、
釣り支度に汗は噴き出すは、蚊は寄ってくるわ。
とりあえず蚊取り線香たく。
もじりひとつなく、先客の話によると、食い渋っているとのこと。
16尺の竿と、いつもの仕掛け、えさでスタート。
時折さわりはでるが、アタリが遠い。苦しい展開。
2時間ほどして、さやかに風が吹きだした。
るつぼの中で、生き返る気分。
しかし ここまで皆 ボーズ。
10時過ぎ、
蝉の合唱がピタッと止む。
11時、みんなに先駆けてやっと1枚目あがる。
タナを上げたり下げたり、
バラケを締めたり、やわらかくしたり、ボソにしたり、
ハリス長くしたり、ウキ替えたり、
暑い中、皆あたまの中は忙しい。
結局、1時までに4枚あげて納竿。
となりが2枚、他ボーズ。
皆、いっせいに仕舞い支度。
皆、顔だけ黒くして、お疲れさん、また来週。
2008年07月21日
脳みそが沸騰する日

普段、
裸足で歩くことはあまりないのだろう。
更衣室で、
水着に着替えた若い女性の三人連れが、
砂浜に入ってきた。
入ってきたのだが、
砂があまりに熱くて、走り出した。
それでも我慢しきれずに、
私たちのパラソルの影に、ドドドドッと、
すみませんの一言もなく入ってきた。
影で足の裏を少し冷やすと、
また一気に海辺を目指して走っていった。
キャー、キャーと叫びながら、
白い足が六本、
ピョン、ピョンと砂浜を跳ねて行った。
私たちは顔を見合わせ、目を丸くして、
人波に消えるまで、彼女たちの背中を追っていた。
遠くの青い空。
パラソルにひらひらとそよぐ風。
彼女たちの足の指のカラフルなマニキュアの色。
おじさんの頭は、
もう暑さで沸騰しそうなのだが、
足の裏は、
砂浜を歩いても平気なのである。
裸足の夏。
2008年07月19日
庭の片隅の忘れ物

朝、庭に降りる。
毎日眺める風景でも、
その日によって目に付くものが異なる。
今朝は庭の片隅の石蕗の葉に目がとまる。
年中、そこにいるのにいつも目が素通りしていた。
また、石蕗は冬の季語。
だから僕の意識の中から、その存在が消えていたのかも知れない。
そんな石蕗の葉にも、りっぱな思い出がある。
子供の頃は、
学校から帰って、牛の餌であるじゃがいもを細かく切るのが僕の仕事だった。
大きなタライの中にじゃがいもを入れて、
上から専用の刃物で切る。
T字形の先にナタのような刃がついていて(ほうきの先に刃の付いたようなもの)、
それを立ったまま、上下に動かして、
タライの中のじゃがいもを細かくなるまで切るのである。
その日の夕方も、
いつものように庭でじゃがいもを切っていた。
そこへ母が牛車に乗って畑仕事から帰ってきた。
そっちに気をとられ、刃をふりおろした瞬間、
足の先に何かが当たったような感じがした。
僕はしゃがみ込んで足の親指の先を触ってみた。
親指の爪の半分くらいから先がパカッと割れて、指の中ごろまで切れていた。
よそ見して、タライの外に刃を打ち降ろしていたのである。
痛くはなかったのだけれど、僕は驚きと怖さで泣き出してしまった。
母はすぐに傷口をふさぎ、
庭からつわの葉をいっぱい取ってきて、
火であぶってもんで傷口に貼ってくれた。
結局、
医者にも行かずそれで治ったのだけれど、
今では信じられないような話だ。
小学校の3、4年生くらいでそんなことをさせられる子供も子供なら、
なんぼ貧乏とはいえ、医者にも連れていかない親の勇気にも恐れ入る。
あの頃は、どこもそんな時代だったんだろうと、
傷跡の残る親指を見て、そう思う。
2008年07月18日
月下美人

花言葉は「儚い恋」。
一夜限りの儚い恋のように、
咲いては一夜でしぼむ花。
他に「快楽」の花言葉。
この花が咲くと、目に沁みるような芳香を放つ。
原産地では、コウモリがその花粉を運ぶらしい。
コウモリは舌を伸ばして花の蜜をいただくかわりに、
花粉まみれになった顔で、他の花に移る。
知らず知らず花粉を運ぶ。
なんだか、だまされたみたいに。
天敵の命は命を食って生き延びる。
花は他人の背中に運命を任せて、
チェーンをつないでゆく。
それにしても、
一夜限りの短命ゆえに、
美人と言われる所以なんだろう。
美人薄命。
今夜は、
だまされたふりして、
コウモリにでもなってみるか。
2008年07月18日
峠 道

小さい頃、
母方の実家に、
母と二人だけで帰ったことがある。
母の里は、
山をひとつ越えた所にあり、
昔はみな歩いて峠を越えた。
今は、歩いている者など見かけない。
その峠を越えたあたりに、
一本の松の木があり、そこまで行くと、いつも一休みした。
誰かに撮ってもらったのだろう、
その時の白黒の写真が今も残っている。
着物姿の母と、帽子かぶって半ズボンのよそ行きの僕。
そこを少し下った所に、
湧水の小さな川があり、近くの木の葉を使って、
水を飲んだ。
汗かきの母は、また汗になるので飲まなかった。
靴を脱いで足を水につけてみろと、
母が言った。
身体の芯まで生き返った。
母も子供の頃、
そうしたのだと言った。
時々、兎やたぬきも目にした峠道。
里帰りする母は、
どこかうれしそうで、優しかった。
車の音はなく、
ただ、水のはじける音だけが響いていた。
2008年07月17日
あやしい雲行き

台風接近中。
今では、
手にとるように台風の動きがわかる。
多少、はずれることもあるけれど、
年々その精度は上がっている。
犠牲になる者の数が格段に減っている。
昔の海や山の男たちの持つ、
判断力もたいしたもんだった。
長老の長年積み重ねられた経験。
空の色、雲の流れ、風の向き、
鳥や獣たちの習性を読み、異変を感じとる。
科学の力が大きくなればなるほど、
人間の研ぎ澄まされた感覚が衰えていく。
便利さの裏側で、失われていく野性もある。
2008年07月17日
額の汗

額に汗して働く。
長く労働者の美徳だった。
近頃、何か古臭いもののように見てやしないか。
働くものは、
知恵を出せ、知恵の出ないものは汗を出せ、
汗も出ない者はやめてしまえ。
最初に就職した大手企業で言われた。
知力と体力。
この頃は、同じ知恵でも、
悪知恵の働くものが、
年寄りを餌食にする。
振り込め詐欺。
悪知恵の働くものは汗などかかない。
他人の汗の代償に得たものを、
涼しい顔で奪う。
さも、自分の知恵を誇らしげに。罪の意識がない。
せめて冷や汗くらいはかかしてやりたいものだ。
なるほど、
今の社会は生き残るために知恵を出さねばならない。
人と同じ事をしていては前進はない。
けれども、
子を育てるには、知恵よりも何よりも、
愚直に働く姿勢が大事なのではないだろうか。
私は自分の母の額の汗を、誇りに思う。
2008年07月16日
目黒のさんま

釣りは淡水だけど、食べるのは海のものが好物。
それも焼魚。
仕事から帰る。
家が見えた辺りから、焼魚のいい匂い。
我が家であればいいのだが、と思いつつ足早に。
台所からの煙。
希望が確信に変わる。
「命をいただくのだから、もっとていねいにきれいに食べなあかん」
母によく言われた。今は妻に言われる。
妻も魚をきれ~いに骨だけにする。あれは名人芸やね、俺からすれば。
「だいたい魚の好きな人はきれいに食べるんやけどなあ・・・」
今朝の、
よみうり編集手帳には、
焼き魚をきれいに骨だけにする青年の話が載っていた。
原油の高騰で、漁に出られない。
いただく命も、
原油には刃がたたないらしい。
それこそ魚焼く煙のにおいまで、
おかずにせねばなるまい。
2008年07月15日
2008年07月15日
ややこしい花

子供が言葉を覚え出した頃、
テレビのことをテベリと言っていた。
何度、テ・レ・ビと教えても、テ・ベ・リと返ってきた。
分類学の発達で、
植物だけでも、驚くほどの分類種があり、
一口に花といっても、その数は、
天文学的な数字になる。
人類も昔、
これは食える物、これは食えない物で、
分類することが始まったのだろう。
食える物でも、うまいもの、まずいもの、
食えない物でも、命にかかわる物、そうでない物を経験的に、
覚えていったのかもしれない。
せっかく分類してくれているけれど、
僕はそれらの名前を覚えるのが非常に苦手である。
特に花や木の種類、魚類の名前、教えてもらっても、
なかなか次に思い出せない。
僕の頭の中では、
魚屋さん、八百屋さん、果物屋さん・・・と、
分類されているだけである。
それでも、スイカは果物屋、トマトは八百屋?
頭がややこしくなる。
テレビをテベリと言うように、
ペチュニアをペニチュアと言ったって、
いいじゃないか。 (ひらきなおり)
2008年07月14日
女が竿をまたぐと釣れない

魚を捕まえるのに、
最初に糸を使って釣りあげることを考えたのは誰だろう。
海辺の小さな片田舎にいた幼い頃、よく海に釣りに出かけた。
竿なんて買えないので、裏山の竹を切り、
糸に針金で作った釣針をくくりつけて、
エサは浜にいくらでもいるフナムシを使った。
よく釣れた。
ウキなんてない。脈釣りだ。
食いついた時のあの腕に伝わるククッとした感触。
いまでもこの腕がよく覚えている。
女が竿をまたぐと釣れない、というジンクスがあった。
今なら、しばかれそうな話だが、当時、大人たちがよくそう言っていた。
家の庭で釣りの準備をしていると、
小さな妹がよく竿をまたいで通った。
それでも、釣れるときもあれば、
釣れない時もあった。
ジンクスにも年令制限があったのかどうかは知らない。
学校から帰って、
友だちと水平線に大きな夕日が沈むまで遊んだ。
あの磯の潮のにおいは、
今でもこの鼻毛の奥に、なつかしくこびりついている。
2008年07月13日
とっておきたや夏の午後

つい、半年前は、
白一色になった日もある庭が、
草ぼうぼうの緑の山。
今日は妻と庭の草むしり。
狭い庭でも、多種多様の植物。
蚊対策を施し、庭にしゃがみこむ。
妻は長袖に長ズボンに、タオル被って麦藁帽。
完全装備。
雲が晴れて日が差すと、
背中から熱気がのしかかってくる。
それでも土の感触は柔らかくあたたかい。
蟻やら蜂やら、まる虫、ミミズ、蛙たちが顔を出す。
約2時間。
汗びっしょりの中、
妻はシャワーを浴び、俺は庭の椅子に腰掛けてビール。
仰ぎ飲むジョッキの向こうに、夏の空。
この空を折りたたんで、
あと半年先まで、
どこかに仕舞っておきたいものだ。
日は傾き、
妻は冷房のきいた部屋でお昼寝。
遠く蝉の声も聞こえ始める、
静かなる、夏の午後。
2008年07月13日
含羞草(おじぎそう)

あまだれのしずくが
ゆうぐれのまちかどで
ぽたり と おちた
ふあんそうに
好き?
と またきく
わかっているくせに
ぼくのへんじは
すぐにはささやかないで
あなたのうなじのあたりで
すこしだけとおまわりする
そうやって
まっさきにあなたのみみたぶを
あんどいろにかえてしまう
2008年07月13日
雨の日曜日

子供の頃に住んでいた家のまわりには石垣があった。
近くを山からの湧水が流れていて、
この石垣の隙間の穴の中にはよく蟹が棲んでいた。
この蟹、すばしっこいのでとても、
追いかけて手では捕まえられない。
俺たちは、
野原の猫じゃらしを取ってきた。
蟹の逃げ込んだ穴の中に入れてやる。
そして時々、そっと引っ張る。
蟹が猫じゃらしをはさんでいたら、
手ごたえがあるので、そのまま静かに引っ張り出す。
なぜか蟹は離さずに一緒に穴から出てきた。
そうやって捕まえていた。
故郷のいとこから送られてきた、蟹のメール写真。
そうやって、
一緒に蟹取りをした、
子供の頃のいとこの顔と、
あの時のままの蟹の顔。
雨の日曜日。
釣りにも行けず、
しばし、写真の、蟹と戯る。
2008年07月12日
問題です!

上り坂と下り坂、もうひとつは? (野村克也語録より)
この頃のテレビ番組は、どうなっているのだ。
どれもこれも似たようなクイズ番組だらけ。
こういう番組は、昔にもあったけれど、
どれもこれもという訳ではなかった。
少しうんざりするようになってきた。
実家に帰って、
母とテレビを見ても、
母はこんなクイズ番組など見ない。
知的好奇心を満たすにはもってこいかも知れないけれど、
もう少し、心を満たしてくれるものがあってもいい。
ファミリーでワイワイと見るのにはいいけれど、
ひとり暮らしの年寄りが、
たった一人でクイズを答えたって、
なんだか侘しいだけのような気がする。
これからはそういう視聴者が増えてくる。
その母からメールがあった。
三億円の宝くじに当たったと。
えっ!
もうこの頃は、たいして驚かなくなった、不慣れな母のメール。
2008年07月12日
無念のこぶし

早朝、
蝉の声が遠くの森から聞こえ始める。
そろそろ夏も盛りを迎える。
麦藁帽に虫取り網、
ランニングシャツに半ズボン、夏の風物詩。
スイカにクワガタ、カブトムシ。
夏の日の夕暮れ、友だちと、
裏山に登って、樹液の多い木を選んで、
足で蹴飛ばすと、パサ、パサッと、
クワガタムシが落ちてくる。
蚊にかまれた半ズボンの足を、
ポリポリ掻きながら、
拾い集めた。
夏は一年のうちで、
蝉の成虫期間のように短いのに、
子供の頃の記憶にある夏は、
一年の半分くらいあったような、
思い出に満ちあふれた季節でもある。
その成虫期間のわりに、
幼虫の時代を、
長いもので六年くらい土中で暮らす蝉。
道端に、
この夏成虫になり、鳴くはずだった、
蝉の子が乾いて死んでいる。
蟻に墓のような塚を、
こしらえてもらって、
なんのための長い土中生活だったのか。
蟻に食いちぎられた前脚の先には、
無念のこぶしが握られているような・・・。
2008年07月12日
かつてのひょうたん池

淀川の河川敷内にひょうたん池という小さな池があった。
いつも多くの釣り人が訪れていた。閉鎖になるとは聞いていた。
干上がると魚たちがかわいそうだということで、
有志の方たちが魚をすくって本流に放したりしたというニュースが新聞に載っていた。
その後、自分も自転車で見に行ってきた。
小さいながらも休みの日などは多くの人たちで賑わっていた池が、無残な姿を残していた。
かつて魚たちが行き交った池の底はひび割れ、
一滴の水も無く、釣り人達の喝采も無く、シンと静まりかえっていた。
いつもの釣り座に腰を下ろし、しばらく呆然としていた。
この池に初めて来たのはもう二十年くらい前だ。
会社の先輩に連れてきてもらった。
家から近いこともありそれからは自分のホームグラウンドのような存在だった。
いつもは他の池に行くのだが、ちょっと時間ができれば必要最小限の釣具だけを持って出かける。いつでも帰ってこれる場所だった。
いま中学、高校生となった子供たちがまだ小さかった頃は、
家族でよくピクニックがてら来たものだ。
池のちかくの草っぱらで手作りの弁当をひろげ、午後は妻と子供二人、
池の中央の階段の所に並び、それぞれ交代で二本の竿を振った。
仕掛けはいつもドボン。ウキが全部水中に消えたら上げるんやでと言って竿を持たした。
よく釣れた。 幼稚園児だった下の子は 「負けるもんか」 といって、
大きなへらぶなを思いっきり引っ張り上げていた。
「安上がりの家族サービスでええなあ・・・」 と隣のなじみの老釣師が笑いながら声をかけてくれた。家では釣りの話はタブーだったが、妻はこの池だけにはよく一緒に来てくれた。
釣り人のなかには若い人もいたが、多くが年輩の定年を過ぎたような人たちだった。
孫の話をしたり、年金の話をしたり、深刻な病気の話をしたり。
釣り会の人たちは昼になると池の傍に車座になり、にぎやかにランチ(?)を楽しんでいた。
自分からはあまり話し掛けることはなかったけれど、寒い冬などあったかいコーヒーを僕たちにまでふるまってくれた。
この池には釣師だけでなくいろんな人が訪れていた。
高価そうなカメラを引っさげた写真クラブの団体さんがよくきて、あちこちシャッターをきっていた。僕のすぐ後ろの土手に座り込み昼食タイム。どうにも釣り辛かった。
ある日、小学校の3年生くらいの男女20人くらいがやってきた。
ひとりの担任の男の先生が全ての子供に竿を配り、えさのつけ方を教えて釣りを始めた。
子供たちは (先生釣れへん、先生糸がもつれた、先生これどうするの・・・) とそれはもうあちこちから声がかかって大忙し。それでも (どれどれ、) と必ず一人一人様子を見に行く。
魚が釣れると、先生は真っ先にかけつけ (おう!でかい!よう釣ったなあ) とひとり一人かならずほめる。そして (ハイ、チーズ) といって釣れた子の写真を撮ってやる。
釣れた子だけでなく (おう、みんな入れ、入れ) と言ってまわりの子も集まって写真を撮る。
魚が釣れるたびに輪ができる。
およそ1時間くらいの短い釣りタイムだったけれども、
この先生が子供たちにどれだけ慕われているかという事が、実によく伝わってきた。
最後に先生はまわりの釣師の人たちに 「大変おさわがせしました」 といって帰っていかれた。
いえいえお礼を言うのはこっちの方です。
なんとなく清々しい一日であったのは僕だけではなかったように思う。
貴重な社交場がまたひとつ消えた。
あの老釣師たちは今も元気でいるだろうか?
そしてこの空の下のどこかの池でまた会えるだろうか?
この日以来、この池を見に行くことはなくなった。
2008年07月11日
移り香

妻の客、来たる。
迎えに出てくれと言うので、玄関へ。
あいにく今日は事情があって、
表からは入れないので裏に回ってもらう。
よく考えたら裏には、どくだみがいっぱい。
「これ、踏んでもいいですから・・・」
と言っても、少し躊躇されている。
何回目かの誘いでやっとのこと、
それでも、どくだみの合間をぬって通って来られた。
よく見ると、高そうなよそ行きのハイヒール。
どくだみを踏みつける心配よりも、
靴に付くどくだみの移り香が気になっていたらしい。
あとで妻から聞いた話。
申し訳ないことをした。
どくだみには、
なんの罪もないけれど、
私には彼女の落とした香水のきつさが、、
鼻に残って仕方がなかったのだけれど。
どくだみはどう思ったか・・・。
2008年07月11日
回 収

子供たちが外で遊ばなくなって久しい。
昔は、
まわりにあるものを色々と使った遊びが多かった。
缶けりや、缶ぽっくりもそのひとつ。
缶けりは、鬼が缶から離れた隙に缶をける。
見つかるか、先にけるか、スリルがあった。
お兄ちゃんも小さな子供も、
一緒になって遊んだ。
缶も、さば缶か蜜柑の缶詰がよかった。
缶ぽっくりは、
竹馬感覚で、パカパカと、
缶の鳴る音が響いて楽しかった。
わざと水たまりを歩いたりした。
今では、
街中に空き缶はあふれているけれど、
遊ぶ子供たちは見かけない。
一部の人たちの生活の糧になっている。
2008年07月11日
捨て猫

捨て猫の声がする。
まだ、夏でよかった。
世の中、ペットブーム。
うまそうな肉のコマーシャル、猫用。
幼い頃を過ごした家には、一匹の三毛猫がいた。
屋根裏のねずみを見つけると、
瞬く間に口にくわえて取ってきた。
その猫とあまり遊んだ記憶はないけれど、
ある夜、その猫が、
縁側の下で死んでいる夢をみた。
朝起きると、夢で見たその場所で、
三毛猫は死んでいた。
今まで生きてきて、
あとにも、さきにも、
正夢というものはこれ一回きり。
ブームの裏で、
飼いきれなくなって捨てられるものも多いと聞く。
ワニやら蛇やら、
とんでもないものまであるけれど、
殺傷とまでいかず、捨ててしまうのには、
まだ飼い主の優しさか。それとも、
生だけ楽しんで、死はごめんの無責任か。
死んだあの、三毛猫は、
作ってやった小さなお墓の下で、
土にかえっていった。
2008年07月11日
シャンプーとリンス

「ん?」
頭を洗っていて、
全然、泡立たない。
よく見るとリンスだった。
風呂場に置いてあるシャンプーとリンス。
いつも右がシャンプーで左がリンスと覚えていた。
ところが今日は場所が入れ替わっていた。
わが家は四人家族。僕以外は女。
洗髪は同じものを使っている。
風呂からあがるなり、
「どうしてあのシャンプーとリンスの容器は、似たような色と形をして、
表示が上の方にないのだろうねえ・・・」
と前々から思うことを、うっぷんにして、女たちにぶちまけた。
「ちゃんと、表示してあるよ」
「色もちがうし、使えばわかるよ」
「そんなこだわる頭ですか?」
三人の女は口々に、のたまう。
表示といったって、
一番下の方に小さな文字で・・・、
風呂でメガネかけられるか・・・と言いかけてやめた。
「ハハハハ」と笑っておわり。
容器の上に、
[私のキレイが進化する]
一段と大きな文字のラベル。
少しはあなたも進化しなさい。
ところが、今日、
シャンプーを取ろうとしたら、
マジックの大きな文字で表示してあるではないか。
思わず、 「ハハハハ」 と風呂場で一人大笑い。
昨夜の笑いとは異なるのである。
わが家の女どもも、少しは進化したか。
鼻唄のひとつも出ようというものだ。
2008年07月10日
白樫の枝

小さき頃は泣き虫だった。
そんな時はよく、ひとり白樫の木に登って泣いた。
山仕事の帰り、父がどんぐりをとってくれた白樫の木。
家は目の前なのによくここで父は腰を降ろしたばこを一服した。
腰にぶら下げた蛇のようなキセル。
父が木を蹴飛ばすと、
パサパサッとドングリの実が落ちてきた。
僕はよろこんで拾い集めた。
それがまるで儀式のように、
ひと儀式すむと家に帰って行った。
月日は過ぎて、
僕の足は父の蹴飛ばした高さまで届くようになり、
父の足は上がらなくなった。
故郷に帰るといつもこの木を蹴飛ばす自分がいる。
この木の枝に止まる泣き虫がいる。
2008年07月10日
里帰り

夜遅く、
仕事から帰ると、
家には誰もいない。
あっ、そうか今日は子供を連れて実家に帰ってくる言うてた。
玄関の戸を開けると、当然のごとく真っ暗。
部屋の空気が暑さでムッとする。
普段は冷房をかけてくれているので、そんなことはない。
電気のスイッチを入れる。
パッと、食卓の上に小さな、花。
妻のかわりに、「おかえり」。
冷蔵庫にはキンキンに冷えた、ビール。
ググッと、一杯。
うまい!
・・・昨日の夫婦喧嘩、忘れてやるかッ。
2008年07月09日
蚊帳の中の幸せ

夏の季語は重なりが多い。
未熟なるものには、苦しい季節。
蚊帳。
この年代でも、
さすがに蚊帳の記憶はうすい。
それでもかすかに残っているのは、
あの蚊帳の独特のにおいと、
一つ屋根の下に、
もう一つの小さな家、そう隠れ家か、秘密基地が、
重なってあるような気がして、
そこに親子して並んで眠れることが、なんだか嬉しかった。
もう何十年も、
蚊帳は見かけなくなったけれど、
この頃は、
世界の災害救援にひっぱりだこと聞く。
蚊による、特に子供たちの伝染病予防に役立っていると聞くと、
日本人を誇りに思う時がある。
今はなんでも蚊帳の外、の時代。
あの頃の蚊帳の中の幸せは、
もう二度と味わえないのだろうなあ・・・。
2008年07月09日
公園デビュー

この日は初めての池。
知り合いに紹介されて行ってみた。
たいがいの池には常連さんがいる。
性質(たち)のいい常連ならいいけれど、なかなか・・・の人もいる。
いつも常連さんが入る場所に、
たまたま先に来て竿を振っていたりすると、
聞こえよがしに、いやみったらしく、
出て行けとばかりに言う人もいる。
ある時、
常連にえらそうに言われて頭にきた人がいた。
「お前の池かっ!」、最後の決まり文句。
ま、あまり朝から頭に血がのぼると、
せっかくの釣日和り、お互い一日面白くないよ。
なかよくやりましょ。
僕は初めての池では、
端っこのあまり人が入りそうでない所に入る。
たいてい一日竿を振ると、その池の様子が分かってくる。
そして何度か通ううちに、縄張り地図が見えてくる。
少しずつ顔を馴染ませながら、
縄張りを拡げていくのである。
へらぶな釣りも楽ではない。
社会の縮図をみるような時がある。
公園デビュー。
わが妻は、まる高出産で、
上の子を連れて、公園デビューした頃は、
まわりの若い母親たちと、
話が合わないと言って、結構悩んでいた。
それでも、世の中は捨てたもんじゃない。
何回か通っているうちに、
話の合う人が現れてくる。
一人でもそういう人に巡り合うとうれしいもんだ。
今でも、その人とは家族ぐるみの付き合いとなっている。
何かの縁を感じずにはいられない。
2008年07月08日
老 眼

老人。
年寄りに失礼な言葉だとして、
この頃は高齢者と表現する所が多い。
年をとると、首から上に悩まされると言う。
耳が遠くなり、頭はうすくなり、歯医者にも通うようになる。
忘れることも多くなる。
そして一番顕著に現れるのが目。
老眼。
近くのものが見えなくなるのだから始末に悪い。
わざわざ離さなければならない。
眼球のレンズを調節する筋肉が衰えるらしい。
老いを自覚するのは目からくるようだ。
元々、
「老」という字は、老中や大老のように気位の高い所に使われている。
老松もかっこいい。
老眼も、
人さまざまの人生を見つめ、
さまざまの思いを焼き付けてきた、
気品溢れるまなこであってほしい。
喜びや悲しみの涙を溢れさせてきたまなこでもあるのだから・・・。
ボケ。
無礼な言葉だとして、痴呆症と言う。
年をとると、
気を使わせる言葉が多い。
2008年07月07日
笹に吊るした人の名は

なんとかって言ったよなあ。
今まさに日が沈む瀬戸際をなんて言ったっけかなあ。
思い出せない。
買物の帰り、
老人ホームの建物の横に、
まさに夕日が沈もうとしていた。
そのスピードのはやいこと、はやいこと。
あわててカメラを取り出そうとしているうちに、
日はどんどん沈み、とうとう頭のてっぺんしか写せなかった。
気が付くと、買物帰りの人たちが何人か足を止め、
同じように夕日に見とれていた。
夕景ってどうしてあんなにもの寂しいんだろうねえ。
逃した夕日はまた翌朝、東の空に帰ってくるけれど、
朝日は夕日と違うんだよねえ。
朝日は生きる勇気をくれるけれど、
夕日は人を無口にさせるんだよねえ。
訳もなく、涙腺がゆるんじゃうんだよねえ。
今日は七夕。
童心、という言葉がぴったりの七夕の夜。
なんとかって言ったよなあ。
笹に吊るしたあの、女の子の名前。
思い出せないなあ。
2008年07月07日
実るほど

ついこの間まで、
鏡のように空を映していた水田が、
緑一色に変わった。
小さな稲葉は波打ちながら、
流れ行く風の姿を、
私たちに見せてくれる。
傍らの祠には、小さなお地蔵さま。
一面の田んぼの真ん中に、
最近大きなアスファルトの舗装道ができた。
通勤には便利になったけれど、なんとなく場違いの感。
余計なものを除いて、シャッターを切る。
長き農耕民族の血が騒ぐ。
2008年07月06日
寝苦しき地球

夏が、本気になってきた。
プール開き、海、山開き。
そのうち、
蝉が鳴きだし、高校野球も始まる。
暑い!
昨年の夏、
国内最高気温が更新された日、
「俺とこのベランダはとっくに更新してるわ」
というようなblogがいくつか見られた。
思わず笑ってしまったけれど、
40.8℃から40.9℃、わずか0.1℃の差。
太陽の表面は6000℃、コロナは数100万℃もあるらしい。
そんなことを思うと、
地球上で生きる者達の適応範囲は、
奇跡的な温度範囲のなかで、暮らしている。
体温が1、2℃高いの低いので、体調がくずれる。
そんな地球は広い銀河のなかで、
本当に偶然に形成されたんだろうか、
それとも神様か誰かが、綿密な計画のもと作ったのか。
人体の中にも宇宙があり、海の中にも宇宙がある。
ドラマは甲子園だけではない。
2008年07月06日
2008年07月05日
捕われたくなるや蜘蛛の糸

散歩していると、
よく蜘蛛の巣を見かける。
世の中にはいろんな人がいるもんだ。
先日、テレビの番組でこの蜘蛛の巣を集めている人が紹介されていた。
蜘蛛の巣を集める? どうやって?
思わず見入ってしまった。
見た目は普通のおばさんなのだが、
この蜘蛛の巣を2000枚近く標本にしていた。
気に入りの蜘蛛の巣を見つけると、
まず真ん中辺りにいる蜘蛛をよそへ追いやり、
蜘蛛の巣に白いスプレーを吹きつける。
これで蜘蛛の巣がクッキリと浮かび上がる。
次に接着剤を塗った青い板に巣を貼り付ける。
書くと簡単なようだが、実に見事に貼り付ける。
青い板に白い糸が、まるで銀河のようで美しく、
蜘蛛の種類によってその模様の違いが一目で分かる。
その標本を手に語る、
彼女の目はキラキラと輝き、
素晴らしい笑顔が印象的だった。
なんでも夢中になる人の目は、子供のように輝いている。
かくありたい。
2008年07月04日
生き比べ

三十年位前、
東京の学校にいた頃、
NHKの技術研究所を見学したことがある。
そのひとつのコーナーに、
未来のテレビの想像図らしきものがあった。
壁掛けテレビ。
それは近未来の出来事のような印象があった。
あれから年月は過ぎたけれど、
今になってやっと、それらしきものができてきた。
実家の、
ひとり暮らしの母のテレビが映らなくなった。
十五年ほど使ったブラウン管のテレビである。
古畳に、
その年月の跡形を残して、リタイアとなった。
母と一緒に電気屋に行った。
32インチの液晶のテレビを買った。
我家にもない優れもの。
母はプロ野球をテレビで見るのが好きで、
阪神のファンでもある。
テレビを見るくらいしか、楽しみがなくなりつつある。
その液晶のテレビを、
説明書を見ながらセットしている時に、
母はまだ映らない黒い画面を見つめて、
なにやらつぶやいていた。
「これから生き比べだねえ・・・」
冒頭の、
東京にいた頃、
母と父は、テレビでよくプロレスを見ていた。
ふたりの笑った顔も若かった。
その頃の僕は、
十六文キックの威力を知るよしもなかった。
壁掛けテレビの夢に酔いしれていた。
2008年07月03日
暑き日に暑いはなお暑い

昨日は、
言わぬが花、と言ったけれど、
言わなくても、分かっていても、
口に出して言ってもらいたい時もある。
夕食時、
娘らはテレビのバラエティー番組に目がくぎ付け。
笑いながら、はしゃぎながらの食事も結構だけれど、そんな時、
「おまえら、うまいのか、まずいのか?」 と、
わざわざ聞く時がある。
妻が毎日の献立を考えて作った食事に、
何か意思表示しろ、と言う。
それでも 「おいしいよ」 と言うだけだけど、
それだけでもいい。
食事を作る機械じゃねえんだから。
この頃の、
高速道路の料金所にはETCが大幅に増えてきた。
うちは今だに、一般の方である。
その料金所の係員は、
料金のやりとりの際、必ずあいさつをしてくれる。
昔はそんなことはなかった。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます」
必ず返事をするようにしている。
定年前後の年寄りがほとんどだけれど、
返事をすると、向こうもチラッと、こちらの顔を見る。
その視線がうれしそう。
「お気をつけて」 おまけまでついてくる。
口は災いの元、とも言うけれど、
言葉にすると、思わぬ効果があるときもある。
世のお父様方、
たまには奥様に 「愛してる」 の一言でも言ってみては?
ウインクが返ってくるか、鍋が飛んでくるか・・・。
2008年07月02日
大阪は夏、シドニーは冬

「季ちがいじゃが仕方がない」
獄門島、横溝正史。
釣鐘の下で見つかった、
少し知恵の遅れた娘の遺体。
寺の和尚が、
「無残やな兜の下のきりぎりす」
芭蕉の句をつぶやく。
続けて、先ほどのつぶやき。
それを小耳にはさんだ金田一耕助。
知恵遅れの娘のことを言ったものと、感違いする場面がある。
映画も面白かった。
事件の背景に俳句があるのを、
金田一が気付く場面もある。
電線に雀が三つのかたまりで留まっている。
五、七、五。
ちょっと無理があるような気がしないでもない。
とんぼ、は秋の季語だと。
気に入らんなあ。
目の前にいたのだから仕方がない。
正真正銘の、
季ちがいじゃが仕方がない。
それにしても、
この日は釣れなんだ。
2008年07月02日
それ言っちゃおしめえよ!

言わぬが花、という言葉がある。
はっきり言ってしまうと、趣が損なわれる。
ノー、と言えない日本人。はっきりとしない日本人。
特に日本人は昔から、
直接、断りの言葉を述べるのではなく、まわりもった言い方で、
やんわりとそれとなく相手が慮るのを待つ。
それは長くこの国の民族性として道徳観として、
培われてきたものだから、
やはり尊重するべきだとも思う。
茶道、華道、俳句、能、などにしても、
日本の文化にははっきり言わない所に、
奥ゆかしさや、奥深さを見出してきたようなところがある。
そういう 「うやむやさ」 が、
見る人それぞれの価値観で味わいの幅を広げてくれる。
床の間に、
いつも妻が庭の花を摘んで生けてくれる。
感謝している。
感謝ははっきりと言葉にした方がいいのはわかっているけれど、
いつも 「うやむや」 になっている。
2008年07月01日
たこの足のように

大阪名物。
名物にうまいものなし、
というのであまり名物とはいいたくない。
いろんな所でたこ焼きは売られている。
ちょっとした場所があれば商売できるからか、
屋台やこじんまりとした店が多い。
うまい店もあるが、そうでない店もたくさんある。
やはり人気のある店は、味が一味違う。
行列もできる。
写真はもうひとつだけど、うまいんだよねえこれが・・・。
武甲山さんの今日の記事に、半夏生のこの日は、
「関西では、田に植えた苗がたこの足のようにしっかり根を張るようにと、
たこを食べる習慣がある」
とあった。
恥ずかしながら、関西に住んでいて知らなかった。
で、たこ焼き買って来た。
別に、田を持っているわけではないけれど、
宅地化のすすむ中で、
健気に根をはる苗たちに少しでも届けばと・・・。











