2008年11月30日
急傾の斜面

ゆらゆらとかげろうの道に
無作為に置かれた小石よ
あまりに偉大なアスファルトの道に
黙殺された小石よ
おまえはどこから来たのだ
無情に流れ去る時の川面に
幾重もの波紋を広げて
したたかに私の心をゆさぶる小石よ
そんなにはやらせるものではない
生きても 生きてもこの果てしない希望や夢やよろこびなど
たった数十年の
急傾の道にとどまろうはずがない
ましてや 小石よ
おまえのように平坦な道に横たわった時には
私の身体はぶくぶくと腐乱しはじめ
口や鼻や耳や眼球の奥底からも
まっしろなうじ虫が這い出て
やがて 私の魂は
車に轢かれた野良犬の死臭を放つだろう
-->
2008年11月29日
冷たい雨
小学校の頃から、
何度か転校をくり返した。
初めての転校は、
九州の田舎から、
大阪へ家族で出て来た時だった。
国訛りが子供心に恥ずかしかった。
何度か転校するうちに、
訛りはなくなってきたけれど、
そのうち一人でいるのが好きになった。
雨の日は、
雨に濡れるグラウンドの風景よりも、
窓の雨粒に目の焦点が合うようになった。
一人を楽しむようになった。
けれども、
子を持ち、引っ越しをしなければならなくなった時、
子供の学校を変わらないで済む引っ越しを最優先した。
おかげで子供はどちらも明るくおおらかに育った。
もちろん、人生は別れも出会いも大事だけれど、
それが全てではない。
ただ子供たちの、寂しがりや、が気になる。
孤独に弱い。
どちらがいいのだろう。
今でも、
雨の窓景色を見ると、
オートフォーカスのように、
雨粒に視線を合わす自分がいる。
子供たちの性格を、
うらやむ自分がいる。
-->
2008年11月28日
手に届く思い出

竿の高さが高くなったような気がする。
母の故郷から少しばかりの柿が届いて、
全部皮をむいて、外の物干しに吊るした。
背伸びする母の手が、やっとこさ届く。
物干しの高さを低くしようか、と言うと、
物置から小さな踏台を持ってきた。
ちゃんと、用意はしてあった。
ここの家族がまだみんな揃っていた頃から、
変わらない物干しの高さを、
母は変えたくなかったのだろう。
低くすれば、
自分の老いと引き換えに、
あの頃の何かを失うような気がする。
低くすればするほど、
手の届かなくなるものがある。
踏台の上の、
母の背中がそう、言っていた。
-->
2008年11月27日
門前の小僧ならまだしも

古い小さな山寺がある。
あることは知っていたけれど、
この門をくぐったことはなかった。
三台くらいしか止められない駐車場の、
そのまわりにも今日は車が止まっている。
いつもは一台も止まっていないのに。
何事かと行ってみる。
石段を登ると、
りっぱな紅葉が、寺の門の前にひろがっていた。
その下で、カメラを構える人たちが、あちこち見られる。
聞いてみると、ここの紅葉は結構有名らしい。
へえ~、知らなんだ。
しばらくたたずんでいると、あることに気付いた。
ほとんどの人が門前での撮影が終わると、
そのまま帰って行く。
門の中まで入る人は少ない。
ここまで来ながら・・・と、
初めてこの門をくぐる。
狭い境内の奥で寺の和尚さんらしき人が、
竹箒を使っていた。
人なつっこい顔をされていたので、
どちらからともなく口が動いた。
この寺の話になって、
みなさん紅葉を見に来ているようなもんですね、と僕が言った。
和尚さんは少し笑いながら、
この寺があるから、この紅葉もあるのです、と言われた。
その昔、
飢饉に苦しみ、お布施もできない貧しい村人たちが、
門前に楓の木を植えていったという。
それ以来、不作の年ほど紅葉がより紅く染まるのだという。
なんの変哲もない数ある寺のひとつに過ぎないと思ってきたけれど、
こんな小さな山寺にも、大きな歴史が眠っている。
ちょっと君たち、
高価なカメラで門前の木の葉を撮るのもいいけれど、
ちょっとこの門をくぐるだけで、
心に焼き付くものが撮れますよ、
と言ってみたいと思いながら、
初めてくぐった門を後にした。
-->
2008年11月26日
落葉樹

昨日の画面から、
九十度振った風景。
木々も毎年、
もう少し伸びてくれたら、
年月の経過を目に感じることもできる。
遠くの山寺の屋根が見えなくなっているから、
少しは伸びているのだろう。
でも、
木の形はそのままに、
何十年、同じ季節をくり返しても、
今時分になると決まってこの光景を見せる。
子供の頃とそんなに変わらないように見える。
見るものが年老いていくのを、
嘲笑うかのように、葉を落とす。
この画面で、
人間の立てた小屋だけが、
人間のように朽ちてゆく。
その屋根にも、
人知れず、静かに木の葉を落とす。
木々の、
せめてもの優しさなのかも知れない。
<!--
-->
2008年11月25日
原風景

自分の、
いや日本人の原風景を見るような気がする。
思わず車を止めて立ちつくす。
山里の道。
車が通らなければ、なんにも聞こえない。
生まれ故郷には、
たしかにこんな風景があった。
今はもうかつての畑にも杉の木が植えられ、
あの頃の面影は残っていないけれど、
脳みそのどこか柔らかいあたりに、
ほんわりと静かに、こういう場面が乗っかっている。
普段は思い出そうとしても、
つかみどころがないのだけれど、
ふと、こういう景色を見ると、
座布団の上を転がるように、
鮮やかに視神経を刺激する。
しばらく車が途絶えた。
山からの風がゆったりと煙幕を広げる。
その向こうから、
僕の名を呼ぶ父の声がする。
「帰るぞ~」
返事をすれば、
煙の中から、
鍬をかついだ、
つぎはぎだらけのズボンの父が、
ひょっこり出てきそうな気がする。
思わず、走り出したくなる。
<!---->
2008年11月24日
魅 力

本当に釣りの好きな人は寒鮒を狙う。
細いウキの一目盛の変化にアタリを見る。
夏場のような誰がみてもとれるというアタリは少ない。
冬場は一回もアタリの無い時も珍しくない。
ウキになめるような動きが出ると、
高らかに胸がときめく。
静かな闘いが始まる。
繊細な釣りである。
防寒具を着込んで、
朝早くから近くの人が自転車でやって来る。
釣り支度がすむとあまり身体を動かすことはない。
この釣りは結構年寄りが多い。
身体を動かすことが少ないから、
年をとってもできるのかも知れない。
身体は動かさないけれど、頭は使う。
昨日バカ釣りしたからといって、
今日も昨日の仕掛け、エサで釣れるとは限らない。
その日の状況に合わせていかなければ釣れない。
「釣りは鮒に始まり、鮒に終わる」と言われる所以だろう。
逆にこの釣りは、
あまり身体を動かさないので、
健康上にはスポーツ的なところがない。
自然の空気には接することができるけれど、
もう少し身体を動かさないと逆に足腰を痛める。
そうは言っても、
早朝から竿を振らせる魅力とはなんだろう。
夏も冬も同じ所にじっとして、
何が面白いのだろう。
通りかかる人が、よく聞いてくる。
この頃は、もうくどくどと説明しないことにしている。
何が面白いのか、なぜこんな寒い中やって来るのか。
一度あなたもやってみて下さい、と言うことにしている。
いくらその面白さを言葉にしてみても、
やったことのないあなたの目は、
私たちをきちがいの目で見ているから・・・。
-->
2008年11月24日
でかい面して

外は冷たい雨。
釣りに行くのも億劫になり、
妻の買物の付き合い。
以前にも書いたけれど、
僕はただ妻の後ろを、
携帯を電卓にして付いて歩くだけ。
今日は一番に大根がかごに入ってきた。
今日はなんの料理やら。
最初からでかい顔をしている。
鍋かな?おでんかな?煮物かな?
あえて妻には聞かない。
「今で、いくら?」
携帯を覗きこむ。
まだ予算に余裕があるらしく、
魚の切身やら、肉やら、玉子やら、牛乳やら・・・。
またたく間に、
大根のでかい面は、
かごの中に隠れていく。
聞けば、一週間分の買物と・・・。
大根の葉っぱだけが、
かごからはみ出ている。
どうやら、
大根の顔をでかくしていたのは、
俺一人の妄想であったらしい。
-->
2008年11月24日
父と娘

妹が初めて自分だけでカレーを作った日。
父は、僕と弟を呼んで、
「うまい、おいしい、って言うんやでっ」
とこっそり耳打ちした。
「あんまり、おいしなくても」と前置きして。
僕もまだ生意気な頃だから、
「そんな、ほんとのこと言うたった方が本人のためやないの」
と思ったりした。
どんな味だったか、
今では思い出せないのだけれど、
あの時の父の顔はよく覚えている。
僕たちには見せたことのない、やさしい顔だった。
その妹が嫁ぐ日の披露宴で、
僕は身内からのあいさつを一言頼まれた。
そこで僕は今まで黙っていたこのことを、
暴露した。
その途端に父は堰を切ったように、
ハンカチで顔を覆った。
俺たちの婚礼には終始ニコニコだった父が、
娘の時は別人になっていた。
今夜は、
わが娘が初めてカレーを作った。
「どう、味はお父さん?」
娘が言う。
「うまいよ、おいしいよ」
誰に頼まれるでもなく、
僕は答えた。
<!--
-->
2008年11月23日
いい顔

大相撲、千秋楽。優勝決定戦。
「どちらも、いい顔をしている」
と解説者が言った。
いい顔、
にはなかなか巡りあえない。
それも、
ここでも何回かトライしたのだけれど、
とても言葉ではいい表わしにくい。
昔、
電車で乗り合わせた女性の顔を、
今でも思いだせるのだけれど、
彼女は本当に「いい顔」をしていた。
器量がいいとか、美人とか、
そういう次元の話ではない。
笑っているのでもなく、澄ましているのでもなく、
観音様のようなふくよかな顔でもない。
うれしくてしょうがないような、
本当に心配していたものが、
無事だったときのような・・・。
いやいや、そんなもんじゃないんだよなぁ・・・。
向かいの座席に座った彼女の顔は、
いつまでたっても文章にできない。
公園の銀杏が黄色に染まり、
冬の日に照らされてまぶしい。
黄色は元気の出る色と、
こと乃さんがおっしゃっていた。
わかるような気がする。
その一枚の葉っぱに手を触れただけで、
すっと手の中にこぼれ落ちてくる。
言葉では言い表せない色。
天の才分。
これもまた、
「いい顔」をしていた。
-->
2008年11月22日
ふたり鍋

「犬でも飼ってみる?」
一人暮らしの母に言う。
「もう看取るのはいややからいい」
と母。
自分の父を見送り、
母を見送り、夫(僕の父)を見送った。
「先に看取られるかも知らんで」
と冗談を言う。
仏壇の上にある父の遺影を見て、
母は少し笑った。
時々、こうやって実家に僕ひとり帰る。
冬は決まって鶏の水煮き。
もう若くないからそんなに食えないでと言うのに、
山盛りの具材を用意する。
母と二人で鍋をつつく。
先日の記事で、
鍋はみんなで食うもんだ、みたいなことを言ったけれど、
ふたりもいい。
アベックの二人もいいけれど、
親子のふたりにも味がある。
黙っていても、お玉が出てくるし、
豆腐もちょうどいい大きさに切ってある。
好きな骨付きの鶏肉が鍋にいっぱい入っている。
何よりも、
母の笑顔を見ることができる。
さきほどの冗談に、
それもそうかなと、早く父の所に行くのもいいかな、と、
そう思って父の遺影に笑んでいたのかなと思ったけれど、
一人も結構楽しいと聞いて安心する。
猫でも飼うかと、母に言う。
そやね、猫ならいいかも、と。
そういえば小さい頃、我家には猫がいた。
嫌われたのは、犬でよかった。
-->
2008年11月21日
満天の星

この頃は、
どういう訳か古い歌やドラマが何かのおりによく取り上げられている。
ちょうど俺たちの青春の頃の歌がよく流れている。
その頃にはまだ生まれてもいなかった、
今の若者たちがきいてどう思うのだろう。
琴線に触れる、とよく言う。いい言葉だ。
正直、この頃の歌手の歌は、
うたっている歌詞の内容がよく聞き取れない。
だけども、そのメロディーが心の琴線に触れる歌もある。
言葉ではうまく言い表せないけれど、
妙にそのメロディーのフレーズが心に残る。また聞きたくなる。
そういう歌が昔は多かったように思う。
その歌を聴けば、その歌の流行った時代を思い出す。
その時代の自分を懐かしく思い出させてくれる。
見上げてごらん、夜の星を。
初めて彼女をデートに誘った夜。
彼女を家まで送った帰り道。
空には満天の星。
一駅の電車に乗らず歩いて帰ったっけ・・・。
この歌を口笛にして。
そんな昔を思いながら、
桜並木のベンチに座り、
見上げる僕がいた。
-->
2008年11月20日
窓灯り

売家かと 思えばほのか 窓灯かり
決して異を唱えるものではない。
近年はクリスマスが近付くと、
このような電飾の家をよく見かけるようになった。
改めて異を唱えるものではない。
若い頃、
気の落ち込むことや、
滅入ることなどがあると、
よく街の灯ならず、
家の灯を遠くから眺めるのが好きだった。
アパートや住宅の並んだ窓々から、
それぞれの灯りがもれてくる。
それぞれの暮らしがあり、それぞれの泣き笑いがある。
俺だけではないのだと、励まされたもんだ。
そんな窓灯りを打ち消すような、
まばゆい飾りの家がある。
ここにも家族の団欒があると思うのだけれど、
その窓灯りは妙に冷たくうす暗い。
あまり思い悩む時に見る景色ではない。
街の並木をいっぱい電飾するのも、
個人的にはあまり好きではない。
人間の驕りを感じる。
決して、
異を唱えるものではない。
-->
2008年11月19日
親不孝のおもいで

初霜や タイヤの跡の 一本道
小学校の高学年の頃だったと思う。
学校から帰って遊びに出る前に、
少しだけ宿題を片付けておこうと思い、僕は机に向かった。
ちょうどその時、親父が仕事から帰ってきた。
その日の親父は少し機嫌が悪かったように思う。
帰ってくるなり、自転車が泥で汚れているから外で洗うように、
親父は僕に命じた。
宿題をやりかけていた僕はそのことを告げた。
すると、親父は鬼のような顔をして、
「そんなもんあとでええ!」と怒鳴り、
頭上からげんこつを二,三発ぶっとばした。
僕は泣いた。悔しくて泣いた。
ただ、何が悔しいのかその時ははっきり分からなかった。
運動靴を手に表へとび出した。
その頃の親父はこわかった。
自転車も磨かずにとび出してきたものだから、
帰ろうにも帰れなかった。
ただ行くあてもなくぶらぶらしているうちに、
日が暮れてきて、すっかり夜になってしまった。
晩秋の早い夜更けだった。
もう二度と家になんか帰ってやるもんかと気負って出てきたものの、
いつのまにか足は家の前まで来ていた。
こっそりと玄関の戸の隙間から内をのぞくと、
おふくろが晩食の仕度をすませ、
テーブルの上にはちゃんと僕の分も用意してあった。
だけどあの鬼の姿が見当たらない。どこに行ったのだろうと、
目と耳で内のようすをさぐっていると、
突然、急にうしろから背中をつつかれた。
一瞬、息が止まった。百万ボルトの電流が心臓を流れた。
その反動でふり返ると、
まぎれもなくあの赤鬼がそこに立っていた。酒の匂いをぷんぷんさせて、
「帰ってたんか」とつぶやくように言った。
どうやら僕を捜しに出ていたらしい。
親父はもう何も言わなかった。
おふくろがひとりで親父の機嫌をとっていた。
でも僕にはなぜかわかっていた。親父がうまそうに酒を飲んでいるのが。
その時、
僕は明日の朝早く起きて、
親父の自転車を磨いてやろうと心に決めた。
翌朝の明け方は、
布団も凍るほどの寒さだった。
起きて外に出ると、もう親父も自転車もなかった。
初霜の降りた道に、
タイヤの跡だけがくっきりと残っていた。
親不孝の罪に小さな心が悶えた。
2008年11月17日
葉脈の相ぞ見立ての菜っ葉摘む

やってきました鍋の季節。
寒い日にみんなで鍋を囲む。
湯気がほんわりとたちのぼって、
心までほんわかとなる。
夏のバーベキューとはまた異なった一体感がある。
鍋はこの「みんなで」という所に良さがある。
独身の頃、そうだったけど、
一人で鍋をやっても、なんだかみじめさが漂う。
一人用の鍋も売っているけれど、
あれはせいぜい湯豆腐だね。
外国人には、
みんなの箸を同じ鍋につっこむというところに、
抵抗を感じる人もいるらしい。
文化と国民性の違いなのだろう。
鍋はあまり外国人には似合わないような気がする。
年老いたジジ、ババが、
孫に「熱いよ、熱いよ」と言ってやけどしないように気を使い、
妻は気忙しく具を放り込んで、亭主は熱燗で顔を紅く染め、
面白話にみんなが笑い、つられて鍋もグツグツと笑う。
そうやって寒く長い夜が更けてゆく。
こんなの幸せって言わなくてなんて言うんだい。
そのうちジジ、ババは旅立ち、子供たちも巣立って行く。
土鍋が戸棚から出てくることも少なくなる。
気がつかないだけで、
幸せはそこらじゅうにころがっている。
家の戸棚の中には、
そういったものがいっぱい沁み込んでいる。
だからみんな、
使わなくなっても、
捨てきれないでいる。
<!--
-->
2008年11月16日
美しいもの

床屋に行く。
待っている間、
備え付けの小冊子を手に取る。
ぺらぺらとめくる。
ひとつの投稿記事が目につく。
タイトル、リストバンド。
概略。
小学校4年生の娘がリストバンドをしている。
今、学校ではやっていると言う。
でも、娘はリストバンドを二の腕のところに付けている。
「リストバンドは腕じゃなく、手首にするものじゃないの?」
ときく。
「いいの!みんなで決めたんだから・・・
〇〇ちゃんも、おそろいなんだから・・・」
と娘。
私はハッとした。
娘の同級生には、左手首から先の無い女の子がいた。
その子のことを考えて、
腕に付けることに決めたのだろう。
愛知県の33歳の主婦の方の記事。
散髪が終わっての帰り道。
なんだかすっきりしたのは頭だけではなかった。
今日、散髪に行ったこと。
散髪屋によくぞその小冊子を置いていてくれたこと。
よくぞ手に取ったこと。
よくぞ目に止まったこと。
遠く西の空に沈む夕日よりも、
美しいものを見せてくれたことに感謝する一日であった。
2008年11月16日
塒 (ねぐら)

先日の話。
車での仕事の帰り道。
ちょうど僕の所で信号が赤に変わり、
先頭で止まった。
目の前の横断歩道を、
自転車で渡るおばちゃんがいた。
近くでの買物帰りなのだろう、
自転車の前後に荷物をいっぱい載せて、走り始めたのだが、
どうもヨロヨロとして危なっかしい。
案の定、横断歩道の真ん中あたりで倒れてしまった。
なかなか自転車を起こせないでいる。
「ちょっと、行って来る」
仲間に言ってかけつけた。
電動補助付きの自転車で、自転車自体も重いのだが、
買物の荷物もこれまた重い。
特に前かごに重い物を載せているものだから、
ハンドルがふらふらとしている。
「おばちゃん、前にこんな重いもんのせたらあかんは」
僕は自転車を押して横断歩道を渡り、おばちゃんに言った。
電動補助付きだから、
どんな重いものでも載せられると思っているのかも知れない。
のせ換えた方がいいよ、と言って、
早く戻らないと信号が青に変わるので、
僕はあわてて引き返した。その時、
左折してきた車が、キキーッと止まった。
もう少しで当たるところだった。
「バカヤローッ」と叫んで車は走り去った。
人間、
思いもかけない悪事に遭うのは、
案外、こういう時なのかも知れない。
と思った。
-->
2008年11月15日
冬の章

夕日のよくあたる、
桜並木のベンチ。
少し前までは日差しが暑くて、
座る人も少なかった。
腰を掛け、
夕日を見ていると、
紅葉が一枚、また一枚、
風もないのに落ちてくる。
歳時記も、
春夏秋冬の最後に来た。
寒い季節がやってくる。
そのうち、また、このベンチ。
座る人も少なくなる。
通り過ぎる、
散歩する人たちの、
吐く息も白くなる。
-->
2008年11月15日
山茶花

これから寒くなるというのに、
かわいい蕾の花もある。
うっすらと葉に積もりし白い雪に、
血のように紅く咲くイメージがある。
緑の枝葉が蕾を、
慈しむようにやさしく包み込んでいる。
母親の手のひらのように。
中3の下の娘が、
学校の保育実習から帰ってきた。
「疲れたぁ~」 第一声。
5歳の子供たちを前に、
どんな顔をしていたのだろう。
私には5歳の頃の君の顔も、
今の顔も同じく見えてしまう。
ついこの前のことだ。
みんな、にやにやして君の奮闘記を聞いている。
「もう子供はこりごりやわぁ~」
と子供が言う。
まんざらでもなさそう。
いつか、
この山茶花の枝葉のように、
やさしい手のひらになってほしい。
-->
2008年11月14日
チャンチキおけさ

♪ つきぃが~ぁぁあぁ わびしいぃ~ぃぃ
ろじうらの やたいのさけのほろにがさ~ ♪
今日の仕事は辛かった。
気を使う仕事で憔悴しきった。
無事、やり遂げて、解散。
帰りの車に乗り込む。
ラジオをかける。
今朝、大きいままにしていたボリュームで、
突然、三波春夫のチャンチキおけさが響く。
「ああ、いい声だなぁ、いい歌だなぁ~」
涙になるよな歌声が、
背筋からまっすぐ、
夜空に突き抜ける。
ハンドルたたいてチャンチキおけさ。
俺を待っていてくれたようで、
思わず空を見上げる。
流れる雲に、
見えしかくれし恥らいし、
月が昔の恋人のようにしばらくついてくる。
葉陰に隠れてこっそり別れのキスをする。
それでも、またついてくる。
明日の夜、また会えるのに・・・。
流行りの歌は、
何年たってもその時代に、
忘れかけた心を、
引きずり戻してくれる。
仕事を忘れて、
あとは、
焼酎をあおるだけ。
-->
2008年11月13日
出勤の朝
冬空に 伸びゆく蔓や 出勤路
女性方はそうではないと思うけれど、
足の爪の伸びたのに気付きにくい。
靴下に穴が開くまで分からない時がある。
不精だと言われればそれまでだけど、
靴下を履くときなど、
てんで他の事を考えていて、
足の爪まで神経がまわらない。
冬の空に、
駆け上るように伸びる蔓。
短い日照時間を惜しむように、
ひたすらに空に伸びる。
急ぎ足の人の多い駅路。
少し仰ぎ見れば、なぜか、
足を止めて、携帯で写してみたくなる。
それもつかの間、
駅の方角から、
我を急かすよに、
電車の警笛が鳴る。
噛み合わされた歯車に、
押し流される。
モダンタイムス。
チャップリンの歩き方になる。
足の指が痛い。
そろそろ、爪を切らねば・・・。
2008年11月12日
また、満月

また、満月。
ついこの間、秋の満月を詠んだと思ったら、
また、満月。
でも、
今夜の満月はこの間の満月とは違う。
少し距離を置いている。
月の裏に隠した顔を隠すように、
離れて見える。
どうしたって地球から月の裏側など見れないのに、
冬の月は、
まるで母の背中に隠れる子供のように、
どこか恥じらいで見える。
それがまた、
女の秘密に触れたようで、
こちらまで顔が赤くなる。
あまり、
宇宙船飛ばして、
月の裏側など、
見るものではない。
2008年11月11日
心もよう

秋から冬にかけて、
裏山は百万色のカラフルもよう。
春には色とりどりの花が咲くけれど、
秋は花だけでなく木の葉の色も、草花の色も、
山は万華鏡。
自然の醸し出す色彩を忠実に再現するデジタル技術が発達し、
「最後の晩餐」や日本の国宝級の美術品をそのままの精密な色で、
保存、再現できるようになったらしい。
家の古いプリンタが壊れて、
新しいものが来たのだが、
パーソナルなプリンタでも実に綺麗に色が印刷される。
無限にあるような色を信号として取り出す技術と、
それを再現する印刷技術。
双方が成り立たないと宝の持ち腐れになってしまう。
山の色、空の色、海の色。
それらに住みつく生き物や大自然の色。
いつか技術はさらに進んで、
人間の心の色まで映し出す時代が来るのだろうか。
明るい色から、光さえ閉じ込めるブラックホールのような暗黒の心もようを、
取り出す技術と再現する技術。
どちらも不可能なような気がする。
できるとするなら、
この世の中から戦争がなくなり、
悲惨な欲望と悲しみがなくなり、
恨み嫉妬、疑心がなくなり、
静かに眠る赤ん坊の寝顔のように、
心を他人に安心して預けられるようになった時であろう。
だから、限りなく不可能に近い。
でも、
心の鏡となるものはその気になればいくらでもある。
さりげないものに美しさを見出す心。ちょっとした親切に暖かくなる心。
年老いた親の何気ないひと言に涙する心。
赤ちゃんの瞳に無心になれる心。
そして、大自然に感動する心。
人間の心もようなど、
映す人間、現す人間、
双方が人として成り立たないと持ち腐れてしまう。
宝、どころの話ではない。
2008年11月09日
夜なきうどん

高知の山奥の村に、
秋の終わり頃になると、
夜なきうどんを売りにやってくるおじいさんがいた。
屋台にぶら下げた鈴がチリンチリンと鳴り、
それが夜なきうどんの合図になっていた。
いつもお稲荷さんの前の広場に店を出す。
近くに寝たきりの母と暮らす、かっちゃんという若者がいた。
いつも一番にうどんを食いにやってくる。
その夜もかっちゃんがおやじさんのうどんを食っていると、
この辺りでは見かけたこともないきれいな女将さん風の女性が、
うどんを食べにやってきた。
このうどん、おいしい、おいしいと3杯も4杯もおかわりをして、
代金に小判を置いて立ち去って行く。
おじいさん、家に帰って見てみると、この小判が財布の中で木の葉に変わっていた。
次の夜から、同じように何杯もおかわりをする、いろんな人間に化けた客が現れる。
やっぱりもらったお金は、財布の中で木の葉になっていた。
かっちゃん。
毎晩、寒い中、重い屋台を引き引きやってくる正直な年寄りをだまして何が面白い・・・と、
ある夜、これはと思われる若い娘に化けた客の着物の裾に火をつける。
化けの皮をはがされたたぬきを、かっちゃんはこん棒で一撃にやっつける。
たぬきは瀕死で山に這うように帰って行くが、途中で息絶える。
それから、おじいさんの財布に木の葉が入っていることはなくなったのだが、
次の年、妙なことが起こる。
おじいさんの屋台が帰った後にも、お稲荷さんの前で、
チリンチリンとあの鈴の音が聞こえてくる。
かっちゃんが隠れて見てみると、
小さな子だぬきが6匹、口をそろえて鈴の音を鳴らしていた。
あのたぬきはこの子らの母だぬきだったんじゃぁ、
鈴の音を覚えた子だぬきは、
ああやって母だぬきを呼んでいるんじゃぁ、
悪いことをしたなぁと、かっちゃんは涙ぐんで言う。
子を育てるには腹が減る。
腹が減っては乳も出ん。
命がけだったんじゃろう。
おいしいうどんの乳で育った子だぬきに、
あの母だぬきもあの世で満足しているじゃろうてぇ・・・と、
かっちゃんの母親が寝床から言う。
「おまえら、早く一人前になれよ・・・」と、かっちゃんは言った。

もう25年くらい前、
テレビでやっていた「まんが 日本昔ばなし」を毎週録画して、
一本のテープにCMなどをとばして編集して撮り溜めていた。
そのテープが30本くらいになっていた。
まだ結婚する前のことで、将来子供でもできたら見せてやろうぐらいしか、
思っていなかった。
それがどういうわけか、子供たちはこのテープを小さい頃から、むさぼるように見た。
何かの話のなかで、あっ、これは昔ばなしのあの話に似ているね、とか、
あの話はかわいそうだったねと、登場人物の名前まで出して言う。
この頃は、
山里に熊や猪が下りてきて、人を襲ったり、畑を荒らしたりするニュースを聞くと、
この「夜なきうどん」の話をしてくれる。
昔、寝る前に母が語ってくれたお話のおもしろさを、
知らず知らず子に伝えたかったのかも知れない。
2008年11月08日
おでん

今夜はおでん。
おでんはおかずになるのか否か。
私たちはおでんだけでおなかいっぱい。
と女連中。
僕は飯がないと食った気がしない。
といってもやはり、
おでんは酒に合う。
飯よりも 酒のすすむや おでん鍋
我が家では、
こんにゃく以外のタネが先に減っていく。
上の娘はじゃがいもをつつきながら、
京都の大学を下見に行った話をする。
下の娘はちくわをほうばりながら学校でのテニスの話をする。
妻は、あつあつの大根、風呂吹きつつ、
味加減を評価する。
私はみんなにしゃべらせて、
時々、黙って沈みゆくこんにゃくを追う。
女はよくしゃべる。
今夜もみんなの話に腹が膨らむ。
鍋の底が見えてくる。
2008年11月07日
冬はどこから来る

ちょっと反応のにぶい奴に、
「この蛍光灯が・・・」と悪態をつく。
この頃の蛍光灯は点灯するのが速くなったけれど、
それでもワンテンポ間が空く。
電球にはかなわない。
照明の色も、
わざわざ電球色というものがある。
電気代のことを考えると、
蛍光灯の方が断然有利であるけれど、
寒い冬には電球のあったかさがよく似合う。
今朝の新聞の俳句欄は、
冬はどこからくる。で始まっていた。
我家は階段のこの電球からやって来る。
蛍光灯と言われようが、
昼あんどんと言われようが、
音まで冷え込む、
寝静まった夜には、
やっぱり電球の灯りがいい。
壁に映る、
自分の影さえ、
あたたかく見える。
2008年11月05日
そばにいてくれるだけでいい

「おまえに」
フランク永井。
カラオケでこの歌をうたうと、
必ず泣く女性がいた。
鳴かなくなった鳥でも、
だまっていてもいいんだよと、
じっと見守り続けた人々がいた。
あなたの歌声に多くの青春をもらった。
久しぶりにきいたあなたの名前が訃報の主。
ああ、君恋し。
2008年11月02日
火点し頃

買物の帰り。
歩く人々の背は少し丸まり、
急ぐように足早になる。
ついこの前までは、
沈む西の空の日を、
足を止めて見とれていた人々が、
今はただ脇目もふらず家路を急ぐ。
吹き来る秋の風が、
木々の枝々に、
淋しげな足音を残す。
遠い昔、
畑仕事から帰ってくる母を待ちわびた、
縁側に座る少年を思い出す。
色の無き画面に、
飯を炊くかまどの火の色だけが赤い。
日の暮れた家々に、
灯りが次々と点りだす。
家路を急いでいた人たちが、
帰り着いたようだ。
そこだけが、
かまどの火のように、
やけに明るい。
2008年11月02日
どんでん返し

ゴーヤの枯れた葉が、
秋の日にカーテンに映っている。
その影は盛りの頃と変わらないように見える。
半年前の五月の初め、
エコ・カーテンの意味も込めて、
庭先に植えたゴーヤ。
日差しの恋しい季節となりて、
役目を終えたゴーヤの枯れ蔓を切り取る。
暑苦しかった陽に想いを寄せ、
心寒い日陰を避けるようになる。
常とはいえ、
季節のどんでん返しには、
人の生きる知恵とわがままがある。
申し訳なさそうに、
やさしい未練を残す。
我、
老いゆく体もまた、
影に映せば若き頃と、
大差なきかな?
蔓たぐり。
2008年11月01日
居酒屋で

居酒屋。
「いらしゃいませぇ、おひとり様、カウンターへどうぞぉ」
時には、
一人で飲みたい時がある。
気心の知れた者通しわいわいと飲む酒。
仕事仲間と飲む酒。
接待で飲む酒。
酒にもいろいろあるけれど、
時には一人で飲みたい時もある。
塩焼きの秋刀魚。
お前はどこで獲れたのだ。
俺は遠く九州の南でとれた。
何十億分の一の俺の前に、
もうひとつの宇宙といわれる海からやってきたお前。
何かの縁を感じずにはおれない。
これもひとりで飲むから、
お前と対峙できる。
ひとりでも話すことはいくらでもある。
命をいただくのだと、
その昔、母に言われた。、
骨も皮も、ほろ苦いはらわたも、
みんな食ってやる。
最後にそのやさしき目ん玉も、
心して食ってやる。
さんま。
秋刀魚と書く。
お前のおかげで、
日本人に生まれてよかったと、
つくづく思う。







