2009年09月30日
dasaku 空中線
アンテナに 方角問ふや 秋雀
ん?
いつの間に。
隣の家の屋根にいつの間にやら、
アンテナが立っている。
地デジ用だ。早い!
まだまだ先と思っていても、
近くにアンテナが立つと気が焦りだす。アンテナのことを空中線とも言う。
雲ひとつない青空。
光線のスペクトルの関係で青に見えているだけで、
天空に青い幕があるわけではない。
今日はうちの家も隣の家も、
宇宙から丸見えである。アンテナは電波を受信するものだけど、
時々、雀が飛んできて止まり木にしている。
雀にとってはおあつらえむきの、
見晴らしのいい空中線になっている。
雀からも丸見えだ。情報の時代である。
見たくも聞きたくもないことも、
洪水のように空中に氾濫している。
このアンテナはもっぱらテレビ用であるが、
この頃のテレビ、なんだか問題、問題のクイズ番組ばかりで、
少々、げっぷ気味である。
似たような芸人がひな壇に並び、司会者のひとことに、
画面の向こう側だけの自分たちだけで勝手にバカ笑いする。隣の家は、今はもう子供さんたちもそれぞれ独立し、
おじいちゃんとおばあちゃんの二人だけで住んでいる。
外に出かけるにも杖が要る。
二人でテレビを見るのだけが楽しみだと言う。
夕食後のテレビ見て、
お二人の笑い声がもれ聞こえてくるようであれば、
屋根のアンテナも僕たちもうれしいのだけれど・・・。この青空に、
空中線の止まり木の雀たちを仰ぎ見る方が、
よっぽど気分爽快になる。
2009年09月29日
dasaku 賞味期限
週末に アドレス長き 月曜日
「あのねぇ、女には賞味期限っていうのがあるのよ!」
ルパン三世の峰不二子のような声色で言う。
隣の部屋で娘らがテレビのアニメを見ている。
忘れ物を取りに入った耳に、そこだけのセリフが聞こえてきた。「なんや、女の賞味期限って?」
返事を待たずにそれだけ言い残して出てきた。
なんと答えたのか聞こえなかったけれど、
どこか年頃の娘をからかう親になっている。
男の口から言えば、どこやらの婦人団体から、
きつ~いお叱りのクレームがきそうな気がする。この場合、
賞味期限は食い物だけと思うから誤解を生む。
仕事にも遊びにも賞味期限はある。昨日の月曜日の朝の駅のホームでは、
ゴルフのシャドースイングをやっている人を、
何人か見かけた。
前日の休みにはゴルフ三昧だったのだろうか。
頭の中はもう次の週末に気が入っている。
僕も釣りにはまった頃はそうだった。
次の休みが待ち遠しくて仕方がなかった。楽しみの賞味期限は遠くにある。
近づけば近づくほど、美味になる。
ハハハハハ。
2009年09月28日
dasaku 滅びの美学

紅に燃え残る秋蝶の紋
写真だけを見ると、
夏真っ盛りのような色に見える。でも、その地に立つと、
日射しは弱く人には心地よい気候になっているけれど、
蝶の飛ぶ姿はどこかおぼつかなくて、羽もくたびれている。
平家物語を開くまでもなく、
盛りはいつまでも続かないことを、
自然も人も心得ている。
だから人はその悲哀を句や歌に詠む。イチロー選手が言っていた。
これだけやっていれば大丈夫だというものが、
いつも揺れ動いているのだと、
だから野球も奥が深くて終わりがないのだと。
そういうものなのかも知れない。あの大鵬も北の湖も輪島も千代の富士も、
最強と言われた時代はいつしか過ぎ、
晩年は哀れなほど弱体化していった。
あれほど憎まれ口をたたかれながら、
この秋場所は朝青龍が優勝した。
でも全盛は過ぎている。
かつての栄華を引きずりながらも、
ひたすらに努力するものに日本人は拍手を送る。
滅びの美学。今日はまた、野党に転じた政党の総裁選があった。
あまりに勝ち過ぎた与党も、
自惚れて図に乗っていると、
すぐに総スカンを食うのがおちだ。
日本人には、
あまりに強すぎるものに背を向ける傾向がある。
盛りを過ぎたものに、
手を差し伸べる傾向がある。彼岸花には申し訳ないけれど、
咲けば咲くほど、
寄り添う蝶の羽模様に哀れさを誘う。
2009年09月27日
dasaku BENZA
もの想ふ 秋は便座の 長居かな
四谷赤坂麹町ちゃらちゃら流れる御茶ノ水、
粋な姐ちゃん立ちションベン!
白く咲いたがゆりの花、四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い・・・。男はつらいよ、寅さんによく出てきた啖呵。
先日の view さんの記事に、立ち小便の話があった。
もっとも本人ではなく息子さんの話である。
人間、腹も減るかわりに、同じように排泄もしなければならない。
男女を超えた母の愛情あふれる記事であった。
緊急なときほど無いのが公衆トイレである。そのトイレにもいろいろな呼び方がある。
便所、厠、はばかり、お手洗い、化粧室・・・。
向田邦子のエッセーの中ではもっぱら、
ご不浄、と出てくる。育ちの良さが窺える。
その「わが拾遺集」という作品の中で、
ハンドバッグをご不浄に落とした話が出てくる。
飲み屋のトイレに落としたハンドバッグを、
居合わせた男どもが拾い上げてくれる話だが、
当然、今のような水洗ではない頃の話である。自分も子供の頃のトイレに、
懐中電灯を落とした記憶がある。
外の庭の隅にあるトイレは夜は暗い。
いつも懐中電灯を手に用足しに行った。
もっとも小用なら隣に男用の便器があったのだが、
その時は大の方で、親に怒られると思い、
夜中、必死で竹棒を持って拾い上げた記憶がある。今は便利で清潔で衛生的な造りになっている。
ありがたいことだ。
ところで昨今、
トイレの便座を上げたら下げておくのがマナーだという話を耳にする。
男子も小用は座ってすればよい、という話も聞く。
うちでは4人家族で男は私だけであるが、
今のところ、そういったことを迫られたことはない。
便座を下げるのがそんなに手間か、と思う時がある。
汲み取り式の時代のことを思えば、
便座がなんだってんだ、て気になる。大地の上で思いっきり立ち小便をしてみたかった息子さんを思う、
view さんの記事ではないけれど、
よくぞ男に生まれけり、と思う時がある。もっとも子供のころ、
田舎のおばあちゃんの立ち小便は見たことあるが、
粋なねえちゃんの立ち小便は、いまだ、
お目にかかったことはない。
2009年09月26日
dasaku 空白の一日
上弦の 弓ひく月の 的となり
土曜日。
アルバイト先から帰ってきた上の娘が、
めずらしく落ち込んでいる。
日頃はとにかく明るい上の娘は、
声も大きくよくしゃべりよく笑う。
何も心配事はないのかと、こちらが心配する。
今年から大学生になった彼女は、
やっと見つけたアルバイトに行くようになった。
その先で何か失敗をやらかしたらしい。僕も学生のころ、
いろいろとアルバイトをやった。
皿洗いで入ったレストランが一番長かった。
そのうちホールのウェイターや、
厨房の料理の手伝いもやらされるようになった。
店のチーフにも気に入られていた。
色々と重宝がられて図に乗っていたのかも知れない。ある日、
ハンバーグのネタの仕込みで、
寸胴にミンチ肉や先輩らが用意した材料を放り込み、
手でこねはじめた。家庭料理とちがい、
その量は半端ではなかった。
でもそれまで何度かやっていたので、
要領はわかっている。
料理の面白さもわかりかけてきた頃である。その途中で、僕はふと、
右手の小指に巻いていたバンドエイドがなくなっていることに気づいた。
何度かネタの中をこねくりまわして捜したが見つからない。
僕はチーフにそのことを言った。
チーフはしばらく僕の手を見てから、
何も言わず黙ったまま、寸胴の中身を全部、ゴミ箱に捨てた。
僕には何も言わなかった。
まさかバンドエイドの手でやるとは思いもしなかったのだろう。
そういうお前を使った俺の責任だと、背中が言っていた。僕は父の影響で中学の頃から日記をつけている。
それまで欠かしたことのない日記帳の、
その日だけ、日付のまま空白になっている。娘にそんな話をした。
どうせあいつのことだ、俺と違って、
めし食って一晩寝ればケロッとしている。
わが娘ながら性格がうらやましい。そんなことを思いながら、
日暮れの空に目をやると、上弦の月。思い出せば、
あの頃に放たれた矢が今でも、
この胸に突き刺さってくる。
2009年09月25日
dasaku サイドミラー
ひと角を 曲がれば家に ぬくめ酒
世の中はおかしなもので、
朝の出勤時、たまたま入った国道の、
前を走っていた車がどういうわけか、ずっと、
こちらの行くところ行くところ、
同じ所へ行く時がある。
それも国道をはずれていくつかの脇道に入っても、
同じように前を走る。
あれっ、同じ会社の人なのかな?と思うが、
会社の前ではそのまままっすぐ行き過ぎて、
自分だけが曲がる。
世の中、そんな偶然もある。
朝の幹線道路にはあちこちから、
ハンドルを握ったいろんな人たちが、
それぞれの目的地に向かって、
車を合流してくる。夜には、
右に左にそれぞれの家に向かって、
ひとつ抜けふたつ抜け、
テールランプが方向指示器の方向に、
消えてゆく。もっとも、
そういう人たちばかりではないのだけれど、
信号待つ運転手の面々は、
ああ、早く帰って一杯やりたい、という顔をしている。ああ、
俺の家もこの信号を曲がれば見えてくる。
今夜あたり少し温めてみるか晩酌を・・・。そんな顔をサイドミラーに映し、
後に居並ぶ面々に見せているのだろう。それにしても、
日暮れが早くなった、きょうこの頃。
2009年09月24日
dasaku 洗濯日和
たこ足を 風に回すや 秋日和
妻が庭で洗濯物を干す。
少しうれしそうである。
秋日和。夏の焼付く日射しの方がよく乾きそうな気がする。
乾く速さではないのだと妻が言う。
日射しだけでもダメらしい。
ほどよい日光と、ほどよい風が洗濯物にはいいらしい。
パンを焼くような、
やさしい愛情が必要なのだと、我を見てのたまう。
(パンとパンツをいっしょにすな!) 内心。洗濯物がよく乾くと妻の機嫌もいい。
機嫌のいい妻の顔を見ていると、
洗剤のコマーシャルに出てくる、
ふっくら乾いた洗濯物に顔を埋める女の子を思い出す。たこ足に干した洗濯物が、
メリーゴーランドのように回り出す。
ほどよい日光と、ほどよい風の中から、
妻が空の洗濯かごを持ってかえってくる。
いま流行りの若者の歌を、
鼻唄にして・・・。
2009年09月24日
dasaku 鼻もげ地蔵
鼻もげの 地蔵に問ふや 初紅葉
国道の脇の小高い山の入口に、
小さなお地蔵様が鎮座している。
鼻の欠けたお地蔵さまはいつも、
笑っているように見える。山はちょっとした紅葉の隠れ名所で、
普段は閑散としているが、
シーズンになるとカメラのシャッター音が、
あちこちで聞かれるようになる。田んぼを潰して国道が走るまでは、
静かな山里だった。
今では国道の両脇に、
ファミレスやらパチンコ屋やモーテルなどが建ち並び、
かつての面影はない。
それでもこのお地蔵さまは笑っている。
いつだったかこのお地蔵さまにバイクが突っ込み、
その時に鼻が欠けたのだと、
だんごを供えていたおばあさんが言っていた。
その時もこのお地蔵さまは笑っていた、と聞く。いつからここで笑っているのか、
誰がつくったのか、もう知る人は誰もいない。
笑う門には福来る。遠い昔に、
笑えない悲しみばかりが、
あったような気がする。
2009年09月23日
dasaku おままごと
約束の 花嫁はいま 人の妻
買物を頼まれて、
自転車で通り過ぎようとした路地の裏。
おままごと中の子供を見た。
なんだか今の時代、久しぶりに見たような気がする。
子供の頃は人並みに、
おままごとも、お医者さんごっこもした。
こんなりっぱな服ではなかったけれど、
ふろしき、粘土で作ったお茶碗、竹で作ったお箸。
道具はいくらでもあった。ぼくのお嫁さんになると言ったミヨちゃんは、
古里のお医者さんに嫁ぎ、3人の子供の母になった。
大人になってもお医者さんごっこをしている彼女は、
もうすぐおばあちゃんになるという。田舎に帰ると、
約束を破ったおわびにと、夫婦でしこたま飲ましよる。
もっとも、3人とも同じお医者さんごっこの仲間だったのだけれど、
彼女はだれとでも約束しとったらしい。
酒も強い。
芋焼酎の一升瓶が空いて、
野郎どもが酔いつぶれかけても、
彼女はケロッとしている。
生粋の薩摩おごじょだ。おままごとでは、
酒は飲めなかったから、
今では、
約束を破ってもらってよかったと、
心底ホッとしている。
2009年09月22日
dasaku 曼珠沙華
目隠しの 君がくちびる 秋の色
彼岸花のオンパレード。
畑の畔道も写真俳句も。
記憶には、
なぜかお地蔵さんの近辺に多く咲いていた。
記憶には、
この花が咲くとやがて寒い季節がやって来た。
白い季節の到来に、
花はその色をしばらく記憶に留めるように、
血の色を隅々まで滲ませて、
年寄りの手の血管のように、
畑に浮き立つ動脈になる。目隠しの秋は、
行く場を失ったようにさまよい、
やがて冷たい風に枯葉を落とす。海で泳ぎ疲れた子供のように、
秋はくちびるを紫にして、
ふるえながら母の毛布にくるまるのだろう。
そうやって秋の子は、
冬の手の鳴る方に導かれ、
やがてすっぴんの、
ふくよかな素肌美人になる。
2009年09月22日
dasaku たいしこ団子
敬老の日語りつぐや昔話
昔、
冬も近い秋の日暮れ時、
ある山里の村に住むひとり者のおばあさんの家に、
身なりの貧しい旅の坊さまが一夜の宿を求めて立ち寄った。おばあさんはおじいさんを亡くしてから足を悪くして、
今では家の前の田んぼも荒れ放題。
その日の食い物にもことかくありさまだった。
それでも坊さまは食いものはいいからと、
なんならこの軒下でもよいと言う。
おばあさんはそれなら、なんにもできないが、
せめて火にでも当たってもらおうと、囲炉裏に火を起こした。
行く先々で断られてきた坊さまはやれやれとわらじを脱ぎ、
囲炉裏の前に座る。
外は寒い北風が吹きだした。おじいさんが元気なころ、いつも座っていた場所で、
囲炉裏の火に当たる坊さまを見ていると、
おばあさんには目の前の坊さまがおじいさんに見えてきた。「ばあさんや、寒い日にはだんご汁にかぎるのを~」
そう言うてうまそうにだんご汁を食べていた。
「おじいさん・・・」、
おばあさんは思わず坊さまに呼びかけていた。
キョトンとする坊さまにおばあさんは我にかえり、
それからしばらく暮れてゆく外の景色をながめていた。荒れ放題の自分の田んぼの向こうには、
きれいに刈り取られた跡の村人の田んぼが広がり、
稲架けにはまだ幾束かの稲が掛けられていた。おばあさんは思い立ったように、杖を手に取ると、
悪い足を引きずりながら、外に出た。
自分の田んぼを横ぎり隣の田んぼに入って行く。
田んぼには自分の引きずる足跡と杖の跡が残る。
それでもおばあさんは稲架けの所まで行くと、
あたりを見まわしてからそれにそっと手をかけ、
一輪の稲束を引き抜いた。
おばあさんはそれを持ってまた来た道を、
つまづきながら戻って行った。
田んぼには足跡と杖の跡がくっきりと残った。
一部始終を囲炉裏端から見ていた坊さまは、
ただ、ナムアミダブと手を合わせた。おばあさんは持って帰った稲穂を、こぎ箸でこぎ、
石臼で粉にして、たった一個のだんごを作った。
少しのイモや菜っ葉を刻み入れ、
味噌瓶にわずかにこびりついていた味噌で、
一椀のだんごのみそ汁を作り坊さまに供した。
坊さまはしばらく躊躇したあと、
おばあさんの気持ち、ありがたく戴くことにします、と言うと、
涙ながらに湯気のあがる椀を手にした。
おばあさんは坊さまの食べる姿を向かいに座って、
うれしそうにながめていた。夜になり冷え込んでくるとおばあさんは、
おじいさんの使っていたどてらを坊さまの肩に、
掛けてやりながら、なんにもできない自分のことや、
おじいさんを亡くしてからの淋しさや、これからのことなど、
坊さまに話した。
坊さまはただじっとおばあさんの話を聞いていた。やがて、静かな夜に坊さまの寝息が聞こえてくる。
でもおばあさんは、明日の朝になると田んぼに残した足跡が、
見つかってしまうと思うと、なかなか眠ることができなかった。そしてとうとう朝になった。
おばあさんは起き上がり表戸を開けた。
すると外は、なんと一面の雪景色になっていた。
田んぼに残したおばあさんの足跡もきれいになくなっていた。
「雪じゃ~」 おばあさんが小さくつぶやいた。
「雪か、よう降った、よう~ぉ降った」 坊さまも言った。坊さまはお世話になったお礼に、おばあさんの手を取ると、
痛いところ、具合の悪いところをこの手でさすりなさいと、
そして念仏を唱えなされ、と言って雪道を去って行った。
言われた通りにすると、
おばあさんの足も腰も元通りに元気になった。
畑仕事もできるようになり、秋にはりっぱな稲も実るようになった。島根の話。
のちにあれは大師様だったのだという話になり、
今でも坊さまの帰っていった日にはだんご汁を作って、
祀る風習があるという。そしてその日には決まって、
雪が降ってくるのだという。
独身のころ、テレビ放送の日本昔ばなしを、
毎週ビデオに録りだめていたということを、
いつだったか記事にしたことがある。
結婚して子供ができると、子供たちはよろこんで、
全部で30巻くらいにたまっていたビデオを、
何回でもくりかえし見てくれた。
それは実家のおばあちゃんの所にもいくつか置かれていて、
今回、敬老の日に家族みんなで遊びに行ったおばあちゃんの家で、
久しぶりに再生ボタンを押した。この「たいしこ団子」を見たあと、色々と議論になった。
ぼくもつい先日の記事で、人様の畑のものを取ると、
しこたま親にどつかれた、と書いたばかりだ。
雪を降らせたのもお坊さまだったのだろうか、
やっぱり人のものを盗むのはよくないことなのでは、
あとで正直に田んぼの持ち主に言えばいいのでは、
でも、人を思いやる心も大事なのでは・・・。
子供のころ、ほうきを持って追っかけてきた自分の母親も間に入り、
なんやかやとみな思うことを言う。結局、結論は出なかった。
それでもいいのだと、
あの坊さまは言ってくれそうな気がする。
2009年09月21日
dasaku 釣瓶落し
秋の日に とり残されし 淀の川
秋の日は釣瓶落し。
昔の人はうまいこと言ったもんだ。その夕日が山の向こうに沈んでも、
まだしばらく空は紅く映えている。
その空を映しながら、
川の水は絶え間なく流れゆく。
幾たびの時代を流してきたのだろう。
何もなかったような顔をして、
その水面を引っ剥がせば、
数え切れないほどの面相が、
いくつもいくつも、
浮かび上がっては沈んでいくような気がする。
子供のころ、
母の実家には古い井戸があった。
おばあちゃんが縄にくくられた桶を放り込むと、
しばらくしてポッチャ~ンという水の音がした。
苔むした石垣で囲まれた井戸は、
子供の高さではのぞけなかった。
僕はじいちゃんにせがんで抱きかかえてもらって、
初めて井戸の中をのぞいた。
暗くて深い井戸の底は見えなくて、
何か得体の知れないものが棲んでいるようで、
怖ろしくてじいちゃんに早く下してと言った。
じいちゃんは笑いながらわざと井戸に放り込むまねをした。おばあちゃんが縄を引っ張り上げると、
桶にはいっぱいの水がこぼれ落ちながら上がってきた。
その水で、おばあちゃんはごはんを炊いてくれた。
大きなたらいの中に水を入れて洗濯もした。
そうそう、夏にはそのたらいの中で行水もした。悪さをすると井戸に放り込むぞ、とじいちゃんによく言われた。
井戸も怖かったがあの頃のじいちゃんも怖かった。
すぐにおばあちゃんの後にかくれた。
今でも、
この井戸は母の実家の庭の片隅に残っている。
あれほど怖かった井戸の中の水は枯れ、
あれほど深く見えた井戸の底は目の前に見えた。
今はもう祖父母もこの世になく息子の代になり、
水道も整備され井戸はただ朽ち果てるのを待つのみである。いつの時代にも、
時の流れに無情に押し流されるものがある。
あの時、縄にくくられていた釣瓶も、
ある日、時の風に吹かれて落ちて、
水の枯渇した固い井戸の底にぶつかり、
砕けて散ってしまったのだろうか。その時も釣瓶は、
あの頃のような早さで落ちていったのだろうか。
それとも最期を知り、過ぎ去りし日々を想いながら、
舞うようにゆっくりと落ちていったのだろうか・・・。
敬老の日に。
2009年09月20日
dasaku 畑泥棒
淋しさや 文字読む猪は おらねども
こんな所に猪など出ない。
きつねも狸も見たことない。
イタチや猫くらいならいるかも知れない。
でも、今のところ字を読む獣は聞いたことがない。
ましてや日本語だ。
相手は限られてくる。貧乏だった子供のころ、
山の木の生りものは好きに取って食っていたが、
人様の畑のものに手を出すと、
それこそ足腰が立たないくらい親にどつかれた。
実際、家から離れた山の上の畑には、
獣の足跡はあっても、作物を、
人から盗まれるようなことは一度もなかった。こんな貸農園の小さな畑の少ない作物を、
黙って盗っていく奴がいるから、
こんな立札が立てられているのだろう。
昔のように、
背と腹の皮がひっつくほどの人が、
持っていくのならまだしも、
珍しさや興味半分でちぎってゆくのなら、
言語道断だ。その立札の字の古さにも、
心が一段と淋しくなる。
2009年09月19日
dasaku 化 粧
またひとつ 離れてゆくか 初化粧
♪ 化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど
せめて今夜だけでもきれいになりたい
今夜はあたしはあんたに逢いにゆくから
最後の最後に逢いにゆくから ♪
中島みゆき 「化粧 」
娘が化粧をするようになった。
まだぎごちないけれど、
母親にあれこれ言われて、
鏡とにらめっこ。
彼女がこれから先、長い付き合いになる、化粧。
またひとつ女になり、
離れてゆくような気がする。僕は男に生まれてよかったと思っている。
女性は何かと面倒なことが多い。
毎朝、早く起きて化粧なぞして、
出勤せねばならんのかと思うだけで気が重い。
そんな時間があったら寝ときたい。妻は一人目の子を産んだとき、
もう産むのはこりごりだと言いながら、
二人目を産んだ。そして、
妻が陣痛の時は、
夫もどこかお腹のあたりに痛みがきて、
同じように苦しむべきだと、
男と女は不公平だとのたまいながらも、
次生まれてくるとしたら、やっぱり女がいいとおっしゃった。女に生まれた娘たち。
松山千春のそれでも恋は恋をして、
中島みゆきのような失恋もして、
大いに化粧を崩すがいい。「 いい親は、子供を、たんぽぽのように遠くへ飛ばす 」
と聞く。いい親には、なれそうもない。
2009年09月19日
dasaku しっぺ返し
鳥威し 皆でかかれば 怖くない
笑ってしまっては、
お百姓さんに叱られるかも知れない。
しかし、
威し銃にもキラキラテープにも、
ましてや案山子になんぞにへこたれず、
集団で雀が稲穂に群がっている。
こっそり、笑ってしまった。
思えば、
この国に稲作が伝わってからの、
因縁の長い付き合いだ。
稲の穂も生きている。
雀たちも何代にもわたって生き続けている。
それは知恵と進化のせめぎあいなのだろう。しかしこの頃は、
ある種の生き物が異常発生したり、あるいは、
異常減少したりしているという話を耳にする。
どこかで何かが狂ってきているのか。
いつまでも鳥たちの学習能力をバカにしてはいけない。
強制的に田んぼ自体を大きな網で、
蚊帳のように覆い尽くす所もある。
ところで、
過去のギョーザ事件の時に調べてわかったのだが、
これほど農薬の種類が多いとは、
これほど虫が殺されているとは知らなんだ。
食料の安定供給のために、
滅ぼされてしまった害虫もいるのだろう。
狂わせているのはやはり人類か。害虫と呼ぶは人類ばかりなり
人間も長生きするはずだ。
2009年09月18日
dasaku バナナ
思い出の 皮にころびて 竜田姫
・・・幼かった頃、
バナナは高級品でおたふく風邪で幼稚園を休んだときに
先生が見舞いに1本持ってきてくれました。
家族で6切れにして食べました。
田舎でほとんどの家が貧しかったあの頃・・・。
この夏の dasaku の記事に、
あるがまま くうさんからいただいたコメントの一部。
ずっと僕の頭の中に残っていた。
今でこそ、
バナナのたたき売りではないけれど、
手軽に口にできる世の中になっている。
昔は高級品だったらしい。
らしい、と言うのは、
南国育ちの僕の家の庭にはバナナの木があった。
買ってまでバナナを食べたことはなかったけれど、
家のバナナは食べたことがある。当時は子供もたくさんいて、
一番年上の大将がそこら中の子どもを引き連れて、
よくいろんな遊びをした。
みんなで土に穴を掘って、
まだ青いバナナの房を、
大きなバナナの葉に包んで土に埋めた。
どれくらいたってからか覚えていないけれど、
土から掘り出されたバナナは黄色く熟れていた。
大将が小さな子どもまでなかよく分けてくれて、
輪になって食べた記憶がある。夏にはバナナの木を切って、
何本か並べていかだを作った。
バナナの木といっても普通の木のイメージではない。
草の木のイメージで切るのも楽だった。
いかだを海に浮かべてみんなで遊んだ。
大将はいろんな遊びを教えてくれた。
雨の降る日は、女の子ではないけれど、
おじゃみを作って遊んだ。
指人形を大将がみんなに作らせて、
大きな風呂敷を幕にして、
人形劇をしてみせてくれた。大将は畑仕事の手伝いでも、
遊び心を取り入れ、みんなの役割を決め、
競争させたりして、
畑仕事をおもしろく教えるのがうまかった。当時、大将は中学生で僕は小学3年生くらいだった。
やがて大将は中学を卒業すると、
集団就職で大阪に出て行った。
そして何年かしてラーメン店を始めた。
生まれつきの明るい性格と、
田舎にいたころからの工夫好きなこともあって、
店は繁盛した。その大将が数年前、脳こうそくで倒れた。
半身不随が残り、人が変わったように、
外にも店にも出なくなった。
人にも会いたがらなくなったという。
店は奥さんや身内で続けている。ある日、
同じように大阪に出ている、
田舎にいた頃の仲間に声をかけて、会いに行った。
何も励ましや説教じみたことを言いに行ったわけではない。
ただ、先ほどのような昔話をしに行っただけである。
みんな何か手土産を持って来ていたけれど、
僕はバナナを一房ぶら下げて行った。それから数週間がたったころ、
大将の奥さんから電話が入った。
主人が車いすで店のレジーを手伝うようになったと。
厨房の仕事はできないけれど、
あれこれと注文をつけてうるさくなったと、
それはそれは電話の向こうでうれしくはずむ声であった。くうさんのコメントをいただいてから、
ずっと書きたいことがあったのだけれど、
なかなかまとまらなかった。
でも今日、妻が買物でバナナを買ってきて、
思い切って思うまま書くことにした。
何を言いたいのかよくわからない文面になってしまったけれど・・・。
2009年09月17日
dasaku 夫 婦
ワイパーを しばし止めおく 朝の露
車のフロントガラス。
朝の出勤時、乗り込むと、
この秋、初めてのくもりガラス。床のフローリングが、
裸足に心地良かったこれまでと違い、
つま先立ちてトイレに向かう。今年は夏の暑さが頼りなかった分、
秋の訪れが妙に面映ゆい。
どこかきまりが悪い。「行ってくる」
「気をつけて」
いつもの掛け声が、
夫婦喧嘩した朝は、
どこかきまりが悪い。こういう朝こそ気をつけないと、
事故になりやすい。
フロントガラスの朝露のように、
冷汗を流すことになる。払拭するように、
ワイパーを動かす。いつもの癖で、
見送る妻に小さく手を振ってしまった。
秋寒の朝。
2009年09月17日
dasaku 後の更衣
こぼれ入るあさひや後のころもがへ
雨戸を開けると、
季節がごろりとこけて、
庭に朝日が、月の光のように、
背中を見せて突っ伏した。眩しさを温かみに変えて、
秋の日が、原始の時代の、
打石でやっと起こした小さな種火のように、
とてつもなく大切なものに思えてくる。「日中は何をするにも気持ちのよい一日になるでしょう」
女性のかわいい予報士がテレビで言う。出勤前のその一言だけで、
気分は爽快になる。窓からこぼれ入る日を、
みつけた時のように・・・。
2009年09月16日
dasaku 日本のでかい霧
朝霧や 山よりでかし シシを見る
山よりでかいシシは出ん。
以前にも書いた。
転校の度に、
不安がる息子に母はそう言った。
なつかしい。昔はそうだったのかも知れない。
今の世の中、
山よりでかいシシが出たっておかしかない。このたびの新政権は、
山よりちとでかすぎたのかも知れない。
でかくてもちっともこわかない。
でかけりゃいいっていうもんでもない。新組閣の朝。
霧は山よりでかくなり、
先の見通せない不安はさらにでかくなり、
雪だるま式にふくらむばかりだ。山だと思っていたものは、
案外、シシの背中だったりして・・・。子供のころ、
母とよく行った山の畑に出てくるシシは、
牛よりも小さかった。神様のいる山はそれこそ、
おそろしくでかく、
畏怖の念にかられ、
これより大きいものなど考えられんかったなあ。だから、母の言う、
山よりでかいシシは出ん、というのには、
子供心にも説得力があった。愛情よりでかい山は、
ないんだよなあ・・・。
2009年09月15日
dasaku 毬の実
毬栗の 五十路を過ぎて 丸くなり
栗は畑に生えている、
と思っていた奴がいる。
確かに土のような色をしている。山に来てこの毬の実を気色悪がる奴がいる。
この中の実があのマロングラッセにもなると聞いて驚く奴がいる。秋も深まると、
裏山に入り栗拾いをする。
地に落ちた栗は赤茶けて、
割れた毬の中から栗の実がのぞいている。
靴の裏で毬を踏んづけて実を拾う。
子供の頃の仕事でもあった。栗の青い実は、
とげとげしくて若さに突っ張っている。
ちょっと触れただけで、相手を傷つける。
青春は、
相手を傷つけた分だけ自分も傷つく。五十路ともなると、
とげとげしさも丸くなる。ちょっぴり、淋しい。
2009年09月14日
dasaku 秋 草
都をば 山の向こうに 秋の草
あの山の向こうには京の都。
その昔、幾人の武将がこの都を目指したことだろう。
遠く西国からも東国からも覇権の野望に燃えて、
京に上る夢を見る者たちがいた。
いま我のいるこの地に立ちて、
明日はやっと都入りだという日。
何を思ったのだろう。男子の本懐。
一国一城の主。
天下布武。兵どもの夢の跡が、
ここにも残っている。
2009年09月13日
dasaku 秋の雲
ずうむして撮りたくも秋高すぎて
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
日本国憲法第25条。
今でも第1条とこれだけは諳んじることができる。
条文の内容よりも、
言葉の流れの起伏が琴線に触れるような、
歌を詠むような、語呂合わせの良さを感じる。
だから学生のころ暗唱させられたわけでもないのに、
今でも覚えているのかも知れない。人は、
おのれが苦労を子にはさせたがらない親が多い。
なかには美田を残さない人もいるけれど、
どちらが本当の親の愛情なのだろう。
親の愛情に右も左もあるのだろうか。立身出世も錦を飾るのもりっぱな親孝行だと思うけれど、
普通のごく平凡な親は、
普通の暮らしを平凡に築いてくれることを祈る。
仕事があり帰れば妻がいて子がいて、
時には泣いて、時に笑う。妻と所帯を持って初めて仕事から帰った日。
アパートの入口に立つと、
部屋には灯りがぽっとついていて、
扉を開けると、
炊けたご飯のいい匂いがぷ~んとしてきた。
思わず、
ああ、これが文化的で最低限度の生活なんだと思った。思えば親たちもそういう背中を美田にして、
僕らに見せて残していってくれたような気がする。二世、三世の多い政治家諸君!
この前の俺の一票を無駄にしないでくれたまえ!
2009年09月12日
dasaku K O 寸前
朝顔の 種子あたためし 植木鉢
人間、時には打ちのめされるものに、
出会いたいもんだ。部屋にこもって、
駄句作りやグッド企画の浮かばない仕事ばかりせず、
そんなものはクソッたれにして放り出し、
樹齢何千年もの杉の大木を眺めたり、
人智の及ばぬ宇宙に思いを馳せたり、
天才の描く宗教画の前に、
ただ茫然と立ち尽くしてみたいものだ。
グリーンカーテンの朝顔も、
その役目を終えたように葉を落とし、
各節々に種をふくらませている。
今朝も妻が水をやる。
それは植木鉢の土に静かに沁み込み、
鉢の底の方からそのまま垂れ流されているようにも見える。そこでしか生きられないものの、
枯れかかった根っこに、
土はいくらかの水分を含ませる。
毎朝のように咲いてみせた花びらは、
いつしか尊い命の塊になり、
大地に落ちてゆく。秋は、
リングの中央で、
立っていられないKO寸前の所まで、
ぼくを打ちのめしてゆく。
2009年09月11日
dasaku 嚢中の錐
斧ばかり 構えてみても いぼむしり
能ある鷹はなんとやら・・・。
才能はやたらとひけらかすものではないらしい。だからか知らないけれど、
思わぬ人が思わぬ特技を持っていたりする。
あまり普段は目立たない人が、
人前で話をすると実にうまかったり、
順番でまわってきた幹事の役を、
てきぱきと段取りよくこなしたりする。
宴会などで思わぬ芸を見せたり、
プロ並の喉を披露したりする。田舎もんでなんもできんから・・・と、
母がよくへりくだって言う。
共働きして家事をして、
うまい料理作って、
丈夫な子供三人育てて、
真っ正直に生きて、
りっぱな才能じゃねえか、と言ってやる。飲めるのも才能だと言って、
毎日酒くらってる息子よりは、
よっぽど才能あるよ。さて、
庭のカマキリくんの斧は、
嚢中の錐、なりえるか?
2009年09月10日
dasaku どひょう
豊作を つまみ食うなよ 遠案山子
「絶対にゲップしないで下さい」
中年の婦人看護師が言う。
絶対に、と言われると気持ちにプレッシャー圧がかかる。
抑えようとするのだが、
のどの奥のあたりから込み上げてくるものを、
自分の意志で抑えることはできない。
それはもう不随意筋の範疇だ。
「ゲホッ」
必死に飲み込もうとすればするほど、
それは喉仏をよじ登ってきた。
思わず、怖そうなイメージの看護師の顔を見る。
しょうがないわねえ~、
思わず果ててしまった若き頃の相手の、
お姉さまのように顔が笑っていた。胃の検診の再検査で、
大量のバリウムを飲まされ、
横に寝かされた機械の上で、
あっち向けこっち向けと、
下着一丁の自らの姿が滑稽に見えてくる。
ところで、
げっぷのことを田舎言葉では「どひょう」と言った。父が大阪に出稼ぎに出ていた子供のころ、
時々、父から小包みが届いた。
その中に、粉末のジュースの素が入っていて、
オレンジやリンゴジュース、ソーダ水の顆粒を水で溶いて飲んだ。
子供たちには楽しみだったのだけれど、
母はその中のソーダ水がダメだった。
いわゆる泡の出る奴、炭酸系の飲み物が苦手で飲めなかった。
それはゲップ、どひょうが出るからである。「おかあさんは、どひょうがでるからのめません・・・」と、
父への返事の手紙に幼い字を便箋に書いたらしい。
僕の記憶には残っていないのだけれど、
父は生前、よくそのことを何かあるごとに話してくれた。
母のどひょうには、謂われがあった。
父と母は結婚してすぐに、ふたりそろって、
親戚へのあいさつまわりに行った。
父にも母にもその親の兄弟がとても多くて、
親戚の数が今とは比べものにならないくらい多かった。
その挨拶回りに行く家々で卵料理が出された。
貧しい田舎のことで、
祝いの膳には必ず卵料理が出た。
もう食べられないとわかっていても、
せっかくの膳を残しては失礼になると、
花嫁は無理して喉に押し込んだ。
そして、とうとう何軒目かのある家で気分が悪くなり、
吐いてしまったのだという。
それから母は、
ゆで卵や炭酸類のげっぷの出る物がダメになったらしい。「おかあさんは、どひょうがでるからのめません・・・」
と書いた僕の文面を読む父の姿を想像するのである。
遠く故郷に妻や子を残して出てきた父が、
仕事から帰っても誰もいない部屋で、
自分の息子の書いたみみず文字を読む。どひょう、という田舎言葉が、
ことのほか、
うれしかったに違いないと、
母の謂われを知って思ったことである。
2009年09月09日
dasaku 含 羞
はにかみて 色づく秋の いじらしさ
色づきやがって、という言い方は、
あまりいい時には使われない。人も成長すると異性が気になる。
おそらく遠き昔からホルモンの働きが、
そういうふうにできているのだろう。
自然の摂理だ。ちょっと気温が下がりだすと、
待っていたように木々の葉が色づき始める。
待っていたことを見透かされたように、
はにかんで赤くなる実がある。
いじらしい。娘の携帯が鳴る。
トイレに入って何やらひそひそ話。
出てきた娘と視線が合う。
こっちは何も言わないのに、
勝手に含羞を帯びて赤みさす。
何にも言わないけれど、
親指立てて、これか?と暗黙の質問。「ちがうわ!」
といかにも勝手に掛けてきて迷惑だと言いたげ。
こっちは別にどっちでもいいのに。
どっちでもいいのに、
その返事を待っていたようないなかったような・・・。ホルモン分泌は、
この秋にやっと色づきやがったのか。
せいぜい胸ときめかせ、温めて、痛めて、苦しめて、
こやしのよくきいた心の土壌に熟成してくれ。
あわてることはない。
種を蒔くのは、
それからでも遅くない。すっかりと 説教ぐせの 親父より
2009年09月08日
dasaku 酎ハイ
うそ寒の 音ひびきおり グラス酒
机の上の、
マウスの横の、
グラス敷きの上で、
氷がカランと鳴る。
昼の残暑と朝夕の冷気。
どっちが本物か。
氷が解ける早さにとまどいながら酔いは回る。この仕事のレポートを済ませないと、
写俳にかかれない。
本当は写俳が済まないと、
レポートにかかれないにしたいのだけれど、
生活がかかっているものが最優先になる。
いつものことだ。グラスの酒を飲み干す。
氷が残る。
おかわりを作ってきたいのだけれど、
あともう少しなので一気にキーボードたたく。隣家の雨戸の閉まる音がする。
ああ、もうそんな時間か。
うちもそうだけど、
平凡な暮らしの家では、
朝の開ける時間も、
夜の閉まる時間もたいがい決まっている。終わった!
グラスの中で、
カランと鳴った氷が少し解けている。
平和な暮らしの家では、
氷もおだやかに解ける。そのわずかに解けた時間を唇に受け、
おかわりを作りに階下に下りてゆく。
今度は写俳のために乾杯だ。耳をすませば、
庭の虫たちもまだ起きている。本当の夜はこれからだ。
2009年09月07日
dasaku シルバーウィーク
水までも 残暑残暑と 噴きあがり
この月の連休を誰が言ったか、
シルバーウィークと呼ぶらしい。先日行った遊園地のプールも、
残暑厳しかった昨日は超満員であったらしい。
13日で一応終わりとなるが、この残暑、
そのシルバーウィーク期間中は特別に再開場となるらしい。
各地の高速道路も例によって、
ゴールデンウィーク並みに混雑するようだ。ちなみに9月が今年のような大型連休になるのは、
敬老の日が第3月曜日ということもあり、
恒久的に続くわけではない。
次は2015年、その次は2026年になるらしい。
気の長い話だ。シルバーウィークもハッピーマンデーもいいけれど、
敬老の日、本来の意味をかみしめることも大切だ。祝日法では、その趣旨として、
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」
とある。
何をせよとまでは書かれていない。
「まだ、そうめん残ってるよ」
母が電話で言う。
そうめん好きの僕のために、母は、
夏になると家にそうめんを切らしたことがない。何をしてよいのかわからないけれど、
シルバーウィークには、
高速道路の渋滞ニュースでも見ながら、
母とそうめんでも食おうかと思っている。
2009年09月06日
dasaku 長き夜
枕して 月に故郷を 夢みけり
きれいな満月、だと、
故郷のいとこからメールが届く。
カーテンを開けると、
窓の桟から満月が顔を出していた。思えば親に連れられて、
故郷を離れてからもう40年以上になる。
時々、帰郷しても、
小さい頃に離れたので、
兄弟の多い父や母の親戚関係のつながりが、
いまだによくわからない時がある。
それでも、父のいない今、
長男である私の所にいろいろと話がくる。
家長制度など普段は全く無縁なのだけれど、
冠婚葬祭、なにかの時に表に出てくる。故郷には先祖代々の墓もあり土地も残っている。
家も今はいとこが住んでいるけれど、
もう故郷に帰って住むことはないだろうと、
こちらに根を下ろした母が言う。これまでの人生で、
たった十年ほどしかいなかった古里なのに、
残りの年月よりもそれは綿と鉛のように、
比重の大きさが違う。中学の時の国語の教科書だったか、
魯迅の「故郷」という話があった。
何十年ぶりかで故郷に帰った主人公の、
少年の頃に過ごした美しい故郷と、
大人になった幼友だちとの再会の現実。
悲しい身分の壁。
遠く山々は昔のままに、
何も変わらずそこに鎮座しているのに、
幼い頃に泳いだ川の水のように、
人は悲しい運命に押し流されてゆく。
故郷を後にしてまだ数年しか経たない頃に読んだ話なのに、
前頭葉のどこか小さな引き出しにそれは収められているようで、
自分の二十代なら二十代で、三十代なら三十代で、
その世代ごとの想いになってよみがえってきた。夕べのいとこからのメールは、
この世代の想いになって引き出しを開けてくれた。目の冴えて眠れぬ夜になり、昨日の、
「八十路の四季 miwaさんの記事 文の一冊」ではないけれど、
本一冊読んじまった。
長き土曜の夜。今朝は遅いおはようになった。
2009年09月05日
dasaku 朝めし
秋の蚊に 朝めしやりに 庭の椅子
朝、
雨戸を開けると、庭に、
昨日仕舞い忘れた折りたたみ椅子が、
置いてきぼりを食っていた。
庭に足を降ろせば、
跣のつま先にひんやりと秋の空気。
気持ちが良い。せっかくだからと、
朝刊を片手に椅子に腰かける。
夾竹桃の木陰から少し日向に移動する。
もう鍋を焦がすような暑さではなく、
純粋に太陽の恵みを享受する気持ち。
体の血液も目覚め始めた。
山陽新幹線こだま5列車の運転席のすぐ後ろに、
子ども向けの運転台を設置すると、
新聞のすみっこに小さな記事。
ハンドルを操作すれば速度計も動くという。
実際に高速で流れる車窓の風景を眺めながら、
新幹線の運転士の気分になれる。
大事故などでいろいろとあるJR西日本も、
粋なことをやる。電車の運転士になりたい。
子供のころ、夢だったことを、
庭の椅子の上で一時、思い出させてくれる。
片手で新聞をめくりながら、
片手は蚊に刺された足を掻いている。
せっかく目覚めた血液は、
弱々しく飛ぶ秋の蚊の朝めしになり、
組んだ足にかゆみを残してくれる。
もう蚊などいないだろうとふんだこちらの思い違いを、
嘲笑うかのように蚊は最後の力をふりしぼって攻めてくる。まいった、まいった。
僕は足やら腕やら首筋やらを掻きながら、
折りたたんだ椅子を納屋になおし、
そそくさと退散する。秋の蚊に、
朝めしをやりに降りたようなもんだ。さあ、俺も朝めしにするか・・・。
2009年09月04日
dasaku 秋の風
カーテンに 色なき風の 蠢きぬ
グリーンカーテンの朝顔も廃れ、
開け放たれた窓から、
のんびりと秋の風が入って来る。妻が洗濯物をもって庭に降りると、
待っていたかのように、
白い風がカーテンを揺らし始める。外光の日射しはまだ強く、
名残り惜しむように濃い影をカーテンに落としてゆく。
それは、誰もいなくなった浜辺の、
波打ち際に打ち寄せる波に似て、
どこかひっそりと寄せては引いてゆく。
引いてゆくごとに風は色を失い、
もの干しの洗濯物がゆっくりと乾き始める。妻が戻ってくると、
静かな庭に、
水分の蒸発する音がやさしい風にのって、
聞こえてきそうな気がする。秋の風が歳時記を一枚めくっていった。
音もなく・・・。
2009年09月03日
dasaku 夜光の隊列
整然と 並ぶ淋しさ 秋の暮
素人目には、
車の運転席は、
座席の真ん中にあった方がいいように思う。顔の創りも、
左右対称だと似顔絵にはいいかも知れないけれど
その人の個性が消えてしまう。軍隊の一糸乱れぬ隊列の行進には、
どこか不気味さを感じる。秋は、
音だけではない。
秋気澄み渡る夜の景色。
浮かび上がる光の整列には、
あまりに人工的過ぎてどこか淋しさを覚える。同じ夜の光でも、
星の集まりは支離滅裂なようで、
どこか美しさがあり、物語がある。
そうだ物語性だ。
非対称や不均衡なものには、
どこか想像させるものがある。
だから、星には、
昔から数々の伝説が潜むようになったのだろう。学生のころ、
支離滅裂からメツレツというあだ名の学友がいた。
それこそ顔の配列が滅裂だったのだけれど、
クラス一の人気者だった。いいか、男は顔じゃないぞ、お前。
そう言えば、寅さんも言ってたなあ・・・。
2009年09月02日
dasaku 意地比べ
あきらめて 立ち去る背なに ちちろ鳴く
鳴かずんば、
鳴くまで待つのもいいけれど、
ここにいてはいつまでたっても鳴きそうにない。
近づくまでは鳴いていた。それでは鳴かせてみせようと、
いくら虫の声を真似してみても、
上空から降って来る声にはだまされない。
この草むらのどこかにじっと潜んで、
こちらの立ち去るのを待っている。焼き打ちに合う前に、
鳴いた方が身のためだと脅しても、
チンとも鳴かない。しびれを切らし、
背中を向けたとたんに鳴き始める奴がいる。
こちらにも意地がある。
二度とふり向いてなどやるものか。虫の合唱は、
二階席あたりで聴くにかぎる。
2009年09月01日
dasaku ついて来るかい
尾行せしものふり向けば昼の月
おもしろいもんだなあ、と思う。
昨日の遊子さんの記事の、
シドニーの空に掛かっている月と、
こっちの月はやっぱり欠けてる方向が違うなあ。
あらためて、南半球を感じるなあ!
でも、北でも南でも、
見ている月は同じものを見ている。
あの月の表面にでっかいメッセージを書いておけば、
はるか遠洋の彼方の国の人にも、
何かを伝えることができるんだなあ。自転車を走らせていると、
さっきから何者かがずっと後ろをついてくる。
ふり向いても誰もいない。
ふり向いた何度目かに東の空低く月が出ていた。
昼の月。走っても走ってもついて来る。
少し長い坂を登りきった丘の上で、
月を見失った。
ついに月もあきらめたかと見回すと、
後の鉄塔の中にかくれていた。
先回りして、
遅いぞ、と言っているような気がした。なんだか月が自分だけのものになったような、
どこまでもついてくるかわいいペットのような、
告白した彼女にOKをもらったような。
太古の昔からそこにある月は、
そうやって今までどれだけの生き物の心を照らしてきたのだろう。いまこの時にも、
幾人の目がこの月に向いているのだろう。月が大きな鏡なら、
その人たちにも会えるかも知れない。

