2009年12月26日
1真っ白だ日々
ゆぎふればズッパドきのめげんきだす
いっぱい雪が降りいっぱい寒くなれば櫻の花芽も元気よく生まれ春は奇麗な花を咲かせるでしょう
だども、、、
なだれおつしろいかげありゆきおんな
震えるほど口説かれてみたい雪女 臥竜さま 有り難うございます
冬の独活この媚の無さがいい よしさま 有り難うございます
昭和63年の頃でしょうか、近所に若い男の人が住んでいました
色白であまり人とは話したがらない真面目そうな人でした
噂に寄れば父母は早くなくなり兄妹は離ればなれに引き取られたとか
12月も押し迫った頃雪はドンドン降り積もり、人々は雪かき雪かきと、暮れの忙しさに
追われる毎日でしたそんな日々の朝
近所の方が大変だ大変だと息を切らして駆け上がってきました
えっ!あの人が亡くなったって??
信じられませんでした、、、そう言えば見ていなかったような??
30歳を越えたでしょうか?
一人部屋の真ん中で亡くなっていたそうです
会社の人達があたふたと連絡をしたところ離ればなれだった妹さんが見つかり遺体を引き取って
いかれました、、色白の綺麗な方だったそうです
何かと落ち着いてから聞いた話ですが、彼が発見されたその朝
この寒空の下、部屋の窓は皆開いていたのだそうです
その部屋に入った人は背中に水を掛けられたような冷たさに、思わず外へ飛び出したそうです
何故かしら彼の遺産は数千万円ありそれは、妹さんに渡されたとのことです
彼はその日の夜誰を迎え誰とどのような一夜を過ごしたのでしょう
穏やかな顔をしていたそうです
教訓、、、、開けてください、、、独身男性は開けてはいけません、、、、とつぱれ
2009年12月14日
ヤッテマレヤッテマレ!!
太平の眠りを覚ます立ちネブタ
(ネブタは眠いというのをネプテといったのがなまったのではとも)
突然t立ちネブタでビックリでしょう、、、前の所でネブタの句を作りながら
写真も載せたいと思い、ネットで立佞武多館を覗いたら
素敵なネブタ三人衆 写真が欲しいとねだったら
親切にこの写真をいただきました さすが五所川原の男衆!!
丁寧な応対にビックリしました
立佞武多の館のみなさま本当に有り難うございます
こがらしやおらがけとばすたちねぶた
北国の女王の意気盛んなり 漫歩さま
ありがとうございます
冬列車頬杖突かず五能線 よしさま ありがとうございます
(これは寺山修司氏の心で詠みました)
次は棟方志功氏の心になって
近眼にやれ嬉やな立佞武多 よしさま多彩にありがとうございます
五所川原のネブタの始まりは江戸末期にはじまり明治大正初期には、
その大きさ更に大きさを増し五所川原の町をワカしたそうです
戦後二度の大火に見舞われてから巨大ネブタは姿を消しました
一九九八年 八〇年ぶりに復活をはたしました
高さ二二メートル重さ一七トンの巨大な山車が町を練り歩くのです
私も一度見に行きたいとおもっています
かけ声は ヤッテマレ ヤッテマレーー!!
この勢いで一気に不況をはね飛ばし
良い年を迎えましょう!! ヤッテマレヤツテマレーー!!


