2009年05月31日
五月尽
渦巻いて流るる川や五月尽
今日で五月も終わりです。梅雨のような天候が続いています。仕事前に立ち寄る荒川の川岸です。長雨の影響で、水嵩が増し、流れは急で渦を巻いていました。
世の中も、様々な問題が五月を駆け抜けていきました。薫風香る一番良い季節も、不安ばかりがつのります。
それでも弱者なりに生きていこうと思います。
2009年05月30日
2009年05月22日
2009年05月16日
馬鈴薯の花
じゃがいもの花これだよと児にメール
3月21日に植えた馬鈴薯に花が咲き出しました。春休みに遊びに来ていた孫に、一畝だけ植えるのを手伝って?もらいました。
今日、さいたま市の学校対抗の相撲大会があり、女の子の孫も手を挙げて一年生の学校の代表として参加し、女子の部で3人勝ち抜いて、準決勝は優勝候補の女の子で、やはり負けてしまい、口惜しくて大泣きしたそうです。それでも3位の賞状とメダルを貰ってきたようです。その子が順当に優勝したそうです。
幼稚園の時は負けず嫌いで、何でも1番でないと気が済まず、将来を心配していましたが、上には上がある事がわかって良かったと思っています。
3位のお祝いと、馬鈴薯の花を見た事がないという孫に、「これが馬鈴薯の花だよ。馬鈴薯も頑張っているよ」と写真を添えてメールを送りました。
これからの長い人生、いろいろ学んでいってほしいものです。
2009年05月15日
猿
清和なる天あり猿は地に迷ふ
今日も朝から気持の良い天気でした。武甲山もクッキリ見えました。その武甲山の登山道の手前に「延命水」という水場があります。5月1日に武甲山に登った帰りに、この延命水を汲んできて、お茶やコーヒーを入れたらまろやかな味がしました。今日またその延命水を汲みに行きました。
車を走らせていると、セメント工場の近くの道路の脇やガードレールの上を、猿の集団が歩いていました。生まれて間もない赤ちゃん猿もいて、道路の真ん中でじゃれ合っていました。
下の写真の猿がボス猿らしく、何か合図をしたようで、この猿以外は一斉に森の中に姿を消しました。自らが囮になって仲間を守ったのかもしれません。この猿に比べて私は臆病者で、車の窓を少しだけ開けてカメラを構えました。
山は新緑の季節で、気持の良い空が広がっていますが、森が伐採され、森を追われて人家近くまで降りて来た猿は、危険と隣り合わせの生活を強いられているようです。
2009年05月14日
2009年05月10日
母の日
母の日を忘れず届く子の心
赤色のカーネーションを手向けけり
今日は母の日。5月10日の配達指定で郵便小包が届きました。開けてみると、息子から送られたカーネーションの鉢が出てきました。妻は嬉しいと喜んでいました。母の日を覚えていてくれた事が嬉しかったのでしょう。
60歳を幾つか越えた妻ですが、息子からすれば、たった一人の母には違い有りません。
「お裾分けで悪いけど」と言って、妻は息子から届いたカーネーションを切り花にして、私の父母の眠るお墓に手向けてくれました。
白色ではなく赤色のカーネーションですが、母もきっと喜んでくれていると思います。
yoshiyoshi さまからいただきました。
哀しきは忌日に捧ぐカーネション よし
ありがとうございました
2009年05月06日
茄子植える
茄子植えし子は去り世話を残さるる
昨日の子供の日に、孫と野菜の苗を植えました。前日に、茄子、シシトウ、ピーマン、トマト、キュウリをほとんど植え終えていましたが、野菜嫌いの孫に、少しでも野菜に親しんでもらおうと、それぞれ一本ずつ残しておきました。
はじめて見る野菜の苗にビックリしていましたが、それでも真剣に植えていました。
夏休みに来た時に、自分で植えた野菜が実っているのを見て、少しでも野菜が好きになればという、孫からすればお節介な事です。
夏休みまで、野菜の世話をしなければいけないという宿題を、自分から背負い込んだようです。
2009年05月01日
武甲山山開き
春の嶺極めし顔の清清し
山削る春の祭の最中さえ
毎年5月1日、武甲山の山開きが行われます。町長をはじめ、横瀬町の氏子の人々が頂上の御獄神社で、その年の登山の安全を祈ります。
妻と二人で、三年連続で武甲山登山に挑戦しました。途中若い人達にどんどん追い越されていきましたが、マイペースで登っていきました。
東京や千葉ナンバーの車が麓の駐車場にありましたので、この日に合わせて登山する人が訪れていたようです。頂上を極めたどの顔も満足感で、清々しく見えました。
武甲山の頂上を示す標識は、1336-41+9とあります。石灰岩採掘で、頂上の高さが移動した事を示しています。公式には1304㍍となっています。
この日も、頂上から見下ろすと、石灰岩を採掘するショベルカーの音が微かに聞こえていました。

