2009年11月30日

十一月終わる

月捲り十一月も吾を離る

 今年も早いもので、11月も終わりです。月捲りの暦も剥ぐと後一枚になります。
 今年は平穏でといきたいところでしたが、政治、経済、新型インフルエンザの流行など、激動の一年でした。我が家も、6月に義母と義弟が相次いで亡くなり、法事に追われた半年でした。
 明日から12月ですが、デフレや円高、インフルエンザなどまだまだ激動は続きそうです。せめて健康だけは自分で守っていきたいものです。

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2009年11月29日

蒲団干す

日陰れば蒲団込む音此処彼処

 一日曇りで、夕方雪、夜は雨になるとの天気予報が出ていましたが、予報は外れて、昼前から日が射してきました。この先どうも天気が不安定なようなので、短い晴れ間を利用して蒲団を干す事にしました。近所の家でも、あわてて蒲団を干していました。
 家の中にいると、あちこちで蒲団を叩く音が聞こえました。外を見ると、いつの間にか日が陰っていました。
 慌てて取り込みましたが、太陽はありがたいもので、蒲団は温かくなっていました。
 

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2009年11月28日

紅葉散る

夕暮れる前輝いて紅葉散る

 庭の紅葉が見頃をむかえた、と思っていたのも一時、西日を浴びて真っ赤に輝やくと、もう散り始めました。
 考えて見ると、もうすぐ11月も終わりで、12月2日、3日の秩父夜祭りの準備で慌ただしくなる時期です。
 今日は2回目の「太鼓慣らし」(秩父屋台囃子の練習)で、日が暮れた闇から、太鼓の音が風に乗って聞こえていました。 

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2009年11月27日

草枯れる

草枯れて風に命を委ねけり

 川岸を被っていた背の高い草も枯れてきました。いつの間にか種が出来ています。次の命は、人や鳥や動物にくっついて運ばれていきます。
 もっと手っ取り早い方法は、風に乗って新天地を目指します。植物の強かさなのでしょうか。

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2009年11月25日

枯尾花

山峡に束の間光る枯尾花

 山間の斜面で、尾花が枯れて穂も白くなりました。山の端から山の端へ渡る太陽は
しばらくの間光りを与えてくれますが、平地より短い命で、すぐに西の山へ隠れてしまいます。
 枯尾花は短い光を浴びて、美しく輝いています。今日は比較的暖かい日差しがありましたが、この光りがだんだん薄くなって、山国は真冬へとその姿を変えていきます。
 

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2009年11月24日

砂遊び

小春日の砂場に遊ぶ子は一人

 11月21日の土曜日は快晴で、暖かい日でした。新型インフルエンザの流行と、雨や寒い日が続き、外で遊べなかったようですが、久し振りに会った1歳8ヶ月の孫を、公園に連れて行きました。いの一番に砂場に行き、早速砂だらけになっていました。
 暖かい土曜日だというのに、他の子供の姿はありませんでした。公園の周りは住宅地で、「大きな声を出さないで遊びましょう」という看板が、公園を囲んでいる金網の数カ所に書かれていました。
 山国の公園では見られない光景でしたが、都会の子供は、公園で遊ぶのも難しい世の中になったようです。

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2009年11月23日

勤労感謝の日

夜の調べ酔いし勤労感謝の日

 第25回秩父混声合唱団定期演奏会が、秩父ミューズパーク音楽堂で行われました。
 親しくしている近所の奥さんが参加しているので、妻と出掛けました。全員がアマチュアで、仕事や家事の合間に、一年間練習してきた成果を披露する日です。
 近所の奥さんも、高齢のお舅の世話や、地域のボランティア、家事の合間に時間を作って練習してきたようです。
 途中、みんなで歌おうのコーナーがあり、ステージと会場が一体となり盛り上がりました。
 今日は勤労感謝の日ですが、美しい調べに、ゆったりとした時間を過ごす事ができました。

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2009年11月22日

冬座敷

亡き義父の心偲はゆ冬座敷

 6月に義母と義弟が亡くなって、今は空家になっている妻の実家の片付けに行き、久し振りに泊まりました。
 近所の親切な人が時々窓を開けて下さっているので、かび臭さもあまりない状態で保たれていました。
 二階の和室に泊まりましたが、仲睦まじい老夫婦の人形と、掛け軸の「心」が胸に響きました。
 船橋の馬込霊園に三人は眠っておりますが、その墓石の正面に、義父が好きだった、この掛軸と同じ心という字が刻まれています。

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2009年11月18日

冬紅葉

山裾に今訪れる冬紅葉

 紅葉の名所を検索すると、紅葉の見頃は過ぎたと表示されている場所が増えました。
 ここは武甲山の麓です。武甲山の地下から流れ出る延命水を、一週間に一度の割合で汲みに行きますが、紅葉がやっとここまで辿り着いたようです。青空に錦が映えています。
 ほんの束の間、美しい景色を見せてくれますが、すぐに散り始め、冬の景色へと移っていきます。

※ 明日から三日間、所要で出掛けます。22日よりお世話になりたいと思います。よろしくお願いいたします。

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2009年11月17日

夫婦欅


 
年古りてなほ寄り添いし枯欅 

 縁側展が行われた、奥秩父贄川宿の村社の八幡大神社の境内に、樹齢400年以上と説明のある大欅があります。
 見上げると、天空に吸い込まれていきそうな感じがします。二本の大欅は夫婦欅と言われ、ピッタリと寄り添っています。
 400年が経ち、もう葉をほとんど落としていますが、まだ仲良く寄り添っていました。
 私達老夫婦も労り合って生きていきたいものです。 
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2009年11月16日

落葉

たたずめば心澄みたる落葉道

 木漏れ日と落葉の降る道の端に、小さな石仏が立っていました。石仏に手を合わせていると、霊気を感じました。ここは贄川宿縁側展の行われた近くで、旧贄川村村社の八幡大神社があり、ちょうど年に一度の神社のお祭りが行われていて、地元の人々が三々五々訪れていましたが、直会が終われば、もう誰も訪れる人はないと聞きました。
 落葉が次から次へと石仏に降り注いでいました。
 

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2009年11月15日

奥秩父贄川宿の縁側展


シュロで昆虫を作る老人


出来上がった昆虫の作品


昔の小正月風景(文化庁登録有形文化財)


粘土で作った草花、触っても折れません

縁側に飾られし美や冬うらら

 奥秩父荒川の贄川宿(にえがわじゅく)で、縁側展が開かれました。約30人が出品した、秩父をテーマにした絵画や写真、書の作品を、25軒の民家の縁側に展示した展覧会で、今年で20回目をむかえました。好天に誘われて、他県からも大勢の観光客が訪れていました。
 贄川宿は、江戸時代より秩父から甲州に抜ける秩父往還の途中にあって、三峯神社参詣の宿場として栄えましたが、車の普及により旅籠としての役割を終えました。
 文化庁登録有形文化財の築150年の家があり、めえ玉(繭玉)も飾られ、当時の小正月風景が再現されていたり、小春日和の縁側に腰掛けて、シュロで昆虫を作る老人がいたりして、宿場跡は芸術の道となりました。
 今は都会に住む、高校の同級生の一人が毎年出品をしていて、一年ぶりの再会を果たしました。
 山里にある贄川宿は、今が紅葉も見頃で、束の間の賑わいを見せていますが、この展覧会が終わると、人がほとんど訪れない、鄙びた宿場跡に戻っていきます。

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2009年11月14日

竜の玉

葉の奥で密かに光る竜の玉
 
 竜の鬚が雨に濡れていました。確か今頃実が成るのではないかと思い立ち、竜の鬚を掻き分けてみました。
 葉の奥の方に竜の玉が幾粒か実っていました。葉が実を隠してくれるので、鳥にも見つからず、青く輝いているのでしょうか。
 

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2009年11月13日

野焚火

野焚火の煙の辺り里静か

 荒川の対岸で、煙がゆっくり立ち上っておりました。畑の残渣を燃やしているのでしょう。春なら野焼きなのでしょうが、野焚火と呼ぶ事にしました。
 CO2削減が問題になっていますが、のんびりとした光景がありました。

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2009年11月12日

フレーム

フレームに命託して鉢仕舞う
 
 朝の気温が急に下がってきたので、簡単な温室を作り、植木を取り込みました。夏の間、挿し木をして増やし過ぎた植木の鉢は、どう配置してもこの中に納まりません。写真の4鉢の他にも、たくさんの植木鉢が外に置かれたままです。
 真冬は零下になるこの地方では、外に置いておくと凍みてしまいます。何とかしなければと思いつつ、朝晩の気温はどんどん下がっていくばかりです。明日の朝は3℃と予報が出ています。
 事業仕分けではありませんが、どの植木を優先して取り込むか迷うところです。

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2009年11月11日

喪中のお知らせ

賀状書く代わり喪中と書きし夜

 年賀ハガキの発売が始まりましたが、我が家では今年は無縁のものとなりました。6月に義母と義弟が相次いで亡くなったからです。年賀ハガキを書くのは、決まって12月の秩父夜祭りが終わってからになりますが、喪中のお知らせはもう出さなければなりません。
 今年の正月の年賀ハガキを見ながら、複雑な思いで喪中のお知らせを書いております。
 外は小降りにはなりましたが、まだ雨が降っています。  

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2009年11月10日

坂東三十三観音巡りー29番千葉寺

祈ぎ事を一つと決める冬の寺

 11月8日、千葉市の親戚に所要で出掛けた帰りに、「近いよ」と教えられて、坂東三十三番観音の29番寺にあたる、千葉寺(せんようじ)を訪ねました。和銅二年創建と伝えられ、地元では(ちばでら)と親しまれています。
 訪れた時は写生をするグループの人達が、思い思いの場所で筆を動かしていました。
 和銅二年に僧行基がもたらしたと説明のある大銀杏が、境内の中央にありました。樹高30メートル、目通り8㍍の大銀杏は、まだ色付く事もなく、緑の葉を広げていました。
 本尊は十一面観世音菩薩で、その深い慈悲により、衆生から一切の苦しみを抜き去る、功徳を施す菩薩であると説明がありましたので、孫達がインフルエンザに感染しないよう、感染しても重くならないようにという事だけをお願いして、秩父に帰ってきました。 
 


 

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2009年11月09日

校内音楽会

立冬のホールほのぼの子等の声

 立冬の日の7日に、孫の学校の校内音楽会がありました。1年生なので、上級生と比べると、どの顔にもまだあどけなさが残っていましたが、幼稚園の頃とは格段の成長が見られました。
 ホールの中は冷え込んでいましたが、子供達の元気な歌声を聴いて、何となく心が暖かくなったような気がしました。
 ただ、心配なのは新型インフルエンザが少しずつ増えている事です。孫のクラスも二人休んでいるそうです。週明けの月曜日から6年生の学級閉鎖があると、校長先生が挨拶をしていました。
 新型インフルエンザは避けられないとしたら、軽く済んで欲しいものです。

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2009年11月05日

生姜掘る

鍬振りて土と生姜の香を掘りぬ

 塀際の日影に植えておいた生姜が、随分生長していました。野菜の手引書によると、葉が枯れてきたら、霜の降りる前に掘るとありますが、霜が降りてもまだ葉は枯れず、試しに一株だけ掘ってみました。土の間から薄紅色の生姜がでてくると、独特の香りも一緒に出てきました。

※  このところ出掛ける機会が多く、6日から8日まで所要で出掛けます。9日からまたお世話になりたいと思います。よろしくお願いいたします。

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2009年11月04日

吊し柿

虫除けの編目に赤き吊し柿

 去年は不作でしたが、今年はまずまずの収穫ができました。渋柿なので、皮を剥いて吊し柿にしました。
 あまり暖かいと、柿に黴が生えてしまいますが、今朝は初霜がおりて、気温もだいぶ低くなってきました。吊し柿には絶好の季節です。
 それでも蠅や蜂がやってきて、干し柿に留まっている事があります。そこで100円ショップで網を買ってきて(500円になっていましたが)、この中に吊す事にしました。
 太陽の日差しが一杯欲しい干し柿ですが、日暮れが早くなってすぐに山の端に消えていきます。後は夜の寒さに当てるだけです。  

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2009年11月03日

スリーデーマーチ

秋高くひたすら歩く意気高し

 昔の職場仲間と、月一回ハイキングをしていますが、今回は埼玉県東松山市で行われた、11月1日から始まった、第32回日本スリーデーマーチに参加する事にしました。
 仲間の何人かは一日目から参加しておりますが、私は仕事の関係で三日目の今日だけ、20㌔コースを歩く事にしました。
 一日目は20,314名、二日目は23,028名参加したそうですが、三日目の今日は天気も良く、次から次へと人が通り過ぎていきました。
 背中に付けたゼッケンには「完歩するぞ」とか「完歩して、旨い酒を飲むぞ」とか、それぞれの決意が書かれていました。
 20㌔は体力的には応えましたが、青い空と澄んだ空気の中で、気持良い一日を過ごす事ができました。

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2009年11月02日

京都の旅三日目-京都駅周辺


三十三間堂


東本願寺

祈ぎ事の小ささ覚ゆ古都の秋
 
 京都の旅三日目は、宇治の平等院から伏見の寺田屋、京都駅周辺に戻り、三十三間堂、東、西本願寺を見学し、三日間過ごした京都を後にしました。
 歴史あるる伽藍に圧倒され、仏像に向き合っていると、自分はなんと小さな迷いを持っているのだと、私の小ささを実感させられた三日間でした。
 来年また訪ねてみたいと思っています。

 

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2009年11月01日

京都の旅二日目-大原


三千院

大原の里を歩めば秋寂びぬ

 京都の旅二日目は、大原まで足を延ばしました。京都市街とは別世界がそこにありました。
 悲劇の建礼門院がひっそりと暮らした寂光院は、山裾に静かに佇んでおりました。
 2000年5月9日未明に発生した放火により、本堂を全焼し、堂内の重要文化財木造地蔵菩薩立像も火を被りましたが、完全に消失されずに、真っ黒に炭化したお姿で、特別展示されておりました。
 犯人が特定できないそうですが、何と罪深い事をしたのかと、焼けただれた地蔵菩薩立像を見て、改めて強い憤りを感じました。
 寂光院に行く途中、今ではほとんど見る事のない屋根葺きの光景に出会いました。
 ♪♪~京都大原三千院~♪♪は、訪れた人々がそれぞれの思いで、庭を見ておりました。
 大原の里は、時計が止まったようにのんびりとしていて、心静かに過ごす事のできた一日となりました。

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