2009年12月31日

年の湯

ちと早き年湯と洒落て山の湯場 

  家の最後の掃除も済ませ、午後から山峡の満願の湯という温泉に行きました。願いは必ず満るとして命名されたのだそうです。駐車場は混雑していて、吹雪のような雪が舞っていました。
 今年一年いろいろな事がありました。願いが必ずしも満ちた訳ではありませんが、来年こそは良い年になってほしいものです。
 大晦日の夜にたてる風呂を「年の湯」と呼ぶそうですが、まだ明るいうちに温泉に浸かり、贅沢気分を味わい、一年間のいやな事を忘れました。

一年間本当にお世話になりました。
来年が皆様にとって良い年でありますようお祈りいたします。
来年もよろしくお願いいたします。

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2009年12月30日

母の命日

母立ち日葬儀重なる年の暮

 従兄弟の葬儀に参列しましたが、「年の瀬のお忙しい中を・・・・」という挨拶が目立ちました。
 平成8年の12月30日に亡くなった母ですが、悲しさよりも、正月がくるのに、葬儀がどうなるか途方に暮れた事を思い出しました。
 従兄弟の葬儀を終えた後、墓前に報告し、母を偲びました。


 

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2009年12月29日

数え日

数え日に葬の沙汰きて夕暮れる

 今朝早く、従兄弟が急逝したという知らせが届きました。亡くなったのは昨日の午後だという事ですが、急な事で連絡も取れなかったという事です。
 我が家では、昨日は秩父神社に行き、正月飾りのお札を受けてきて、神棚を飾り、これで来年の用意は済んだとホッとしていた頃の事だそうです。
 少々酒飲みでしたが、元気にカラオケも歌い、「大威勢」(おおいせい=ごきげん)だったと息子さんが話していました。
 これから通夜に行きますが、日が西の空に傾き、夕暮れをむかえようとしています。何時も寂しい時間帯ですが、今日は余計寂しく感じます。
 

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2009年12月28日

飾売

灯ともりて子も忙しげに飾売

 秩父神社へ行き、お正月飾りのお札を受けてきました。神社の境内には、松や注連縄を売る店が出ていました。
 今日は大安なので、縁起を担いで飾り物を買い求める人で賑わっていて、店の奥では、小学生も忙しそうに手伝っていました。
 来年は良い年になってほしいと祈りながら、神棚を飾りました。

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2009年12月27日

年用意

神棚を清め清しき年用意

 今年6月に義母と義弟が亡くなり、喪中なので神棚の正月飾りはしないものと思っていましたが、神社庁に問い合わせた所、家長の家で葬儀があった場合は49日が過ぎてから、妻の実家で不幸があった場合は、いつも通り正月飾りをしても問題がないという回答でした。
 妻も納得し、神棚に溜まった一年の汚れを落としました。小さな神棚ですが、綺麗にすると心も清々しくなりました。
 それでも縁起を担ぎ、仏滅の今日を避けて、大安の明日、秩父神社へ行き、正月飾りのお札を受ける事にしました。
 

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2009年12月26日

白菜の保存達磨

縮かむ手擦り白菜括りけり

 霜除けの為に、今年も白菜の保存達磨を作りました。
 朝の気温は零下を記録し、畑には霜柱が立ち、白菜の葉にも霜が降りていました。
 太陽が顔を出し辺りが温かくなるのを待って、周りの葉を集めて芯を囲い、頭を括ると、保存達磨の完成です。
 凍った葉を集めると、手が縮こまって、指先が馬鹿になってきます。自然の保存方法なので、手を擦ったり、息を吹きかけたりしながら、一株一株の頭を括りながら進んでいきます。

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2009年12月25日

大掃除

山里に煤払ふ音響きけり

 ちょっと早い年末の大掃除を済ませました。網戸は一年の汚れを網目に溜めていました。
 ジェット噴射で一気に洗いましたが、鋭い水の噴射する音が、山里の静寂を破りました。
 はたきを掛けたり、箒で掃いたりする大掃除を子供の頃は良く手伝わされましたが、現代は掃除機やモップ、ジェット噴射の洗浄機に様変わりました。
 懐かしい年末大掃除の風景は、テレビで見る長い煤竹を使った、お寺や神社の煤払いの場面だけになったようです。

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2009年12月24日

クリスマスイブ


鬼太郎も夢の使いの聖夜かな

 孫達は、サンタクロースがどんなプレゼントを靴下に入れていってくれるか、楽しみに待っています。
 一年生の孫は、地球儀が欲しいとお祈りしていました。将来は世界に羽ばたいて欲しいと思います。
 下の孫は1歳10ヶ月なので、何も分からず、ただ手元にある人形を持ってきては並べようとしていました。くまのプーさんも、ゲゲゲの鬼太郎も、子泣き爺もいました。
 明日の朝、サンタさんは靴下にどんなプレゼントを入れていってくれるのか、楽しい夢をみてほしいと思いながら、帰ってきました。
 

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2009年12月21日

飢えた青鷺

池に来て追はれて去りぬ冬の鷺

 また今年も鷺との戦いの日々が始まりました。池の金魚を狙って、アオサギがやってきました。100円ショップで、蔓を這わせる植木用のネットを買ってきて、池を被いましたが、気が付くとアオサギが池の側にいて、いきなり飛び立ちます。側で見ると恐ろしい程大きな鳥です。
 以前にも書きましたが、川の魚が岩陰に身を潜め、アオサギには見えなくなったものと思います。餌の捕れなくなったアオサギは、腹を空かして、池の金魚を狙っているものと思いますが、池の金魚を守らなければなりません。
 何度も追われたアオサギは、隣の家の屋根に留まって、じっと動こうとしません。余程腹が空いているものと思います。
 やがて、ベランダの手すりをカンカンと叩くと、口惜しそうに飛んで行きました。
 

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2009年12月20日

霜柱

踏み潰す音心地よき霜柱

 昨日から霜柱が立っていました。霜柱が立つと、バケツの水が凍り、水道も凍り付いてしまいます。
 霜柱は寒に入ってからよく出来ますが、今年は早いようです。暖冬という予想が外れ、厳しい寒さを覚悟しなければならない事を教えてくれているようです。
 冬が作ってくれた芸術ですが、ザクリと潰していく音は快感に思えます。
 

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2009年12月19日

小さなライブ

凍つる夜の小さきライブに時忘る

 寒い日が続いています。今朝は部屋の中で4.7℃を記録しました。「寒いんねえ」という挨拶がそこここで交わされていました。
 19日の夜、友人が21年間続けているライブが喫茶店で行われました。昨年の20周年は音楽堂で開かれましたが、暮も近く、忙しい時なので、案内状も出さず、2~30人を予定していましたが、口コミで広がり、喫茶店の96ある椅子がなくなり、立ち見の人も大勢おりました。
 こんな不安な世の中で、せめて一夜くらいは世の憂さを忘れて、音楽に心を癒されたいという、そんな気持の現れかと思います。
 演奏する人も、それを聴く人も、もう白髪の多い年ですが、懐かしい曲に、寒さを忘れる一時でした。

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2009年12月18日

年末商戦

過疎の町歳暮売り出し華やがぬ

 今年も十日余りとなり、歳暮売り出しが盛んに行われています。
 この通りは、私達が子供の頃は秩父往還と呼ばれ、人で溢れていました。「町へ行ってくる」と言って、十円玉を握りしめて出掛けようとすると、母が「人さらいに気をつけろ」と良く言っていた程賑わっていました。
 国道140号線に、今は大型スーパー、量販店、小規模のモールが進出し、人々はそちらに移動していきました。まさにドーナツ現象です。
 高齢化も手伝って、次々にシャッターを下ろす店が増えていると聞いていましたが、所要でゆっくり自転車を走らせていて、これ程寂れているとは思いも寄りませんでした。 

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2009年12月17日

トレーニング

エアロビのリズムの余韻冬夕焼

 最近身体が鈍ってきたので、体育センターのトレーニング室に出掛けました。
 最初はビギナー講習を受けなければなりません。ストレッチやマシンの使い方を教わりましたが、体力がこれ程落ちているとは思いませんでした。
 エアロビクスの時間があり、結構激しい動きで、若い人に付いていくのは至難の業です。
 心地よい汗を流して外に出ると、冬夕焼けが美しく輝いていました。

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2009年12月16日

霜の朝

登校の子等の試練や霜の朝

 登校の子供達が、通学路の山道を降りて来ました。ついこの間までは、子供達はふざけたり、道草を喰ったり、声高に喋りながら降りてきましたが、今朝は黙々と降りて来ました。
 霜が降りて、辺りを白く染めています。上級生の班長さんも、旗を丸めて黙って歩いていますが、黄色い帽子の小学校一年生は、はじめての霜の経験で、ただお兄さんの後ろを離れないように必死です。去年と同じ光景ですが、子供達に元気がないのが気掛かりです。まだ寒さに慣れていないのかもしれません。
 これからどんどん寒くなっていくでしょう。霜の降りる日も多くなるでしょうが、寒さに負けずに、元気に学校へ行ってほしいと願い、静かに見守っております。

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2009年12月15日

水上のイルミネーション



冴ゆる夜のイルミネーション水に映ゆ

 秩父ミューズパークの1周350メートルの流れるプールに、イルミネーションが飾られています。
 夏は子供達の歓声が辺りの林に木霊しますが、冬は誰も訪れません。この場所を利用して、数年前からイルミネーションが飾られ、家族連れや、冬の夜のデートスポットとして若い人達が訪れています。
 ここは秩父市の西の丘陵で、気温も平地より低く、空気も澄んでいるため、イルミネーションも美しく輝いています。見学する人は、ダウンジャケット等を着込んで、完全武装で出掛けます。
 来年1月11日まで点される予定ですが、クリスマスの夜などは大勢のカップルで賑わいそうです。

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2009年12月14日

義士の日

義士の日や今は映せぬ映画館

 子供の頃、この季節になると、必ず忠臣蔵の映画が秩父にもやってきました。
 ある年、赤穂浪士の討ち入りを見終わって外に出ると、外は雪が降っていて、車のほとんどない時代、白い雪の上を、大石内蔵助になったような気分で、肩をいからせて、わいわい言いながら帰って来た事を思い出します。
 子供の頃は市内に三つあった映画館も、二つは跡形もなく消え、一つは外観は残っていますが、建材屋さんの倉庫になっています。
 

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2009年12月13日

鉄砲まつり

轟音に沸く山里や冬の暮

 13日に、秩父市から峠を越えた、秩父郡小鹿野町飯田の八幡神社の例大祭、「鉄砲まつり」が寒い曇り空の下で行われました。
 夕暮れが迫る中、火縄銃保存会の人達が、両側から一斉に空砲を撃ち、硝煙に包まれる中を、二頭の御神馬が一気に走り抜け、神社の石段を駆け上っていきました。
 「お立ち」という行事だそうですが、勇壮なお祭りに、多くの観客は興奮して盛んに拍手を送っていました。
 秩父路最後のお祭りが終わり、山里に長い冬がやってきます。

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2009年12月09日

大根引く

大根引きすぐ埋め戻す室の中

 午前中の少しの晴れ間を利用して、大根を全部抜きました。今年も霜が降りるようになり、霜が降りると、土の上に出ている白い部分が凍みて、手で触れるとズルッと皮がむけてしまい、食感も良くありません。
 菜園の片隅を深く掘って、大根を並べて土を掛けて、土饅頭のようにして保存しました。室(むろ)と呼びますが、土の中は温かいのか、結構長い間保存できます。近所の古老から教わりました。

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2009年12月08日

納め薬師

ひそやかな納め薬師や夕日影

 秩父札所13番慈眼寺。本尊は行基作といわれる聖観音です。横にある薬師堂は、薬師瑠璃光如来、目の神様として「め」の文字を入れた絵馬がたくさん奉納されています。1ヶ月後の初薬師と、7月8日の飴薬師と呼ばれる縁日は賑わいます。この日のぶっかき飴を食べれば無病息災・眼疾快癒に効ありと、たくさんの人々が飴を買い求めます。
 今日は納めの薬師ですが、前述の賑わいとは雲泥の差で、訪れる人も少なく、閑散としていました。

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2009年12月07日

濡れ落葉

上等な肥やしの予感濡れ落葉

 今朝は霜が降りました。太陽が山の端から顔を覗かせる時間になると、霜は解けて、落葉は濡れていました。
 やがて、この楓の葉ももう少し朽ちると、寒さ避けに、植木の周りや畑に置きます。
 畑に置いた濡れ落葉は、春耕の時期になると、上等な堆肥になっている事を期待させる程、良い落葉です。

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2009年12月06日

八つ手の花

朝には滴を溜めて八つ手咲く

 朝起きると霧が立ち込めていました。八つ手の花も水滴がいっぱい付いていて、霧の向こうの山の端から日の光が微かに射すと、少し輝いて見えました。

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2009年12月05日

もうすぐ休業

極月や仕舞間近な川下り

 秩父夜祭を見学に来た千葉の親戚が帰る前に、長瀞を案内しました。ここは川下りの乗船場です。
 ちょうど二艘の川下りの舟が出ていくところでした。残った船頭さんが、声高に話していました。
 「はあ、舟に乗る客もありゃあしねえやあ。次の日曜で終わりだい」
 12月6日の日曜日で営業は終わり、この舟は陸に上げられて、来春の3月中旬頃まで、静かな眠りにつくことになるようです。

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2009年12月04日

秩父夜祭-大祭

雨合羽纏いて盛る秩父山車

 12月2日の宵祭は快晴の中で行われましたが、大祭の3日は、11年ぶりに冷たい雨の降る中で行われました。
 この屋台(山車)は、国重要有形民俗文化財の為、雨から屋台を守らなければなりません。奉曳の途中で、一斉に大きなビニールシートが掛けられました。遠来の観客は、まだ幾らも雨が降っていないのにビニールで隠すなんて酷い、と話していましたが、合羽を纏って幾らもしないうちに、雨は激しくなりました。
 雨の中の祭になりましたが、囃し子は精一杯鼓舞し、曳き子も、屋台周りの若衆もずぶ濡れになりながら、熱気だけは衰えませんでした。
 一日雨という天気予報は当たりましたが、夜九時頃になると雨は上がるという予報も当たり、打上げ花火の時間になると、低く垂れ込めていた雨雲が、少しずつ高くなり、花火も雲の下に姿をはっきり見せるようになってきました。
 山国秩父の一大イベントが終わると、本格的な冬へと向かっていきます。

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2009年12月02日

秩父夜祭-宵祭


お互いにエールを送ります


宮地屋台(山車)-一番歴史の古い屋台です


屋台牽引


屋台は重いなあ


屋台の方向転換-一度屋台を浮かせて向きを変えます

若衆の気合い高ぶる秩父山車

 秩父神社の例大祭、秩父夜祭の宵宮の日をむかえました。雲一つない快晴の中で執り行われました。
 明日が本祭ですが、生憎の雨の予報です。観光客の人も、「明日が雨だから今日来た」と言っていました。
 この屋台は釘を一本も使っていません。釘があると折れてしまうのだそうです。方向転換は、テコ棒を入れて20人くらいの人で、持ち上げ、笠鉾・屋台の土台下中心部のくぼみの位置に、台のついた棒(「ギリ棒」)を入れて少し浮かせて、一気に方向転換します。テコを入れると、屋台が前のめりに倒れそうになり、観光客の人が悲鳴を上げる瞬間です。
 夜は無数の雪洞が点灯され、動く陽明門と呼ばれています。
 今日悲しい事故が起きてしまいました。屋台に乗って襦袢を少し見せて、扇子を振って鼓舞する、囃し子と呼ばれる人が、酔っ払って屋台から落ちて意識不明になり、ヘリコプターで専門の病院に運ばれていきました。
 明日は雨の予報ですが、何とか予報が外れるようにと、屋台関係者は祈っています。

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2009年12月01日

霧の中

五里よりも近くの見えぬ十二月

 今朝起きると、濃い霧が立ち込めていました。
 今日から12月です。今までも不安な12月をむかえた年は何回かありましたが、これほど不安定な12月をむかえた事はかってありません。
 昨日も書きましたが、政治、経済、新型インフルエンザなど、少しも安心できる事はありません。
 1歳8ヶ月の孫も、インフルエンザの接種の予約をしたと言ってきましたが、順番が何時くるのか、接種を受ける前に感染してしまうのではないかと心配する日々だと知らせてきました。
 自殺をどう防ぐかというNHKの番組もありましたが、12月は毎日のように自殺者の記事が載ります。
 写真俳句に投稿できる事を幸せと思いながら、私達庶民は、五里霧中の中で、じっと耐えるしかありません。

2009年12月01日 »