2009年12月31日
年の湯
ちと早き年湯と洒落て山の湯場
家の最後の掃除も済ませ、午後から山峡の満願の湯という温泉に行きました。願いは必ず満るとして命名されたのだそうです。駐車場は混雑していて、吹雪のような雪が舞っていました。
今年一年いろいろな事がありました。願いが必ずしも満ちた訳ではありませんが、来年こそは良い年になってほしいものです。
大晦日の夜にたてる風呂を「年の湯」と呼ぶそうですが、まだ明るいうちに温泉に浸かり、贅沢気分を味わい、一年間のいやな事を忘れました。
一年間本当にお世話になりました。
来年が皆様にとって良い年でありますようお祈りいたします。
来年もよろしくお願いいたします。
2009年12月29日
数え日
数え日に葬の沙汰きて夕暮れる
今朝早く、従兄弟が急逝したという知らせが届きました。亡くなったのは昨日の午後だという事ですが、急な事で連絡も取れなかったという事です。
我が家では、昨日は秩父神社に行き、正月飾りのお札を受けてきて、神棚を飾り、これで来年の用意は済んだとホッとしていた頃の事だそうです。
少々酒飲みでしたが、元気にカラオケも歌い、「大威勢」(おおいせい=ごきげん)だったと息子さんが話していました。
これから通夜に行きますが、日が西の空に傾き、夕暮れをむかえようとしています。何時も寂しい時間帯ですが、今日は余計寂しく感じます。
2009年12月21日
飢えた青鷺
池に来て追はれて去りぬ冬の鷺
また今年も鷺との戦いの日々が始まりました。池の金魚を狙って、アオサギがやってきました。100円ショップで、蔓を這わせる植木用のネットを買ってきて、池を被いましたが、気が付くとアオサギが池の側にいて、いきなり飛び立ちます。側で見ると恐ろしい程大きな鳥です。
以前にも書きましたが、川の魚が岩陰に身を潜め、アオサギには見えなくなったものと思います。餌の捕れなくなったアオサギは、腹を空かして、池の金魚を狙っているものと思いますが、池の金魚を守らなければなりません。
何度も追われたアオサギは、隣の家の屋根に留まって、じっと動こうとしません。余程腹が空いているものと思います。
やがて、ベランダの手すりをカンカンと叩くと、口惜しそうに飛んで行きました。
2009年12月19日
小さなライブ
凍つる夜の小さきライブに時忘る
寒い日が続いています。今朝は部屋の中で4.7℃を記録しました。「寒いんねえ」という挨拶がそこここで交わされていました。
19日の夜、友人が21年間続けているライブが喫茶店で行われました。昨年の20周年は音楽堂で開かれましたが、暮も近く、忙しい時なので、案内状も出さず、2~30人を予定していましたが、口コミで広がり、喫茶店の96ある椅子がなくなり、立ち見の人も大勢おりました。
こんな不安な世の中で、せめて一夜くらいは世の憂さを忘れて、音楽に心を癒されたいという、そんな気持の現れかと思います。
演奏する人も、それを聴く人も、もう白髪の多い年ですが、懐かしい曲に、寒さを忘れる一時でした。
2009年12月18日
年末商戦
過疎の町歳暮売り出し華やがぬ
今年も十日余りとなり、歳暮売り出しが盛んに行われています。
この通りは、私達が子供の頃は秩父往還と呼ばれ、人で溢れていました。「町へ行ってくる」と言って、十円玉を握りしめて出掛けようとすると、母が「人さらいに気をつけろ」と良く言っていた程賑わっていました。
国道140号線に、今は大型スーパー、量販店、小規模のモールが進出し、人々はそちらに移動していきました。まさにドーナツ現象です。
高齢化も手伝って、次々にシャッターを下ろす店が増えていると聞いていましたが、所要でゆっくり自転車を走らせていて、これ程寂れているとは思いも寄りませんでした。
2009年12月16日
霜の朝
登校の子等の試練や霜の朝
登校の子供達が、通学路の山道を降りて来ました。ついこの間までは、子供達はふざけたり、道草を喰ったり、声高に喋りながら降りてきましたが、今朝は黙々と降りて来ました。
霜が降りて、辺りを白く染めています。上級生の班長さんも、旗を丸めて黙って歩いていますが、黄色い帽子の小学校一年生は、はじめての霜の経験で、ただお兄さんの後ろを離れないように必死です。去年と同じ光景ですが、子供達に元気がないのが気掛かりです。まだ寒さに慣れていないのかもしれません。
これからどんどん寒くなっていくでしょう。霜の降りる日も多くなるでしょうが、寒さに負けずに、元気に学校へ行ってほしいと願い、静かに見守っております。
2009年12月15日
水上のイルミネーション
冴ゆる夜のイルミネーション水に映ゆ
秩父ミューズパークの1周350メートルの流れるプールに、イルミネーションが飾られています。
夏は子供達の歓声が辺りの林に木霊しますが、冬は誰も訪れません。この場所を利用して、数年前からイルミネーションが飾られ、家族連れや、冬の夜のデートスポットとして若い人達が訪れています。
ここは秩父市の西の丘陵で、気温も平地より低く、空気も澄んでいるため、イルミネーションも美しく輝いています。見学する人は、ダウンジャケット等を着込んで、完全武装で出掛けます。
来年1月11日まで点される予定ですが、クリスマスの夜などは大勢のカップルで賑わいそうです。
2009年12月04日
秩父夜祭-大祭
雨合羽纏いて盛る秩父山車
12月2日の宵祭は快晴の中で行われましたが、大祭の3日は、11年ぶりに冷たい雨の降る中で行われました。
この屋台(山車)は、国重要有形民俗文化財の為、雨から屋台を守らなければなりません。奉曳の途中で、一斉に大きなビニールシートが掛けられました。遠来の観客は、まだ幾らも雨が降っていないのにビニールで隠すなんて酷い、と話していましたが、合羽を纏って幾らもしないうちに、雨は激しくなりました。
雨の中の祭になりましたが、囃し子は精一杯鼓舞し、曳き子も、屋台周りの若衆もずぶ濡れになりながら、熱気だけは衰えませんでした。
一日雨という天気予報は当たりましたが、夜九時頃になると雨は上がるという予報も当たり、打上げ花火の時間になると、低く垂れ込めていた雨雲が、少しずつ高くなり、花火も雲の下に姿をはっきり見せるようになってきました。
山国秩父の一大イベントが終わると、本格的な冬へと向かっていきます。
2009年12月02日
秩父夜祭-宵祭
お互いにエールを送ります
宮地屋台(山車)-一番歴史の古い屋台です
屋台牽引
屋台は重いなあ!
屋台の方向転換-一度屋台を浮かせて向きを変えます
若衆の気合い高ぶる秩父山車
秩父神社の例大祭、秩父夜祭の宵宮の日をむかえました。雲一つない快晴の中で執り行われました。
明日が本祭ですが、生憎の雨の予報です。観光客の人も、「明日が雨だから今日来た」と言っていました。
この屋台は釘を一本も使っていません。釘があると折れてしまうのだそうです。方向転換は、テコ棒を入れて20人くらいの人で、持ち上げ、笠鉾・屋台の土台下中心部のくぼみの位置に、台のついた棒(「ギリ棒」)を入れて少し浮かせて、一気に方向転換します。テコを入れると、屋台が前のめりに倒れそうになり、観光客の人が悲鳴を上げる瞬間です。
夜は無数の雪洞が点灯され、動く陽明門と呼ばれています。
今日悲しい事故が起きてしまいました。屋台に乗って襦袢を少し見せて、扇子を振って鼓舞する、囃し子と呼ばれる人が、酔っ払って屋台から落ちて意識不明になり、ヘリコプターで専門の病院に運ばれていきました。
明日は雨の予報ですが、何とか予報が外れるようにと、屋台関係者は祈っています。
2009年12月01日
霧の中
五里よりも近くの見えぬ十二月
今朝起きると、濃い霧が立ち込めていました。
今日から12月です。今までも不安な12月をむかえた年は何回かありましたが、これほど不安定な12月をむかえた事はかってありません。
昨日も書きましたが、政治、経済、新型インフルエンザなど、少しも安心できる事はありません。
1歳8ヶ月の孫も、インフルエンザの接種の予約をしたと言ってきましたが、順番が何時くるのか、接種を受ける前に感染してしまうのではないかと心配する日々だと知らせてきました。
自殺をどう防ぐかというNHKの番組もありましたが、12月は毎日のように自殺者の記事が載ります。
写真俳句に投稿できる事を幸せと思いながら、私達庶民は、五里霧中の中で、じっと耐えるしかありません。

