2010年01月31日
三十槌(みそつち)の氷柱
1月30日撮影
照らされて川面に浮かぶ崖氷柱
秩父市内から車で40分くらい山道を走ると、山梨県との県境に近い、大滝三十槌地区に着きます。河原に降りていくと、テレビや新聞で紹介された三十槌の氷柱が、川向こうの崖に垂れ下がっていました。
さいたま市の孫一家が見たいといって泊まりに来たので、一緒に出掛けてみました。駐車場の手前から渋滞していて、テレビの影響がいかに大きいかがわかります。
数年前に訪れた時は、暖冬の影響で、やせ細った氷柱でしたが、今年は立派に育っていました。
夕方5時からライトアップされますが、点灯され氷柱が浮かび上がると、おーっと言う声があがり、川の近くに構えていたカメラマンの、シャッターを切る音があちこちで聞こえました。
子供達は、氷柱よりも足元の氷が気に入ったようで、お尻を濡らしながらスケートをしていました。
2010年01月27日
冬耕
冬耕や鍬打つ先の入日影
畑にあった冬菜も、随分重宝しましたが、私達と、鳥達に食べられて、屑だけになってしまいました。
NHKの農業の番組で、今のうちに、春の農作業の準備として畑を掘り返した方が良いと言っていました。掘ったまま放置しておくと、日光消毒ができるのだそうです。
使い古したビニールマルチをはぎ取り、野菜の屑と、伸び始めた雑草を抜いて、鍬で掘りました。中で冬眠していた根切り虫が姿を見せ、ムカデの赤ちゃんがびっくりしたように、潜る場所をさがして走り出しました。夕日が鍬の先で輝いていました。
畑を掘ろうという気持がでてきたのは、春が近い証かもしれません。
2010年01月26日
枇杷の葉酒
冷え込む日ここぞと仕込む枇杷の葉酒
毎年大寒に枇杷の葉を採り、枇杷の葉酒を漬けますが、大寒がこの冬一番の暖かさだったので、様子を見ていましたが、また本来の寒さに戻ったので、枇杷の葉の焼酎漬けを仕込みました。
本によると、3千年も昔から、涅槃経(ねはんきょう)などインドの古い仏典の中に登場し、枇杷の樹は「大薬王樹」、枇杷の葉は全ての憂いを取り除く「無優扇」と名付けられていたそうです。
枇杷の葉に含まれるアミグダリンが、ガンに効果をもたらすビタミンB17という説と、逆に健康被害が出るという説と二分されているようです。我が家では口内炎や、火傷した時などの治療薬として使っています。
びわの葉の焼酎漬けは、冬の一番寒い大寒の日に摘んだ葉が、生命力旺盛で良いとされています。
半年位漬け込むと、身近な常備薬として使えますが、枇杷の葉酒の仕込み方の最後に、「お酒ですので、飲み過ぎに注意しましょう」とありました。
薬効の程はともかく、酒の飲み過ぎが良くない事は確かなようです。
2010年01月25日
初天神
初天神肩書触るる声路地に
細い路地裏に、小さな天神様が祀られています。普段はひっそりしていて、通り掛かる人も、ほとんど気付かずに通り過ぎる程、小さな天神様です。
朝、初天神を告げる花火があがったので、軽い気持で出掛けてみました。ちょうど式典が始まっていて、県、市の議員さんや、小中学校長、近隣の町会長、警察所長、郵便局長等、次々と名前が呼ばれ、玉串奉奠が行われていて、地元のテレビ局が取材に訪れていました。
今日は月曜日なので、子供達の姿はありませんでしたが、受験を控えた子供の親が、次々に訪れ、学問の神様に願を掛け、お札を受けていました。
式典がずっと続いていたので、邪魔にならないよう、そっと孫のことをお願いして帰ってきました。
2010年01月23日
太古の海獣
枯園に立ち悠久の風覚ゆ
昨日投稿した「ようばけ」の近くに、般若の丘公園という場所があります。ここに約1500万年前に生きていた、パレオパラドキシアの復元模型が飾られています。
秩父から2個体の化石が出土しましたが、この般若の丘からは、ほぼ完全な一体を発掘し、長瀞の県立自然の博物館に「埼玉の奇獣」として、化石復元模型が展示されています。
秩父鉄道を走るSLにも、この海獣の名前から、パレオエクスプレスという名前が付いています。
少し高台の公園は、風が吹き抜けて行きましたが、悠久の時を越えて、同じ風が吹いているような気がしました。
2010年01月22日
太古の地層
山枯れて太古の襞の顕はるる
ここは秩父市から峠を越えた、小鹿野町の赤平川の岸辺です。山の木々が枯れて、大きな断崖がはっきりと姿を見せていました。
この崖は「ようばけ」と呼ばれています。高さ100㍍、幅400㍍あるそうです。「はけ」は崖の意味で、「よう」は陽の当たる場所というのだそうです。1500万年前の地層が幾重にも重なっている、秩父地域で最も大規模な露頭です。
秩父盆地がかって海の底で、この「ようばけ」からは、保存の良いカニの化石が良く出るようですが、小鹿野町の天然記念物に指定されていて、採掘は禁止されているのだそうです。
こちらの岸は、採掘が認められているのか、割られた石が散乱していました。私達も探してみましたが、化石は見つかりませんでした。
妻と歴史散歩と洒落込みましたが、1500万年前に思いを馳せ、ゆったりとした気持になって帰ってきました。
2010年01月18日
枇杷の花
枇杷の花餌なき鳥の拠り所
この季節、どこも花は咲いていません。南天やピラカンサの実も食べ尽くされていて、枇杷の花だけが咲き残っています。
餌の少ない季節、鳥達にとっては、あまり綺麗でもない枇杷の花でも、生きていく為の甘い蜜に思えるのかもしれません。
毎日けたたましい鳥の鳴き声が聞こえます。ヒヨドリや尾長、むくどり等が入れ替わりやってきて、縄張り争いをしています。
尾長やむくどりはあまり花に執着していませんが、一番でかい顔をしているのはヒヨドリです。花の天辺に留まって、辺りを睥睨して、他を寄せ付けません。
玄関を開けた途端に、彼は捨て台詞のように激しく鳴き、口惜しそうに飛び去っていきます。
もう少しすると、メジロがやってきます。大きな鳥に追い立てられて、すぐに逃げていきますが、それでも、春を告げる使者のように思えます。
2010年01月17日
初旅行
川崎大師
横浜中華街
山下公園の氷川丸
三渓園
山人の初旅海の見える地へ
厄除けの寺真っ先に初旅行
16日に町内のバス旅行で、川崎大師から横浜方面に行きました。
集合時間が早く、切れるような冷たい朝でした。バスに揺られて着いた川崎大師には、大勢の人が訪れていました。朝のニュースで、巨額の金や議員逮捕を伝えていましたが、庶民は、献香の煙を身に擦りながら、厄除けと、小さな幸せを祈っていました。
横浜中華街、山下公園、三渓園と廻りましたが、海のない県から行くと、海の景色はなによりのご馳走です。冷たい風は吹いていましたが、随分温かく感じました。
夜遅く帰ってきましたが、バスから降りると、秩父特有の、切れるような寒さが待っていました。
2010年01月12日
初虚空蔵
初虚空蔵一つと決めるねがいごと
普段は人気のない山の中の虚空蔵尊の諸願成就の縁日が、雪のちらちら舞う中で開扉されました。今年は寅年なので、丑寅御開帳も行われておりました。夕方かから夜には大勢の人がお詣りに訪れ、石段の途中から並びます。
時間が早かったので、人出もあまりなく、福達磨を売る店も、露店の人も手持ち無沙汰の様子でした。
早く出掛けたのには理由があります。仕事が忙しいと言って、息子がまだ結婚をしていない事が急に心配になってきました。
虚空蔵菩薩は寅年生まれの息子の守本尊で、おまけに今年は御開帳で、お手綱で虚空蔵菩薩様に触れる事ができます。
例年は人出が多い時間帯に行ってしまい、ゆっくりお願いもできなかったので、今年は諸願ではなく、ただ一つ子の良縁だけを祈願をして、お札もいただき、お手綱に触れてゆっくりお願いをしてきました。
「親バカの典型だね」と、妻と笑いながら帰ってきましたが、さて。
2010年01月11日
氷面鏡
耐え偲ぶ鴨の群れ映ゆ氷面鏡
「成人式の会場 窓ガラス割る 秩父 参加の男、酔ってイライラ」
今朝の朝刊を見て驚きました。10日に行われた成人式の会場で、酒に酔った新成人数人が壇上に上がって騒ぎ、市長が「君たちだけの成人式じゃない」と一喝したとありました。
この時期、テレビや新聞で、この種のニュースが流れます。山国秩父では無縁な事と思っていましたが、悪い風潮はこんな田舎までやってきたようです。
秩父市を一望できる羊山公園に行ってみました。東京から来たという親子連れが、弁当を食べていて、秩父の町は、昨日のそんな事件はなかったかのように静かでした。
公園の近くに、「姿の池」という貯水池があります。半分くらい凍っていましたが、鴨たちが氷の上で、じっと厳しさに耐えている姿がよけい美しく見えました。
2010年01月10日
初恵比寿
ハイカーの来て賑ははし初恵比寿
ここは武甲山の麓の、横瀬町宇根の東林寺です。秩父七福神の恵比寿さまがおられます。十日戎なので妻と出掛けてみました。着いた時は境内に人の姿はなく、恵比寿様もひっそりと座っておられました。
納経所の方に聞くと、初恵比寿や、十日戎の催しはやらないという事でした。
「正月は七福神で賑わったでしょうね」と聞くと、「今年は例年より少なかったですよ」という話でした。
庶民救済、商売繁盛の恵比寿様ですが、ここへ来る体力も、気力も人々から失せてしまったのかなと、心配になりました。
納経を済ませて帰ろうとしたところ、山の上から賑やかな声が聞こえてきて、5~60人位のハイキングの団体が坂を降りてきました。
「あら此処は恵比寿様ね」とか、「恵比寿様のお顔が可愛いから、お参りしていこうかしら」とか、「後続を待つので、ここで少し休みますよ」「トイレはこの下にありますよ」という声が入り交じり、静かだった場所が、急に賑やかになりました。
心なしか、恵比寿様が嬉しそうなお顔をされているように見えました。
2010年01月09日
2010年01月08日
初薬師二景
札所13番慈眼寺の初薬師
地元の薬師堂
山間の堂の戸開いて初薬師
朝早くから、札所13番慈眼寺の初薬師を知らせる花火が、何発もあがっていました。薬師粥のご接待、甘酒おふるまい、13番初市、初薬師縁日お福分け抽選会の広告が、2~3日前に新聞に入っていたので、大勢の人が訪れていて、テレビ局や新聞社が取材をしていました。
一方、隣近所の人が交替で堂守をする地元の薬師堂は、山の陰で日も当たらない場所にあります。
毎月8日に薬師堂の戸が開けられますが、初薬師の堂守は、隣の家と私の家が当番に当たる事が、今は亡き父母の時代から決まっています。
朝早く、お接待をする茶道具を運ぶ手伝いをして、私は出掛けましたが、妻はホッカイロを何枚も張り、着膨れて堂守に行きました。
毎年、近在のお年寄りが連れだったり、手押しの車を押して三々五々やってきますが、堂守の当番を終えて帰って来た妻は、「◯◯のおばあちゃんと、◯◯のおばあちゃんが今年は来られなくなった」と、言っていました。
初薬師はご利益が多いと言われているので、普段の月よりお参りに訪れる人は多いのですが、来られなくなるお年寄りがだんだん増えていく事が、毎年気になります。
2010年01月07日
七草粥
大釜の湯気ももてなし七日粥
長瀞不動寺。秋の七草寺で、撫子の寺として親しまれておりますが、この日は、無病息災を祈る開運粥の寺として、大勢の人が訪れました。
長い行列に並び、お参りを済ませて七草粥をいただきますが、大釜から立ち上る湯気と、振る舞ってくれた七草粥は、寒い分だけ心も温かくなるような気がします。
食べ終わると、坂道を下って駐車場に向かいますが、「何か良いことがあるような気がするね」と、そんな会話が聞こえました。
3月の第一日曜日、火渡祈願によって、不動明王の慈悲と加護をいただく秘法と言われる、長瀞火祭りが行われるのも、このお寺です。
2010年01月06日
葉牡丹
葉牡丹に丸き我が背な伸ばしけり
新聞受けの側に、葉牡丹のプランターや鉢があります。毎朝、新聞を取りに行く時は、葉牡丹の様子が気になります。霜が降りたり、雪を被っていると尚更です。
しかし、葉牡丹は霜にも雪にも耐えて、色鮮やかな葉を広げています。
一昨年の暮に買った株から、下葉を取ったり、花茎を切ったりしながら踊りハボタンを作り、去年の7月に、出てきた新芽を挿して育てたものです。買ってきたものより愛着を感じます。
寒い朝、背中を丸めて新聞を取りに行った私ですが、葉牡丹が寒さに耐えているのを見て、しっかりしなければと、背中をしゃんと伸ばしました。
2010年01月02日
歌留多
目と耳と手を研ぎ澄ます歌留多取り
義父の10年祭で船橋の妻の実家に行きました。10年祭ではありましたが、正月2日のこと、子供達が集まると、歌留多会が始まりました。
同じ年の子供同士、お互いに負けまいとして、法事の席が真剣勝負の場となり、大騒ぎになりました。
子供好きだった義父でしたので、賑やかになった法事を、空から笑って見ていたかもしれません。
2010年01月01日
年改まる
喪に服す我が家も年の改まる
去年は不幸が相次ぎ、喪の服しておりますが、そんな我が家にも同じように新しい年は訪れました。
新しい年になった事を契機に、前を向いて生きていこうと思います。
本年もよろしくお願いいたします。

