2010年02月26日
節分草
一輪に偲ぶ人ある春の庭
庭の隅で節分草が一輪だけ咲いていました。
もう10年も前のことでしょうか。弟だった父が亡くなった後、気落ちして寝込んだ伯父さんの見舞いに行った時に、「節分草をやらあ」と言ってくれたものです。
庭の隅の楓の木の下の茂みに植えましたが、毎年葉は出てきますが、花(萼片)は咲いたことはなく、いつしか消えてしまったものとあきらめていました。
ところが、今年はじめて、白い萼が一輪だけポツンと咲いていました。
もう叔父も亡くなり、叔父のことも、節分草のことも、すっかり忘れていましたが、一輪の節分草は、父と叔父のことを思い出させてくれました。
2010年02月24日
長瀞の虎岩
時を超え岩肌春に輝けり
秩父郡長瀞町にある、埼玉県立自然の博物館前の荒川の川原に下りていくと、岩畳の一角に、大きな褐色の岩があります。
縞模様の褐色の部分は、スティルプノメレンという鉱物でできていて、白い部分は石英や長石からできていると説明されています。
虎の毛皮のような模様なので、古くから「虎岩」と呼ばれて親しまれています。
大正5年9月2日から8日間、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)2年の宮沢賢治さん(当時20歳)が、地質旅行で秩父を訪れました。
その時に詠んだ歌が、親友の保阪嘉内さん宛のはがきに残されていて、自然の博物館に展示されています。
つくづくと粋な模様の博多帯荒川ぎしの片岩のいろ
数億年前に、高圧高温でできた片岩だと説明がされていますが、気の遠くなるような話です。
宮沢賢治さんは、翌年七月にも秩父を訪れ、採取した岩石標本は、死ぬまで手元に置かれたと伝えられています。
穏やかな早春の光に、虎岩は時空を越えて美しい縞模様を見せています。
2010年02月20日
春の霜
日あたりてみるみる消ゆる春の霜
2月も20日だというのに、今朝も霜で真っ白でした。真冬の間は、日が出てもしばらくの間、霜は消えずに残っていましたが、今朝は日があたるとすぐに消えていきました。
久し振りに朝から快晴になりましたが、やはり春の光を感じました。
2010年02月17日
ハイキング
湯屋見へて歩み速まる余寒顔
2月16日、昔の職場仲間と、遅い新年会を兼ねたハイキングを行いました。越辺川(おっぺがわ)という川の白鳥飛来地を見学する目的で、バスに乗りました。バスの中から、田圃でかたまっている白鳥の集団を目にして、いやな予感がありましたが、案の定、飛来地の川には、一羽の白鳥の姿もありませんでした。
地元の人が通り掛かり、「今は餌をとりに行っているので、まだ戻って来ないよ」と教えてくれました。
白鳥は諦めて、新年会を予定している温泉に向かって歩き出しました。雨も雪も降りませんでしたが、耳朶が凍るような冷たい風が吹いていました。
誰もが無口になり、ひたすら歩き続けましたが、温泉のマークが見えてくると、誰の足も自然に速くなりました。
万歩計は24,509歩を示していて、かなりカロリーを消費したようですが、それ以上のアルコールを補給してしまったようです。
温泉を出ると、雪になっていました。
2010年02月13日
秩父学検定
料峭の試験冷汗三斗噴く
第一回秩父学検定上級試験が行われました。昨年初級試験に合格したので、こんなものかと、高を括って受験しました。
ところが、顔の皺に反比例して、脳味噌の皺が減る一方の私にとっては、難しさこの上もなく、1問目から受験した事を後悔する羽目になりました。
全部で70問ありましたが、気持だけが焦って、1時間30分の制限時間がどんどん過ぎていきました。
帰ってきてから、ざっと問題を確かめてみましたが、選挙のように当落選上にあるようです。落ちたらまた来年挑戦しようと思っています。
試験が終わって外に出ると、春の雪が舞っていて、思わず身震いをしてしまいました。
2010年02月11日
山峡の縁日
縁日の立つ山峡や春寒し
矢の行方どこに向かうや祈年祭
秩父市から峠を越えた所に、小鹿野という町があります。小鹿野町の中心から山道をしばらく走ると、伊豆沢という耕地に、知恵と勇気を授ける文殊堂があります。今日はその縁日でした。
普段は人影もない山峡の文殊堂ですが、受験シーズンなので、文殊菩薩様に合格祈願をする受験生や父兄で賑わっていました。
この文殊堂から沢を隔てた場所で、江戸時代から続く、五穀豊穣を祈願する、諏訪神社の「的矢の神事」と呼ばれる天気占いが行われました。
宮元と呼ばれる三家が、的に向かって矢を放って、当たった場所で一年の天気を占うという儀式です。
白い部分に当たるとその月は晴、黒い部分に当たるとその月は雨または曇り。矢がヒョウゲた(外れた)場合は、風が多いという具合に占うのだそうです。
大勢のカメラマンや、テレビ局のカメラが見守る中で、古式にのっとり矢が放たれました。
夕暮れが迫り、冷たい雨が霙に変わり掛けていたので、帰りの山道が心配で、結果を聞かないで帰って来てしまいましたが、どういう結果になったのか、明日小鹿野町のホームページを見てみようと思っています。
案の定、途中から霙になり、フロントガラスがしゃりしゃりと鳴っていました。
2010年02月07日
春北風
待ち人の来ぬ改札に春北風
6日の夕方に、昔の職場の仲間と久し振りで会う事にしました。転勤で別れ別れになって10年ぶりに会う人もいました。
東京下町の西葛西駅の改札口で待ち合わせをしましたが、電光掲示板は、次々とJRの遅れを知らせていました。私は娘の嫁ぎ先から出掛けたので、遅れずに済みましたが、遠方から来る友人からは、JRが風で遅れているので、約束の時間に間に合わないという携帯が次々と掛かってきました。
改札口でしばらく待っていましたが、春北風は容赦なく吹き抜けていき、身震いする事しきりでした。
やっと全員が集合し、昔通った飲み屋さんで懇親を深めました。当時は「仕事はこうあるべきだ」「あの上司は駄目だ」とか気炎をあげましたが、退職した今は、何人かの人が物故し、何人かの人が闘病しているという話題になってしまいました。
身体にはお互いに気を付けようと誓い合いましたが、その舌の根も乾かない内に、昔のように注いで注がれて時間が過ぎ、娘の家まで辿り着いたのは午前様になる少し前でした。

