2008年06月29日

Turkey6 パムッカレ・ヒエラポリス

6月26日(月)快晴
前泊したクシャダスでエーゲ海とは別れ、バスは内陸へと向かいます。パムッカレまでバスで3.5時間の旅程となっておりました。途中の峠道からローマの水道橋(名前は忘れました)が見えました。
 
ここでカメラ休憩、またイズミール郊外で革製品のお店に寄り、小一時間の休憩をとりました。チャイを出したり庭に大きな車輪や素焼きの壷を配するなど、一時に何百万もの買い物をさせるだけの豪華さを備えたお店のたたずまいでした。
 馬車が通れそうなアプローチ
 
世界遺産パムッカレは、真っ白い石灰棚の丘陵が特徴となっている昔からの保養地帯です。
ここにはローマ帝国の時代からヒエラポリスという都市があって、繁栄を極めた時もあったとか。パムッカレの石灰棚の一番上の方にローマ式の円形劇場や浴場、門など都市遺跡が残っていました。

ネクロポリスという共同墓地のあともありました。また立派な博物館があり、時間があれば入りたかったです。ヒエラポリスはいつの時代にか大地震で廃墟と化した、とのことでした。

2008年06月29日

Turkey5 クシャダスにて

エーゲ海古人もここに立ち波の向こうに思い馳せしか
    06年6月25日 エーゲ海の入り日、クシャダスにて
海の向こうはヨーロッパ、でも、
ここがアジアという気がしません。
やっぱりユーラシアはつながっているのですね。

私が今眺めている夕日はそのむかしも、この海を照らし、
大いなる歴史の搏動のなかで血と汗と涙を流して生き、
そして死んだ人々を照らしていたことでしょう。

そんなあまたの人々の息の音がきこえてくるようなエーゲの汀。

2008年06月29日

Turkey4 トロイ・エフェスの遺跡

06年6月25日
チャナッカレを朝8時に出発、トロイの木馬で有名なトロイ遺跡を訪れました。
トロイは紀元前3000年頃からの複層遺跡で、往時はここが港となるほどエーゲ海が進んできていて(今は見えない)交易都市として興亡を繰り返してきたそうです。
写真は、遺跡中いたるところに生い茂っていたコルクガシ(左)と、放置されたものが多い感じのする、レリーフが彫刻されている大理石のひとつ(右)。
 

これは道です。道幅はどこも同じで、馬車の車軸に合わせて決められていたそうです。
 
遺跡のすべてを見せてもらっていないと思いますが、トルコの人々にとってみれば、これらは隠す必要も余裕もない滅びしものの跡ということでしょうか。有用なものは持ち去られてしまった現場・・・あとは自然に任され、草木がその上をおおいつくしてその現場を守っているといった感じがしました。

2008年06月28日

Turkey3 ダーダネルス海峡を渡って

このダーダネルス海峡は、紀元前4世紀のころアレクサンドロス大王アジア遠征の時の激戦地として歴史に残っていまずが、それだけではなく、20世紀初頭の第1次世界大戦のときも、ドイツ側に与したオスマントルコの軍が英仏連合軍を撃退した「ガリポリの戦い」が行われた地として有名だそうです。そしてトルコ国内だけでなく各国から戦死者の家族が今でもその地を訪ねてくるという説明がありました。どうりで来る途中寄ったガソリンスタンドの売店に、戦没した兵士を悼む絵はがきや世界平和への祈りの言葉を刻んだバッジがおかれていました。

2006年6月24日 フェリーでダーダネルス海峡を渡る
ダーダネルス海峡を渡ってついた町がチャナッカレという町でした。ここで海岸の滞在型リゾートのようなコテッジホテルに分宿、夕方着いて早朝出発のこの旅にはもったいないと思いました。

2008年06月27日

Turkey2 イスタンブール市内観光

第2日目の6月24日は土曜日、晴天でした。
トルコの旅はイスタンブール市内観光から始まりました。
混み合いそうなトプカピ宮殿から行きましょうと、ガイドのアッティラさんが案内してくれました。

宮殿の中は博物館になっていて、写真でみたことのあるような様々な調度が展示されていました。中庭に出たら足下のの丸い石を指さして、それが昔の武器だったといわれたのにはびっくり。紫陽花がたくさん咲いていて、見慣れた好ましい色と姿にほっとしたのをおぼえています。

アヤソフィアとブルーモスクは人混みと物売りの間を縫いながらの観光でした。記憶が定かではありませんがブルーモスクに入ろうとしたら丁度要人の訪問が予定されているとかで、ポリスが大勢道路に立ち並んでいました。再三予定を変更して先にアヤソフィアの方に入って、キリスト教会だったころのモザイク画があらわれているところを見、それからブルーモスクに入りました。
  

2008年06月27日

Turkey1 モスクワの夜は更けて

2006年6月23日早朝自宅出発。
今回の旅行は安さで飛びついた乗り継ぎ便利用のトルコ半周バス旅行のツァーです。
成田を昼の12時に出たのですが、飛行機はアエロフロートロシア航空、10時間後にモスクワで下ろされてしまいました。夜のモスクワ空港はそうでなくとも暗く寂しいうえ、待合室も十分でなく、人々は床に座り込んだり階段に腰掛けたりして待っていました。
ここでイスタンブール行きを待つこと6時間。
何でも見てやろうというつもりはあったのですが、さすがに疲れてしまい高いのを承知でレストランに入りました。
ボルシチと水pet2本で約600ルーブル、日本円に換算すると3000円強になるとのことでした。

ボルシチと水2本を飲食した空港内のレストラン 06.6.23

モスクワ発23時15分(これがトルコ時間だと22時15分)で、イスタンブール到着は3時間後。夜中の1時をまわっていました(翌24日01時15分到着)。
日本時間ですと、サマータイムだったので24日午前7時15分となりますか・・・。

空港からホテルまでさらに1時間ほどバスに乗り、ホテルに着いたときは正直心臓が動悸をうち徹夜明けの状態でした。

                     

2008年06月26日

短夜や夢追う人の銀の香よ

花メール2便が届きました。今夜撮影しました。とても良い香りがするのでと・・・。


Myrtus Communis
マートル別名ミルテ
フトモモ科ギンバイカ属
地中海から南西ヨーロッパに自生

写真提供は神奈川県在住の Y さんです。

2008年06月25日

百合の花一年の生証して


今年の初花は2つ、雨上がりの昨日咲きました。
激しい雨の二日間は咲くのをがまんしていたのね。

2008年06月24日

共に生く喜びここに銀梅花

 
銀梅花が咲いたよ、
今年はたくさん蕾もついて、と、
花友からメールが送られてきました。

去年の夏はじめて花をつけた鳥の贈り物とのこと。
挿し木で育てたというその木の子も、
吾が庭にそだっています。

2008年06月21日

サマータイム降らず照らずで夏至暮れて


まともな雨が降りません。
ゆうべはかなり強く降っていましたが、10センチ下の土はまだ乾いていました。
これは土も悪いかも知れませんね。
タマネギ、これはいただきものです。
ウチのは一回り小さくてちゃんと丸くなったのが少なかったです。

2008年06月20日

夕風に撫子揺れて桜桃忌


6月19日は桜桃忌、太宰治の誕生日であり命日であるといいます。
それを知ってか知らずか、
朝、プレゼントが届きました。
コバルトブルーのポロシャツ。
昼ころ大きな花束も届きました。

夕方、メールが届きました。
“ハッピイバースデイ!今度の土日に孫つれてく行くから”

みんなありがとう!
我が家のダザイオサム君、幸せ者です。

2008年06月19日

Piccadilly Circus

「ロンドンて、若者が多いいのねえ」
それは東京の方がもっとかもしれません。なにしろ信州の山の中からいきなり都会に放り出されたものの感想です。同行の彼女はこういう環境には強そうでしたので、とにかく着いていくことに。

行きたかったのは、紅茶屋と本屋とスーパー。首尾よく3つとも行けました。買い物袋もふくらんで、この混雑のなか、どうやって帰ったらいいの、という気持ちだったのですが、彼女はスイスイ人混みをくぐりぬけて案外難なく帰りの地下鉄に乗れました。
明るいうちにホテルに帰り着くことが出来てほっとしました。

2008年06月19日

National Gallery

ロンドン3日目の午後はナショナルギャラリーとピカデリーサーカスに行くことにしていました。
アーチウェイからはノーザンライン南行きんい乗り、チャリングクロスという駅で降りてナショナルギャラリーに行けばよかったのですが、手持ちの地図をみると、一つ前のレスタースクエアでもよさそうだからと1つ手前で地下鉄を降りてしまいました。これが甘い考えだったことは直ぐに判明しました。
レスタースクエア駅で降りて地上に出て、あっと驚いたのは人の多さ。ナショナルギャラリーのあの大きなドームも見えません。人の波間を漂うようにして歩いていくと、程なくピカデリーサーカスがみえてきたので、方角違いと気づき、さらに10分ほど歩いてようやくナショナルギャラリーに横から到着。いきなり大都会の真ん中、それもウィークエンドのにぎわいの中を歩いて、私ははそれだけでつかれてしまいました。

しかもナショナルギャラリーの見学と一言でいっても全部見ている時間はありません。買い物もしたいしということで、ロビーで案内図をもらって、どことどこに行くかを決めてから行動。
ダヴィンチの岩窟の聖母とゴッホあたりから以降の作品を見ましょうということにして、いきなりroom2へむかいました。
ホールから部屋を4つ通り抜けなければ行けないようになっていたのですが、お目当ての絵を目指してずんずん進んでいくということは、もしも私が一人だったらできないことだったなあと思います。
ところが、首尾よく見つけて、撮影不可とも知らずに記念写真撮ろうとしたところで、
「イクスキューズミー」といわれてしまいました。ノーカメラと、どこかに書いてあったのを見落としていたのかしら・・・大勢の前で注意されて恥ずかしかったです。
とにかくとても混雑していたので、絵の前を通り過ぎるようにして部屋部屋を歩いて回り、さっさと出ることにしました。

2008年06月17日

"only five minits! "

来たときの道を通らずに駅まであるいてみましょうと、上ってきたハイゲートヒル通りを念頭において、墓地の前の道を下っていきました。

高級住宅街でした。感じの良い古い教会など、カメラに収めながら歩いているうちにかなりはずれてきた感じがしたので、この辺で道を訊いてみましょうということに。
信号のない交差点に立たずんでいると、ポロシャツに半ズボン姿の50歳くらいの紳士が歩いてきましたので、「イクスキューズミー」と(彼女が)話しかけました。
”Well,・・・・・” といって、おもむろに話し始めた彼の言葉遣いの上品さ!今まで耳にした生の英語で一番きれいだったかと思います。これがクイーンズイングリッシュなのだな、と話される内容を理解しようともせずききほれていました。
何度も強調してくれた「あと5分ですよ」の言葉は、道に迷った私たちを励ましての言葉だったようです。

言われたとおり歩いていくと、10分ぐらいでハイゲートヒル通りに到達、もう安心ですが、そろそろ昼食の時間です。目についたファミレス的なバールへ、入ってみることにしました。

2008年06月16日

KARL MARX の墓

広い道ができていました。両側に古い墓や十字架が守護天使やマリア様の石像などとともにならんでいました。
 
昔は土葬でしたから、日本もそうでしたが、○○家ではなく、個人のために一つ一つ石を刻んだようです。"love&peace" とか、"もっとも勇敢な~"とか・・・、墓を建てた人は心をこめて美辞麗句を刻んだのでしょう。
たくさんの魂がここに憩っているのを感じながら道を進んでいきますと、大きな石碑の上に人の顔が載っているお墓がありました。   
それがマルクスの墓でした。花束がたくさん捧げられ、手紙もついているようでした。
近くでそれを写生する女性や墓の前に立ち何分もしゃべり続ける訪問者、一人旅のバックパッカー。私たちはといいますと、やはりその辺の石に腰をおろして石碑に刻まれた文字を追っていました。

JENNY VON WESTPHALEN THE BELOVED WIFE OF KARL MARX
1814~1881
and KARL MARX
1818~1883
HARRY LONGUET their grandson
1878~1883
HELENA DEMUTH
1823~1890
ELENOR MARX DAUGHTER of KARL MARX
1856~1898

このヘレナという女性は何者?という話になりました。(あとで調べると、この女性は妻イエンニーの召使いとして生涯をマルクス家に捧げたとありましたが、)どうやらマルクスの愛人らしいのです。そういう女性を妻と一緒の墓に入れるなんて、この墓は普通の墓じゃないわね・・・
私たちは、解せぬ思いを胸に残したまま、この墓を後にしました。

2008年06月16日

ハイゲート墓地へ

さて次の目的地ハイゲート墓地は、ゴールダースグリーンからすぐ近く、丘の向こうという感覚で考えていたのですが、道を知らない私たちはガイドブックに有るとおりに行った方が安心であろうということで、もう一度ゴールダーズグリーン駅まで行って(戻るときの道は短く感じ15分くらいでした)、アーチウェイというところまで地下鉄で移動しました(一日券があるので何度でも乗り降り可能です)。
どこもそうでしたが、地下鉄の構内通路は相当狭く、まさにトンネルそのもの、古い感じがしました。、地下なのですからそれは当たり前の事実としてその中でロンドンの人々は暮らしているのですね。電車も東京の地下鉄のような直方体ではなく、まさにチューブのような流線型で、室内もそれなりに狭い感じがしました。ただし、シートや床には美しい装飾が施され、折りたたむとか機能的にできているようでした。
アーチウェイ駅で降りると、そこは丘(ハイゲート)の麓みたいなところでした。駅の観光地図をみると、ハイゲート墓地は2カ所にわたっていましたが、とにかハイゲートヒルを上っていくことに。この時も彼女の持ってきた古い地図が生き生きと先導してくれました。

風が強く吹いていて砂埃やら花くずやら分からないものが目にとび込みます。私も彼女も目をおさえたり、鼻をおおったりしながらあるいて20分くらいでしょうか、古い教会のあるところまで来ました。

名前は記録しなかったので分からないのですが、その教会の向こうが公園で、そのむこうが墓地ということが分かっていました。

2008年06月16日

ゴルダーズグリーン=Goldersgreenへ

5月24日(土曜日)ロンドン3日目
3日目最終日、今日も晴れ。折りたたみ傘を手放したかったけれど、三日とも晴れるようなそんなラッキーとは思えなく、バックに入れて持ち歩くことに。
今日買ったオフピークの1日券は、昨日より遠くまで行くにもかかわらず、安いのです。そのせいか、電車も途中からがら空きとなり、車内をカメラに納めることができました。
 
地下鉄でエンバンクメントでノーザンラインに乗り換えて30分ほどのところにゴールダーズグリーンという駅がありました。そこで降り、これから古い地図をたよりに、その昔35年前に住んでいた家を訪ねていくのです、といっても、彼女が昔の住所を調べてあって、私はワトソン博士のようにホームズの後についていっただけですけれども。
彼女は角ごとに道の名前をしらべています。風が強く、昨日も舞っていたポプラの花がここでもほこりかなにかのように道ばたに吹き寄せられていました。
  

2008年06月14日

緑陰映して妖し飛燕草

庭の梅の実が熟してきましたが、その緑蔭のま下まで伸びてきてしまったデルフィニウムが妖しげな色合いに咲いていました。日照不足かしら・・・?

2008年06月13日

Is it hot? Not very hot.

(タイ料理店にて、つづき)
彼女は私の胃を思いやって、いろいろな料理を一人分ずつ注文してくれました。それを二人でたべましょうと。ウェイトレス嬢は料理についての会話を始めると、しゃべり方が急に速くなりました。それに対して「パードン?」を連発しながらも、ていねいに聞き直している彼女の落ち着き払った仕草,私は目を丸くして双方を見ておりました・・・。

ビールは2本、料理は1人前、皿は2枚づつ・・・で、トムヤンクン(辛くて美味)、香味野菜のカレー(これも赤いのを避けて食べるとまろやかで風味豊か)、ジャスミンライス(タイ米、シャリシャリしておいしかった)などでしたが、近隣席がふさがってくるとカメラ撮影がしにくい雰囲気になり、おしゃべりと食べることだけに専心となりました。
デザートのアイスクリームをいただいているうちに2階のフロアも満席となって、若者達の「花金」がはじまっているようでした。

いずく世も人人つなぐ言の葉よ花の緑につなぐ如くに

  

 
帰り道、近道であることがわかりこの住宅街を突き抜けてウェストブロンプトンロードへでました。
7時半頃ぶじホテルに帰着、長い1日でした。

2008年06月12日

Kensington Gardens

(23May08の続き)
さて、ミュージアムを後に、散策を続けてクロムウェル・ロードを右に折れてケンジントン・ロードの方へ歩いていくと、ほどなくケンジントンカーデンのゲートがあらわれました。
「ここ、ここ!この前来たときにここまで歩いたのよ!」思わず言葉がとびだしました。
見覚えのあるアルバート公記念碑、そして道路をはさんで丸いドーム型のロイヤルアルバートホール。
時は金曜日の夕方です。市民の憩いの場面がそこここに展開されていました。おしゃべりする若者たち、ボール遊びに夢中の子供たち、犬の散歩、ベンチに座り込んでいる大人・・・少し歩き疲れたわたしたちも芝生に足を投げ出してやすみました。

 

 

公園のポプラ葉陰に鈴揺れて

        
日が傾き、風が冷たくなってきたうえに何か細かい砂のようなものがパラパラと顔にあたりました。何だろうと見回すと近くに大きな鈴掛の木がたくさんありました。新しい丸い球がいっぱいぶらさがっていて、咲き終わった小さい花が風に吹き飛ばされて、ほこりのように辺りに飛散していました。
私はこの情景が撮れたらいいのになどと言ってましたが、二人はあと、どこかで食事して、地下鉄に乗ってアールズコートのホテルまで帰らなければなりませんでした。(自由って、けっこうめんどうなこともあるなあ・・・いや、冒険冒険!)とちょっと我が身を励ます気分にもなりました。


鈴掛の花風に飛ぶ夕まぐれ

午後5時をまわりましたが、V&Aミュージアムでとった遅い昼食が効いて空腹を感じませんでした。
地下鉄1日券を買ってあるので、ピカデリーサーカスまで移動してサービス付で紹介されているレストランまで行くのももいいわね、ということで、サウスケンジントン駅をめざして歩きはじめました。
けれども昨日も今日も朝はホテルでクロワッサンと紅茶、昼食は忙しい移動中、そのうえ昨日の夕食はL夫人の手料理を慌ただしくいただきっぱなしで電車に乗り、私のデリケートな胃がヒスを起こしかけていました。
すると来るとき全然気づかなかった町角に、Thai~とありました。タイ料理の店でした。気持ちが急転して、この小さな店に入ってみることにしました。1階は満席でしたので、細い急な階段を上って2階席へ。空いている窓側に席をとって、きれいな入り日をながめながら、ゆっくり夕食ができそうな雰囲気になりました。(つづく)

タイ料理の店から地下鉄サウスケンジントン駅方面

2008年06月12日

Victoria & Albert Museum

23May08
Saying good by to Chelsea, we took on a red London bus for the Royal Albert Hall and got off at South Kensington.

 
Walking about 10 minits and sight seeing by the street took us to the beautiful classic structure of Victora & Albert Museum.
In the V&A Museum we walked through various exhibition looking for the Morris room, the ground floor, the first floor, the next ・・・・almost to the top・・・・and finally we found the room through a narrow way of the ground floor.
There in the Morris room, we had a late lunch of good taste.
英国の友にも読んでいただけるよう英作文がんばりましたがここで電池切れ!

2008年06月11日

Chelsea Flower Show (3)

アルプスとロックガーデンの花
 
 
 
上左からオキザリス、カトレア。中左からすずらん、エーデルワイス。下左から、テナンショウ、朝霧草。
自分の知っているのだけピックアップしてみました。種名一覧表と、値段表がありましたので、栽培している物と思われます。

2008年06月10日

Chelsea Flower Show (2)

チェルシーフラワーショーは、王立園芸協会(RHS)が主催する花の祭典で、世界で最も古く、最も権威のあるフラワーショーといわれます。
ロンドン市内のテームズ川のほとりにあるチェルシー王立病院の庭に、巨大なパビリオンを建設して、毎年5月下旬に開催されており、今年は5月21日から24日まで開催されました。
 
この大展覧会の23日限りの1日券がついたパックの旅行でした。でも、買い物もしたいし、ミュージアムも行きたいしで、1日いるつもりはありませんでした。
 
南半球、オーストラリアとか南米とかの植物がめにつきました。それと、すごく基本的なこと、花のアレンジには色の調和が重要なファクターだということを再確認、あとは創意ですね。なんとしようとも、いまさらこれらのまねをしようとかはできはしません。たくさんの多様なものを見てしまうと、結論はどうでもいい!となりますよね。
 
 
以上は屋内展示のごく一部です。ここまでくるのに既に1時間30分。つかれました。

2008年06月07日

Chelsea Flower Show(1)

The RHS Chelsea Flower Show is one of the most famous flower festival in England. It is held only a week of May end every year in the garden of Chelsea Royal Hospital. People say, it sets the latest gardening trends, features the newest and most desirable gardening products and creates an explosion of colours and scents.
 at the gate

in the pavilion

5月23日金曜日、ロンドンの第2日目はこの花の大展示会に行きました。半日、4時間くらい見て回っておりましたが、ガーデニングもカメラもかけだしの自分には手に余るビッグなショウでした。園内の広場で行われているアトラクションの楽団演奏を楽しんだり、まあ、自分なりに世界の花、世界の造園の潮流を目の当たりに見ることができて満足はしていたのでした。
ところが今日、6月7日の朝日新聞のbe面に金賞を受賞した日本人の記事が載っているではないですか。
「緑の扉」石原和幸さん50歳・・・確かに全部は見ないで会場を出てしまいましたが、気がつかなかったです。そういう展示があったこと。1000円もするカタログを買って持っていたのに、残念!!
日本人のデザインした「かぐや姫の里」という竹林の庵のような展示が銀賞をとっていたのは見て、写真までとってきたのですが・・・
 Princess Moon

2008年06月03日

ナナの池

朝です。夕べから降っていた雨がやみました。だんだん明るくなってきた空の下を黒い雲が生き物のように形を変えながら走りすぎていきました。

ぴかーっと朝日がさすと、ナナはおきあがりました。きょうはナナがジイジの家でごはんを食べる日です。「おはよー!」といってママのキッチンにとびこむと、ジイジのバスケットをもらって庭へとびだしました。

ジイジは庭を通り抜けたところに一人で住んでいました。ナナが急いで通っていくと、庭の奥で何かがきらりとひかりました。
「なんだろう?」
ナナが見たそれは、大きな池でした。
「うわーっ、大きい池!」
ナナはジイジのバスケットをもったまま池のそばまでいってみました。かなり深そうな水の底に水草がゆれているように見えます。

「ナナーッ、なにしてるの?」ママの声がとんできました。ナナは急いでジイジの家へ歩いていくと、ジイジにいいました。
「ジイジ、あっちのほうにね、大きい池があったよ」
「いけ?池ねえ、どうしたことだろう・・・」
いいながらジイジはバスケットから丸い焼きたてパンをとりだして、テーブルにならべました。ジイジが今摘んでいた野苺も出しました。
「このあたりに池があったらいいと思っていたがねえ、さ、いただこうかな」
ナナはジイジとおいしい丸パンをたべながら、(あそこに魚はいるのかな)と考えていました。

お昼過ぎ、ジイジとお散歩に行ったとき、ナナはジイジを庭にみつけた池の所へつれていっていいました。

「ほらね、こんなに大きい池があるの、ジイジ、知らなかったあ?。」
「ほほうー、これがねえ。」
ジイジは感心したようにいいました。
「この池はナナが見つけたから、ナナのいーけ!」
ナナはそういって池の周りをぐるっとまわりました。水に映った空もぐるっとまわりました。
「この池はゆうべの雨がたまっできたのだよ。きれいな水だねえ」
ジイジもしばらくそこにしゃがんで池をみていました。
夕日が雲を赤く染め、赤く染まった雲がナナの池も赤く染めました。ナナは
「ばいばーい、ナナの池、また明日ね!」
といって元気にジイジとかえっていきました。

次の日、ナナはママとお友達の所へ行きました。お昼過ぎ、家に帰ると、出かける時にちらっとみたナナの池が、なんだか元気がなかったようなのを思いだしました。ママといっしょにお庭の奥へいってみました。ナナの池は少し小さくなったようですが、元気にに明るく光っていました。ナナは、お水が流れ出ないように池の縁に小石をならべてあげました。そして安心していいました。
「ばいばーい、ナナの池、また明日ね!」

三日目、ナナはまたジイジのところへ行きました。ジイジといっしょにご飯を食べ、午後またナナの池を見にいきました。池はさらに小さくなっていました。
ナナの並べた小石がまるでなにかにはじかれたように水から離れていました。ナナはジイジのお家までいって小さなバケツに水をくみました。そして、ナナの池の所までヨイショ、ヨイショと運んできました。
ナナがザアーッとバケツの水をいれると、きれいだった池の水がすっかりにごってしまいました。
「ナナの池、おこってる・・・」
ナナはジイジの背中に顔をつけたまま、おんぶしてお散歩から帰りました。

その次の日は朝からよい天気でした。
けれどもナナはジイジの所へ行っても元気がありませんでした。
ジイジがお散歩にいこうと誘っても首を振るだけで、床の上に腹ばってお絵かきしているのでした。
午後いつもより早くおつとめから帰ってきたママがナナを迎えにきました。
一緒に庭をあるいて帰りながらママがいいました。
「ナナの池、今日はどうだったの?」
「しらない・・・」
「ちょっと、見てこうか?」
二人でいくと、池はどこにもありませんでした。ただナナの並べた小石がそのまま残っていました。
「・・・・・・・・」
じっとみていると、小石が並んでいる辺りにぴかっと光るものがありました。最後の一滴の水が夕日に反射して光っているのでした。
「あれ・・・・」
「・・・あれが、ナナの池よ」
「・・・大きな池だったのに、どうしてあんなに小さくなっちゃったの?」
「あの池の水はね、もともとお空からおちてきた雨でしょ。だからまたお空に帰ったのね・・・」
「ふうん・・・なかまの水をみんなお空に返してやったから、だからあんなにぴかぴか光っているんだね。おーい、ぼくも行くからねって。」
「そしてナナの池は水が無くなってもやっぱりここにあるのよ。ナナが覚えているうちはずうっとここがナナの池。ほーら、ナナが並べてあげた石もここにあるし」
「うん、ぼくあの池のことぜったい忘れないよ。大きくて、立派な池だった。空が全部映っていたほどだもの。」
ママはナナをだきあげ、ほおずりをしていいました。
「ナナちゃん、ママやパパのことも、ずっと忘れないでねえ。」
それから、明るい声でいいました。
「さ、お家へかえろ。パパもそろそろ帰ってくるわ。」

END

2008年06月03日

吾が庭にラヴェンダー咲く梅雨かな


2008.6.3

ラヴェンダーが咲き始めました。1,2花開いたところをつみ取って香りのプレゼントにと、思うのですが、なぜかこのとき雨が降ります。毎年必ず降ります。
梅雨入りに合わせて咲き始めるようなのはこちら信州だけなのでしょうかね・・・

2008年06月02日

片恋や薄紫に露草の


2008.6.2

不思議なことに紫露草は手持ちの野草図鑑に載っていないのです。
国語辞典によると原産地北米とあり、外来種であることは分かりましたが、
外国でどのようにして栽培されていたのか、あるいは雑草なのか、・・・
日本へはやがて雑草として帰化するのでしょうか。

ラヴェンダーの隣でラヴェンダー色に染まっていたので、恋の歌にトライしました。

忍ぶ恋薄紫に咲き染まる

2008年06月01日

in The Valley Gardens

We four took some walk in this garden, seeing many lovely flowers through along the paths, hearing some birds singing in the high of trees.

Our English conversation wasn't enough but Two of host's heartily listennig minds made our communication active.


photo;R.M.22may/08

アスコットは競馬発祥地として知られています。競馬場のほか大学などもあり、閑静な住宅地ともなっているようです。車で20分くらいのところに広い自然公園がありました。大きな池(not a large pond but a lake)があり、丘もあり谷もありで、ウォーキングやハイキング、つりなどなど、人々の憩いの場所となっているところでした。王室関係のポロクラブの柵に隣接していましたから、その昔ここは王様の狩り場だったかもしれません。