2008年08月31日
2008年08月29日
2008年08月27日
秋雲よ広くなれかし吾が心

今日は少々疲れる話合いがあり、
終わって外に出たら日が傾きはじめていました。
友と二人しばらく空の雲を見上げていました。
「広いなあ」
「雲がきれい」
飛行機雲が風に流されていくようすが面白く、
一日の疲れが癒されて行くのを感じていました。
2008年08月26日
千曲野に霧立ち昇り秋仄か

まだまだ暑い日が続きますが朝夕の風が涼しく感じられるこのごろです。
先日の朝の散歩の時、千曲川の様子を見に行きました。
残月の空は鱗雲で秋の装い、そして一角にそば畑を発見!
もうじき花が咲くところでした。
朝日が射した瞬間山の裾からわき上がるように雲が昇って行く様は何度見てもおもしろいです。
2008年08月25日
一面の緑に秋が忍び足

3年前旧宅から株分けして持ってきた30センチほどのナツメの木が、
石ころと草むらの中でもどうやら1メートルほどに育ちました。
夏のうち気づかぬうちに花をつけ、小さな実ができておりました。
今朝見たら、サクランボほどに大きくなったナツメの青い実が
ほんのり色づいておりました。
2008年08月23日
葎なる吾が宿飾るルコウ草

ルコウソウは、柔らかい羽毛状の葉に紅の筒状の花が着くのですが、
このマルバルコウソウはヒルガオのような葉に朱の花が着きます。
3年ほど前に、その中間の種を頂いてからは夏の間ずっと、
庭のあちこちでいろいろなルコウソウの花が咲き、
気がつけば高い木の上まで蔓がのぼったりしています。
2008年08月22日
蜂去りし跡に香りの立ちにけり

今朝、庭のはまなすの花にクマバチが来ていました。
カメラを持って近づくと、さっと飛び去ってしまいました。
その勢いで花びらが落ち、野バラのような良い香りがしました。
2008年08月21日
幸せの白鷺家族舞い降りぬ

8月のある雨の日、花友からメールが来ました。
「鷺草が咲いたよ、写真パソコンに送ったので見て」と。
開いてみてびっくり、あまりの美しさに声がでません。
七月にお孫さんも生まれて、喜びがはじけるような鷺草の家族。
天空に遊び語らう鷺草か 花友
2008年08月20日
(21)ウィーンでおまけ
イエンバッハから乗り込んだユーロシティはほぼ満員。あらかじめ旅行社で座席指定をとってあったので座れたのでしたが、我々が乗り込むまでは別の客が座っていました。2等座席は本来自由で随時指定になるというやり方もあるらしいです。
各ボックスに1枚づつ、この列車のダイヤグラムが印刷されたパンフレットがおかれていました。
列車は山中で国境を越え、しばらくドイツの国内を走りました。おおざっぱな印象ですが、ドイツの家は山の中だったせいもあってか、質素な感じがしました。それに比べまた国境を越えてオーストリアに入り、ザルツブルグあたりに行くと湖もあり建物も風物も豊かさが感じられました。
リンツを過ぎた辺りだったかとおもいますが、列車がしばらくのあいだドナウ川に沿って走っていました。いよいよチロルの山の中からウィーンという大都市に乗り込む緊張感をおぼえましたね。いつの間にか周りの人々はあか抜けた服装が多くなり、それぞれに降車の準備をはじめていました。
ウィーン西駅に到着したのはほぼ時刻表どおり午後4時35分だったかと思います。
この9月4日と5日をウィーン市内のホテルに2泊し、5日は午前中市内観光のバスに乗りました。
シェーンブルン宮殿、市立公園のモーツァルト像など見て歩きました。絵描きさんやバイオリン弾き、「第3の男」の舞台となったマンホール出口、などなど、ウィーンは古いものと新しいものが混沌と混じり合って存在する千年の都という感じでした。

上、9.5朝オペラ座前でバスを待つ。下シェーンブルン宮殿の庭

2008年08月19日
(20)ツィラータール鉄道の旅
2005年9月4日(日)晴れ
今日はウィーンへ向かって鉄道で移動する日。イエンバッハまでツィラータール鉄道で約一時間、そこからウィーンまではユーロシティで四時間半です。

マイアーホーフェンの駅で見て驚いたのは、プラットホームの高さがないこと。列車に乗るには1m近い段差を自力で上らなければならないのです。みんな大きなスーツケースを持っているのに・・・
しかしそこは山行チームの強み、実際には四人の男性たちが手際よく全部のスーツケースを列車に積み込んでくれ、列車のなかにはちゃんと荷物置き場のスペースがあって、3,4こづつに分けて積み上げて置かれました。
2008年08月18日
(19)マイアーホーフェンで
2005年9月3日
マイアーホーフェンのホテルは豪華なリゾートホテルでした。6室に分宿したのですが、レストランにつながるホールでは毎夜生演奏があり、みんな夜遅くまで飲んだり踊ったりして楽しんでいました。
ほとんど外国からの客ですが、日本人客は見あたりませんでした。

マイアーホーフェンの教会のある広場にて。教会はどこの村にもあって、高い塔がその村の中心を示しています。
2008年08月17日
連れ添いて鷺花の舞う晩夏かな

昨日まではひとつだけ咲いていたサギソウ、昨夜の雨の中で二つめの花が開きました。
今日は、厚い雲の下を冷たい風が吹きわたる草葉の蔭で、
揺れるのも濡れるのもふたりでいっしょ、仲良しの見本のようです。
秋風に鷺花二つ揺れており
2008年08月17日
2008年08月16日
子等帰り御霊の祭り終わりけり

毎年お盆にはたくさん人が集まります。
今年も12人集まりました。
”高速バスで帰るよ、夜12時半に着くから。”
と言われれば、子の親は真夜中でもいそいそと車で迎えに行きます。
かと思えば、
”18切符使って、1日がかりで鈍行を乗り継いで帰ってきたよ。”
といってかろうじて夕食に間に合った子も。
忙しい時間をくり回して甥たちも久しぶりの来訪、
そのひとりは秋に入籍する予定とカップルで登場!
その集まりの中を興奮した孫達が走り回り、・・・
子等帰り御霊の祭り終わりけり
2008年08月11日
(18)トゥクサー氷河を見に
ヒンタートゥックスのレストランで昼食、午後はまた氷河を見るためゴンドラに乗りリフトに乗って3000メートルのスキー場へ行きました。

ここではもう雪が解けて下から薄青緑色をした氷がのぞいておりました。斜面の一見岩かとも思えたその下から幾筋もの水が流れておりました。
空模様が心配ということで、展望台から一回りして写真をとっただけで下山。山男達はあの岩の上を歩いて行きたかったことでしょう。
2008年08月11日
(17)ハル~石畳の細い坂道
2005年9月2日(金)晴れ 一行はノシュティフトの農家民宿をあとにし次の旅程へ。朝9時、ガイドのSさんがバスで迎えにきました。シュトゥーバイタールを下ってアウトバーンにでると、左右に広々とした野原が広がりました。この道は逆に進むとアルプスを越えてイタリアへ行く道との説明、またガラス工芸の名所スワロフスキーが近くにあるとも。
ハルはザルツブルグと同じく岩塩の町で、昔はチロルの中心だったが今はインスブルックに繁栄をゆずったため古いものがそのまま残っていいるのだそうです。

細い石畳の道の両側にアラビアンナイトのようなドアが続いていました。歩くと、TVアニメ「雪の女王」の一場面をふっと思い出したりしました。
2008年08月09日
(16)在りし日の出会い
別れても会えた幸せ思う秋

35年前の東京の繁華街、渋谷でしたか新宿でしたか、路上で絵を描いて売っている青年に出会いました。ヨーロッパ系で自分と同じぐらいの年齢でした。きれいな山々の絵が何枚か描かれていました。
「それはあなたの故郷の絵ですか?」
「ウィ」
「どこからきたのですか?」
「オースト??から、きました」
(えっ、オーストリア?スイスじゃなくて?オーストラリアと彼は言ったのかしら・・・)
オーストリアがそんな山の中ということを知らなかった私でした。
英語だったか、仏語だったか忘れましたが、そんなあいまいなやりとりの中で、
信州の牧場を思わせる風景が描かれている一枚を手わたされました。
ALPとか題をつけて値段をかいた紙がクリップで留めてありました。
お金を払うと、くるくると巻いて紙袋に入れてくれました。
帰宅してからもう一度ながめて、単なるあこがれを買ってみただけの自分に気づき、そのまま35年間しまい忘れていました。
こんどの旅ではじめて、それがチロルだということを識りました。
2008年08月09日
夏の夢謳い尽くすや月見草

雑草の生い茂る空き地の片隅に咲いている月見草。
見るたびに大きくなって、花数も増えて、
その明るく涼しげな姿は生命があふれている。
この夏も終わること、夢にも知らないだろうな。
2008年08月08日
(15)流れに沿って
標高2900メートルのパノラマレストラン

チロル名物のダンゴスープで昼食をとった後、再びロープウェイ、バスを乗り継いでノイシュティフトに戻ってきました。
そこで、きれいな教会と墓地を見学させていただきました。

2008年08月07日
(14)氷河スキー場へ
インスブルックのガイドであるSさんは、「私は山歩きのガイドは出来ませんから、行っても見るだけですよ」と念を推しながら、バスとロープウェイに乗って行く、トップオブチロル(の目前)への小旅行を案内してくれました。
ロープウェイの駅1750メートル ぐんぐん上って


パノラマレストラン2900メートルより氷河スキー場キッツコーゲル方面
2008年08月07日
(13)ノイシュティフトにて
2005年9月1日(木)晴れ
蒼窓に犬の声して開けやれば早アルプスは曙光浴びおり
ノイシュティフトの朝
明け方、犬が吠える声がして目が覚めました。賢そうな黒いセパードがいたけど、彼が何かを見つけたのかしら。。。
後で聞いたのですが同行の仲間が牧場に出ようとしたら吠えられたそうです。彼は牧場の見張り役だったのです。
2008年08月04日
2008年08月03日
(12)シュトゥーバイタールへ
2005年8月31日(つづき)
インスブルックはこの日だけでしたので、シナプスなど買い物をしたり、お茶もいただいたのですが、いつどこでしたのか、3年経った今では分からなくなっています。
とにかく4時ころには全部終わって、次の目的地、ノイシュティフトに向け、バスは出発しました。
そうそう、通過したフルプメスがお祭りでにぎわっていて、ロードレースをしていたっけ。

上左の写真はノイシュティフトの新開別荘地。広い谷間なので、自由行動からの帰還時この赤い屋根が目印になりました。右はその反対側の斜面で、中腹に今夜と明日の宿オメスベルガーさんの家があります。
2008年08月02日
篝火に命燃えてる夏祭り


今宵は恒例の夏祭り、昔ながらののんびりしたテンポの踊り歌がきこえます。
踊るさまをカメラに捉えてみようと、私も出かけて行きました。
すると目に付いたのが若者の活躍。
乙女太鼓、威勢のよいかけ声、そして、地元の高校生のストリートダンス。
ああ、若いっていいなあ、・・・つくづくと、そう思いました。
2008年08月02日
(11)古都インスブルック
2005年8月31日(水)

インスブルックは、マリア・テレジアの時代に夏の宮殿が営まれるようになって以来の古都、時間をかけて見るものはいろいろあったと思いますが、まずはガイドのSさんの案内でインスブルックの日本料理店で昼食をとりました。それから、ぞろぞろ歩いて橋をわたり、「黄金の小屋根」のある広場へ。

2008年08月02日
野放図を描いてビロードモウズイカ

欧州原産の帰化植物。
土手、河原、荒れ地などに生える。
高さ1~2メートル、黄色い花。
2008年08月01日
夏草や靄るは野火か朝霧か

早朝の堤防道路は車が突っ走ります。
田畑の中の道を歩くと、働いている人に申し訳ない気持ちになります。
朝の散歩は住宅街のほうが良いのです。
とはいえ、今朝は昔の千曲川渡船場あとへ来てみました。
今は白い吊り橋が架かり、一緒に水道管も川を渡っています。
近年の急激な増水対策でしょうか、監視カメラも設置してあるようです。







