2008年09月29日

(4)最期の晩餐

ミラノ第2の目的地はサンタマリアデレグラツィエ教会でした。
 

写真の左側がドメニコ会修道院で、この建物の中に、レオナルドヴィンチの描いた「最後の晩餐」が保存されています。当時それは修道院の食堂の壁画としてえがかれたものだったとのことでした。このところ「ダヴィンチ・コード」の影響で入館者が殺到するようです。入場は予約制のみ、入場料は1人6.5ユーロでした。1グループは25人に制限されており、我々のツアーは32人だったので、25人と7人に分けられ、間に近くのレストランでの昼食を挟んで別々の時間帯に入場鑑賞しました。入場時間も1グループ15分程度に制限され、1グループが鑑賞し終わるまでは、次のグループは入室できないようになっていました。動物園にいったみたいですね。

2008年09月28日

(3)ドゥオモ


ミラノには古さと新しさが入り混じっている
旧市街には崩れたままの壁が残っていて、第2次大戦の被害のすごさを思わせる・・・
とメモにはあるのですが、10ヶ月も経った今何の事やらわかりません。
旅の楽しみは行く前の準備に始まり、帰ってからの記録で完結するというのに、帰国後さっそくイタリア紀行をブログに掲載している夫に引き替え、妻の私は写真俳句ブログにチャレンジして日を過ごして参りました。今のわたくしにとってはドゥオモだけに連れて行ってもらったというのが現実でしょう。
 
ずうっと、修復工事が続けられているようでした。全体に白い大理石の建物ですが、新しくなった部分は白く輝く美しさでした。

2008年09月27日

(2)ミラノの朝霧

2007年10月18日(木)
ものすごく大きなホテル、というよりマンション型コテッジ?
こんな大きな部屋をとってもらっても、たった12時間の滞在で、もったいなーい、もったいない。朝6時、起きてはみたものの、ヴァルコニーに出ただけで寒さにふるえあがりました。これは信州なら雪の降り出す気候です。絵のような眺めだけをカメラに収めて、だんだん明るくなる外の景色を眺めておりました。

2008年09月26日

イタリア秋の旅(1) 出発   

去年(2007年)秋、10月17日から29日の13日間のイタリア観光ツアーに参加しました。実動10日間にイタリア半島の北から南へ3000キロを走る強行軍、また、冬でもめったに冠雪しないヴェスヴィオ火山に雪が被るほどの寒波にみまわれたりもしましたが、楽しい旅でした
1)出発
例によって空港までは乗り合いタクシーの便を使いました。3時15分という、早朝というよりは深夜のお迎え。それでもトランクを持って出発できる気楽さがいちばんです。
8時半には成田空港に到着。これが改装中とかで異常に混雑していて、やっとこ機内に乗り込みほっとしたのは11時という長丁場でした。この時機内で読もうと思って買った本が空港内のため非課税だったというメモが残っていますが、普段の買い物でいかにたくさんの税金を払っているかを再認識いたしました。
乗った飛行機はフィンランド航空のエアバスで、胴体に赤い服のサンタクロースが描かれていました。

機内も清潔な感じがよく、10時間あまりの飛行中、4時間の映画鑑賞(Sound of music)、3時間ほどの読書、あとは切れ切れの睡眠と食事2回で、特別飽きた疲れたという感じもなく過ごせたのは旅に慣れたということもあったかもしれません。腕時計が夜の9時をまわったころ、飛行機は30分遅れて午後4時のヘルシンキ空港に着陸しました。
あわただしく乗り継ぎながらも、空港の窓からはるかに見えたフィンランドらしい針葉樹林の眺めをカメラにおさめました。

乗り継ぎ機は南へ南へと、夕日に向かって進んでいるようで、前方の空が美しく夕焼けしていました。さらに1時間もすると、スイス上空に入ったのでしょうか、眼下に雄大なアルプス山脈が広がり、グーグルアースのようでした。名前は分からないけれど大小の湖、空にそそり立つ峻険、氷河もありました。ずっと眺めているうちに谷間に道や集落が判然としてきて、飛行機がイタリアにはいったことがわかりました。7時ごろミラノ空港着。
ミラノ空港は丁度1年前スペイン旅行の帰り、乗り継ぎが出来なくなって1泊したことがありますが、深緑色に統一されたショーウインドウのデザインが印象的だった記憶どおりの空港でした。
そこからバスで郊外のホテルまで運ばれ、部屋に落ち着いたのは夜9時ごろでした。

2008年09月24日

いかんせんいかんせんかなこのいのち


スズメガ幼虫08年9月24日朝

久しぶりのお日様で、干し物をしようとベランダへ出たらこの虫がいました。夕べの冷たい雨を逃れてきたのでしょうか。ヘブンリーブルーの大きくなった蔓がベランダの上まできているので、きっとそこからはい上ってきたのです。
ぎょっとしながらもつかまえて、さあもうお前には死しかない・・・と言ってはみても、どうやって死を与えるかが問題。鳥が見つけてくわえていってくれると良い・・などとムシのいいことを考えて、石の上に投げ出して、しばらくしてから見にいったところ、姿が消えていました。
逃げ出したかもし知れないし、鳥に食われたかも知れないけれど、とにかく、いなくなってほっとしました。

2008年09月21日

秋のおみな

降ったり止んだりの一日でした。雨のなかで咲き遅れた白いあじさいが揺れていました。
学生時代に歌った合唱曲を、ふと思い出しました。

 泣き濡れて 秋のおみなよ 
 わがまぼろしの 中を去る
 泣き濡れた 秋のおみなを
 時雨だと 私は思う 

なれもまた泣き濡れて秋彼岸かな    杏

2008年09月19日

子育て地蔵さま

昔むかしのお話です。この辺りの街道を旅する馬方と馬がありました。
この村のある場所を通りかかったところ、急に馬がヒヒーンとないて倒れてしまいました。
馬方が困っておりますと、村の人たちも心配して集まってきました。
誰かが思いついていうことには、「この馬、何か痛い物でも踏んだんじゃねえか」。
そこでみんなはその辺りを探しましたが、それらしい物はみつかりませんでした。
「もしかしたら、土の中に何か隠れているかも知れねえな」と、誰かがいうと、
さっそく若者たちがクワを持ってきて掘り始めました。
けれども一時(いっとき)近く掘ってもなんにも出てこないんで
「やっぱり、何にも無かったか」と思ったとき、カチーンという音がしたのだそうです。
「おおっ」と、手応えを感じた村人たちが、もっともっと掘っていくと、えらいことに大きな石のお地蔵様のようなものが出てきたのだそうです。
「こりゃ、立派なお地蔵様だ」
「馬がひっくりかえったのは、お地蔵様の居場所を知らせるためだったんだな」
ということで、村人はこの地蔵様のためにお堂をたててお祭りしたということです。

今は公民館に安置されているお地蔵様

村人達は困ったことや願い事があるといつもこの地蔵様にお願いしていたそうです。
するとお地蔵様はお父の病気で困っている家の田植えをしてくれたり、赤ん坊にやる乳の出をよくしてくれたり、子供の病気を治してくれたりしたそうです。
また日照り続きで困ると、このお地蔵様を担ぎ出して雨乞いのため川に投げ込んだりもしました。
このようなことから、「身替わり地蔵様」とか「子育て地蔵様」とか呼ばれるようになっていったということです。

2008年09月18日

一直線影に飛び込む雀かな


08.09.18
雲間から時々パラパラと雨が落ちています。
台風の行方を気にしてヴェランダにでてみたら、
窓の下で小雀が一羽死んで横たわっていました。
窓に映っていた空の影に飛び込んだのでした。

2008年09月15日

水底に静かに生きる始原代

今朝、松の木の下にトンボが落ちていました。
いまに飛び立つのではないか、と思い、もしや、飛べなくなったのでは、とも思い、
カメラを構えてみたり、シャッターを推したりしながら、
羽をふるわせ逆さになったり寝返ったりするトンボをしばらく追いかけていったのですが、
そのうちに動かなくなってしまったのです。砂利道の上で。

2008年9月15日

誰にでもある死ですが、目前で死が進んで行くその姿をみるのは悲しいですね。

2008年09月14日

農上がり水場から見る望の月

この頃日没が早くなりました。鎌を仕舞う前に東の山の端に大きく丸い盆のような月が。
写真は夕餉のあと、庭の水道のところで撮ったものです。まだ低いけどかなり南に来ています。

2008年09月12日

2008年09月11日

あの「花はどこへ行ったの」を歌ってる

Where have all the flowers gone?
Long time passing.
Where have all the flowers gone?
Long time ago.
Where have all the flowers gone?
The girls have picked them ev'ry one.
Oh, when will you ever learn?
Oh, when will you ever learn?

ベトナム戦争のころ歌われたこの歌が、
しきりに思い出される今日の日でした。

2008年09月10日

秋澄みてサウルス歌うこども園


            9月9日長野市恐竜公園にて 

2008年09月07日

旅かふぇ遠いTOKIOの空の下


8月の盆休みで帰省した末っ子がこんなチケットを置いていきました。
機会が出来たらいってみるわ、といったのですが、機会は訪れそうもなく、
息子がつくったらしいこの小さなチケット、捨てるにしのびないのでアップしました。

ご訪問いただきありがとうございます。多忙のためしばらくコメント欄を閉じることにいたしました。悪しからずご了承ください。

2008年09月07日

御馳走といいて飛び立つ朝の鳥

 
最近鳥の鳴き声がにぎやかだと思っていたのですが、
そういうことだったと今朝合点しました。
朝、グイイー、ギアアーというきれいとはいえない声がして、
見ればオナガが5,6羽群れなして我が家の上を跳び去っていきます。
もしやと思って、熟する頃なのをすっかり忘れていた庭の隅のイチジクを見にいきました。
この辺りは2メートル近いコスモスの茂みになっていて、
容易に近づけなくなっております。そういうことですから、
鳥さん達は毎朝、そこで一番おいしそうな実をごちそうになっていたのでした。
私は仕方なしに2番目においしそうになった実をいただきました。

2008年09月05日

粛々と摂理を生きるバッタかな

 1.Sep/o8

このところ虫たちの結婚シーズンです。
きれいな8の字を描いてとんでいる赤とんぼや、
花蔭でじっと動かない蝶たちを目にします。
孫娘が捕まえた小さな蝶もよくみると連んでいて、
かわいそうだから離しておやりといったことでした。

新涼の身に軽き足 我が背子よ (大丈夫さんからいただきました)

2008年09月04日

紫の葉に薄紅の花咲けり

 4、Sep/08
黄色の蕊がかわいらしいのですが、カメラ技術が未熟のため写りませんでした。

紫の葉に薄紅の花咲けり パープルハートの恋幼くて

2008年09月03日

蛙追う姉と弟をババが追う

 31August/08
8月31日、日曜日の午後でした。
前夜の雨で暑気はおとろえたものの、
まだまだ灼熱感のある昼下がりでした。

孫を連れて田んぼ中の道を歩いて公園まで行きました。
4つと2つの姉と弟はとっても仲良しで、
「あっ、チョウチョ」といって姉が追えば弟もその後を追いかけ、
足下にバッタが飛び出せば、弟はびっくりして姉に飛び付きます。

その時田んぼの草むらから2人の前に小さな蛙がピョンと跳びだしてきました。
路上でじっとしているところをつかまえた姉はその青蛙を弟の手に載せようとしました。
ところがピョンと跳ねたカエルくん、
ピョンと逃げ、またピョンと跳ねて、
ポチャーンと田んぼの水に跳び込んでしまいました。

取り逃がした姉弟は、やっと稲穂を垂れ始めた田んぼに足を踏み込まんばかり。
バアバは必死で二人の背中をつかんでブレーキをかけました。

2008年09月02日

ヤマボウシ赤くまろき実なろうとす


垣越えに途切れがちなる弦の音じっと聞き入る山法師かな

昼下がり、とある住宅街を歩いていくと、どこかから細いヴァイオリンの音色が聞こえました。
子供が練習をしているような拙い調べなのですが、とても気持ちが動かされました。
何気なく立ち止まって、ハンカチで汗をぬぐいながら音の出所をさがしましたが、
ついに判らずじまいでした。

2008年09月01日

病葉落つ天日の恵み知らぬまま


冬向きに、魔法瓶のような構造にした我が家は、
夏の暑さ対策ができておりません。
日中どんなに暑くても夜になれば涼しいのが信州ですから、
これでいいはずでした。ところが、・・・
この夏の猛暑に加え断熱のいい我が家は明け方まで熱帯夜で、
夜風が涼しくなっても屋内が30度という日々。
これに耐えられなくなったのか、あるいは寿命なのか、
室内に置きっぱなしのカポックが葉を落とし始めました。
毎朝一枚づつ葉が落ちています。
毎日、どうしたものかと思案しているあんずです。