2008年02月23日
稲渕のマンサク

まず先に棚田に降りて飛び火かな
まず咲きて和む里山飛び火かな
万作の先ずは棚田に下りてきし
乙女座 さんから新しい視点をいただきました。
まさに 金糸卵(錦糸卵) の如くですね。
あいきち さんから新しい視点をいただきました。
稲渕の棚田にはマンサク(万作・満作・金縷梅)もあり、四季を通して、
旅人のこころに残るお土産をもって帰れるように、里人の努力があります。
誠に有り難いことです。
ここ棚田では、1月は蝋梅、2月は梅に続きマンサク、3月になれば一気に
いろいろな草花の開花ということになります。 022
蝋梅が迎春花とするならば、マンサクは目立たない木ですが、まさに春告花と・・・・・・

2008年02月19日
稲渕の梅

峠こえ梅咲く里やしずしずと
峠越え棚田くだりて梅探る
湖風子 さんから新しい視点をいただきました。
今は、石舞台から稲渕へと続く舗装道路があります。
しかし、檜隈(ひのくま)の里から稲渕の里へ辿りつく、
朝風峠越えが一番のおすすめコースで、峠を
越えると稲渕の棚田が一望できるところに出ます。
ここ稲渕の里は棚田百選にも選ばれたところで、
春には菜の花などが咲き、旅人を迎えてくれます。
この稲渕の棚田の一角に、人知れず古木の梅が
咲いていました。 020
黒っぽい幹を背景にするために、カメラを移動させて、白梅を撮りました。

2008年02月17日
飛鳥・稲渕の飛び石
飛鳥川最奥の集落に”稲渕”があり、その集落の中程に”万葉の飛び石”があります。
飛鳥川もここまで上流にくると、川幅もかなり狭くなり、数歩で渡りきれる程です。
この飛び石は、現在も野良仕事に使われていますが、およそ1000年前の万葉時代も
同じように使われていました。この飛び石の傍に、万葉歌碑(向こう岸)と川柳が数本
あります。この場所に立つと、懐かしくもあり、とても不思議な気持になります。
1枚目は”稲渕の飛び石”の全景を、2枚目は飛鳥川の手前に自生している川柳に
迫って撮影しました。 019
明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも
作者不詳 巻11-2701
南都銀行のサイトで歌の解説があります。 <クリックしてください>

水温み恋萌え出づる明日香かな
明日香路や飛び石伝い春は来ぬ
夢岳庵 さんから新しい視点をいただきました。

2008年02月13日
夢の道

春浅しこの先ありき夢浄土
飛鳥の里・八釣の上手に、盆地が見渡せる広い畑があります。
その畑で整備された農道は緩やかに曲がりくねっていて、
この場所はゆるやかなのぼり坂になっています。
”甘樫丘”が丁度真西に、この農道の行く手が”甘樫丘”になる
ようにカメラの位置をずらし、雲に隠れていますが、その先には
金剛・葛城山が見えます。
また、甘樫丘の麓には、蘇我蝦夷・入鹿親子の邸宅跡が
発掘されています。そのはるか彼方の西に、倶会一処という
浄土の世界があるといいます。若いときは仏教に関して無頓着
でしたが、このごろ手を合わすことは素直にできるようになりました。
これからの春の野良仕事のために、この農道はアスファルトで
舗装されてしまい、これまでの風情は味わうことができなく
なりました。 017
友人のパソコンを使う機会があり、まほろばのブログを見ましたら
写真の色合いが、やけに強調されていました。。
友人のディスプレイは光沢タイプですが、まほろばのディスプレイは
ツヤ消しタイプです。どのように写真が映っているかが不安です。
パソコンに拘りを持ち続けている友人のディスプレイを覗き込んだ
ときは、なにも違和感がなく、いい色合いだったのですが・・・・・・・
別の友人のノートパソコンのディスプレイ(光沢タイプ)を見ましたら
違和感がなく、写真はまほろばの意図した色調になっていました。
2008年02月11日
金花茶の禊

春雪や禊きわめて黄金花
☆黄金花 ”こがねばな” と詠みました。
金花茶(キンカチャ)が我が家に来て、もう!20年は過ぎたと思います。
当時、苗木でしたが、今はもう!家族の一員になっています。
今年は、7個の蕾がついていますが、この雪は金花茶の蕾に
とって厳しかったようです。この後、どうなりますやら・・・・・
また、蕾が緩むころは、我が家では4月の中旬ごろでしょうか。
暖かいところでは、2~3月だそうです。
金花茶は椿としては珍しい黄色花で、比較的穏やかで暖かい
中国・広西省チワン族自治区(南西はベトナムと国境を接する)で、
1965年に発見され、1980年ごろに日本へ渡来した椿です。 016

2007年5月上旬 (撮影)
2008年02月09日
歳時記

古書来たり弾むこころや春の雪
ここ奈良盆地も、朝から雪が降り続き、銀世界になっています。
奈良の人は、雪に対する認識は低く、戸惑いながら車が歩んで
います。まほろばは、このようなときは暖かい居間でのんびりと
過ごします。
以前から欲しかった歳時記が、雪の札幌からきのう届きました。
インターネットとは便利なもので、古本は簡単に手にすることが
できるようになりました。
外箱の角は綻んで、やや使い古されていますが、中の本は
綺麗で、一枚一枚の紙はしなやかです。
おそらく座右の書として、とても愛着をもって丁寧に扱われたのでしょう!
先人の思い入れのある歳時記を手にしたとき、先人から
託されたと・・・・、じわじわと責任なるものを感じました。
しばらくして、とても有り難いという気持も湧いてきました。
俳句における三種の神器は、”歳時記、句帖、電子辞書
(or インターネットでのことばの検索)”でしょうか。
ひと昔前なら、”電子辞書”の代わりに”国語辞典”かも知れません。
”味のある歳時記”が手元にきたのは、”新しいレンズ”が
手元にきたのに値することなのかもしれません。 015
2008年02月04日
学び舎


雪降れど想いは熱し学舎かな

南風にのり妙なるしらべ学窓に
2007年6月 撮影
☆南風(はえ)
写真の校舎は、藤原京旧跡上に立地しているようで、建築費として破格の
予算を費やし、岩崎平太郎氏の設計で帝冠様式をもち、旧制中学時代
(1933年建設)より使用されています。日本建築学会から「美的建築物」
の指定を受けていて、その古風で威厳に満ちた姿から、テレビ番組等
のロケ地として幾度も採用されました。
逸話として、第二次世界大戦末期(1945年)の時点でも、勝利の
ためには敵の言語を知ることが不可欠と考えられて、「敵国語」
とみなされていた英語の授業が週に12時間も行われていました。
3月22日に開催される第80回記念選抜高校野球大会の出場校のうち、
「21世紀枠」の北信越・東海・近畿ブロック、富山中部高校・成章高校・
畝傍高校の3校から成章高校(東海)が選出されました。最終選考に
残っていたのが、写真の畝傍高校です。 011
2008年02月03日
飛鳥・檜隈の道しるべ

冬うらら行き交う人の道しるべ

2007年8月13日 (午前中)撮影
冬とは違った雰囲気をもち、周りの景色にとけ込み、
石仏は華やかでないが、心惹かれるなにかがある。
この蓮を携えた愛らしい石仏は飛鳥の檜隈(ひのくま)の地
にあり、3つの里道が合わさるところの傍らにあり、昔から
”道しるべ”として愛されてきました。
現在観光地の目玉は、橘寺、飛鳥寺、甘樫丘、石舞台など
や大型展示施設です。この檜隈の地は、橘寺から西南に
1200mのところにあり、あまり注目されていません。
しかし、万葉のころの檜隈は重要な要だと思っています。
檜隈の地には、檜隈寺跡、栗原寺跡、キトラ古墳、
文武天皇陵、高松塚古墳、マルコ山古墳などがあります。
この石仏を拝みながら、東南へ歩むと、朝風峠を越え、
稲渕の雄綱、飛鳥川の飛石、南淵請安先生の墓を巡り
ながら、飛鳥川最上流部にある栢森集落に辿り着きます。
ここを通り過ぎれば、芋峠を越えて吉野離宮へと続く行幸
の古道があります。
一方、西南へ歩むと、高取方面へ・・・・・ 010
2008年02月01日
寒茜の飛鳥

寒茜旅人去りし吾ひとり
寒茜 二上の山も 暗くなり
夢岳庵さんから句をいただきました。
峯々の 夕空眺め 二月かな
蓮さんから句をいただきました。
三山の 二峰は見えず 春隣
湖風子さんから句をいただきました。
中将姫の紡ぐ夢路や寒茜
snowdrop さんから句をいただきました。
皆さんからの新たな視点をいただき感激しています。
この写真俳句ブログとの出会いから元気をいただきました。
飛鳥には、季節をとわず各地から多くの人が訪れます。
石舞台、甘樫丘、飛鳥寺、橘寺などの有名どころは
まほろばより熟知されていることがあります。
昼間は、あれほど多くの人がいたのに、家々からもれ
てくる灯りが気にとまるころには、人影はほとんどあり
ません。大方、ホテルで美味しい夕食なのでしょうね。
まほろばは、”八釣から見渡す夕まずめ”に美を感じて
います。入江泰吉氏の写真にも、昼の八釣の風景写真
があります。
写真中央に大和三山の畝傍山、その奥には、万葉時代から
神聖視されてきた二上山 ( “二神山”ともいい、
“右の高い方(517m)が“雄岳”左の低い方(474m)が“雌岳”)
があります。
二上山の麓に當麻寺があります。當麻寺を知る上で欠かせない
ものは中将姫の伝説です。
そうそう!とても美味しい中将餅もですよね。
<天平時代(750年ごろ・聖武天皇のころ)>
この八釣の場所に立ちながら、”もったいないなぁ~!”と
独りつぶやくことが多くあります。 008











