2008年03月31日
松山の空海縁の地 その2



八坂寺の 山門くぐる 遍路かな
大師堂 般若心経 櫻かな
浄瑠璃寺から800m歩けば八坂寺です。
大宝元年(701)伊予の守玉興公が寺を再建し、
天武天皇の勅願寺となって伽藍を建てるに当り、
八箇所の坂を切り抜き、道をつけたので、
八坂寺の寺号臥付けられたそうです。
御本尊の阿弥陀如来は,恵心僧都の作。
2008年03月30日
松山の空海縁の地その1


三坂越え 大師と二人 遍路杖
ご詠歌の 流れる春や 浄瑠璃寺
45番岩屋寺より46番浄瑠璃寺まで22㌔6時間
三坂峠(海抜710m)は、
「三坂越えれば、吹雪がかかり,戻りゃつま子が泣きかかる」
と唄われたほどの、馬子泣かせの峠で、土佐街道最大の難所を越え
旧遍路路道を下ると、松山城や瀬戸内海を遠望しながら、
浄瑠璃寺に至ります。
御本尊は、行基菩薩の刻まれた薬師如来、
寺の創建は和銅元年(708年)。
薬師如来の別名瑠璃光如来から寺号を浄瑠璃寺と名ずけたとのことです。

2008年03月25日
高畠華宵大正ロマン館




梅香る 華宵ロマンの 館かな
大正ロマンチシズム、大正モダニズムの流れの中で、
華宵美人や美少年の「華宵好み」と言われるスタイルは、人々の憧れの的となり、
大正、昭和と華宵の挿絵黄金時代を築いたそうです。
その華宵の館贓品4,300余を有する、高畠華宵大正ロマン館へ参りました。
山の手に有るためか梅もまだ盛りを過ぎず、その中で散策そして華宵の絵の観賞と春の一日でした。
因みに、華宵は愛媛県宇和島市の出身です。
2008年03月10日
勝手致しました。
風邪に臥し 写真の梅も 見飽きたり

長い間頂いたコメントの、御返事もせず、ブログの更新も致さず、
大変失礼な事を致しました。
実は、四日から風邪と咳が阿修羅の様に、体中を駆け巡り、
これは大変とお医者に駆け込んだところ、
外出禁止、絶対安静
を命じられ、何も出来ず籠の鳥状態でした。
皆様からの、心温まるコメントのお礼、また皆様のブログへの御挨拶、
私のブログの更新など,何もせず、失礼な奴とお思いでしたでしょうが、
御理解頂き、これまで同様宜しくお願いいたします。
これからもまだまだ、暑さ寒さの変動の大きい季節と思います、
皆様もお体には十分お気を付け下さいませ。












































