石鎚の 嶺鎮まりて 雪となる
四国の霊峰と言われる石鎚山(1982m)は、
信仰の対象となっています。
この山に雪が降ると,私たちの住む道前道後平野も
石鎚颪で寒くなり冬到来となります。
霜晴れや しずかに動く 淵の鯉
今日も朝から、しずかな霜晴れ、
これも今日辺りから下り坂とか、
長続きいたしませんね。
22日から、3日間の駆け足で、野暮用のためバンコックに行って参りました。 疲れました。
短日や 心せかせる 影ふかし
次第に日が短くなり、午後になると、あっという間に陽が傾き。
人もそれに合わせて忙しくなりますね。
この枝に 帰り花咲く 時を待つ
今日でよし様とお別れです。 またお元気に花を咲かしてくれる事を待っています。
道の端に 落ち葉孤独を 湛えをり
この世に生を受けた者は、いつかはこの落ち葉の様に孤独になるのかも知れません。
寒さが、厳しくなりました、皆様もお体ご自愛くださいませ。
冬日影 竹林のなか 和をみたり
冬の日ざしのさしこむ、竹林のか
影が和の世界を醸しだしていました。
16日から、突然PCが反乱を起こし、制圧をするのに17日一日かかり
今日から、正常に為りました。
皆様には、音信不通状態と成り、ご迷惑おかけいたしました。
又よろしくお願いいたします。
天狼星 静まりにけり 朝の月
夜の空に君臨した天狼星も眠りに付き、 静かな朝が始まりました。
冬ぬくし 遊びたのしむ 川のなか
ご近所の鴨たちが誘い合わせて、上流まで遊びに来て
愛らしい仕草を見せていました。
川の亀 ポーズをきめて 冬うらら
観てやって下さい、褒めてやってください,小春日和に浮かれています。
冬野菊 花びら数え 恋をしり
小春日和の昼下がり、花びらを一枚一枚水に流し
[アエル」「アエナイ」等と言って、遊んだ思い出。
太陽復活の光を見ると、何故か映画『生きる』を思い出されます。
1952年、黒澤明監督、志村喬主演のラストシーン、
強烈に心に残っているためでしょうか。
自分の生きる道に絶望した主人公が残された人生を、
ブランコに乗り生きる苦しさ、人間の業をゴンドラの歌に託して
歌い上げる。
『いのち短し、恋せよ乙女」と。
ちる紅葉 展望台の 道の端に
先日、来島海峡大橋を観に参りましたが、生憎の雨で霞んで見えました。 途中展望台への道端に、紅葉が綺麗に散りかかっていました。
冬薔薇や 紅まぶし 人こいし
冬の薔薇は、きりっとした中に、そこはかとない淋しさを感じます。
神の留守 水鎮もりて 鯉しずか
山茶花や 昨日にまさる 白さかな
(山茶始開」は立冬の初候。この山茶はツバキと読みますが、
実はサザンカのことです。 童謡「たきび」にも出てくるので、懐かしさを感じます。
空のいろ 水にうつして 冬にいる
今日は立冬ですね、初めて冬の気配が現れてくる日と言う意味で、
暦の上では冬の始まりです。
石蕗の花 丈の淵に 凛と立つ
丈の淵は、弘法大師伝説の遺跡、
日本名水選100に選ばれています。
水琴窟 奏でる調べ 秋惜しむ
松山城二之丸史跡庭園の水琴窟で、水音も秋を惜しんでいるように聞こえました。
人恋し あふれる想い 十一月
ヴィオロンの溜息の聞こえる秋も、はや十一月、
人恋しさの募る季節と成り。
薔薇展の白い薔薇が心に残りました。
老夫婦 寄添いて嗅ぐ 秋ばら展
このばらは香りの強い種類だそうです。 (萬翠荘秋のばら展にて」
丹精の 白のかがやく 菊の花
松山城二の丸史跡庭園の菊の花。
新秋刀魚 すだち半分 そえて出し
食卓に出動する前の秋刀魚の塩焼きです。
庶民の味方、秋刀魚が今年は大漁だそうで私たちには 嬉しいことですが、漁師の方たちは、油の値上がりで大変と思います。