2009年09月30日
映画の日

城柱 探し求めて 木曽にまで
安土城物語「火天の城(原作・山本兼一)」です。(滋賀県「安土町」にありましたが、信長死去とともに焼失してしまいました。)
明日「10月1日」は「映画の日(名古屋)」です。
今一番気になっている映画を見たいなあ、と思っています。
(中村区名駅四丁目三井ビル北館「ピカデリー2」です。)
2009年09月29日
清洲越し

清洲越し 平成生まれの 清洲城
清須市朝日城屋敷1番地「清洲城」です。
「五条川」を挟んで西側に「清洲古城址清洲公園」、東側に平成元年に完成された新しい「清洲城」があります。
「清洲越し」とは、徳川家康の命により、慶長15(1610)年、清洲から名古屋へ人も物もみんな引っ越して出て行ったことを言います。
(明治2・3年に明治天皇が江戸に出て行かれた京都人の落胆が偲ばれます。)

平成生まれの清洲城の分かりやすい案内図です。

五条川に架けられた「大手橋」です。

南側を上りの「ひかり」が橋を渡っているところです。

「清洲城」と日本庭園です。
清洲には織田信長は10年くらい居城し、桶狭間の戦いにはここ(古城址)から出陣しました。

信長が桶狭間の大勝のお礼に熱田神宮に奉納した「信長塀」のレプリカです。

自然石を組み合わせた「野面積み」(まつみさんのHP)の石垣です。

信長の正室「濃姫(諱いみな・帰蝶)」(斉藤道三の娘)。

詳しいことは何も資料が残されていないそうです。
(この像は何をモデルに作られたのでしょうね。美しい方ですね。)
10月3日(土)~4日(日)の「名古屋まつり」に濃姫はお出ましになられますよ。
2009年09月28日
圏外

ネットへも 圏外表示 セントレア
常滑市・「中部国際空港・セントレア」です。
インターネット接続の「UQ-WiMAX」とノートパソコンを抱えて、セントレアに行って来ました。
(連休前に「ビックカメラ」で15日間無料でお借りしたものです。「UQ-WiMAX京都体験記」はこちらです。)

連休は終わったというのに、国際線は多くの人で混雑していました。

国内線の待合室でも試してみましたが、やはり「圏外表示」でした。とほほ。

名古屋駅前・「ジェイアール名古屋高島屋」11F「三省堂」です。(繋がりますが電源が無いのが不安です。)
「ミッドランドスクエアシネマ」も良好でした。(アナログがなくなるのと、自宅でWiMAXが繋がるのと、どちらが先でしょうね。笑)
2009年09月26日
ぎんさん

108年 生きて一番 怖かった ぎん
中区金山「名古屋都市センター」11F・「企画展伊勢湾台風50年」が開かれています。
50年前の今日、「伊勢湾台風」が未曾有の被害をもたらしました。

満潮と重なった高潮や、直径2mを越す流木が被害を大きくしました。

高潮の高さ3.89mを指しています。

今朝の「産経抄」に、蟹江ぎんさんの「100年生きてきて、あんなに怖かったことはネエ」と語った言葉が紹介されています。
近所に住んでいたお孫さんを濁流に流されて亡くされています。
屋根裏に逃げ込んだぎんさんは、さぞ恐ろしい思いをされたのでしょう。
「聞き書き きんさん・ぎんさん103歳面白いことがいっぴゃーあったなも」
綾野まさる著 太陽企画出版 愛知郡鳴海村(現・緑区鳴海町)生まれ。(芥川龍之介と同い年)
明治・大正・昭和・平成の4つの時代を生き抜いた、双子の姉妹でした。
(「このお金はどうされますか」と問われて、「老後に備えて貯金します」と答えて、笑わせてもらいました。)
2009年09月25日
シベリア

シベリアの 上空飛んだ ことがある
犬山市「名鉄犬山駅」東口・「イトーヨーカドー」前です。
どこまでも家も見えない「シベリア」上空で「北方領土返せや」と叫んでいました。(声には出しませんが・・。笑)
(ヨーロッパからの帰国便だったと思います。シベリアは、なんちゅう広いとこやねん。)
シベリアから、「リトルワールド」へ「サーカス」がやって来ています。11月19日まで(火曜休み)です。
2009年09月23日
歴女ブーム

英傑や めぐる三姫 見に来てちょ
「三英傑(信長・秀吉・家康)と戦国女性(濃姫・ねね・千姫)」のパレード「名古屋まつり」が、いよいよ10月3日(土)~4日(日)に始まります。
「歴女」がブームだそうです。(歴女も歴還(歴史好き還暦世代)も必見のパレードです。笑)

背中のお城の刺繍が美しいですね。

「名古屋市立桜台高等学校ファッション文化部」の皆さんの作品です。
2009年09月22日
夢もみじ

夢もみじ 鹿きくまでは 肱まくら 也有翁
春日井市・内津町「見性寺(けんしょうじ)」です。

横井也有らの句碑・漢詩碑があります。

曹洞宗のお寺で、天文2年(1533)の創建です。

大般若経・六百巻が所蔵されています。

あたたかな 家あり山は 秋ながら 也有翁

「横井也有の漢詩」です。

夢もみじ 鹿きくまでは 肱まくら 也有翁

すすはらい そろふ火箸の 久しぶり 也有翁
2009年09月21日
清水寺

犬山の 清水寺に 舞台はにゃあ
犬山市大字善師野字清水洞15

臨済宗妙心寺派の護應山(ごおうざん)「清水寺」です。

清水寺の石仏たちです。

善師野(ぜんじの)から富岡へ向かう道と、塔野地(とうのじ)へ向かう道の分岐点に道標が置かれています。
「右 いぬ山 左 なごや」と刻まれています。
2009年09月17日
鍋の季節

駅中で 鍋で気を引く 季節かな
南知多町「日間賀島観光キャンペーン」です。(名鉄犬山駅にて。)
(見事に目を奪われた「めた坊」です。笑)

「フランス」ほどではないですが、日間賀島もふぐ料理も遠いですね。(とほほ。)
2009年09月16日
伊勢湾台風

資料館 伊勢湾台風 50年
弥富市前ケ須町野方「弥富市歴史民俗資料館」です。
「あれから50年 伊勢湾台風展」という企画展が開かれていました。
「日本のモルディブ」と呼ばれる弥富市ですからね。
「JR弥富駅」も「近鉄弥富駅」も1ヶ月も水に浸かっていたそうです。

資料館の外観です。

弥富市のマスコット「金ちゃん」です。

資料館の前にあった弥富町道路元標です。

資料館は「弥富町役場」のあった場所でした。

明治5年に「前ケ須」は新東海道の宿駅に定められました。
(街道の雰囲気の漂うところでした。)
2009年09月15日
芭蕉と明治天皇

芭蕉翁 明治天皇 通った道
愛西市佐屋町「佐屋街道(佐屋路)」です。
左下は芭蕉「水鶏(くいな)塚」の道標です。

「宿場」があったのですが、何も残っていなく、説明もありません。
(立派な樹のあるお家です。)

家紋の入ったお家です。

「左さや舟場道」と書かれた道標です。
(どこかのお家にあったもので、寄付をされたものだそうです。)

「佐屋代官所址」です。

「明治天皇の東幸」の記述もありました。

「佐屋三里の渡址」の碑がありました。
この付近に佐屋川が流れていて、ここから桑名まで、舟で行き来していたそうです。
2009年09月14日
2009年09月10日
水鶏(くいな)

水鶏(くいな)鳴 と人の云えばや 佐屋泊 芭蕉翁
愛西市佐屋町佐屋路「芭蕉 水鶏塚」です。
芭蕉翁が江戸から故郷の「伊賀上野」へ帰る途中、佐屋御殿番役の山田庄左衛門の亭で泊まられました。
その時大勢の俳人が集まり、句会が催されました。その発句が「水鶏鳴」の句で、記念する碑が建てられました。

「芭蕉翁」を慕う門下生の心情が伺える碑ですね。

所有者の厚意を伝える、今は無き「佐屋町教育委員会(現・愛西市)」の説明板です。

「水鶏塚」の前にある「八幡社」です。

「本殿」です。

お地蔵さんに「ほおずき」が供えられていました。
通りを挟んで向こうが「水鶏塚」です。
2009年09月07日
日本のモルディブ

(海抜-マイナス)0・93(ゼロ・キュー・サン) 日本のモルディブ 弥富市に
弥富町が平成18年、十四山村と合併し、「弥富市」になりました。

この付近は「伊勢湾台風」の被害を、もろに受け、約一ヶ月近く浸水していたそうです。

「JR弥富駅」です。
]
「名鉄尾西線・弥富駅」の駅標です。

「JR弥富駅駅舎」です。

2009年09月06日
天守物語
2009年09月04日
バリアフリー

犬山の 真夜中響く バリアフリー(化工事)
犬山市「名鉄犬山線・犬山駅」です。

「犬山駅バリアフリー化工事」の張り紙は随分前から目にしていました。

けれども、ほとんど変化がありませんでした。

昼間に見ているだけでは分かりません。

真夜中、午前0時30分頃から始まるそうです。

工事の宿舎です。(今頃は深夜の作業に備えて就寝中なのでしょうね。ご苦労様です。)
2009年09月03日
ペット

名駅の 見慣れぬペット 「イタチ」です
名鉄名古屋駅にお腹にペットを入れたおじさんがいました。
聞いてみると「イタチ」でした。床に置いても逃げないそうです。
甘いものが大好物で、中でも「羊羹」がお気に入りだそうです。

お年寄りで寝てばかりいました。
それにしても、家のテーブルに置いておいた個包装の「煮干」を持って行った犯人は「イタチ」だったのだろうか。

「夜久野」のドライブインで買ってきた、焼酎の友「煮干」だったのに。

今年の夏に買ってきた「焼きあご」は盗られずに「完食」しました。






















