2008年12月28日
富津岬2
てんけいと してのひとおり ふゆのはま

貝柱丼を食べに来ただけでは、いかに零細な館の主でも恥ずかしいです。 無人の展望台を撮ってから濱の方に回ってみました。
居りましたです、物好きは私だけではなかったのです。
冬の濱の点景として遠くから撮るのだから、プライバシーの侵害にはなるまいと勝手に解釈し、この日の材料にさせていただきました。
点景の人を撮る人冬の浜 遊子さま ありがとうございます。
点景と してのひと居り 冬の浜(漫歩)
時津風吹き 君と添ひ付き 阿国さま ありがとうございます。
パノラマの景 小さきひと影 イワンさま ありがとうございます。
2008年12月25日
冬山家
ふゆやまが うちゅうにひとの ゆきかえる

(愛知県「三州足助屋敷」)
この古屋根の上方遥か彼方の宇宙には宇宙船が浮かび、人間が滞在しています。この古屋敷に住む人間と同じ人間です。
時間が止まったような山里の古屋敷。時間がどんどん進む宇宙のステーション。
物事を広く深く見るのは大事なことでしょうが、ときには、あまり深く考えぬ方がよいのかもしれないと思います。 頭が混乱して収拾のつかぬ事態を招かぬためにも。
[余談]
1903年5月、満16歳10か月の、旧制第一高等学校(現東大)生 藤村操 は次のような辞世の文
「巌頭之感」を残して日光華厳の滝へ投身した。
(要旨抜粋)
ー 萬有の眞相は唯だ一言にして言えば「不可解」である。 ー
2008年12月21日
古暦
あたらしき こよみのうえの ふるごよみ

十二月も今頃まできますと、私の場合残りのスケジュールは、町会の夜間パトロールだけですから、もう今年の
カレンダーを見ることは先ずありません。 むしろ、来年の方をよく見ます。
しかし、除夜の鐘までは今のものがが主役ですから、新しいものはその脇に少し重ねて挟んであります。
古暦はがしたあとの壁白し まりさま ありがとうございます。
新しき 暦の上の 古暦 (漫歩)
おっとどっこい あたしゃ現役 阿国さま ありがとうございます。
暦果て 月日も人も 去り逝きて イワンさま ありがとうございます。
古暦 身も存在も 薄くなり あかねさま ありがとうございます。
2008年12月09日
冬桜
ふゆざくら まさおのそらが なぜさみし

散歩途中のお宅に、一本だけ冬桜が沢山の花を付けていました。 雲ひとつ無い空なのに何故か寂しい感じで見上げました。
房総の山にも冬桜は見られますが、一箇所でせいぜい2,3本です。関東で有名なのは群馬県鬼石
(おにし)町の桜山で、ここは小山全体に植えられています。
山の紅葉の中に咲いていると、紅葉の錦に負けて見逃してしまうことがあります。
彩の山一本の冬桜 (以前房総の山で詠んだものです)
冬ざくら 真青の空が なぜ淋し(漫歩)
寄添うお方 呼べど答えず 阿国さま ありがとうございます。
語りあうべき 友だに無くて イワンさま ありがとうございます。
青空に ほのぽの咲きし 冬桜 ヒコ さま ありがとうございます。
2008年12月03日
紅一点
こういってん だきとめられし このはかな

苔生した庵の主は、突如舞い降りてきた天女を、神の思し召しと思い、それはそれは大切にお預かりしたのであります。 その後のことは秘せとのお言葉でありますゆえご容赦ください。
ー 大人のためのお伽話より -
(前回の「名残」で、ーまむし草ー について興味をお持ちの方が大分いらっしゃいました。下に図鑑の 絵を貼っておきます。 花に見えるのは苞で、これがまむしの名の元らしいです。)

紅一点 抱きとめられし 木の葉かな(漫歩)
黒一点の おぬしもなかなか 阿国さま 連歌ありがとうございます。
黄一点の わたしゃどうする 遊子さま 連歌ありがとうございます。










































