2009年08月23日
漫歩・平成の中の明治
(くさたおのくをおもいけりあきのびる)
国立新美術館から曲がり角の多い狭い道をぶらぶらと赤坂方面に下って行きますとやがて
外苑東通りの向こう側に乃木神社が見えました。神社の隣は乃木さんの旧邸です。
木立に囲まれて、明治の将軍と少年が、今の世に忘れられたように話をしていました。
2009年08月20日
漫歩・秋の寺(終回)
(あれてらのぞうをかこみておみなへし)
今年は女郎花が少ないのだそうです。 言われて来てみればそんな感じでした。
男としては残念でしたが、托鉢の像の回りに咲いていて良かったと思いました。
荒れ寺の像を囲みて女郎花 (漫歩)
雲水ゆえに目を塞ぎ行く 阿国さま ありがとうございます。
あら有難や女人成仏 イワンさま ありがとうございます。
いかな柔肌我が道ぞ行く 遊子さま ありがとうございます。
2009年08月17日
漫歩・川の風呂
(ほうしせみいしをまくらにかはのふろ)

先日UPした黄菅の咲く湖畔(野反湖)の帰りに寄った無料の野天風呂の話です。
正式な温泉名としては花敷温泉と言い、川沿いの一軒宿ですが、その100メートルほど
先に地元の人が尻焼温泉と呼ぶ川の中の温泉があるのです。
河原に降りる途中に朽ちた板屋根と棚が一枚取り付けてあるだけの脱衣所がありました。
勿論囲いはありません。川を見渡すと人っ子一人いませんでした。
初めは冷たかった川の水が対岸近くでお湯になりました。それは川底の砂利から湧き出て
いたのです。 感想? 勿論 極楽!、極楽!でしたよ。 借り切りですものね。
それにしても誰も居なかった、誰も来なかったのは今でも信じられません。
2009年08月13日
漫歩・散り逝く
(きみゆきしかっそうろあとてんにんきく)
太平洋戦争末期、九州と沖縄の中間に位置する喜界島は鹿児島県知覧から出撃する
特攻機の中継地点でした。 ですから沖縄戦に向かう若い特攻隊員たちが最期に飛び
立った場所は喜界島だったのです。
出撃する隊員たちに、地元の娘たちは野の花を贈りましたが、 隊員たちは「花も一緒に
散っていくのは忍びない・・・」との思いからか、空から花を落として飛び去ったそうです。
その花の種が風に舞い、60年余を経た今も、毎年飛行場跡に咲き続けているという話を
聞きました。
その花がテンニンギクで地元の人たちは「特攻花」と呼んでいるそうです。
[テンニンギク] 北米原産の外来種です。小さな公園の花壇に植えられていました。
2009年08月10日
漫歩・野良窮す
(にげのぼりしんたいきゅうすのらのあき)
私と野良猫は相容れぬ仲です。 しかしあらゆる猫除け対策も悉く失敗しました。
残るのは目が合ったら威嚇し、目が合わなくても後ろから忍び寄って奇声をあげることで
この人間の恐さを学習させることです。 その効果は少しづつ出ています。
詳細の記述は差し控えますが、この日、逃げに窮した野良はボケの木の混み合っている
枝の間に逃げ込んで万事窮したのです。
ご存知のように、ボケの枝には棘があり、枝は弾力がありますから、動けばどういうことに
なるか野良の身になってご想像ください。
武士の情けで、やがて見張りを止めて家に入りました。

