2010年03月17日
蜂飼
草原は海の際まで蜂の箱
ここではコメントにお返事しておりませんですどうかお許しください。
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「 家出猫の子 ど~この子 」
猫を抱いて家出をした子は
堤防に座り
この海の向こうの
遠い国に憧れていた
見ていると
春航の軌跡は
しばらくは何ものにも侵されないのだ
寄ってたかって
自由を押し込める家も村も国も
みんな嫌いだった
鴎の声が季節の変り目を告げている
あまりにも不自由なはずの
懐の猫は
哀しそうにも見えず
ただ大きなあくびをしていた
2010年03月16日
銀葉(ぎんよう)アカシア
幼くて春を出た日を忘れたり
ここではコメントにお返事しておりませんですどうかお許しください。
「何だこれは!」
実にその一見醜悪なものにこそ美しい真実がある。 ( 岡本太郎 )
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「 牛 蛙 」
田舎の道は暗いうえにコンビニも無いし高いビルも在りはしない
「 田んぼや畑ばかりで何の目印もないのに、どうして自分のお家が分かるの ? 」
百合はそう云って首を傾げた
東京に生まれて育った彼女にして見れば
その瞬間車を走らせている私がきっと蜜蜂か何かのように見えたのかも知れない
叔父の葬儀を終えて帰る夕方
闇の中からそれが鳴き出した
そろりと車を停めて「しーっ」と私は人指し指を口に当てた
「うぉーん、うぉーん」と低く長くまるで地の底から聞こえるような声の主を
彼女はきっと知らない筈だ
「ねぇ、なぁに何の音 ? 」
「カ・エ・ル」
「えっ、嘘っそぉ~またそうして馬鹿にするんだから」
「ほんとさ、牛蛙、食用蛙とも云うんだよ」
「うそ食べるのぉ、嫌だぁ」
私はこの頃何でもないその夜のことを満天の星空と共に
思い出すことがある。
** これは実にくだらない不倫を扱った私の短編の抜粋だが
実は 蛙や蛇だけは未だに食った事が無い、それどころか
鳥も兎も末体験である、ホルモンとか牛タンも駄目なのである
その代わりと云っては何だが世界のあらゆる酒はたいてい飲んでいる。
2010年03月15日
裏切らない花達
人の子のその楉(すわえ)切るなかれ
すわえとは徒長枝ともいう果樹の木などから伸びた若い枝のことで
大抵は切られる運命にある。
ここではコメントにお返事しておりませんですどうかお許しください。
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「 流浪児 」
そこに立てばふるさとが見える
そこに立てば海の彼方が見える
そしてそこに立てば
逝った者達の声が聞こえる
やがて生まれ出る子供等の泣き声がする
そこに立っていたのに
私はそこを捨てた
胎内を脱ぎ捨てなければ
母が死ぬから
そうしなければ父が見えなかったから
私は風に任せて
塵埃の街を流離う
四季の花と雪と月を慰めに
私は歌を唄う
それは遠い日の記憶
いずれは永遠のものとなる
私の青い山の明日
2010年03月14日
朝桜
鵯(ひよどり)はこけつまろびつ初桜
ここではコメントにお返事しておりませんですどうかお許しください。
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「 私の視点~バカに付ける情報過多 」
今日の学校における学級崩壊をまともにご存知だろうか
そこには呆れ果てて物も云えない現実がある
給食費を払っているのに「頂きます」は不用なんぞと云う親
風邪を引いたのは担任の不注意だと云う親
元来両親の学歴が高いのに成績が振るわないのは指導のせい
そんな親達の子供であるからまともではないのがいる
そこでとことん勘違い思いあがりの子供を殴るどころか無視でもしようものなら
教師はいきなり教育委員会に訴えられるのである
何がこうなった原因だろうか
それは間違いなく情報の過多にある
確かで吟味された情報なら
バカどもにつけいられる隙も無いだろうが
今日のもはや垂れ流しともいえる不要な情報が見事に利用され
逆手に取られる社会なのである
こうして見るとマスコミが馬鹿になったのと見事に呼応して
バカ親が増えたと私は断言せざるを得ないことになるのである
しかして新聞が売れなくなり本が売れなくなったのが
もしかと期待してはならない
この新たな輩はマスコミの云々の先に
自らの利益と快楽意外には一切の関心を持たない者達で
すでにもはや社会の構成要因たるを放棄した者たちである
国が滅び没落するときにはこの類が横行するのが常なのである
経済の回復が急務よりも何よりも教育の行く末が手遅れにならないか
余程案じなくてはならないのではありませんか
2010年03月13日
蝌蚪の紐
子の行方鯰にもなれ蝌蚪の紐
絵は何と云う花か知りませんが、蛙の数珠子に見えたんです。
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「 自眠鳥 」
mockingbird
失楽園の木琴鳥
行く当てもない哀しい鳥は
腐った木をば叩くけど
この頃何だか響かない
昔は素適な妙なる音で
小突けば虫がわらと出て
食べきれない程あったので
皆に振舞う余裕もあった
悲しいものは眠り過ぎ
いつしか枯れ木の昔の穴を
懐かしいとて覗きをり
ただ溜め息のことばかり
驕る平家はなるほどに
海の藻屑となるべしか
** 今更解説は要りませんよね、木琴鳥も自眠鳥も造語ですよん
美味しい餌が無くなればもはや解党、新党への道しかありますまいね
どこまで行っても国民はいつも二の次なんですから。

