2010年03月19日
dasaku いよいよ
白球の 縫い目新たに 暑き春
いよいよである。
プロ野球開幕。
パリーグは明日、長いシーズンが始まる。母の好きな阪神は、
今年はどうだろう。
いわゆるトラキチではないのだけれど、
なかなかにタイガースの内情に詳しい。なかでも下柳のファン。
赤星も好きだったけど、
今年はもういない。
阪神の勝った日にはメールが届く。母のメールは、
巨人を寄与人、応援を覆えんと打つ。春がにわかに、
暑くなりはじめた。
2010年03月18日
dasaku 氾 濫
石仏の 湯呑みに余る 春の水
川岸の目立たぬ所に、
小さな石仏が並んでいる。その昔、
この川の氾濫で犠牲になった者たちの、
供養の碑である。
昭和の初め頃までは田んぼの畔にあった。
今ではその面影はなく、
住宅街の一角に、場違いのように、
取り残されている。それでも季節の花を手向け、
湯呑みの水を供える人がいる。護岸はコンクリートに包まれても、
引き継がれるものは、
そっと人知れず地の底を流れているんだなあ。きっと、今でも、
人の心に氾濫するものがあるのだろう。近くで遊ぶ子供たちの声がする。
2010年03月17日
dasaku 空 家
春陰や かんぬき掛けし 古時計
扉の
冷たい把手を引くと
時間が
ぐらりと ゆらいで
もぐらのように
陰影が
目をほそめた
未来をもたないこの空間に
ごみのように溜まっているのは
魚ぐさい 過去
あそこに
冷蔵庫を置きましょう
こっちに
タンスを置きましょう
若い妻は
沈黙のはじまる前に
はしゃいでみせた
2010年03月16日
dasaku 春 愁
南北も 東も見ずに 西の空
華やかな春の楽しさの中に、
ふと感じられる哀愁。それは、
日の沈んだ後の西の空にある。これから桜の花も開くというのに、
なんだろう、この胸の愁い。積み重ねた年月のせいだけではない。
それは子供の頃にもあった。
親が連れて行ってくれた待ちに待った、
週末の遊園地。
心待ちにしたその日が楽しければ楽しいほど、
帰りの電車の窓に見える夕焼けが淋しかった。夜中に用足しに目が覚めて、
布団にみんなが寝静まった豆電球の灯り。
父も母もいつかはいなくなるという不安。工場の屋根に沈む夕日を撮ろうと、
カメラを車から取り出しているうちに、
あっけなくいなくなっちまった西の空。やはり、
春愁は西の空にある。
2010年03月15日
dasaku 白木蓮
白といふ 色ここにあり 木蓮花
白木蓮の花がいっせいに咲いた。
色とりどりの、
カラフルな花もいいけれど、
なにひとつ隠し事の無き花のようで、
健気でいじらしくて初々しさを感ずる。路地の角の家に木蓮の木はあり、
自転車に乗った髪の長い女子高生が、
スカートをひるがえし、ペダルを踏んで、
歩く僕の横を追い越して、
その木の下を曲がって消えて行った。その、
うしろ姿に、遠き日の、
初恋を思い出す。木蓮花。


