おはよう、ぼたんさん。 いつもあい風交心ありがとう。
普通に、素直に、自然体の良寛さんがいます。独りの時も、人の中でも、まったく同じ自然体の良寛さんがいます。いつも自分の中のもう一人の自分と向き合っていて、そのもう一人の自分が現身の良寛さんも律しているのでしょうか。もう一人の自分は、良寛さんが師と仰ぎ、生き方の道標と尊敬する人で、道元さんでもいいし、常不軽菩薩さんでもいいし、一休さんでもいいのですけれど、良寛さんを良寛さんらしく律して活かしてくれる内なる真人です。良寛さんはその内なる真人を信じて生きていますから、飾らず、偽らず、選ばず、あるがまんまを生きることができたんでしょう。全受容で生きていました。 受容が超越ですから、まったくあるがまんまなんですね。 選ばず、拘らず、軽んぜず、です。 村人に会えば村人になりきり、子どもに会えば子どもになりきる。 いつでも、どこでも、出会うものに為りきることができるんですね。
秋の蚊の食らいつきをる手を休め 仁
山頭火さんは、老仁も、ずっと、気になる存在ですけれど、まだ、知らないんです。出会っていないんです。放哉さんも、同じでしょうか・・・芭蕉さんを知りたいくらい、山頭火さんも知りたいのですけれど・・・。 まだ、良寛さんも知りませんので、まずは、良寛さんから、です。 次に、一休さんが知りたい。そして、賢治さんが知りたい。そして、芭蕉さんも、山頭火さんも、澄雄さんも、知りたい。 知りたい病に罹っているのでしょうね。
阿修羅さんは、三つの顔を持ち、六本の手を持っています。 ということは、老仁も、内なる阿修羅さんを真似して生きれば、老仁を三つくらい、生きることができるようになるのでしょうね。内なる千手観音さんを生きれば、老仁を五人分くらい易々生きることができるのでしょうね。 でも、凡愚仁のままでいいや、と生きていますので、まずは、良寛さんの真似を楽しみます。 それでも、知りたい病の欲が出て、一休さんを知りたくなり、山頭火さんを知りたくなるので、ぼたんさん、一休さんのお話をすこし、分けてくださいね。 山頭火さんのお話を、すこし、分けてくださいね。 ぼたんさん、山頭火さんに出会わせてくださってありがとう。
稲の波を分け入る稲を倒さぬよう 仁
> 十七文字で詠めたら・・それはそれでよく 十七文字に、入りきらない思いの時は、これもまた それはそれでよい・・そんな感じに私は取れました。
そこまで行けたらいいですね。 そこまで行けるようになりたいですね。
老仁は、まだ、575の真似なんです。 575に拘っているんです。 そのまんま575ですから、いつか、そのまんま老仁になれるように、と思っているのですけれど・・・
稲の波分け入り稲の花愛す 仁
こんにちわ 良寛さんの風流についてもお話をじっくり拝見しました。 時代は違いますが・・ふっと山頭火さんを思いました。 でも彼の方がもっと自然児?のような日々でしたでしょうね。 俳句も芭蕉を手本に・・とのことですが、詠まれている物は、とても自由で形式に無理にこだわるような所も無いように感じました。 十七文字で詠めたら・・それはそれでよく 十七文字に、入りきらない思いの時は、これもまた それはそれでよい・・そんな感じに私は取れました。 あっ、でもこれは私の感想ですから・・ひょっとして山頭火さんの思いとは、違うかもしれませんね。
おはよう、ぼたんさん。 今日もあい風交心ありがとう。 本当に暑い日々が続きますね。ぼたんさんも行動派だから、無理なく、ご自愛くださいね。若くても容赦ない酷暑です。この非情の酷暑が来年以降常態になるそうですよ。 この常態に適応する命力調整しなければなりませんね。 老仁は案外色も体温も思想もカメレオン的になってきているんですよ。 真似良寛老仁のお蔭で、適応力がついてきているのでしょうね。でも、まだ、体がついて行っていないので、いざとなるとひ弱を暴露してしまいますけれどね。
暑い時は暑い最中を歩け愚仁 仁
> 「 暑いから夏 寒かったら冬 」
ぼたんさん風は老仁もやっています。 けっこう意志の領域ですけれど、どこにいても涼しい顔ができるように、が最近のトレーニングです。 先ずイメージより変われですから、あの良寛さんの涼しげな微笑みを真似するんですよ。 微笑み、微笑み。 自分に言い聞かせて、にっこり微笑むんです。 顔が微笑んだら、その内、心も微笑んでいるのに気がつきます。 体の表情は命の表情ですから、微笑みが命の表情として心に伝わっていくのでしょうね。
言い聞かせは、マントラほどには力ないですけれど、凡愚仁にはけっこう有効なセルフコントロール術なんです。 言葉の持つ力は大きいですね。 老仁が凡愚仁だから、疑いを知らないように素直になってしまうのかもしれませんけれど・・・不思議に、騙されるのも好きなんですよ。 騙されるくらいが楽しいんです。
> 私は自分の物差しで生きている為か、大分頑固な所がありますので・・・
凡愚仁も同じなんです。 自分が物差しだから、人がどうあろうと自分の道を歩いているんです。だから、いつも、結局独りなんですけれどね・・・唯我独存。自遊で、気楽で、もう、かわりようもありません。 だから、人には失礼ばかりしています。 時折、人の心を傷つけたりもしているんですけれど、気がつくのが遅いんですよ。凡愚仁だから、あきらめました。来る者は拒まず、去る者は追わず。古人は、そんな凡愚仁でも自分を押し通せる言葉の魔術を用意してくれているから感謝です。
真似良寛さんを生きていますので、傲慢不遜をいちばん嫌うんですけれど、無恥仁だから、そこまで気がつきません。知らぬうちに傲慢に生きているんですね。
疑わず、 欺かず、 軽んぜず。
良寛さんの三不が愚仁の自戒ですけれど、守るのは難しい。 ぼたんさん、ご寛容くださいね。
> 現は幻 来世が本物
現も幻、来世も幻。今とここさえ、もう、過去のこと。 一瞬一生、幻でも、刹那でも、生きていることが嬉しくて仕方ないんです。 生きもうけに、いつも、ありがとう。
じつは、そう言い聞かせているに過ぎませんけれどね。 骸骨の杖ついて、一休さんが、呼びかけてくれているから、現は幻、来世も幻、今とここをもっと直向きに喜びなさいと、言い聞かせているんですよ。
秋の野は秋の花咲く喜ばん 仁
ぼたんさん、いつも交心と生きるヒントをありがとう。 共鳴共振Happyです。
おはようございます 今日は、老い・・の文字が少しだけ目立っていますね・・仁さん~~お元気なのですか? 暑さにお疲れなのでは? 正直 私も暑いのには ヘキヘキ~~していますが、 一日に一回は 「 暑いから夏 寒かったら冬 」この言葉を心に置きます・・でも、 やっぱり~~ あ・つ・い です(大笑) 私も何回目かの成人式?? そうそう ある本で読みましたが、現は幻 来世が本物 ・・だと、 なら・・私は思います、来世を本当に本物にするのなら、現は少しでも 邪 を 作らない様に~~と、 私は自分の物差しで生きている為か、大分頑固な所がありますので・・失礼がありましたらごめんなさい。 とりあえずは 暑いのでお身体だけは気をつけて下さいね。
ぼたんさん、今日もあい風交心ありがとう。
富士山、そうなんですよ、最近、とても気になるんです。そしてお会いしたくなるんです。 明日香は心を安堵させてくれますけれど、 富士山は、心をシャキットさせてくれるのでしょうか・・・
ぼたんさんの月参りの心・・・
草木や昆虫の命に感じるものとまた違った何か大きな力を感じるのです。 何なのでしょうね・・・ 眺めたり、上ったり、いつも一緒にいないと、遂にわからないままなのでしょうね。 ついにわからないことだらけですけれど・・・
ぼたんさん、富士山の良さも、また、すこしずつ、わけてやってくださいね。
秋雲になりて富士山ぬぐわんや 仁
こんばんわ そして お帰りなさい 富士山に会いたい~~とか、 富士山は良いですよ・・ 以前にも話したかもしれませんが 24歳の時から何十年・・(現在まで) 月参りしています。富士吉田に浅間神社北口本宮・・があります、富士山の山開きなどを行う神社です、そこへ月一回(年ですと十二回) お参りに伺っています。 東名高速から既に富士山は、迎えてくれますよ・・・ 煩悩だらけの私でも、大きな心で迎えてくれる 女神の山です。 仁さんもぜひ お膝元へお出掛けになられると良いです。お薦めします。
おはよう、ぼたんさん。 ただ今、ぼたんさん。
短い旅でしたけれど、珍道中、楽しんできました。 メインの大極殿の光フェスタは十分に堪能できました。十四夜の月が出る頃からもう大極殿の前は待機する人でいっぱいになりそうです。灯しはまだ点火されず静かに並んでいます。ボランティアの人たちが点灯の準備中。 北斗七星のバルーンに先ず点灯。そして7000個の行灯に点灯されていきます。 そして7時半に、天平仮装行列が入ってきました。 コスチュームを光で飾ったさまざまな天平人が笑顔振りまきながら交心します。 老仁は夢中でカメラぱちぱちしましたけれど、夜の撮影は難しい。ましな写真は無しでした。 開場には色々光の作品展もあって、楽しい夜が過ごせました。
天平のモダンな夜を楽しみき 仁
こんにちわ 今日は22日・・もう奈良へ向かってお出掛けになられているのでしょうね。 暑いのでお気をつけてお出掛け下さい。
おはよう、ぼたんさん。 今日もあい風交心ありがとう。
歯の方は今日も処置をしてもらって、是で大丈夫ですと先生に太鼓判もらいました。 はい、憂さもなくなって、奈良の夜を楽しんでこようと思います。2年ぶりの奈良です。
連れ合いの真呼も奈良が大好きで、奈良大の学生さんになって、年に3度のスクーリングに出るので、老仁も同伴していたんですよ。ここしばらく体調不良で、奈良行き休んでいたんです。 遷都1300年の間にごてならしして、また復学できるように念じているんです。 20日から光フェスタがはじまるし、涼しくなるだろうと予定立てたのですけれど、この異常な暑さです。ちょっと気がかりですけれど、楽しめる分だけ楽しんできますよ。 老仁ももう無理の利かない身になってしまっているのですし・・・
22日夜のフェリーで発ちます。25日夜のフェリーで帰宅です。 その間、交心お休みです。
戻ったら浦島太郎さんのようにみんなから忘れられているということにならないように、願っています。 また、よろしくお願いしますね。
甦れ万葉秋の明日香風 仁
おはようございます 奈良へお出掛けなのですか? 歯の方もきっと少しずつ良くなりますので・・ どうか、楽しいご旅行を・・ 奈良は大昔 女学校の頃に修学旅行で行きましたが・・ それっきりです。 くれぐれも暑いので無理はなさらないで下さいね。
おはよう、ぼたんさん。 今日もあい風交心ありがとう。 この年になってもまだ虫歯の虫さん養おうなんて・・・忍び込んできたら、追い出せないんです。お友だちになれる間はいいけれど、結局撃退。 22日から奈良へ遊びに行くので、強制撃退。明日の治療で、何とか治まりそうです。 光フェスタの夜を遊んできます。
ほどほどに嫌わず選ばず秋の暮 仁
こんばんわ 歯が痛いのは、頭に近いので辛いですよね・・ 早く治してくださいね。 明日はお化けも暑がっている~~そんな物を書いてみますね。 どうぞお大事に・・。
おはよう、ぼたんさん。 今日もあい風交心ありがとう。 心配りもありがとう。 幾つもの別荘まで訪問してくださってHappyです。三粗仁を生きているんですけれど、ネット別荘だけは、無所住と同じですから、いくつも持っているんです。あんまり持っているので、空き家同然になっている別荘も多いのですけれど・・・ 無駄事ですけれど、ネット贅沢、楽しめる間は楽しませてもらいます。 別荘毎の顔を持ち、別荘毎のドラマを遊び、別荘毎の愛楽土・・・そんな煩悩具足を楽しんでのことでしたけれど、無能無才では実現不能。ただのミラーになってしまっていますけれど・・・
もっと煩悩受用して、人間時間楽しまなければなりませんね・・・
老仁自身は、不思議と元気です。 金属疲労は激しいようですけれど、脳がノーテンキなので、ドーパミンドバドバ。ご飯が零れてもドーパミンが溢れるくらい笑っていますから、細胞も喜んでくれているようです。 「真呼の体不調」というのは、連れ合いの体不調です。やっと順調になっていて、奈良フェスタにも参加しようという心になれて、今、ごてづくり(五体づくり)のトレーニングしているんですよ。といっても車で近場をドライブするだけですけれど。 今日は、少しよくなったので、三瀬まで水汲みに行ってきました。大丈夫だったので、22日からの奈良の旅も実現できそうです。 真呼は奈良が大好きだから、少々無理をしてでも、遷都1300年祭期間中に一度は旅したいと念じているのです。
ありがとうございます。
秋風やいながらなりきりネット旅 仁
ぼたんです 仁さんのもう1つの方を拝見しましたが・・お身体の具合が良くないのですか? この暑さですので・・くれぐれもお気をつけて下さい。
おはようございます お盆も終わり・・それぞれの方々がそれぞれの場所へ帰られたのでしょうね・・ 此岸の我々もまた、ボチボチがんばりましょう~~ それにしても暑いですね・・お身体の方は大丈夫ですか?
あるがままでいいよ。 やわらかい言葉ですけれど、強い力をもらえる言葉ですよね。 言葉は生きる力ですけれど、ひたむきに生きた人たちの言葉は愛語なんですね。
秋風や辛きも楽しこっちの勝ち 仁
> せっかく 縁あって人間として、生きている以上 最後に「面白かったぁ~」と、 言いたいじゃあないですか・・・
おもしろきこともなき世を・・・ ですね。生きもうけを生きるようになって、やっと、老仁も、面白いねぇ、といえるようになったんですよ。自分が面白いから、何でもかんでも、面白い。何でもかんでもは、みんな、自分なんですよね。 晋作さんは自分を最大に楽しみ、飛躍する自分を創造できた人でしょうね。
酔芙蓉奇が吾変ゆる面白し 仁
法然さんも親鸞さんも奇を決意したんですね。 そして、あるがままを発見し、あるがままを創造していくんです。命はあるがまんまの創造だという発見と決定がどんな古人にも共通する道の源泉なのでしょう。 命即是空。空即是命。
> 欲も 業も 人間の特徴~~そのように開き直ったら、必要以上の 欲 業 はいらなくなる・・私にはそう感じます。
愛欲財欲名誉欲。人間だもの欲あってあたりまえ。 悲喜辛苦。満たされれば喜び、失えば悲しむ。人間だもの、悲喜辛苦はあたりまえ。 そしてどんな生もあたりまえになってくると、ほんとうに、無理をしなくなりますね。貪欲も少なくなっていきます。怒りも愚痴も少なくなり、普通が一番いい、と感じます。激情より、平穏がいいと感じはじめます。 静かだけど、ダイナミック。穏やかだけど、熱い。ありふれたことにもいっしょうけんめいになれるんです。四畳半菜園で十分Happyな世界を楽しんでいるんですよ。
ときどきの怒りはスパイス花木槿 仁
花木槿きょうの歓喜も父母へ 仁
何事も厭わず望まず蓮の露 仁
おはようございます 法然さまが、あるがまま~で良い・・と、話されていますね。 法然さま 一休さま 親鸞さま・・ お三方に通じるものがある・・ 私なりの理解ですが・・。 法然さまに弟子入りした親鸞さまのお気持ち・・ 世俗のなかでお経を説いた一休さま・・ 宗教うんぬん~~ではなく、生きるとは・・を、教えてくれていますね。 せっかく 縁あって人間として、生きている以上 最後に「面白かったぁ~」と、 言いたいじゃあないですか・・ その為には、肩肘を張らず あるがままを楽しむ・面白がる・ 時には怒りもスパイスです・・そうおもいます。 欲も 業も 人間の特徴~~そのように開き直ったら、必要以上の 欲 業 はいらなくなる・・私にはそう感じます。
生きているって・・ 本当に面白いです。 先々、台の上にいる両親に話せるように たくさん面白い事を経験して、見て、聞いて・・心の一杯貯めておきたいですね。 辛さも・・面白い事の1つ~~そう思えたら、こっちの勝ちぃ~~ですよね。
みずきさん、交心ありがとうございます。 老仁の方こそご無沙汰してご寛容くださいね。 自然体の交心ができるといいですね。 ぼたんさんとの縁にいい花が咲くのを楽しみにしています。 また訪問させてくださいね。
溢るるもどこかさびしき百日紅 仁
よろしくお願いします。
仁さん ご無沙汰いたしております。 その節はありがとうございました。 ご挨拶もせず失礼をお許し下さい。
色々思うところありまして ご挨拶は差し控えておりました。
でも、そろそろ大丈夫そうです。 何とかブログ続けられそうです。 あまり堅苦しく考えずに自然体で参ります。 宜しくお願いします。
老いるほどうつくしくなれ魂迎 仁
この句好きです。 そんなふうになりたいです。
そうなんだ、ぼたんさん、苦しい道を歩いてきたんですね。 ありがとう、そんな心の一端を老仁に開いてくださって。感謝します。 心開かれると、その分だけ、その心を受容できたことになるといえるようです。受容は愛の力です。己を大切にする心が大きくなっているんです。 ぼたんさんの心、大きくなってくれてありがとう。
魂祭ゆくもゆかぬもあるがまま 仁
ぼたんさんの心が大きくなる二つのステージがあるんですね。 その一つは、受容の日々。開示の日々とでもいえる日々ですね。 。。。 ≪ その後二回自ら・・・そのたびに 全精力を使って 生きる事を考えます・・・ あまり良くない頭脳ですが・・・必死で生きる 自分を生かす それらを考えました・・・ ≫ 。。。
そして二つめは、超越の日々。悟入の日々とでもいえる日々でしょうか。 。。。 ≪ 今は・・ すべて凪の状態で受け止める事を、心に念じています・・ 瞬間は 大嵐でも すぐ 凪になる事を心掛けています。 ≫ 。。。
心を開くことが始まりで、心を開くことがあるがままを示すことになり、心を開きつづけて、自分のあるがままを確かめて、納得していけるようになるんです。心を開きつづけてあるがままの自分でいいんだといえるようになると、あるがまんまの自分が歓喜に満ちていくんです。命の歓喜に帰るんです。 ≪ すべて凪の状態で受け止める事を ≫ を無為自然と呼び変えてもいいでしょうか・・・煩悩を煩悩のままに受容して、歓喜や味わいに変える力が、命には具わっていたのですね。それは小さな自我の計らいを越えた命の蔵する宇宙の愛の力だったのです。 老仁も幾度も死と向き合ってきました。臆病だったから死の壁に体当たりできなかったんです。臆病に感謝です。優柔不断だったから逃亡する決心も持てなかったんです。優柔不断に感謝です。現世利益の地位や名誉や財産には遂に無縁に落ち零れてきましたけれど、平穏無事という宝物をもらいました。 凪の中に起こる大嵐ですね。凪の中に起こる日照りです。 凪の中に起こる苦楽です。凪の中に起こる悲喜です。 大嵐も日照りも命のひとつの炎だったのですね。 苦楽も悲喜も命の一つの燃焼だったのですね。 大嵐にありがとう。苦楽にありがとう。 一つひとつの小我にありがとう。
行くまでを古人と遊べ魂迎 仁
老仁は若い頃自死愛好会会長を自称していました。会員無しのひとり遊びでしたけれど。臆病で優柔不断だったから、会員募集もしなかったし、単独開示もできなかったんです。臆病と優柔不断にありがとうですね。
ごめんなさい、ぼたんさん。 ぼたんさんの歩みと重ならないのでしょうけれど、ぼたんさんの開いてくれた心に触れて、老仁の心のひと隅を言葉で開いてみました。 ご寛容くださいね。
かなかなの声頭をこゆる凪の海 仁
流星さん、おはようございます。 遙々の交心ありがとうございます。 はい、ありがとう、昼寝のお蔭で、寝不足回復ですよ。菩薩さんにも添い寝をしてもらいました。安心境の爆睡です。
汝れの念添いて安堵の昼寝覚 仁
今日は上の奈呼が盆帰り。明日は下の緒呼が盆帰りです。平穏の一日の平穏の花が咲いてくれます。小さな世界の小さな幸せですね。 狭い日本の盆のUターンラッシュがつづいています。30キロ、40キロの渋滞がつづくんですよ。上空から鳥瞰したら蟻の行列でしょうね。
難儀して盆の一日の里帰り 仁
流星さんには盆のイメージありますか・・・ 老仁は無宗教だから、盆もクリスマスもそれなりに楽しむんですけれど。
アーカイブへのアクセスありがとうございます。 地蔵さんの並ぶ里山の小径を歩くの老仁は好きなんですよ。流星さんもそんな散策の郷愁があるのがわかってHappyです。
盂蘭盆や地蔵道行く異邦人 仁
柳川でも外国人が自転車で観光する姿が時々見かけられますけれど、日本人もいっぱい外国へ出て教会巡りの観光もしているのでしょうね。夏休みには世界中で様々な文化が混じり合っているんですね。混じり合い、交わり合って、世界が平和になりますように。 流星さんの旅が豊かに、光り輝きますように。
こんにちわ 涅槃図ですね・・ 私 三回彼岸へ行きそうになって今日に至っています・・ まず 生まれた時 仮死・・ その後二回自ら・・・ そのたびに 全精力を使って 生きる事を考えます・・・ あまり良くない頭脳ですが・・・必死で生きる 自分を生かす それらを考えました・・・ 今は・・ すべて凪の状態で受け止める事を、心に念じています・・ 瞬間は 大嵐でも すぐ 凪になる事を心掛けています。 煩悩の塊の私ですので・・・(はい)
九十九島は、あいにくの台風で、残念でしたね~ 旅のお疲れは、とれましたか?
>昼寝せん菩薩よ吾に添い寝せよ 仁
お昼寝でお疲れが取れますように・・・。。
2007年08月21日の記事にも、少しコメントを書かせて頂いております♪ 今日も仁さんにとって平穏な一日でありますように。。
おはよう、ぼたんさん。 いつもあい風交心ありがとう。 そしていつも遅くなってしまうおはようをごめんなさい。
> 生まれ落ちたそのときから・・・始まっていますよね・・・終着点への歩みが・・
ぼたんさん、すごい。 この認識、いつ頃はじまったの・・・? 「終着点への歩み」、老仁、最近、向き合いはじめたんですよ。 老仁には「終着点」がなかったんですよ。歩きはじめるにも光が無く、道もなく、あったのは、ただ、「絶望」だったような気がします。「生まれたことの嬉しさ」を大切にできなかったんでしょうね。嬉しさよりも、希望のなさが大きくなって、ついに幻想なのでしょうけれど「大絶望」に捕縛されてしまったようです。 「大絶望」の迷宮では、出口が見つけ出せないだけではなく、迷う道さえなくなるんですよ。迷う道があって迷い歩ければ幸せでしょうけれど、迷いの道を歩もうにも、道の前に、「死」という壁が立ち塞がるんです。姿も色も形もないのにそこに死神がいるんです。 死神というのは後ろにいて、後ろから鷲づかみにするもののようですけれど、老仁の死神は前に立ちはだかっていたのでした。動かなければ、老仁を捕まえる素振りもしないんです。立ち向かえば、死神に捕まり、食われてしまうでしょう。逃げても、後ろを見せれば、鷲づかみにされるでしょう。
今思えば、じっとしていればいい、は老仁の無意識の生きる知恵だったのでしょうね。 じっとしていればいい、が老仁の自我の目覚めからはじまった鬱でした。 じっとしていれば安全なのでした。
立ち塞がる陰も消えゆく秋の暮 仁
今思えば、ただ、無能無才の自覚という自我の目覚めに適応する力も知恵もなかったんです。鬱の牢獄に自分を閉じ込めていたんです。 今になって、やっと、無能無才に向き合う適応力が身につきはじめてきました。無能無才のまんま、こんなBLOGで、臆面もなく、交心できるようになってきているから、それを適応力と呼んでいいのでしょうね。 鬱は自分が作りだした牢獄だったんです。今では、鬱は、老仁らしさの愛楽土になりました。鬱のまんまでも、大人の人たちと同伴することができるようになってきたんです。
嬉しさも苦しさも、同じ老仁の命から出ているものです。 悲しさも楽しさも、同じ老仁の心なんです。 選ばず、軽んぜずの知恵とスキルを何処で学んだのでしょう。気づかないうちに、無知無能の仁を、鬱の仁を、どんな自分をも、受け容れていたんですね。 いつのまにか、死神の壁を突き抜けていたんですね。 まだ、迷宮の中にいるんですけれど、行き止まりになりながら、どの道を歩いても、歩くことが楽しくなっているんです。
秋涼し死ぬまで迷宮楽土かな 仁
今は、遊行優游遊泳時空という迷宮を歩いています。 今までの彷徨の中では、最高におもしろい彷徨になっています。遊行優游遊泳時空が終の棲家、終の虚構の彷徨になるのかもしれませんけれど・・・ 良寛さんの時空も一休さんの時空も余りにも大きすぎるから、無知無才老仁には、無限の楽しみになるんでしょうね。
ぼたんさんは、親鸞さんにも巡り会っているんだぁ。 老仁も学生の頃親鸞さんに巡り会って、色々学んだつもりになっていたんですけれど、ずいぶん遠離っていたように思います。 ぼたんさん、親鸞さんのお話も聞かせて下さいね。忘れてきた色々の学びが甦るかもしれません。学びの楽しみや、蘇りの喜びを、享受できるのはHappyです。 ぼたんさん、いつもHappyを送るあい風ありがとう。
新涼や知る楽しみの欲深む 仁
欲張りなぼたんさんよりももっと欲張りな老仁より
流星さん、おはようございます。 あっという間の一泊の旅ですけれど、のんびりゆったり楽しんできました。 九十九島は九州大好きポイントの一つですけれど、ずいぶん久しぶりの訪れです。それだけ楽しみにしていたんですけれど、・・・ 流星さんの声援の祈りも叶わず、あいにくの台風。 4時頃宿に着きましたので、島巡りしようかということにしたのですけれど、宿の人に聞くと、今日は欠航だそうです。それじゃ水族館を見に行こうと、出かけましたけれど、水族館に着く前に雨が降り出しました。風も強く鳴りはじめて、すぐ引き返しです。 翌日は台風大接近。遠藤周作記念館でゆったり時を過ごすだけで、後は茶店のハシゴです。学生時代も茶店に入り浸っていたので、まったく学生時代へのタイムスリップでした。 いつも似たり寄ったりの旅ですけれど、こんな旅が毎年夏冬2回、40年もつづいているからミラクルでしょうね。
> 人生は創造するドラマ・・・ 私のドラマは、もう少し穏やかに流れてほしい。。
鄙仁の平穏な人生から見ると、羨望の人生です。 世界で羽ばたけることは最高の憧憬です。 友人達は仕事上ヨーロッパは普通に往来しているんですけれど、老仁はまだ未踏の憧憬のままの異邦なんです。せめて一度は・・・ でも、もう、あきらめて、ネットサーフィンで居ながらなりきり世界の旅を楽しませてもらっています。 流星さんの豊かな世界に巡り会えてHappyです。
夢に命ラディカルに燃えよ酔芙蓉 仁
おはよう、ぼたんさん。
いつもあい風交心ありがとう。
普通に、素直に、自然体の良寛さんがいます。独りの時も、人の中でも、まったく同じ自然体の良寛さんがいます。いつも自分の中のもう一人の自分と向き合っていて、そのもう一人の自分が現身の良寛さんも律しているのでしょうか。もう一人の自分は、良寛さんが師と仰ぎ、生き方の道標と尊敬する人で、道元さんでもいいし、常不軽菩薩さんでもいいし、一休さんでもいいのですけれど、良寛さんを良寛さんらしく律して活かしてくれる内なる真人です。良寛さんはその内なる真人を信じて生きていますから、飾らず、偽らず、選ばず、あるがまんまを生きることができたんでしょう。全受容で生きていました。
受容が超越ですから、まったくあるがまんまなんですね。
選ばず、拘らず、軽んぜず、です。
村人に会えば村人になりきり、子どもに会えば子どもになりきる。
いつでも、どこでも、出会うものに為りきることができるんですね。
秋の蚊の食らいつきをる手を休め 仁
山頭火さんは、老仁も、ずっと、気になる存在ですけれど、まだ、知らないんです。出会っていないんです。放哉さんも、同じでしょうか・・・芭蕉さんを知りたいくらい、山頭火さんも知りたいのですけれど・・・。
まだ、良寛さんも知りませんので、まずは、良寛さんから、です。
次に、一休さんが知りたい。そして、賢治さんが知りたい。そして、芭蕉さんも、山頭火さんも、澄雄さんも、知りたい。
知りたい病に罹っているのでしょうね。
阿修羅さんは、三つの顔を持ち、六本の手を持っています。
ということは、老仁も、内なる阿修羅さんを真似して生きれば、老仁を三つくらい、生きることができるようになるのでしょうね。内なる千手観音さんを生きれば、老仁を五人分くらい易々生きることができるのでしょうね。
でも、凡愚仁のままでいいや、と生きていますので、まずは、良寛さんの真似を楽しみます。
それでも、知りたい病の欲が出て、一休さんを知りたくなり、山頭火さんを知りたくなるので、ぼたんさん、一休さんのお話をすこし、分けてくださいね。
山頭火さんのお話を、すこし、分けてくださいね。
ぼたんさん、山頭火さんに出会わせてくださってありがとう。
稲の波を分け入る稲を倒さぬよう 仁
> 十七文字で詠めたら・・それはそれでよく 十七文字に、入りきらない思いの時は、これもまた それはそれでよい・・そんな感じに私は取れました。
そこまで行けたらいいですね。
そこまで行けるようになりたいですね。
老仁は、まだ、575の真似なんです。
575に拘っているんです。
そのまんま575ですから、いつか、そのまんま老仁になれるように、と思っているのですけれど・・・
稲の波分け入り稲の花愛す 仁
こんにちわ
良寛さんの風流についてもお話をじっくり拝見しました。 時代は違いますが・・ふっと山頭火さんを思いました。 でも彼の方がもっと自然児?のような日々でしたでしょうね。
俳句も芭蕉を手本に・・とのことですが、詠まれている物は、とても自由で形式に無理にこだわるような所も無いように感じました。 十七文字で詠めたら・・それはそれでよく 十七文字に、入りきらない思いの時は、これもまた それはそれでよい・・そんな感じに私は取れました。
あっ、でもこれは私の感想ですから・・ひょっとして山頭火さんの思いとは、違うかもしれませんね。
おはよう、ぼたんさん。
今日もあい風交心ありがとう。
本当に暑い日々が続きますね。ぼたんさんも行動派だから、無理なく、ご自愛くださいね。若くても容赦ない酷暑です。この非情の酷暑が来年以降常態になるそうですよ。
この常態に適応する命力調整しなければなりませんね。
老仁は案外色も体温も思想もカメレオン的になってきているんですよ。
真似良寛老仁のお蔭で、適応力がついてきているのでしょうね。でも、まだ、体がついて行っていないので、いざとなるとひ弱を暴露してしまいますけれどね。
暑い時は暑い最中を歩け愚仁 仁
> 「 暑いから夏 寒かったら冬 」
ぼたんさん風は老仁もやっています。
けっこう意志の領域ですけれど、どこにいても涼しい顔ができるように、が最近のトレーニングです。
先ずイメージより変われですから、あの良寛さんの涼しげな微笑みを真似するんですよ。
微笑み、微笑み。
自分に言い聞かせて、にっこり微笑むんです。
顔が微笑んだら、その内、心も微笑んでいるのに気がつきます。
体の表情は命の表情ですから、微笑みが命の表情として心に伝わっていくのでしょうね。
言い聞かせは、マントラほどには力ないですけれど、凡愚仁にはけっこう有効なセルフコントロール術なんです。
言葉の持つ力は大きいですね。
老仁が凡愚仁だから、疑いを知らないように素直になってしまうのかもしれませんけれど・・・不思議に、騙されるのも好きなんですよ。
騙されるくらいが楽しいんです。
> 私は自分の物差しで生きている為か、大分頑固な所がありますので・・・
凡愚仁も同じなんです。
自分が物差しだから、人がどうあろうと自分の道を歩いているんです。だから、いつも、結局独りなんですけれどね・・・唯我独存。自遊で、気楽で、もう、かわりようもありません。
だから、人には失礼ばかりしています。
時折、人の心を傷つけたりもしているんですけれど、気がつくのが遅いんですよ。凡愚仁だから、あきらめました。来る者は拒まず、去る者は追わず。古人は、そんな凡愚仁でも自分を押し通せる言葉の魔術を用意してくれているから感謝です。
真似良寛さんを生きていますので、傲慢不遜をいちばん嫌うんですけれど、無恥仁だから、そこまで気がつきません。知らぬうちに傲慢に生きているんですね。
疑わず、
欺かず、
軽んぜず。
良寛さんの三不が愚仁の自戒ですけれど、守るのは難しい。
ぼたんさん、ご寛容くださいね。
> 現は幻 来世が本物
現も幻、来世も幻。今とここさえ、もう、過去のこと。
一瞬一生、幻でも、刹那でも、生きていることが嬉しくて仕方ないんです。
生きもうけに、いつも、ありがとう。
じつは、そう言い聞かせているに過ぎませんけれどね。
骸骨の杖ついて、一休さんが、呼びかけてくれているから、現は幻、来世も幻、今とここをもっと直向きに喜びなさいと、言い聞かせているんですよ。
秋の野は秋の花咲く喜ばん 仁
ぼたんさん、いつも交心と生きるヒントをありがとう。
共鳴共振Happyです。
おはようございます
今日は、老い・・の文字が少しだけ目立っていますね・・仁さん~~お元気なのですか?
暑さにお疲れなのでは? 正直 私も暑いのには ヘキヘキ~~していますが、
一日に一回は 「 暑いから夏 寒かったら冬 」この言葉を心に置きます・・でも、
やっぱり~~ あ・つ・い です(大笑)
私も何回目かの成人式?? そうそう ある本で読みましたが、現は幻 来世が本物 ・・だと、
なら・・私は思います、来世を本当に本物にするのなら、現は少しでも 邪 を 作らない様に~~と、 私は自分の物差しで生きている為か、大分頑固な所がありますので・・失礼がありましたらごめんなさい。 とりあえずは 暑いのでお身体だけは気をつけて下さいね。
ぼたんさん、今日もあい風交心ありがとう。
富士山、そうなんですよ、最近、とても気になるんです。そしてお会いしたくなるんです。
明日香は心を安堵させてくれますけれど、
富士山は、心をシャキットさせてくれるのでしょうか・・・
ぼたんさんの月参りの心・・・
草木や昆虫の命に感じるものとまた違った何か大きな力を感じるのです。
何なのでしょうね・・・
眺めたり、上ったり、いつも一緒にいないと、遂にわからないままなのでしょうね。
ついにわからないことだらけですけれど・・・
ぼたんさん、富士山の良さも、また、すこしずつ、わけてやってくださいね。
秋雲になりて富士山ぬぐわんや 仁
こんばんわ そして お帰りなさい
富士山に会いたい~~とか、 富士山は良いですよ・・ 以前にも話したかもしれませんが
24歳の時から何十年・・(現在まで) 月参りしています。富士吉田に浅間神社北口本宮・・があります、富士山の山開きなどを行う神社です、そこへ月一回(年ですと十二回) お参りに伺っています。 東名高速から既に富士山は、迎えてくれますよ・・・
煩悩だらけの私でも、大きな心で迎えてくれる 女神の山です。
仁さんもぜひ お膝元へお出掛けになられると良いです。お薦めします。
おはよう、ぼたんさん。
ただ今、ぼたんさん。
短い旅でしたけれど、珍道中、楽しんできました。
メインの大極殿の光フェスタは十分に堪能できました。十四夜の月が出る頃からもう大極殿の前は待機する人でいっぱいになりそうです。灯しはまだ点火されず静かに並んでいます。ボランティアの人たちが点灯の準備中。
北斗七星のバルーンに先ず点灯。そして7000個の行灯に点灯されていきます。
そして7時半に、天平仮装行列が入ってきました。
コスチュームを光で飾ったさまざまな天平人が笑顔振りまきながら交心します。
老仁は夢中でカメラぱちぱちしましたけれど、夜の撮影は難しい。ましな写真は無しでした。
開場には色々光の作品展もあって、楽しい夜が過ごせました。
天平のモダンな夜を楽しみき 仁
こんにちわ
今日は22日・・もう奈良へ向かってお出掛けになられているのでしょうね。
暑いのでお気をつけてお出掛け下さい。
おはよう、ぼたんさん。
今日もあい風交心ありがとう。
歯の方は今日も処置をしてもらって、是で大丈夫ですと先生に太鼓判もらいました。
はい、憂さもなくなって、奈良の夜を楽しんでこようと思います。2年ぶりの奈良です。
連れ合いの真呼も奈良が大好きで、奈良大の学生さんになって、年に3度のスクーリングに出るので、老仁も同伴していたんですよ。ここしばらく体調不良で、奈良行き休んでいたんです。
遷都1300年の間にごてならしして、また復学できるように念じているんです。
20日から光フェスタがはじまるし、涼しくなるだろうと予定立てたのですけれど、この異常な暑さです。ちょっと気がかりですけれど、楽しめる分だけ楽しんできますよ。
老仁ももう無理の利かない身になってしまっているのですし・・・
22日夜のフェリーで発ちます。25日夜のフェリーで帰宅です。
その間、交心お休みです。
戻ったら浦島太郎さんのようにみんなから忘れられているということにならないように、願っています。
また、よろしくお願いしますね。
甦れ万葉秋の明日香風 仁
おはようございます
奈良へお出掛けなのですか? 歯の方もきっと少しずつ良くなりますので・・
どうか、楽しいご旅行を・・ 奈良は大昔 女学校の頃に修学旅行で行きましたが・・
それっきりです。 くれぐれも暑いので無理はなさらないで下さいね。
おはよう、ぼたんさん。
今日もあい風交心ありがとう。
この年になってもまだ虫歯の虫さん養おうなんて・・・忍び込んできたら、追い出せないんです。お友だちになれる間はいいけれど、結局撃退。
22日から奈良へ遊びに行くので、強制撃退。明日の治療で、何とか治まりそうです。
光フェスタの夜を遊んできます。
ほどほどに嫌わず選ばず秋の暮 仁
こんばんわ
歯が痛いのは、頭に近いので辛いですよね・・
早く治してくださいね。 明日はお化けも暑がっている~~そんな物を書いてみますね。
どうぞお大事に・・。
おはよう、ぼたんさん。
今日もあい風交心ありがとう。
心配りもありがとう。
幾つもの別荘まで訪問してくださってHappyです。三粗仁を生きているんですけれど、ネット別荘だけは、無所住と同じですから、いくつも持っているんです。あんまり持っているので、空き家同然になっている別荘も多いのですけれど・・・
無駄事ですけれど、ネット贅沢、楽しめる間は楽しませてもらいます。
別荘毎の顔を持ち、別荘毎のドラマを遊び、別荘毎の愛楽土・・・そんな煩悩具足を楽しんでのことでしたけれど、無能無才では実現不能。ただのミラーになってしまっていますけれど・・・
もっと煩悩受用して、人間時間楽しまなければなりませんね・・・
老仁自身は、不思議と元気です。
金属疲労は激しいようですけれど、脳がノーテンキなので、ドーパミンドバドバ。ご飯が零れてもドーパミンが溢れるくらい笑っていますから、細胞も喜んでくれているようです。
「真呼の体不調」というのは、連れ合いの体不調です。やっと順調になっていて、奈良フェスタにも参加しようという心になれて、今、ごてづくり(五体づくり)のトレーニングしているんですよ。といっても車で近場をドライブするだけですけれど。
今日は、少しよくなったので、三瀬まで水汲みに行ってきました。大丈夫だったので、22日からの奈良の旅も実現できそうです。
真呼は奈良が大好きだから、少々無理をしてでも、遷都1300年祭期間中に一度は旅したいと念じているのです。
ありがとうございます。
秋風やいながらなりきりネット旅 仁
ぼたんです
仁さんのもう1つの方を拝見しましたが・・お身体の具合が良くないのですか?
この暑さですので・・くれぐれもお気をつけて下さい。
おはようございます
お盆も終わり・・それぞれの方々がそれぞれの場所へ帰られたのでしょうね・・
此岸の我々もまた、ボチボチがんばりましょう~~
それにしても暑いですね・・お身体の方は大丈夫ですか?
おはよう、ぼたんさん。
今日もあい風交心ありがとう。
あるがままでいいよ。
やわらかい言葉ですけれど、強い力をもらえる言葉ですよね。
言葉は生きる力ですけれど、ひたむきに生きた人たちの言葉は愛語なんですね。
秋風や辛きも楽しこっちの勝ち 仁
> せっかく 縁あって人間として、生きている以上 最後に「面白かったぁ~」と、
言いたいじゃあないですか・・・
おもしろきこともなき世を・・・
ですね。生きもうけを生きるようになって、やっと、老仁も、面白いねぇ、といえるようになったんですよ。自分が面白いから、何でもかんでも、面白い。何でもかんでもは、みんな、自分なんですよね。
晋作さんは自分を最大に楽しみ、飛躍する自分を創造できた人でしょうね。
酔芙蓉奇が吾変ゆる面白し 仁
法然さんも親鸞さんも奇を決意したんですね。
そして、あるがままを発見し、あるがままを創造していくんです。命はあるがまんまの創造だという発見と決定がどんな古人にも共通する道の源泉なのでしょう。
命即是空。空即是命。
> 欲も 業も 人間の特徴~~そのように開き直ったら、必要以上の 欲 業 はいらなくなる・・私にはそう感じます。
愛欲財欲名誉欲。人間だもの欲あってあたりまえ。
悲喜辛苦。満たされれば喜び、失えば悲しむ。人間だもの、悲喜辛苦はあたりまえ。
そしてどんな生もあたりまえになってくると、ほんとうに、無理をしなくなりますね。貪欲も少なくなっていきます。怒りも愚痴も少なくなり、普通が一番いい、と感じます。激情より、平穏がいいと感じはじめます。
静かだけど、ダイナミック。穏やかだけど、熱い。ありふれたことにもいっしょうけんめいになれるんです。四畳半菜園で十分Happyな世界を楽しんでいるんですよ。
ときどきの怒りはスパイス花木槿 仁
花木槿きょうの歓喜も父母へ 仁
何事も厭わず望まず蓮の露 仁
おはようございます
法然さまが、あるがまま~で良い・・と、話されていますね。
法然さま 一休さま 親鸞さま・・ お三方に通じるものがある・・ 私なりの理解ですが・・。
法然さまに弟子入りした親鸞さまのお気持ち・・ 世俗のなかでお経を説いた一休さま・・
宗教うんぬん~~ではなく、生きるとは・・を、教えてくれていますね。
せっかく 縁あって人間として、生きている以上 最後に「面白かったぁ~」と、
言いたいじゃあないですか・・ その為には、肩肘を張らず あるがままを楽しむ・面白がる・
時には怒りもスパイスです・・そうおもいます。
欲も 業も 人間の特徴~~そのように開き直ったら、必要以上の 欲 業 はいらなくなる・・私にはそう感じます。
生きているって・・ 本当に面白いです。 先々、台の上にいる両親に話せるように
たくさん面白い事を経験して、見て、聞いて・・心の一杯貯めておきたいですね。
辛さも・・面白い事の1つ~~そう思えたら、こっちの勝ちぃ~~ですよね。
みずきさん、交心ありがとうございます。
老仁の方こそご無沙汰してご寛容くださいね。
自然体の交心ができるといいですね。
ぼたんさんとの縁にいい花が咲くのを楽しみにしています。
また訪問させてくださいね。
溢るるもどこかさびしき百日紅 仁
よろしくお願いします。
仁さん
ご無沙汰いたしております。
その節はありがとうございました。
ご挨拶もせず失礼をお許し下さい。
色々思うところありまして
ご挨拶は差し控えておりました。
でも、そろそろ大丈夫そうです。
何とかブログ続けられそうです。
あまり堅苦しく考えずに自然体で参ります。
宜しくお願いします。
老いるほどうつくしくなれ魂迎 仁
この句好きです。
そんなふうになりたいです。
おはよう、ぼたんさん。
今日もあい風交心ありがとう。
そうなんだ、ぼたんさん、苦しい道を歩いてきたんですね。
ありがとう、そんな心の一端を老仁に開いてくださって。感謝します。
心開かれると、その分だけ、その心を受容できたことになるといえるようです。受容は愛の力です。己を大切にする心が大きくなっているんです。
ぼたんさんの心、大きくなってくれてありがとう。
魂祭ゆくもゆかぬもあるがまま 仁
ぼたんさんの心が大きくなる二つのステージがあるんですね。
その一つは、受容の日々。開示の日々とでもいえる日々ですね。
。。。 ≪ その後二回自ら・・・そのたびに 全精力を使って 生きる事を考えます・・・
あまり良くない頭脳ですが・・・必死で生きる 自分を生かす それらを考えました・・・ ≫ 。。。
そして二つめは、超越の日々。悟入の日々とでもいえる日々でしょうか。
。。。 ≪ 今は・・ すべて凪の状態で受け止める事を、心に念じています・・ 瞬間は 大嵐でも すぐ 凪になる事を心掛けています。 ≫ 。。。
心を開くことが始まりで、心を開くことがあるがままを示すことになり、心を開きつづけて、自分のあるがままを確かめて、納得していけるようになるんです。心を開きつづけてあるがままの自分でいいんだといえるようになると、あるがまんまの自分が歓喜に満ちていくんです。命の歓喜に帰るんです。
≪ すべて凪の状態で受け止める事を ≫ を無為自然と呼び変えてもいいでしょうか・・・煩悩を煩悩のままに受容して、歓喜や味わいに変える力が、命には具わっていたのですね。それは小さな自我の計らいを越えた命の蔵する宇宙の愛の力だったのです。
老仁も幾度も死と向き合ってきました。臆病だったから死の壁に体当たりできなかったんです。臆病に感謝です。優柔不断だったから逃亡する決心も持てなかったんです。優柔不断に感謝です。現世利益の地位や名誉や財産には遂に無縁に落ち零れてきましたけれど、平穏無事という宝物をもらいました。
凪の中に起こる大嵐ですね。凪の中に起こる日照りです。
凪の中に起こる苦楽です。凪の中に起こる悲喜です。
大嵐も日照りも命のひとつの炎だったのですね。
苦楽も悲喜も命の一つの燃焼だったのですね。
大嵐にありがとう。苦楽にありがとう。
一つひとつの小我にありがとう。
行くまでを古人と遊べ魂迎 仁
老仁は若い頃自死愛好会会長を自称していました。会員無しのひとり遊びでしたけれど。臆病で優柔不断だったから、会員募集もしなかったし、単独開示もできなかったんです。臆病と優柔不断にありがとうですね。
ごめんなさい、ぼたんさん。
ぼたんさんの歩みと重ならないのでしょうけれど、ぼたんさんの開いてくれた心に触れて、老仁の心のひと隅を言葉で開いてみました。
ご寛容くださいね。
かなかなの声頭をこゆる凪の海 仁
流星さん、おはようございます。
遙々の交心ありがとうございます。
はい、ありがとう、昼寝のお蔭で、寝不足回復ですよ。菩薩さんにも添い寝をしてもらいました。安心境の爆睡です。
汝れの念添いて安堵の昼寝覚 仁
今日は上の奈呼が盆帰り。明日は下の緒呼が盆帰りです。平穏の一日の平穏の花が咲いてくれます。小さな世界の小さな幸せですね。
狭い日本の盆のUターンラッシュがつづいています。30キロ、40キロの渋滞がつづくんですよ。上空から鳥瞰したら蟻の行列でしょうね。
難儀して盆の一日の里帰り 仁
流星さんには盆のイメージありますか・・・
老仁は無宗教だから、盆もクリスマスもそれなりに楽しむんですけれど。
アーカイブへのアクセスありがとうございます。
地蔵さんの並ぶ里山の小径を歩くの老仁は好きなんですよ。流星さんもそんな散策の郷愁があるのがわかってHappyです。
盂蘭盆や地蔵道行く異邦人 仁
柳川でも外国人が自転車で観光する姿が時々見かけられますけれど、日本人もいっぱい外国へ出て教会巡りの観光もしているのでしょうね。夏休みには世界中で様々な文化が混じり合っているんですね。混じり合い、交わり合って、世界が平和になりますように。
流星さんの旅が豊かに、光り輝きますように。
こんにちわ
涅槃図ですね・・
私 三回彼岸へ行きそうになって今日に至っています・・ まず 生まれた時 仮死・・
その後二回自ら・・・ そのたびに 全精力を使って 生きる事を考えます・・・
あまり良くない頭脳ですが・・・必死で生きる 自分を生かす それらを考えました・・・
今は・・ すべて凪の状態で受け止める事を、心に念じています・・ 瞬間は 大嵐でも
すぐ 凪になる事を心掛けています。 煩悩の塊の私ですので・・・(はい)
九十九島は、あいにくの台風で、残念でしたね~
旅のお疲れは、とれましたか?
>昼寝せん菩薩よ吾に添い寝せよ 仁
お昼寝でお疲れが取れますように・・・。。
2007年08月21日の記事にも、少しコメントを書かせて頂いております♪
今日も仁さんにとって平穏な一日でありますように。。
おはよう、ぼたんさん。
いつもあい風交心ありがとう。
そしていつも遅くなってしまうおはようをごめんなさい。
> 生まれ落ちたそのときから・・・始まっていますよね・・・終着点への歩みが・・
ぼたんさん、すごい。
この認識、いつ頃はじまったの・・・?
「終着点への歩み」、老仁、最近、向き合いはじめたんですよ。
老仁には「終着点」がなかったんですよ。歩きはじめるにも光が無く、道もなく、あったのは、ただ、「絶望」だったような気がします。「生まれたことの嬉しさ」を大切にできなかったんでしょうね。嬉しさよりも、希望のなさが大きくなって、ついに幻想なのでしょうけれど「大絶望」に捕縛されてしまったようです。
「大絶望」の迷宮では、出口が見つけ出せないだけではなく、迷う道さえなくなるんですよ。迷う道があって迷い歩ければ幸せでしょうけれど、迷いの道を歩もうにも、道の前に、「死」という壁が立ち塞がるんです。姿も色も形もないのにそこに死神がいるんです。
死神というのは後ろにいて、後ろから鷲づかみにするもののようですけれど、老仁の死神は前に立ちはだかっていたのでした。動かなければ、老仁を捕まえる素振りもしないんです。立ち向かえば、死神に捕まり、食われてしまうでしょう。逃げても、後ろを見せれば、鷲づかみにされるでしょう。
今思えば、じっとしていればいい、は老仁の無意識の生きる知恵だったのでしょうね。
じっとしていればいい、が老仁の自我の目覚めからはじまった鬱でした。
じっとしていれば安全なのでした。
立ち塞がる陰も消えゆく秋の暮 仁
今思えば、ただ、無能無才の自覚という自我の目覚めに適応する力も知恵もなかったんです。鬱の牢獄に自分を閉じ込めていたんです。
今になって、やっと、無能無才に向き合う適応力が身につきはじめてきました。無能無才のまんま、こんなBLOGで、臆面もなく、交心できるようになってきているから、それを適応力と呼んでいいのでしょうね。
鬱は自分が作りだした牢獄だったんです。今では、鬱は、老仁らしさの愛楽土になりました。鬱のまんまでも、大人の人たちと同伴することができるようになってきたんです。
嬉しさも苦しさも、同じ老仁の命から出ているものです。
悲しさも楽しさも、同じ老仁の心なんです。
選ばず、軽んぜずの知恵とスキルを何処で学んだのでしょう。気づかないうちに、無知無能の仁を、鬱の仁を、どんな自分をも、受け容れていたんですね。
いつのまにか、死神の壁を突き抜けていたんですね。
まだ、迷宮の中にいるんですけれど、行き止まりになりながら、どの道を歩いても、歩くことが楽しくなっているんです。
秋涼し死ぬまで迷宮楽土かな 仁
今は、遊行優游遊泳時空という迷宮を歩いています。
今までの彷徨の中では、最高におもしろい彷徨になっています。遊行優游遊泳時空が終の棲家、終の虚構の彷徨になるのかもしれませんけれど・・・
良寛さんの時空も一休さんの時空も余りにも大きすぎるから、無知無才老仁には、無限の楽しみになるんでしょうね。
ぼたんさんは、親鸞さんにも巡り会っているんだぁ。
老仁も学生の頃親鸞さんに巡り会って、色々学んだつもりになっていたんですけれど、ずいぶん遠離っていたように思います。
ぼたんさん、親鸞さんのお話も聞かせて下さいね。忘れてきた色々の学びが甦るかもしれません。学びの楽しみや、蘇りの喜びを、享受できるのはHappyです。
ぼたんさん、いつもHappyを送るあい風ありがとう。
新涼や知る楽しみの欲深む 仁
欲張りなぼたんさんよりももっと欲張りな老仁より
流星さん、おはようございます。
あっという間の一泊の旅ですけれど、のんびりゆったり楽しんできました。
九十九島は九州大好きポイントの一つですけれど、ずいぶん久しぶりの訪れです。それだけ楽しみにしていたんですけれど、・・・
流星さんの声援の祈りも叶わず、あいにくの台風。
4時頃宿に着きましたので、島巡りしようかということにしたのですけれど、宿の人に聞くと、今日は欠航だそうです。それじゃ水族館を見に行こうと、出かけましたけれど、水族館に着く前に雨が降り出しました。風も強く鳴りはじめて、すぐ引き返しです。
翌日は台風大接近。遠藤周作記念館でゆったり時を過ごすだけで、後は茶店のハシゴです。学生時代も茶店に入り浸っていたので、まったく学生時代へのタイムスリップでした。
いつも似たり寄ったりの旅ですけれど、こんな旅が毎年夏冬2回、40年もつづいているからミラクルでしょうね。
> 人生は創造するドラマ・・・
私のドラマは、もう少し穏やかに流れてほしい。。
鄙仁の平穏な人生から見ると、羨望の人生です。
世界で羽ばたけることは最高の憧憬です。
友人達は仕事上ヨーロッパは普通に往来しているんですけれど、老仁はまだ未踏の憧憬のままの異邦なんです。せめて一度は・・・
でも、もう、あきらめて、ネットサーフィンで居ながらなりきり世界の旅を楽しませてもらっています。
流星さんの豊かな世界に巡り会えてHappyです。
夢に命ラディカルに燃えよ酔芙蓉 仁