おはよう、雪割草さん。 足に豆は作っても、体は喜んでいますよ。 体の喜び覚えたら、家に帰っても、裏山散策は日課ですね。
自分に自分が課さないと、日課ははじまりませんからね。 仁も畦歩きしていますよ。下萌の命さんたちにさわやか命パワーいっぱいもらえて、心もすっきり。空の心に愛語が溢れてくるようになるんですよ。
歩け歩け麦田の畦や愛語道 仁
筑後も又昼から雨になりました。 朝の内ラディッシュの種を植える畑作りをしました。直播きとポット播きに挑戦してみます。 冬にポット大根で成功したので、きっと大丈夫でしょう。 楽しみですよ。
お兄の部屋片付け大変でしょうね。ため込み系ですか。 良寛さんのようにはいかないでしょうけれど、身軽に!を習慣づけることができるといいですね。 次の暮らしへの知恵ですね。
でも、母が、衝動買いの人だから・・・
春雨の人力車もいい風情でしょうね・・・
春雨やおんながひとり人力車 仁
おはようございます。 午後、北鎌倉の円覚寺から歩き始めてお寺めぐり。 向かい風が強くて・・・歩きにくかったですが鎌倉駅まで。 梅の花や鶴岡八幡宮の桜を見ることができて良かったです。 日頃の運動不足で足の指にマメができてしまい(泣)私の歩き方が悪いのですね。 今日はお天気も悪いので引越し荷物の片付けを頑張ります~♪
こんばんは、雪割草さん。 外出していて、今帰ったところです。
色々な人たちに会えてよかったですね。 元気もらえますね。
ひ孫の誕生おめでたい。 ひ孫もばあちゃんもHappyだね。 仁は、孫もいませんけれど・・・
雪さん、お孫さん、早そうだね。 お兄ぃが連れてきそう・・・
おめでたい方がいい。 ことほぎは周りにもいい風流しますからね。
ひ孫を抱きし婆に春の風 仁
今日はずっと気になっていたお婆ちゃんに会ってきました。 曾孫が生まれたのですよ。 男前で可愛かったです~( *´艸`) 若いお婆ちゃんがいないので何役もこなしているパワフルばあちゃんです。 「春になったら遊びに来るね」と約束して来ましたよ(^_^)v
青柳仁さん
コメントにお答え致します。
あらたな羽で どこへ行く? tomoのところへ 来ませんか? 波がさらったお連れ様が 迎えてくれる その日まで。
ネットで交信 今ならば 瞬時に飛べる 舞い降りる。
http://smcb.jp/_ashs02?caid=5248945&ty=m&typ=winter
> 何ひとつ果たせぬままで除夜の鐘 よし
いつも交心ありがとうございます。 まだまだ話すべきものが山積みなのでしょうね。 幾つにも幾つにも収斂させて、すばらしい著作集が成ることを祈念します。
来年がyoshiyoshiさんのそんな輝く年になりますように。
果たすものさえもなきまま除夜の鐘 仁
何ひとつ果たせぬままで除夜の鐘 よし
どうか良いお年を。
青柳仁さま、
短い間でしたけれど、いろいろ勉強させて頂きました。 どうぞご返事は、ご放念下さいませ。 一身上の都合で、当分お休みと致します。お元気でいらして下さい。
冬は長く感じられるものですね。でも、やすやすと太陽の暖かさが手に入るライトな体験よりも、 耐えることを強いられた方が、自身の魂の記憶に強く残る宝になります。そんな恋愛体験を持てる 人は、幸運と思います。
自分を知り、相手を知り、距離を置き、時間をかけて、難しい恋愛感情にチャレンジしながらも、 寂しい孤独感で覆われる。長く苦しんだ分だけ、他の何ものにも代えがたいほど、恋愛感情とその記憶は人生を豊穣にしてくれるものなのかもしれませんね。
浮世になじまずに、独立したひとりぽっちは、男にも女にも、素敵な夢想空間を与えてくれると 望めば明るくなりますね。想像は一人でしか生まれないものですから。
天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出し月かも
故郷は、心の根っこにしっかり居座っていますね。 まして帰ることができないと知り、つのる望郷の念は、報われることない悲恋の念と同類ではないかと感じます。
近づけば平和が溢れる安心感こそ理想ですけれど、求める命が強すぎると不安を生んでしまいます。それが恋の証拠なのかもしれませんね。理想などはおとぎ話のようなもので、大人になればなるほど、なまなましい感情を抑えながら、できれば何か崇高な価値の方向を求めていきたい。 その一方で、自分を崩し壊してしまいたい。その両方の道程を、己の生き様に取り入れながら、自分を愛していきたいのかもしれません。
百合庵さん、いつも交心ありがとうございます。 。。。 一人の孤独に耐え、相手を夢幻の世界に押し込めたまま、それでもなお、現身の相手を求めずにいられない。その情熱の純粋さを感じれても、現実の自分の置かれた暮らしの中で、誠実に何らかの愛の形を発信し続けることがあれば、どれほど光が増すでしょう。 。。。
ずっと、この命題を抱え込んで生きてきたのかもしれません。 多くの人が今も猶この命題を抱え込んで呻吟しているのでしょうね。 愛が孤独な自己格闘だとは、何と矛盾に満ちた現身なのでしょう。 現身は、世間や常識や倫理に包囲されて、空即是色の自遊愛浄土を、忌避します。 現身は、もう、楽園を追放されたのですからね。
掌に林檎載りけり誰と喰う 仁
もう一度林檎を食べると、楽園への回帰ができるかもしれません。 老仁は、現身でその術を知りませんので、観自在、遊行世界で、林檎を食べようとその林檎を探しているのでした。 そして、その林檎とおぼしき物を見つけたのですけれど、独りで食べても、妄詩林檎です。二人で食べてはじめて、楽園へ回帰できるのです。 その楽園回帰の道標を良寛さんと貞心尼さんに見つけ出したような気がしているのですけれど・・・まだ、千分の一も読み込んでいないのです。 読み込みながら、直球で一休さんを、銀河の光照射として賢治さんを読み重ねていく必要も感じていますけれど、瀨惰仁には、遂行するのに三十年はかかりそうですので、 しかなないと、もう、妄詩をひとり遊びに耽ることにしました。
けれど、それは瘋癲老仁の妄閾ですから、 現身の愚仁としては、< 現実の自分の置かれた暮らしの中で、誠実に何らかの愛の形を発信し続けること > として、良寛さんの愛語を学びとり、愚仁なりの愛語を発信していきたいと念じています。 少欲知足のロハスなスローライフを四畳半菜園の小世界から発信していこうと願っています。
けれど、この道も、まだ、一日一詩句で、良寛さんの愛語の心を学びはじめたばかりで、四畳半菜園から愛語を発信できるようになるのはいつのことでしょうね・・・ 縄文仁の牛歩は、そのうち、死に追い越されてしまいそうです。
さりながら牛歩で歩む霜の道 仁
一人の孤独に耐え、相手を夢幻の世界に押し込めたまま、それでもなお、現身の相手を求めずにいられない。その情熱の純粋さを感じれても、現実の自分の置かれた暮らしの中で、誠実に何らかの愛の形を発信し続けることがあれば、どれほど光が増すでしょう。
庶民に慕われるそのお人柄、孤高の境涯、良寛さんには尽きない学びがあるようですね。 少し、勉強をはじめる方々が、青柳さんのおかげで増える気がいたします。
百合庵さん、いつも交心ありがとうございます。
「深い深い、体・心・魂の世界」へ行ってみたいですね。 百合庵さんも行かれたんでしょうね。 仁は、よ~ら仁ですから、生きたいと願っても、楽してしまうんです。楽して行ける道を歩きたがっているんです。 そんな道、あるはずありません。 そんな楽な道あるはずがないとわかったから、開き直りました。 じゃぁ、真似だけしよう。
誰から頼まれたわけでもなく、評価されるわけでも、報酬がつくわけでもなく、どうせ知られることもなくこの世の片隅に消えていく身ですから、苦労しても、楽しても、同じなんです。よ~ら仁の、したいことを、好きなように、楽しんで生きた方がいいのです。 この気づきは、よ~ら仁には、天啓でしたね。 そして、「遊行期」という言葉を、五木さんから教えてもらいました。 飛びついたんです。 ほんとうの「遊行期」がどうだこうだは、いらないんです。よ~ら仁が天啓でもらった「ひとり遊び」の楽しみ方、これを瘋癲老仁の「遊行」にしようと思ったんです。 もう、心の中では、現身の憂き世とは、別の時空を遊んでいますから、現身の憂き世からのどんな関与も、突きぬけることができるようになりました。現身は消せませんので、憂き世は憂き世のままで受け容れるほかないんです。できるだけ関与のない方がいいのでしょうけれど、関与がないと、また、楽しみも少ないのにも、気がつきました。 瘋癲老仁遊行時空を遊ぶと、憂き世と愛浄土が重なり合って、共存できるんですよ。 憂き世と愛浄土の自遊往来回路を創りだしたんです。 仁のひとり遊びは、そんな妄閾のひとり遊びですから、よ~らで、楽しいだけで、 人には通用しないし、 泡沫のように、軽くて、浅くて、はかないものなんですよ。
「深い深い、体・心・魂の世界」への求道を諦めた落ち零れ凡仁の、自己慰安術です。
百合庵さん、サポートありがとうございます。 ヒントと学びをいっぱいもらえました。 「体を敬えば、体はそれに応えてくれる」。。。 やっと愚仁も、このことに思い至ってきたように思います。 今まで、何にでも無頓着で、無知でしたから、わがまま放題で、無茶しているんですよね。体のことは特に粗末にしてきました。食のことも運動のことも、まるで考慮無しでしたから、・・・。胃がぎりぎり痛んでも、気で治すなんて、入院するまで放ったらかしでした。体のこと、まったく、尊重していなかったんです。 命の声、聞こえなかったんです。
「人間の奥深くには平安がある」。。。 いまでは、そう信じますね。 でも、奥深くまでいけませんから、この言葉、つらいです。 仁は、ひとり遊びします。・・・人間の奥深くには平安があるのなら、人間の浅い所にも、平安があってもいいはずじゃないか・・・よ~ら仁にも、よ~らのまんまで、平安はあるんだよ。命は、みんな、同じだよ。そう、言い聞かせているんですよ。
楽して、愛浄土。 愛を生きれば、愛浄土。
自分が、愛を生きているか、愛を粗末にしているか。それが、問題だ、なんですね。
ただ、ただ、あるがまんまに、愛を生きたいですね。 愛ぐるいといわれるほどに。
小春日の花を枕に恍惚す 仁
深い深い、体・心・魂の世界ですね。
昨夜、読んだある本で心に留めたこと、書かせて下さいね。
体を敬えば、体はそれに応えてくれる。ゆっくり筋肉を伸ばす、ゆるやかに。不意打ちをくらしては、びっくりして、体も緊張してしまうから、準備が必要。相手のペースを尊重してやること。新しい領域に慎重に進んでいくことを想像すれば、賢い人間はゆっくり、ゆっくり進むでしょう。
ゆっくり行けば先に何か待っているかが感じ取れる。自分を大切にする、相手を大切にする。その時間をかけた準備があれば、誠実に生き抜けば、楽。人間の奥深くには平安がある。それを見つけ平和に生きることを学べば、素晴らしいこと。
信頼、決意、忍耐、そして愛。
百合庵さん、いつも交心ありがとうございます。 お返事遅れてごめんなさい。 初雪のシンクロ嬉しいですね。 北陸路の花人さんからは、初雪は今しばらく待ってほしいというお便りもらいました。 北国の雪は悩ましいのですね。 筑後は冬でものどかなほどです。
プールの落ち葉が初冬を感じさせてくれますね。 やがてこの枯れ葉が氷に閉じ込められていくのでしょうか・・・
初冬のプールにさざなみ立ちにけり 仁
今日は月が明るく輝いています。 星も綺麗・・・冷え込んでいます。 寒くてゆっくり眺めていることができませんでした。
初雪がシンクロしていましたので、お寄りしてみました。 読めば読むほど、自由自在な仙人のようなご境涯を仰ぎ見るようです。
★。・。・゜♪゜・。・。★ 再録交心俳句 ★。・。・゜♪゜・。・。★
★ 再録交心俳句08101z09p102801
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
こころのまま猫とおどらん盆おどり
★★★ 『 こころのまま猫とおどらん盆おどり 』 ★ 交心俳句 08101 へどうぞ!!! ★★★ ♪♪♪ http://www.shashin-haiku.jp/node/44141 愚仁
★。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★
【 再録 】 ★ ネット吟行 07202
猫の手も借りて雨乞い龍に恋
雪割草さんの 『 雨よ降れ 』 をネット吟行してきました。
☆☆☆ 『 雨よ降れ 』 by 雪割草さん へどうぞ!!! ★★★
★★★ 『 猫の手も借りて雨乞い龍に恋 』★ ネット吟行 07202 へどうぞ!!! ★★★
【 転載 】
みなさま ありがとうございます。 小さな雫はとても大きな存在でした。
。。。 ≪ 5年前の今日も、こんな穏やかな日だったのですね。 何が起こってもおかしくないのですね。明日は今日のように平穏だとはかぎりません。それを忘れないようになりました。 ≫ 。。。
と書いたのでしたけれど、 いざ、思わぬ不慮のできごとが起こってしまうと、やはり心は穏やかではありません。 深く悲嘆にくれてしまいます。 悲しみも嘆きも情のままにしっかり心に抱いて、想い出に移り変わっていくのを自然に待ちましょう。
独りの夜がさびしすぎるでしょうけれど、 家族の心も、琥珀さんの心も、雪割草サロンのみなさんの心も、雪割草さんの心に寄り添っているのです。 夜空に星明かりが降りそそぐように、たくさんの人たちのあい風が吹きわたっています。
どうぞやわらかい闇の中で、雫さんの面影抱きながら、ゆるやかにおやすみください。
仁さん ごめんなさいね。 良寛さまの歌もしばらく休みます。 雫が車にはねられて死んでしまいました。
何故、今日なんでしょうね。。。
おはよう、雪割草さん。 筑後もさわやかな秋空です。心地よい風さんに、ありがとう。はるかな空さんに、生きていてよかった。自然とそんな言葉がわいてきます。 5年前の今日も、こんな穏やかな日だったのですね。 何が起こってもおかしくないのですね。明日は今日のように平穏だとはかぎりません。それを忘れないようになりました。 そして今日、生きていてくれてありがとう。 そして今日、この青空をありがとう。
霜降の路傍の草の親しかな 仁
仁さん、おはようございます。 今日の新聞、良寛さまの歌。 「我が園の 片方(かたえ)の紅葉 誰(たれ)待つと 色さへ染まず 霜は置けども」 わが庭の片隅にある紅葉は、霜がおりたというのに、すこしも色づかない。 誰かを待っているかのように・・・。 人恋しい気持ちを託したのであろうか。(全国良寛会)
今日は「霜降」5年前と同じ、良いお天気になりました。
おはよう、雪割草さん。
足に豆は作っても、体は喜んでいますよ。
体の喜び覚えたら、家に帰っても、裏山散策は日課ですね。
自分に自分が課さないと、日課ははじまりませんからね。
仁も畦歩きしていますよ。下萌の命さんたちにさわやか命パワーいっぱいもらえて、心もすっきり。空の心に愛語が溢れてくるようになるんですよ。
歩け歩け麦田の畦や愛語道 仁
筑後も又昼から雨になりました。
朝の内ラディッシュの種を植える畑作りをしました。直播きとポット播きに挑戦してみます。
冬にポット大根で成功したので、きっと大丈夫でしょう。
楽しみですよ。
お兄の部屋片付け大変でしょうね。ため込み系ですか。
良寛さんのようにはいかないでしょうけれど、身軽に!を習慣づけることができるといいですね。
次の暮らしへの知恵ですね。
でも、母が、衝動買いの人だから・・・
春雨の人力車もいい風情でしょうね・・・
春雨やおんながひとり人力車 仁
おはようございます。
午後、北鎌倉の円覚寺から歩き始めてお寺めぐり。
向かい風が強くて・・・歩きにくかったですが鎌倉駅まで。
梅の花や鶴岡八幡宮の桜を見ることができて良かったです。
日頃の運動不足で足の指にマメができてしまい(泣)私の歩き方が悪いのですね。
今日はお天気も悪いので引越し荷物の片付けを頑張ります~♪
こんばんは、雪割草さん。
外出していて、今帰ったところです。
色々な人たちに会えてよかったですね。
元気もらえますね。
ひ孫の誕生おめでたい。
ひ孫もばあちゃんもHappyだね。
仁は、孫もいませんけれど・・・
雪さん、お孫さん、早そうだね。
お兄ぃが連れてきそう・・・
おめでたい方がいい。
ことほぎは周りにもいい風流しますからね。
ひ孫を抱きし婆に春の風 仁
今日はずっと気になっていたお婆ちゃんに会ってきました。
曾孫が生まれたのですよ。
男前で可愛かったです~( *´艸`)
若いお婆ちゃんがいないので何役もこなしているパワフルばあちゃんです。
「春になったら遊びに来るね」と約束して来ましたよ(^_^)v
青柳仁さん
コメントにお答え致します。
あらたな羽で どこへ行く?
tomoのところへ 来ませんか?
波がさらったお連れ様が 迎えてくれる その日まで。
ネットで交信 今ならば 瞬時に飛べる 舞い降りる。
http://smcb.jp/_ashs02?caid=5248945&ty=m&typ=winter
> 何ひとつ果たせぬままで除夜の鐘 よし
いつも交心ありがとうございます。
まだまだ話すべきものが山積みなのでしょうね。
幾つにも幾つにも収斂させて、すばらしい著作集が成ることを祈念します。
来年がyoshiyoshiさんのそんな輝く年になりますように。
果たすものさえもなきまま除夜の鐘 仁
何ひとつ果たせぬままで除夜の鐘 よし
どうか良いお年を。
青柳仁さま、
短い間でしたけれど、いろいろ勉強させて頂きました。
どうぞご返事は、ご放念下さいませ。
一身上の都合で、当分お休みと致します。お元気でいらして下さい。
冬は長く感じられるものですね。でも、やすやすと太陽の暖かさが手に入るライトな体験よりも、
耐えることを強いられた方が、自身の魂の記憶に強く残る宝になります。そんな恋愛体験を持てる
人は、幸運と思います。
自分を知り、相手を知り、距離を置き、時間をかけて、難しい恋愛感情にチャレンジしながらも、
寂しい孤独感で覆われる。長く苦しんだ分だけ、他の何ものにも代えがたいほど、恋愛感情とその記憶は人生を豊穣にしてくれるものなのかもしれませんね。
浮世になじまずに、独立したひとりぽっちは、男にも女にも、素敵な夢想空間を与えてくれると
望めば明るくなりますね。想像は一人でしか生まれないものですから。
天の原 ふりさけみれば 春日なる
三笠の山に 出し月かも
故郷は、心の根っこにしっかり居座っていますね。
まして帰ることができないと知り、つのる望郷の念は、報われることない悲恋の念と同類ではないかと感じます。
近づけば平和が溢れる安心感こそ理想ですけれど、求める命が強すぎると不安を生んでしまいます。それが恋の証拠なのかもしれませんね。理想などはおとぎ話のようなもので、大人になればなるほど、なまなましい感情を抑えながら、できれば何か崇高な価値の方向を求めていきたい。
その一方で、自分を崩し壊してしまいたい。その両方の道程を、己の生き様に取り入れながら、自分を愛していきたいのかもしれません。
百合庵さん、いつも交心ありがとうございます。
。。。
一人の孤独に耐え、相手を夢幻の世界に押し込めたまま、それでもなお、現身の相手を求めずにいられない。その情熱の純粋さを感じれても、現実の自分の置かれた暮らしの中で、誠実に何らかの愛の形を発信し続けることがあれば、どれほど光が増すでしょう。
。。。
ずっと、この命題を抱え込んで生きてきたのかもしれません。
多くの人が今も猶この命題を抱え込んで呻吟しているのでしょうね。
愛が孤独な自己格闘だとは、何と矛盾に満ちた現身なのでしょう。
現身は、世間や常識や倫理に包囲されて、空即是色の自遊愛浄土を、忌避します。
現身は、もう、楽園を追放されたのですからね。
掌に林檎載りけり誰と喰う 仁
もう一度林檎を食べると、楽園への回帰ができるかもしれません。
老仁は、現身でその術を知りませんので、観自在、遊行世界で、林檎を食べようとその林檎を探しているのでした。
そして、その林檎とおぼしき物を見つけたのですけれど、独りで食べても、妄詩林檎です。二人で食べてはじめて、楽園へ回帰できるのです。
その楽園回帰の道標を良寛さんと貞心尼さんに見つけ出したような気がしているのですけれど・・・まだ、千分の一も読み込んでいないのです。
読み込みながら、直球で一休さんを、銀河の光照射として賢治さんを読み重ねていく必要も感じていますけれど、瀨惰仁には、遂行するのに三十年はかかりそうですので、
しかなないと、もう、妄詩をひとり遊びに耽ることにしました。
けれど、それは瘋癲老仁の妄閾ですから、
現身の愚仁としては、< 現実の自分の置かれた暮らしの中で、誠実に何らかの愛の形を発信し続けること > として、良寛さんの愛語を学びとり、愚仁なりの愛語を発信していきたいと念じています。
少欲知足のロハスなスローライフを四畳半菜園の小世界から発信していこうと願っています。
けれど、この道も、まだ、一日一詩句で、良寛さんの愛語の心を学びはじめたばかりで、四畳半菜園から愛語を発信できるようになるのはいつのことでしょうね・・・
縄文仁の牛歩は、そのうち、死に追い越されてしまいそうです。
さりながら牛歩で歩む霜の道 仁
一人の孤独に耐え、相手を夢幻の世界に押し込めたまま、それでもなお、現身の相手を求めずにいられない。その情熱の純粋さを感じれても、現実の自分の置かれた暮らしの中で、誠実に何らかの愛の形を発信し続けることがあれば、どれほど光が増すでしょう。
庶民に慕われるそのお人柄、孤高の境涯、良寛さんには尽きない学びがあるようですね。
少し、勉強をはじめる方々が、青柳さんのおかげで増える気がいたします。
百合庵さん、いつも交心ありがとうございます。
「深い深い、体・心・魂の世界」へ行ってみたいですね。
百合庵さんも行かれたんでしょうね。
仁は、よ~ら仁ですから、生きたいと願っても、楽してしまうんです。楽して行ける道を歩きたがっているんです。
そんな道、あるはずありません。
そんな楽な道あるはずがないとわかったから、開き直りました。
じゃぁ、真似だけしよう。
誰から頼まれたわけでもなく、評価されるわけでも、報酬がつくわけでもなく、どうせ知られることもなくこの世の片隅に消えていく身ですから、苦労しても、楽しても、同じなんです。よ~ら仁の、したいことを、好きなように、楽しんで生きた方がいいのです。
この気づきは、よ~ら仁には、天啓でしたね。
そして、「遊行期」という言葉を、五木さんから教えてもらいました。
飛びついたんです。
ほんとうの「遊行期」がどうだこうだは、いらないんです。よ~ら仁が天啓でもらった「ひとり遊び」の楽しみ方、これを瘋癲老仁の「遊行」にしようと思ったんです。
もう、心の中では、現身の憂き世とは、別の時空を遊んでいますから、現身の憂き世からのどんな関与も、突きぬけることができるようになりました。現身は消せませんので、憂き世は憂き世のままで受け容れるほかないんです。できるだけ関与のない方がいいのでしょうけれど、関与がないと、また、楽しみも少ないのにも、気がつきました。
瘋癲老仁遊行時空を遊ぶと、憂き世と愛浄土が重なり合って、共存できるんですよ。
憂き世と愛浄土の自遊往来回路を創りだしたんです。
仁のひとり遊びは、そんな妄閾のひとり遊びですから、よ~らで、楽しいだけで、
人には通用しないし、
泡沫のように、軽くて、浅くて、はかないものなんですよ。
「深い深い、体・心・魂の世界」への求道を諦めた落ち零れ凡仁の、自己慰安術です。
百合庵さん、サポートありがとうございます。
ヒントと学びをいっぱいもらえました。
「体を敬えば、体はそれに応えてくれる」。。。
やっと愚仁も、このことに思い至ってきたように思います。
今まで、何にでも無頓着で、無知でしたから、わがまま放題で、無茶しているんですよね。体のことは特に粗末にしてきました。食のことも運動のことも、まるで考慮無しでしたから、・・・。胃がぎりぎり痛んでも、気で治すなんて、入院するまで放ったらかしでした。体のこと、まったく、尊重していなかったんです。
命の声、聞こえなかったんです。
「人間の奥深くには平安がある」。。。
いまでは、そう信じますね。
でも、奥深くまでいけませんから、この言葉、つらいです。
仁は、ひとり遊びします。・・・人間の奥深くには平安があるのなら、人間の浅い所にも、平安があってもいいはずじゃないか・・・よ~ら仁にも、よ~らのまんまで、平安はあるんだよ。命は、みんな、同じだよ。そう、言い聞かせているんですよ。
楽して、愛浄土。
愛を生きれば、愛浄土。
自分が、愛を生きているか、愛を粗末にしているか。それが、問題だ、なんですね。
ただ、ただ、あるがまんまに、愛を生きたいですね。
愛ぐるいといわれるほどに。
小春日の花を枕に恍惚す 仁
深い深い、体・心・魂の世界ですね。
昨夜、読んだある本で心に留めたこと、書かせて下さいね。
体を敬えば、体はそれに応えてくれる。ゆっくり筋肉を伸ばす、ゆるやかに。不意打ちをくらしては、びっくりして、体も緊張してしまうから、準備が必要。相手のペースを尊重してやること。新しい領域に慎重に進んでいくことを想像すれば、賢い人間はゆっくり、ゆっくり進むでしょう。
ゆっくり行けば先に何か待っているかが感じ取れる。自分を大切にする、相手を大切にする。その時間をかけた準備があれば、誠実に生き抜けば、楽。人間の奥深くには平安がある。それを見つけ平和に生きることを学べば、素晴らしいこと。
信頼、決意、忍耐、そして愛。
百合庵さん、いつも交心ありがとうございます。
お返事遅れてごめんなさい。
初雪のシンクロ嬉しいですね。
北陸路の花人さんからは、初雪は今しばらく待ってほしいというお便りもらいました。
北国の雪は悩ましいのですね。
筑後は冬でものどかなほどです。
プールの落ち葉が初冬を感じさせてくれますね。
やがてこの枯れ葉が氷に閉じ込められていくのでしょうか・・・
初冬のプールにさざなみ立ちにけり 仁
今日は月が明るく輝いています。
星も綺麗・・・冷え込んでいます。
寒くてゆっくり眺めていることができませんでした。
青柳仁さま、
初雪がシンクロしていましたので、お寄りしてみました。
読めば読むほど、自由自在な仙人のようなご境涯を仰ぎ見るようです。
★。・。・゜♪゜・。・。★ 再録交心俳句 ★。・。・゜♪゜・。・。★
★ 再録交心俳句08101z09p102801
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
こころのまま猫とおどらん盆おどり
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
★★★ 『 こころのまま猫とおどらん盆おどり 』 ★ 交心俳句 08101 へどうぞ!!! ★★★
♪♪♪ http://www.shashin-haiku.jp/node/44141 愚仁
★。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★
【 再録 】
★ ネット吟行 07202
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
猫の手も借りて雨乞い龍に恋
――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――
雪割草さんの 『 雨よ降れ 』 をネット吟行してきました。
☆☆☆ 『 雨よ降れ 』 by 雪割草さん へどうぞ!!! ★★★
★★★ 『 猫の手も借りて雨乞い龍に恋 』★ ネット吟行 07202 へどうぞ!!! ★★★
【 転載 】
みなさま
ありがとうございます。
小さな雫はとても大きな存在でした。
。。。 ≪ 5年前の今日も、こんな穏やかな日だったのですね。
何が起こってもおかしくないのですね。明日は今日のように平穏だとはかぎりません。それを忘れないようになりました。 ≫ 。。。
と書いたのでしたけれど、
いざ、思わぬ不慮のできごとが起こってしまうと、やはり心は穏やかではありません。
深く悲嘆にくれてしまいます。
悲しみも嘆きも情のままにしっかり心に抱いて、想い出に移り変わっていくのを自然に待ちましょう。
独りの夜がさびしすぎるでしょうけれど、
家族の心も、琥珀さんの心も、雪割草サロンのみなさんの心も、雪割草さんの心に寄り添っているのです。
夜空に星明かりが降りそそぐように、たくさんの人たちのあい風が吹きわたっています。
どうぞやわらかい闇の中で、雫さんの面影抱きながら、ゆるやかにおやすみください。
仁さん
ごめんなさいね。
良寛さまの歌もしばらく休みます。
雫が車にはねられて死んでしまいました。
何故、今日なんでしょうね。。。
おはよう、雪割草さん。
筑後もさわやかな秋空です。心地よい風さんに、ありがとう。はるかな空さんに、生きていてよかった。自然とそんな言葉がわいてきます。
5年前の今日も、こんな穏やかな日だったのですね。
何が起こってもおかしくないのですね。明日は今日のように平穏だとはかぎりません。それを忘れないようになりました。
そして今日、生きていてくれてありがとう。
そして今日、この青空をありがとう。
霜降の路傍の草の親しかな 仁
仁さん、おはようございます。
今日の新聞、良寛さまの歌。
「我が園の 片方(かたえ)の紅葉 誰(たれ)待つと 色さへ染まず 霜は置けども」
わが庭の片隅にある紅葉は、霜がおりたというのに、すこしも色づかない。
誰かを待っているかのように・・・。
人恋しい気持ちを託したのであろうか。(全国良寛会)
今日は「霜降」5年前と同じ、良いお天気になりました。