2010年02月03日

dasaku   鬼やらい


 
 
 
          泣く子には 勝てぬ仮面の 鬼やらひ 
 
 
    
  

泣く子と地頭には勝てぬ、と言う。

地頭というのは歴史でも習ったけれど、
平安・鎌倉時代、荘園を管理支配するために置かれた、
軍事、警察、徴税、行政を司る職で、
直接土地や百姓を管理支配したとある。
権力を持つほどにそれは次第に横暴になり、
抵抗すると、
「耳を切り、鼻を削ぎ、髪を切って、尼にしてしまうぞ」と、
脅したりしたと文書に残っているらしい。
そんな地頭は、
聞きわけのない子供といっしょで、争うだけ無駄であり、
従うしかないということだろう。

この、
泣く子には勝てぬ、という言葉の裏には、
昔の親の子供に対する深い愛情が感じ取れる。
幼子は泣くものだという概念がまずありきで、
泣いてしまったらもうお手上げだと。
おお、よしよしと言うしかないと。

でも現代のどこかの親は違う。
泣く子にも勝とうとする。
虐待という暴力で黙らせようとする。

いじめられていないかと、
時々悲鳴を聞いていた近所の人が、
亡くなる二日前に、道で会ったその子に尋ねたという。
ぼくがいい子にしていればそんなことはない、
と答えたと言う。

地頭よりも怖ろしき鬼がいる。
 
 

2010年02月03日 »

こんばんわ ありさきさま

「虐待」と言う言葉は深かく悲しいです。

この言葉の中にいろんな虐待と言うものは

身体もそうですが

言葉 金銭 性 暮らし 異性 食事あるいは仕事

など複雑になり問題大きくありますね

虐待をする方々の心が血まみれになった状態であり

お心の問題で恐らくシグナルがあったと想います。

幼少期の子供はどんな親でも親を守ろうとする傾向が

あります。けな気なんですね。

尋ねた方は悔やまれた事だと想います。

親が子を 子が親を そして他人が人をです。

「虐待に至るメカニズム」という分野があり

私はもっとふかく学びたいと想います。

誰にでも鬼や宿っており菩薩と鬼は隣り合わせだと想います。

なんだかちょっぴり切なくなりましたが

明日は明日に向ってにっか~っと笑いながら

お仕事してきますわ。。。ありさき様!

元気ですの?もう歳なのですからご無理しませんように!

じゃ!明日の為にむりくりでも笑顔一発でごきげんよう。

 
こんばんは。
お仕事いってらっしゃいませ。

お蝶さんのコメントの中で、ふたつ、
胸の小枝にひっかかるものがありました。
シグナル と 菩薩と鬼は隣り合わせ 。
そうですよね、黙っていてもどこかに訴えるものがあったかも知れない。
それを受け取る感受性が鈍ってきたのか、人とのかかわりを遮断したがっているのか。
SOSを敏感に感じ取る、介護士の才能ですね。

菩薩と鬼、悪魔と天使、善と悪。
紙一重なんでしょうね。極限の中では自分もどうなるのか自信が持てません。
小さい頃、近所のおばあちゃんが、
「一番こわいのは幽霊でもお化けでもない、人間じゃ」
と言った言葉がずっと頭に残っています。

私、元気ですよ、もう歳・・・だけおよけいですにょ。。
ありがとうございます。
夜華お蝶様   ありさき

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