2010年02月05日
桜咲け大地の子らも甦れ
★。・。・゜♪゜・。・。★ 交心俳句 ★。・。・゜♪゜・。・。★

★ 交心俳句10y020502
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桜咲け大地の子らも甦れ
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雪割草さん、おはよう。
25センチの積雪ですか。深いですね。
きららさん、その上を飛び回っているんですね。落ち着いてきた琥珀さんは、泰然と眺めています。猫も人間も同じですね。
琥珀さんも、きららさんを羨ましいと思っているのでしょうね・・・
声聞くは心もらうよ草芽吹く 仁
都会も、田舎も、もう、心の病は、同じですね。
久留米でも、青年たちの心は病んでいる部分がずいぶん多くなっているように思います。
命に触れて、愛に触れて、心の深い所でつながり合っているという体験をしていないのだと思います。家庭のつながり愛も崩壊していることが多いですね。
浅い関係の中で、現象に流されて、自分自身の本心を向きあうことなく、人の真似をしているから、なにごとも人のせいにしてしまうようになっているのを感じます。せからしい、むかつく、キレル、が常態になってしまっているし、好き嫌いで動いているような側面が強いですね。強い子も弱い子も、いじめる子もいじめられる子も、できのいい子もできの思わしくない子も、みんな似たり寄ったりなんです。いつでも、ちょっとした関係の変化で立場が入れ替わってしまうんです。
好き嫌いや占い任せの生き方があたりまえになっていて、それが話題の盛り上がりんです。そこで盛り上がらないと、外されてしまうんです。
これは子どもや青年の世界の特性じゃなくなっているんですね。
大人たちの世界が成果主義、拝金主義の中で、いじめや差別があたりまえのことになり、生き残るためには組織や風潮に従属していくしかないんですね。いじめられ、はずされて、あたりまえ。
親や大人たちの方を映して、子どもたちも青年も、同じ色に染まっていくんでしょう。
心優しい子どもたちは、人間らしく生きて生きたいと願う心の青年たちは、傷だらけになって、病んでいくのでしょうね。
それでいいんだよ、とハグしてくれる親がいないのでしょう。
そのまんまの自分を大切にしようね、とハグしてくれる先生がいないのでしょう。
親も先生も、世間の差別の風潮の中で、追い詰められ、絶叫して、自分のことで精いっぱいになってしまっている傾向にあるのでしょう。
ものの芽や行きつ戻りつ笑み零す 仁
子どもたち、青年たちに、生きる喜び、希望、勇気を与える道標が、身近に、なくなってしまっているようです。
家庭、学校、地域社会が、その生きる道標であり、学びの場である力を失ってしまってきているのでしょう。
人間性を尊重する教育の復権が焦眉の急の課題だと、老仁は感じているのですけれど・・・
桜咲け大地の子らも甦れ 仁
雪割草さんは、男性専科でしたか。
老仁は、女性専科でした。
人はそれぞれ持ち味を持っていますから、向き不向きもありますよね。
誰にも等しく共通に当たれるなんてことありえませんものね。だから、たくさんの人たちが有機的につながり合って、持ち味を活かして、一人ひとりの子どもたちをハグしながら、子どもたちが自らの力で生きていく道筋を創りだしていくサポートをしていかなければならないのでしょう。
数字で表すことのできない愛の力が尽くされなければならないことだと思います。
雪解けや愛の大河も一人から 仁

或ひは漁樵と混はりまた児童とともに歓ぶ 良寛
【 資料 最古の良寛碑 】
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「十字街頭食を乞い了り、八幡宮辺方に徘徊す。児童相見て共に相語る、去年の癡僧今又来る。越州沙門良寛書」
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1831年に良寛さんが亡くなった4年後に創建されたそうです。
三条を訪れた頃の良寛さんが、その風采、奇行から、子どもたちにまでばか扱いされ、からかわれていた姿が彷彿します。
1828年に三条は大地震に見舞われて壊滅状態だったと云います。その後も天保の飢饉があって、苦境に立たされていた三条の人たちですけれど、良寛さんを追悼してこの詩碑を建立したんですね。
良寛さんが越後の人たちにどれほど尊敬されていたかを物語ってくれるものです。
子らと遊ぶ野良で酒酌むすみれ哉 仁
★。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★。・。・゜♪゜・。・。★
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