2010年02月08日

dasaku   蕊 (しべ)

  
 
 
 
          つけ睫 その先に春 蕊のごと 
 
  
 

ある深夜。

ビールが切れていたので、
近くの酒屋の自動販売機まで買いに行った。
ちょうど煙草の販売機の前に先客のご婦人がいた。
硬貨を入れてビールを取り出していると、
その女性がうしろから声をかけてきた。

「よかったら、タスポ貸してくれない?」

ふり向くと見るからに水商売風の化粧の顔が、
自動販売機の灯りに映し出された。

「たすぽ?」

一瞬、なんのことかと思ったけれど、
成人識別用のIC カードのことだとわかった。
あいにく煙草は上の娘が生まれた時にやめていた。
  
  
  
高校生の時だったか、
ある日、学校から帰ると父が待っていた。
机の上には、
引出しに入れていたはずのショートピースの箱が置かれていた。
たぶん好奇心か何かでタバコを買って吸ってみたけれど、
気分が悪くなってそのまま引出しに入れたままにしていたものだ。

あまりよくは覚えていないのだけれど、
怒られたというより何か意見をされたような気がする。
最後に「もう喫うなよ!」と言われて、
二十歳になったら喫うよ、と粋がってみせた。
反抗期のころである。
それはかまわん、お前の自由だ、と父は言った。

今思えば、
ちょうど背伸びしたい年頃だった。
大人の世界に好奇心もあった。

うちの娘もこの頃はやたらと、
これまでにないものを持ち始めた。
服にしてもファッション雑誌に目を凝らし、
化粧品も揃えだした。
時々、パンダのような目をしている時がある。
先日は化粧台に付け睫をみつけた。
父はこのかた半世紀以上生きてきて、
一度も付けたことのないものを娘たちは、
早や十代で身に付ける。
睫の先に春が来る。
青春という名の春である。

タスポを借りようとした中年女性の、
厚化粧の長い睫の先には、年季の入った夜の美しさに、
そこはかとない哀愁が漂っていた。
 
 

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