2010年01月12日

吾も遊ぶ呑まれぬように冬の浪

★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ぜろから交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★


 > 冬の海てらりとあそぶ死も逃げて   飯田龍太


  について、零呼さんから交心をもらいました。
 何ともわけのわからない句ですけれど、それだけ、自由に読み込んでいいよ、ということでしょうから、楽しいんですけれどね。
 こんな句について、まっとうに交心できたり、議論したり、評価合評したりできると、これも楽しいでしょうけれど、老仁は、そんな道場を潜ってこなかったし、研鑽もしていないので、零呼さんに、まともにお返しができなくて、申し訳ないんですけれど、
 今日、良寛さんの『歌の辞』を、読み込んで、そのまんま575で交心の有り様をすこし、方向付けてみようと思ったばかりでしたので、
 以前はじめて、頓挫していた、『 ぜろから交心 』を復活させようと思います。
 「そのまんま575で交心って何?」
 「俳句って何?」
 を、初心に戻って、
 ぜろから、
 自遊に、
 考えて見ようと思います。


★★★  『 今日のそのまんま575で交心 10年01月12日  気嵐や暁岩の松朧 』 へどうぞ!!! ★★★



  ★ ぜろから交心10z011201


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吾も遊ぶ呑まれぬように冬の浪


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 零呼さん、交心ありがとう。
 深い思索の跡を辿るのは、むずかしいけれど、緊張があって、楽しいね。
 所詮、無知浅学の老仁には、独り善がりの遊行三昧読み取り遊びに終わってしまうけれど、誰にも通用しないけれど、とても楽しいんですよ。
 そんなきっかけを零呼さんにもらって、Happyです。



  > 冬の海てらりとあそぶ死も逃げて   飯田龍太



 ほんとうにむずかしい句だよね。
 俳人も、龍太さんくらいになると、もう、何でも自在なんでしょう。湧いたものがそのまんま言葉で捕まえられて、本人も、わけわからないうちに、詩の世界を形成しているということになるのでしょう。龍太さんに自解があるかどうかわかりませんけれど、龍太さんも、できた句を見て、ただ、唸ったんではないでしょうか・・・
 そして、頷いた。よし、これで、よし。


 「てらりとあそぶ」とかいう措辞がどこからでてくるんだろう。なのに、湧いてきてしまった。湧いてきて、その時の感覚にかなっていた。龍太さんは、知らず、その語感やイメージが気に入って、詩語として採用したのでしょう。
 それに「死も逃げて」なんていうこれもわけのわからない散文語をくっつけてしまった。
 幼稚ですよ。ちょっと見たら、中学生の文章ですよ。


 けれど、575に治まると、すごい俳句になってしまう。
 何がすごいんだろう。
 龍太さんが作ったから、すごいんです。
 龍太さんが、自分で惚れ込んでしまったから、すごいんです。


 あとは、解釈自由だよ。
 好きなように解釈し、料理もしてくれ。
 そういうことでしょう。


 浅学非才の老仁には、そういうことなんです。



 吾も遊ぶ呑まれぬように冬の浪   仁



 > 水枕ガバリと寒い海がある   西東三鬼



 まだ、こっちの方が、イメージしやすいですね。
 でも、内容的には、似ているのかもしれませんね。
 三鬼さんは、病床にあって、死と向き合っている。その死の感覚が、「寒い海」を呼び起こしたんでしょう。
 「水枕」と「寒い海」をつなぐ措辞が、「ガバリと」なんです。


 龍太さんは、「冬の海」を「てらりと」遊ぶんですね。
 なぜ?
 「死も逃げて」。
 死から、蘇生することができたんでしょう。
 死との格闘を象徴するはずの「冬の海」が、蘇生者の命力と死の超克によって、「冬の海」も、遊行の楽土に変わったのでしょう。


 老仁は、死と友だちになることによって、今では、冬の海とも遊ぶことができるでしょう。遊行時空を優遊游泳できますからね。


  遊行時空優遊游泳は、全くリアリティのない世界です。イメージの世界であり、感覚の世界ですけれど、現世、現身のリアリティはありません。
 けれど、命を持った瘋癲老仁がイメージしている世界ですから、まるで絵空事でもないでしょう。遊行時空というのは、命の感覚、あるいは異時空宇宙のイメージにつながっていくものなのかもしれません。



 冬波のひと波ごとに銀河載る   仁



  > 友人が「白露」のひとで、蛇笏・龍太門ですが、この句きいてみます。



 零呼さん、この句の正式な解釈と評価を、聞き出してくださいね。
 楽しみにしています。


 昔、飯田龍太さんが毎日俳壇で選者をしていた頃、採ってもらったことがあるんですよ。
 感覚を読み込んで、採ってくれたんです。
 龍太さんの、関心の一端で、ちょっと冒険されたんでしょうね。



  。。。
 ≪ 一九九一年九月一四日
  毎日俳壇・飯田龍太選・特選


鮟 鱇 の 如 夏 の 夜 の 滑 走 路     
         
 【評】 この場合は食味と関係のない魚の異形。感覚そのものの句だが、目をそむけるわけにはいかない把握。 ≫
 。。。



★★★ 『 青柳 仁 投句掲載作品集 』 へどうぞ!!! ★★★

★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★


★★★  そのまんま575で交心10z010705『 見えぬ根のおかげうれしや春の風 』 へどうぞ!!! ★★★


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2007年10月13日

百年の恋に味出る入れ歯かな ★ 老仁川柳 001 

★ 老仁川柳 001 ★ 瘋癲老仁妄詩 7405

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百年の恋に味出る入れ歯かな

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 はじめて、川柳を作ってみました。
 これは、ちょっと、おもしろい句になったと、
 自賛しているんですよ。

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 老仁が、何か、加齢を晒すと、
 
 「10年の恋も冷めた」と、真呼が、口癖のようにいいます。

 そうでしょうね、30年も、40年も連れ添っていれば、
 それだけでも、もう、恋のワクワクは冷めているでしょうに・・・

 そして、もう、遠慮も要らず、
 言いたいことをいい、
 したいことを、
 お互いにしているんですよね。

 けれど、だからこそ、
 100年も恋をしているなんてことはありえないとしても、
 30年も、40年も、連れ添っていれば、

 入れ歯の話をし合っても、
 さまざまな思いの重なりが織りなす
 微妙な香りが感じ取れるようになって、

 ひと味違った恋を始め直すことができるかもしれませんね・・・

 そんな一日一生の時が過ごせると
 HAPPYでしょうけれど・・・

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★★★ 『 美しく哀しく時は過ぎゆきぬ一期一会や一日一生 』瘋癲老仁妄詩 1605
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★★★ 『 本物の種 』
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★★★ 『 露草や一夜限りの愛に在る 』瘋癲老仁妄詩 0801
♪♪♪  

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