2008年03月10日
16.再来を期してドイツの地図を買い
4月25日木曜日、晴れ。ドイツでの最後の半日はフランクフルトの市内散策でした。朝の9時前というと早朝で、旧市庁舎や広場も静かでした。学生や勤め人が足早に通り過ぎて行き、何か飲んだり食べたりしながら歩く若者の姿は東京と変わらないな~なんて思いました。
街角に自転車が放置してあり、その状態がたった今乗り捨てられたように堂々としていたので、不思議に思ってガイドさんにききますと、市内どこでも乗り捨て自由の公共用自転車なのだそうです。どういう仕組みになっているのかもっとききたかったのですが、そのままになってしまいました。
ちょうど本屋さんが開店準備をしていたので声をかけて、おみやげ用に地図を買いました。それから大聖堂の拝観、レーマー広場で記念写真を撮ったりしてから、10時開館のゲーテハウスに行きました。


時間はあと30分しかなく、また駆け足見学でした。むかし読んだ本の口絵でみたゲーテの肖像画やゲーテに愛の詩をかかせた美女達の肖像画などがありました。それらを目で追いながら、早歩きで半分ほどみてまわり、30分きっかりにハウスを飛び出すと、明るい日が差す前庭の緑が目にしみました。ちょうどバラの花が開きはじめていました。通り過ぎる私に<またいらっしゃいね>といってくれてるようでした。
Auf Wiedersehen!・・・またきてね
さようなら!バラのつぼみに声かえし
2008年03月09日
15.ローレライ夫婦連まぶしひとり旅
ハイデルベルクからリューデスハイムまでは、バスで1時間半、曇っていた空も次第に晴れてきました。沿道にブドウ畑がみえるようになり、ライン川に沿って走るようになると、夏のような青空が広がってきました。午後はいよいよ旅の最後を飾るライン川クルーズです。

リューデスハイム、つぐみ横町のレストランでの昼食は生演奏つきで、いくつものツアーグループが楽しげに食事と歌を楽しんでいました。ローレライやスキヤキソングを一緒に口ずさみながら、私は(夫と2人で来ればよかった)なんて殊勝な気持ちにもなってました。外はまだ4月だというのに焼けるような日差しでした。北緯50度といえば樺太あたりと同じということで、冬衣も用意してきたのですが、この暑さならTシャツで十分でした。
クルーズはリューデスハイムからザンクトゴアスハウゼンまでの1時間あまりです。その間にいくつもの船着き場があって、客がいれば寄っていきます。

山腹や頂にみえるたくさんの城は今もつかわれているとのこと、日本人が購入したとかいう城の話もありました。
↓バッハーラッハの船着き場 いよいよローレライの難所に

ローレライの岩の上は展望台になっていて、ここから船を見下ろしている人もいました。
ザンクトゴアハウゼンで降船、迎えにきてくれたバスでフランクフルトへ向かいました。
2008年03月08日
14.六十路来て学生王子の街歩く
<8日目>前夜はヴェルンハイム(マンハイム)のホテルに泊まり、今日の午前の観光ハイデルベルクにそなえたわけですが、きのうのバスの中できいたガイドさんの話の内容が気になりました。
この風光明媚な古城街道の一部を彩るネッカー川、ハイデルベルクを流れてライン川に注ぐネッカー川の水を利用した原子力発電所があるということです。日本では海辺にしかつくれない原発を、こんな山の中に・・・どうなってるの・・・?
写真はマンハイム近くのネッカー川です。

さてあこがれのハイデルベルクですが、古き佳きたたずまいのこの町の狭い道路を、大きなツアーバスでのぼっていかねばならぬはずかしさ、というか、申し訳のなさを感じました。例によって朝8時出発で到着したハイデルベルクの町はまだ早朝、街角には大きなゴミバケツが出され、回収を待っている状態でした。

ハイデルベルク城内の見学と城砦からの旧市街の眺めを楽しんだりしたあと、旧市街やアルテブリュッケを見に河畔まで歩いたりしました。


2008年03月07日
13. 若草のローマ街道走り抜け

アウグスブルクを通り抜けるのに予想外に時間がかかり、ローテンブルクについたのは12時をかなりまわっていました。まず昼食、それから一通りのガイドをしてもらってから1時間ほどの自由散策。中世風の馬車が行く石畳、かわいい小物が飾られているお店、1000年前の物も昨日補修されたかもしれない物も、みなきれいに調和しており、何がほんもので、何がリメイクなのか分からなくなるほどでした。


私はその散策で偶然自分のお気に入り絵本「にじいろのさかな」のドイツ語版をみつけ大満足でした。
2008年03月06日
(12)ロマンティック街道・アウグスブルク
4月23日月曜日、ホッペン湖のほとりの小さなホテルはバルコニーから湖全体とアルプスが見えてよかったです。昨日は夕映えのアルプスを、今朝は朝日にかがやくアルプスを楽しむことができました。また、夜明け前の空は晴れて満点の星でした。天の川でしょうか、見たことのない星空の表情でした。

さて、また朝8時の出発です。7日目の今日はロマンティック街道を北に走り、ローテンブルクへ向かいます。260キロ、バスで4時間の行程です。
バスはなだらかな丘陵を越えてはまたこえて走り、そのひろやかな野原のような畑作地帯を統べるように時たま赤い屋根の農家がみえます。豊かだなあ、こうゆう広い農地を持つ国はいいなあ、日本なんて、山のてっぺんまで耕して段々畑にして、それでも食料自給率最低だ・・・などと話し合っているうちに、景色が変わって工場などがみえてきて、バスはアウグスブルクの町へ入って参りました。

上の写真は花盛りの赤い栃の木と路面電車です。市庁舎前広場でトイレ・写真休憩をとりました。
アウグスブルクといえばフッガー家と、昔の歴史丸暗記でおぼえていたものでしたが、立派な市庁舎とか商工業の盛んなことなどは、古くからの繁栄のあかしなのでしょう。きれいなまちでした。

2008年03月05日
(11) ノイシュバンシュタイン
ノイシュバンシュタイン城は、バイエルンの最期の王ルートヴィッヒ2世が、自らの芸術を完成させるために作り上げたといわれる美しいお城です。時はあたかもドイツ帝国が成立した1871年のころです。完成したお城に数年しか住まないで、王ルートヴィッヒ2世は自殺してしまったとされていますが、数々の矛盾が吹き出した変革期にあって、真実は何であったかは知るよしもないことです。
また美しいこの城が、王の死から100年あまり後、このバイエルンのリゾート地の核となって多額の収益をあげるようになろうとは、王は夢にも思わなかったでしょう。
さて、このお城のすぐ隣の峰にホーエンシュバンガウ城というお城があり、こちらの方にルートヴィッヒはじめバイエルンの王室の生活の様子などが残されているとのことでしたが、こちらの方まで上ってはみたのですが、もう中に入ってみる時間はなく山々や湖のロケーションを楽しみました。
この日は明るい夕日の射すホテルのレストランで夕食をいただいてから宿泊地のホッペンゼーまでバスで送ってもらいました。

2008年03月03日
(10)アルペン街道を行く

ツークシュピッツェ登山鉄道の駅舎をのぞかせただけで、ツアーバスはガルミッシュを離れ、オーバーアマガウを通り抜け、アマ川を何度もわたってアルペン街道を下りました。

途中立ち寄ったヴィースというところに教会があって、これがユネスコの世界遺産に登録されているとか。バスをおり、牧場のような草原の道を歩いて見学に訪れましたが、午前10時ころでしたか、ちょうどミサが行われておりました。司祭さんの説教するドイツ語が天から響いてくるような教会の構造を再認識。でもたくさんの人が集まっているとまた響きもやさしくなるようで、荘厳というよりは、宮殿舞踏会のような華麗な雰囲気がただよっていました。
ホーエンシュバンガウで昼食。午後は今日のメインテーマ、ノイシュバンシュタイン城の見学です。

バスでいけるところまで上り、分刻みに行われている入場の順番を待って入り、決められたルートを通って決められた出口まで逆行することなく動かなければなりませんでした。日曜日のせいもあってか今までにない混雑で、国際色豊かな人々でにぎわっていたともいえましょうか。
待ち時間に皆さんは湖や滝がみえるところで写真を撮ったり、お土産やに入ったりしていました。
私は折角ここまで来れたアルプスの山の空気を吸いたいと思い、林床に入ってみましたが、大勢の人に踏まれるだろうこの辺りは花も少なく、まともに写真に撮れたものもありませんでした。

2008年03月02日
(9)アルプスの麓の町へ
<6日目>夕べの宿はミュンヘンから1時間ほど離れたランズベルクという町でした。ロマンティック街道に沿った立地のこのホテルは、朝食のレストランもこぎれいで、できればもっとゆっくりしたかったところです。

アプローチの並木に白い花が咲いていました。りんごでしょうか、サクランボでしょうか分からないままにカメラに収めましたが、朝早くてまだ日が当たらないため露出不足でした。
8時、ランズベルク出発。バスははるか彼方の山なみに向かって走ります。道々出会った栃(マロニエ)の並木には白や薄赤の花が、西洋菩提樹(リンデンバウム)の並木には黄緑色の花が盛りで、ドイツの「美しい5月」は、もうやってきてるんだ、という感じでした。そのうちにその山脈のさらに向こうに、真白いアルプスの峰々がみえてきました。

これがドイツ最高峰ツークシピッツェかどうかはわかりませんでしたが、あのアルプスの向こうがもうオーストリアです。以前に訪れたインスブルックの近くにきたということで、とてもとても懐かしかったです。
チロルもそうでしたが、山々の主峰には十字架が立てられています。持っていた双眼鏡で稜線をたどってみると、やはり十字架を見つけることができました。

山頂の 十字架めざし 上る人あり
2008年03月02日
(8) ミュンヘン
午後はミュンヘンへ。レーゲンスブルクから、バスで2時間でした。まずニンフェンブルク城の庭園を見て小休止しました。

ミュンヘン市内に移動し、新市庁舎、マリエン広場界隈を一回りしてガイド説明を受けてからミュンヘン三越前で解散して1時間半ほどの自由散策でした。土曜日の午後といえば都会はどこも賑やかでしょうが、天気の良さのためだけではない明るさが漂っていた様な気がします。
1人で電車に乗ってどこかを目指すほどの元気もなく、私はマリエン広場とそこにつながるいくつかの通りを歩いてみました。1人で大きな声で説教する若者、夕日、教会の鐘の音、さらには広場のマリア像の前でお祈りをする巡礼の人々。



その後、7時半から、ホフブロイハウスへ行きました。これは若さと体力のいる場所で、遠くはなれたビュッフェの方まであまりいかずに、ビールでおなかをいっぱいにしてしまいました。それはおいしかったです。”ザミュートリッヒカイト”という乾杯の言葉、教えてもらいました。

2008年03月01日
(7) レーゲンスブルク
<5日目>4月21日(土)晴れ。今日も無数の飛行機が空を飾っています。ニュルンベルクからバスで2時間、きょうの午前中の観光はレーゲンスブルクです。レーゲン(水の意)スブルクはドナウ川の水運で栄えた古都、中世のたたずまいが、ドナウ川の水面に映える素敵なまちです。


長い石の橋を渡って旧市街にはいっていきます。
ステンドグラスの美しい大聖堂のほか、いくつかの教会に入ってみました。どの教会も新旧のちがいこそあれ、それぞれに生きて大事にされてきている感じがしました。ここは人々が心の安らぎと共同体の意識を再確認するために集まってくる場所なのです。
広場には野菜市が立ち、レタスの苗などもならんでいました。
この南ドイツの美しい町は、宗教改革以後の数々の戦争によってすっかり疲弊し繁栄からとり残されたのだということです。

