2008年08月20日

(21)ウィーンでおまけ

イエンバッハから乗り込んだユーロシティはほぼ満員。あらかじめ旅行社で座席指定をとってあったので座れたのでしたが、我々が乗り込むまでは別の客が座っていました。2等座席は本来自由で随時指定になるというやり方もあるらしいです。
各ボックスに1枚づつ、この列車のダイヤグラムが印刷されたパンフレットがおかれていました。
列車は山中で国境を越え、しばらくドイツの国内を走りました。おおざっぱな印象ですが、ドイツの家は山の中だったせいもあってか、質素な感じがしました。それに比べまた国境を越えてオーストリアに入り、ザルツブルグあたりに行くと湖もあり建物も風物も豊かさが感じられました。
リンツを過ぎた辺りだったかとおもいますが、列車がしばらくのあいだドナウ川に沿って走っていました。いよいよチロルの山の中からウィーンという大都市に乗り込む緊張感をおぼえましたね。いつの間にか周りの人々はあか抜けた服装が多くなり、それぞれに降車の準備をはじめていました。
ウィーン西駅に到着したのはほぼ時刻表どおり午後4時35分だったかと思います。
この9月4日と5日をウィーン市内のホテルに2泊し、5日は午前中市内観光のバスに乗りました。
シェーンブルン宮殿、市立公園のモーツァルト像など見て歩きました。絵描きさんやバイオリン弾き、「第3の男」の舞台となったマンホール出口、などなど、ウィーンは古いものと新しいものが混沌と混じり合って存在する千年の都という感じでした。

 上、9.5朝オペラ座前でバスを待つ。下シェーンブルン宮殿の庭

2008年08月19日

(20)ツィラータール鉄道の旅

2005年9月4日(日)晴れ
今日はウィーンへ向かって鉄道で移動する日。イエンバッハまでツィラータール鉄道で約一時間、そこからウィーンまではユーロシティで四時間半です。

マイアーホーフェンの駅で見て驚いたのは、プラットホームの高さがないこと。列車に乗るには1m近い段差を自力で上らなければならないのです。みんな大きなスーツケースを持っているのに・・・
しかしそこは山行チームの強み、実際には四人の男性たちが手際よく全部のスーツケースを列車に積み込んでくれ、列車のなかにはちゃんと荷物置き場のスペースがあって、3,4こづつに分けて積み上げて置かれました。

2008年08月18日

(19)マイアーホーフェンで

2005年9月3日 
マイアーホーフェンのホテルは豪華なリゾートホテルでした。6室に分宿したのですが、レストランにつながるホールでは毎夜生演奏があり、みんな夜遅くまで飲んだり踊ったりして楽しんでいました。
ほとんど外国からの客ですが、日本人客は見あたりませんでした。

マイアーホーフェンの教会のある広場にて。教会はどこの村にもあって、高い塔がその村の中心を示しています。

2008年08月11日

(18)トゥクサー氷河を見に

ヒンタートゥックスのレストランで昼食、午後はまた氷河を見るためゴンドラに乗りリフトに乗って3000メートルのスキー場へ行きました。
   
ここではもう雪が解けて下から薄青緑色をした氷がのぞいておりました。斜面の一見岩かとも思えたその下から幾筋もの水が流れておりました。

空模様が心配ということで、展望台から一回りして写真をとっただけで下山。山男達はあの岩の上を歩いて行きたかったことでしょう。

2008年08月11日

(17)ハル~石畳の細い坂道

2005年9月2日(金)晴れ 一行はノシュティフトの農家民宿をあとにし次の旅程へ。朝9時、ガイドのSさんがバスで迎えにきました。シュトゥーバイタールを下ってアウトバーンにでると、左右に広々とした野原が広がりました。この道は逆に進むとアルプスを越えてイタリアへ行く道との説明、またガラス工芸の名所スワロフスキーが近くにあるとも。
 
ハルはザルツブルグと同じく岩塩の町で、昔はチロルの中心だったが今はインスブルックに繁栄をゆずったため古いものがそのまま残っていいるのだそうです。
 
細い石畳の道の両側にアラビアンナイトのようなドアが続いていました。歩くと、TVアニメ「雪の女王」の一場面をふっと思い出したりしました。

2008年08月09日

(16)在りし日の出会い

別れても会えた幸せ思う秋

35年前の東京の繁華街、渋谷でしたか新宿でしたか、路上で絵を描いて売っている青年に出会いました。ヨーロッパ系で自分と同じぐらいの年齢でした。きれいな山々の絵が何枚か描かれていました。
「それはあなたの故郷の絵ですか?」
「ウィ」
「どこからきたのですか?」
「オースト??から、きました」
(えっ、オーストリア?スイスじゃなくて?オーストラリアと彼は言ったのかしら・・・)
オーストリアがそんな山の中ということを知らなかった私でした。
英語だったか、仏語だったか忘れましたが、そんなあいまいなやりとりの中で、
信州の牧場を思わせる風景が描かれている一枚を手わたされました。
ALPとか題をつけて値段をかいた紙がクリップで留めてありました。
お金を払うと、くるくると巻いて紙袋に入れてくれました。
帰宅してからもう一度ながめて、単なるあこがれを買ってみただけの自分に気づき、そのまま35年間しまい忘れていました。
こんどの旅ではじめて、それがチロルだということを識りました。

2008年08月08日

(15)流れに沿って

標高2900メートルのパノラマレストラン
 
チロル名物のダンゴスープで昼食をとった後、再びロープウェイ、バスを乗り継いでノイシュティフトに戻ってきました。
そこで、きれいな教会と墓地を見学させていただきました。
 

2008年08月07日

(14)氷河スキー場へ

インスブルックのガイドであるSさんは、「私は山歩きのガイドは出来ませんから、行っても見るだけですよ」と念を推しながら、バスとロープウェイに乗って行く、トップオブチロル(の目前)への小旅行を案内してくれました。
 ロープウェイの駅1750メートル      ぐんぐん上って
 
  

パノラマレストラン2900メートルより氷河スキー場キッツコーゲル方面

2008年08月07日

(13)ノイシュティフトにて

2005年9月1日(木)晴れ

蒼窓に犬の声して開けやれば早アルプスは曙光浴びおり
ノイシュティフトの朝
明け方、犬が吠える声がして目が覚めました。賢そうな黒いセパードがいたけど、彼が何かを見つけたのかしら。。。
後で聞いたのですが同行の仲間が牧場に出ようとしたら吠えられたそうです。彼は牧場の見張り役だったのです。

2008年08月03日

(12)シュトゥーバイタールへ

2005年8月31日(つづき)
インスブルックはこの日だけでしたので、シナプスなど買い物をしたり、お茶もいただいたのですが、いつどこでしたのか、3年経った今では分からなくなっています。
とにかく4時ころには全部終わって、次の目的地、ノイシュティフトに向け、バスは出発しました。
そうそう、通過したフルプメスがお祭りでにぎわっていて、ロードレースをしていたっけ。
 
上左の写真はノイシュティフトの新開別荘地。広い谷間なので、自由行動からの帰還時この赤い屋根が目印になりました。右はその反対側の斜面で、中腹に今夜と明日の宿オメスベルガーさんの家があります。

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